第15話 父から見たアランという男
ルード・フォン・ルーシェンロッドは早くもアランという男に辟易とし始めていた。
出会い自体は彼が十四のデビュタントで済ませていたとはいえ、それほど交流があったわけではない。
彼の父から聞いた話では、侯爵家の三男であるにも関わらず、経営の手腕を認められて子爵の爵位を金で買えるほどの逸材とのことだった。
その時は彼の本性を知らなかっただけともいえる。
娘がすっかり反抗期が終わり、やっとまともに話が通じるようになったと思った矢先の出来事だった。
仕事で出掛けている間にアランが屋敷を訪れたらしい。
レティシアが書いた物語を出版したいと申し出てきたと告げる娘の顔がとても晴れやかで、親心ながらに嬉しく思ったものだ。
「これからよろしくお願いしますね、お義父様」
「はははっ、君に父親と呼ばれる筋合いはないぞ」
予約もなく屋敷に来ては、愛娘の顔をじろじろと眺めてニヤニヤとしている。
父の直感が告げていた『コレは害虫だ』と。
それもとびきりタチが悪い、キッチンを飛び交う小さな羽虫。
それでいて、一匹見かけたら増殖するような類のヤツだ。
「そんなつれないことを仰らないでください。ルード様のことは幼少の頃から男の中の男として憧れておりました。鮮血のような髪、敵を討ち取った剣先の如き輝き……」
「やめろ、心ない世辞など不快なだけだ」
「これは手厳しい」
アランの語る言葉はどれも薄っぺらい。
そこにレティシア以外に向ける情熱は微塵もなく、文字通りアランはレティシアを中心に動いていた。
王政府からの検閲を免れるために根回しして、紙を手配して、挙句国宝級の職人に金を積ませてペンまで作らせる始末。
そのペンに位置を特定する魔法まで掛けているのだから、とんでもない執念だ。
レティシアは気付いている様子もなく、アランの好意に隠された裏の感情に気づく気配もない。
「それで、わざわざレティシアではなく私に会いに来た理由はなんだ?」
「貴方が最近、レティシアさんの婚約者を探していると聞きまして……」
十二のレティシアはそろそろ婚約してもおかしくはない時期。
成人の十四までには良い相手を探してやりたいと思って、穏やかな気性の青年を探している最中だった。
部下は有能揃いなので、夫に経営の才能はなくても良い。
いざとなれば、レティシアが領主になれば良い。
せめて、自分のように荒れた新婚生活だけは送らせたくないというルードの親心だった。
「貴族社会において、魔力の有無は大切です。夫婦の力関係を左右すると言っても過言ではありません。もっとも、僕はそれだけが全てとは思いませんが」
魔力は血によって遺伝する。
魔力のないレティシアを不義の子と中傷する声は権力を使ってもみ消しているが、それもいつまで続くかわからない。
「婚約者に名乗り出るつもりか」
「食い潰されるぐらいならば、僕が大切にしますよ」
いけしゃあしゃあと嘘を吐く。
貴族としては優秀だが、人としては落第だ。
垂れた三白眼からは、ありありと独占して支配したいという欲の色が透けて見える。
愛し合っているならともかく、政略結婚での束縛ほど精神を追い詰めるものはない。
新婚だったエリザベータの尋常じゃない束縛を思い出して思わず身震いするルードをアランは訝しげに見ていた。
「もとより娘の結婚相手は慎重に探している。君に言われるまでもない」
「それを聞いて安心しました。ああ、もし不当に圧力をかけて来る連中がいたら教えてください。エッシェンバッハ家は全力でルーシェンロッド家を支援します」
「我が家の問題は私が対処する。君の助力を願おうものなら、見返りに当主の座を求めるつもりだろう」
そして、まるで当主のように平然と言葉を紡ぐ。
エッシェンバッハ家の当主も、アランの傀儡のようなものだ。
本人は違うと首を振るだろうが、領地の人事・経済を握られている以上アランには逆らえない。
冷徹に冷静に権力を握っていた男が、一目見たレティシアを前にすると平然と『合理性』を捨てて行動する。
それがとても恐ろしい。
「まさか、私がレティシアさんと結婚するなんておこがましい!」
「正装で屋敷に来ておいて白々しい」
「虫除けということでお許しください」
へらへらと嫌味を交わすアラン。
相変わらず、底が見えているはずなのに得体が知れない。
まるで夜の空に浮かぶ新月のようだ。
「少なくとも、誠実な男を選ぶつもりだ」
「ええ、それがいいでしょう。まあ、そんな男が貴族にいるのかといえば甚だ疑問ですが」
お前に比べれば他の貴族など可愛いものだ、と吐き捨てるのは心の中に留めておく。
それでも考えていたことは伝わったようで、アランは一層笑みを深める。
書斎の扉を開けながら、ふと思い出したように彼は振り返った。
「ただ、これだけは覚えておいてください。僕はいついかなる時でもレティシアさんの味方であり続けます」
「…………覚えておこう」
絞り出した自分の声はどこまでも苦々しい色に満ちていて、こういう貴族の駆け引きはつくづく苦手だとルードは心のなかで愚痴る。
足音が遠かったのを確認してから、彼は息を深く吐いた。
まったく、問題は増える一方だ。
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