第14話 熱烈なファンレター
自室にて私は『栄光の騎士王アーサー・ペンドラゴン』の原稿を前に呻き声を上げていた。
紙には『三部作構成』と書き、その下に『カリバーン編』『円卓編』『アーサー王の死』と仮決めのタイトルにペン先をトントンと当てる。
「これで印税貰うわけにもいかないし、これも印税を寄付しつつ子供たちの識字率向上のために寄付かなあ」
『アーサー王伝説』は前世の宮廷詩人マロリーが作り上げた著作物。
ここは異世界で、誰も咎める人がいないとしても著作権を侵害して利益を貪る気にはなれない。
最悪、多少の赤字になっても他の本の売り上げでカバーできるはずだ……多分。
ひとまず、アーサー王伝説を思い出して紙に書き綴りながら、どうすればこの世界の人にとって読みやすいか考えながら細部を調整していく。
この世界の貴族は一般的に魔力を持っている(レティシア除く)ため、ちょっとやそっとじゃリスペクトは得られない。
簡単に魔力を持って生まれにくい土地と明言しておくことで、作中に登場するマーリンや泉の貴婦人ヴィヴィアンが人ならざる者であることを匂わせておく。
そうして完成したのが『少年アーサーと聖剣カリバーン』。架空の島ブリテンを舞台に、各地からブリテン支配を目論む輩の侵略に対抗するため、剣を手に王を目指すアーサーの活躍を記したものだ。
十万字前後、前世のライトノベル一冊分の分量だ。
「さすが、アランが贈ってくれたペンね。ここまで書いても手が痛くないわ」
アランが贈ってくれた三本のペンのうち、色味が気に入っている紺のガラスペンを置いて休憩を挟む。
原稿をキリのいいところまで書き上げたという達成感とこれからどう話を展開させていくか考えるこの時間が好きだ。
少し冷めた紅茶を啜っていると、部屋の外から扉がノックされた。
「レティシア様宛てにお便りが届いております」
「入ってちょうだい、リディ」
「失礼します」
部屋に入ってきたリディの手には手紙が三通。
いずれも白い封筒と丁寧に封蝋されたものだ。
「たしかに受け取ったわ。差出人はサリーともう一人は知らない男……それとクロノ令息? なんのつもりかしら」
「御用がありましたらベルでお知らせください。部屋の外でお待ちしております」
静かに頭を下げて音もなく部屋を退出するリディを見送ってから、机からペーパーナイフを取り出す。
紙を破かないように細心の注意を払いながら、まずサリーの手紙を開封する。
「あら、香水なんて粋ね」
開封した手紙からふわりとフローラルな香りが鼻腔を擽る。
どうやら便箋に香水を振りかけてから文字を綴ったようで、前世では未体験な『香る手紙』に笑みが溢れる。
春の季節を讃える言葉から始まった手紙は、お茶会での私の詩の感想を少女らしい嫌味のない言葉で語り、締めには『塔の王女と無名の騎士』を購入して母と一緒に読んだという嬉しい報告と作品への賛辞。
便箋の最後には、『貴女の親友より愛を込めて、サリー』なんて小洒落た一文と乾燥させた薔薇の花弁が一つ添えられていた。
想像していたよりも熱烈な友愛の表現に恥ずかしさを感じながらも便箋を封筒の中に戻し、机の引き出しにしまう。
「この世界で初めてのファンレター、大事にしておきましょう」
こうした目に見えるものは心の支えになる。
返信のために便箋に香水を振りかけ、乾燥するのを待つ間にもう一通の手紙の差出人をじっくりと見てみる。
「セシル・サンガスター、心当たりがないわね。父の知り合い経由かしら?」
成人前のレティシアの交友関係は完全に記憶したが、『セシル・サンガスター』という名前には心当たりがない。
母はうっすらと把握しているが、父の交友関係は多岐に渡るので流石の私でも把握しきれない。
「なになに……あー、なるほど。はやくもアンチね。それも丁寧な方だわ」
開封した便箋からウッディ系の落ち着いた香木の香りがする。
男性らしい香りのチョイスに目を丸くしていると、文面まで丁寧な挨拶と突然の手紙を出したことを詫びる文から始まっていた。
中盤では『本にするほどの価値はない』『これから成人するなら常識を身につけろ』と痛烈に批判し、締めには私の健康を気遣う言葉が書かれている。
丁寧すぎて、怒りの感情が湧いてこない。
とりあえず無難な文面に本の購入を感謝する言葉を書いておく。最低限礼を失しない程度でいいだろう。
ちょっと封蝋に失敗したが、きっと私を鋭く批判した大人のセシルさんなら許してくれる。
「そして……なんか気が進まないけどクロノ令息からね」
クロノ・フォン・マクシミアン公爵令息。
盗賊に襲われていたレティシアを助けた人物であり、『キスは舞踏会のあとで』に登場するキャラクターだ。
本来のストーリーならば私が彼に惚れてジュリアとの恋を阻むのだけど……ぶっちゃけ今は創作が忙しいのでそんなことをしている余裕はない。
「うわ……メンド……」
手紙の中身はお茶会への招待状だった。
ぶっちゃけ、助けられたとはいえルーシェンロッド家とマクシミアン家は派閥の違う間柄にある。
端的に言えば政敵であるのはいうまでもなく、だからこそ作中のレティシアは報われてはいけない片思いに恋い焦がれ、破滅するのだ。
親しいとはいえない間柄にある私をお茶会に誘うのは、懐の広さをアピールしつつ仲間に引き込もうとする狙いがあるからか。
いずれにせよ父親と相談する必要がありそうだ。
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