第13話 みんな仲良しルーシェンロッド家


 あれからアランと具体的なスケジュールを詰め、まずは既に完成している『塔の王女と無名の騎士』から本にすることになった。

 その次に『石榴』を長篇にしたものを、『栄光の騎士王アーサー』をそれぞれ出版していく予定だ。


 教本は図解などを含めると私の膝から指先までの大きさが好まれるのだが、私の本は利便性を考慮して掌サイズの文庫本だ。

 物珍しさに目を惹かれる人が多いようにというのと、紙の節約を兼ねている。


 両親にアランと交わした契約を話すと大いに喜ばれた。

 父は『ルーシェンロッド家の誇りだ!』と私の背中を叩き、母は本が出来たら一番に見せて欲しいなんて可愛らしいおねだりをしてくるほどに浮き足立っていた。


 本が完成するまではレッスンも減らしてくれるというので、大いに嬉しい。

 さて『塔の王女と無名の騎士』の「ふしだら」描写だが、父と母に確認をとってみたところ、『反対派の貴族が尾鰭をつける前にアランが釘を刺しにきたんだろう』という結論に落ち着いた。

 この件は気にするだけ時間の無駄だと判断した私は、アランが設けた〆切に間に合わせるため、原稿に取り掛かったのだが……。


「レティシア、調子はどうかしら?」

「レティシア、紅茶がなくなっているじゃないか。リディ、おかわりを」

「はっ、かしこまりました」


 何故二人は私の部屋にいるのだろうか?

 そもそも両親に見守られながら執筆するというのもなかなか精神的に堪えるものがある。


 それにしても二人の夫婦仲は冷え切っているはずじゃなかったのか?

 父の膝の上で母が恥ずかしそうに頰を染めている光景から目を逸らして原稿に視線を落とす。

 さっきから気が散ってちっとも進まない。


「レティシアの新作とは楽しみだな」

「ええ。まあ、あなた。ご覧になって、レティシアの髪の美しさは父親譲りね」

「レティシアの顔立ちは母親譲りだろ」

「ルード……!」「エリザベータ……!」


 ひしと互いに抱きしめ合う二人は何がしたいんだろうか。

 前世で独身のまま人生を終えた私への当て付けか?

 ……はっ!?

 ストレスで思考論理が飛躍しかけていた。危ない危ない。


 そろそろ二人を追い出そうかと思っていた矢先、部屋の扉をメイドがノックした。

 応対したリディが箱のような物を持って私のところに戻ってくる。


「レティシア様宛のお荷物です」

「なにかしら?」


 リディから受け取った箱は贈り物用のリボンにカードが結わえつけられていた。

 カードには差出人の名前が書かれていて、その名前に思わずじっとりとした視線を向けてしまう。

 綺麗な青色のインクで『貴女の忠実なパートナー、アランより真心を込めて』なんて砂糖を吐き出したくなるような言葉が添えられていた。


 箱の中身はなんと三本のガラスペンと四色のインク壺だった。

 小生意気にも、私が今現在持っているペンよりも高価であろうことは一目で分かる。

 流線を描いたガラスペンは、まさしく仕事用に職人が作ったことは見て取れるし、インクに至っては再現が難しいであろう金色と鮮やかな水色、そして桃色だった。


 狙ってやっているのか、それとも高価なものを選んだらたまたまそれだったのか。

 いずれにせよ、ここを訪ねる前から是が非でも仲間に引き込むつもりだったに違いない。


「むむっ、持ちやすくて使い易いわ……」


 さらに手に持って分かったのだが、どうやらこれは魔力が込められた一品のようでまったく重さを感じない。

 それどころかペンだこのあった中指の痛みまで少しずつ消えていく。

 よくよく見れば、ガラスペンの流線の中に薔薇が描かれていた。

 ……これ、下手したら一本で庶民の家が立つぞ。

 そう思うほどに、芸術品の如き完成度を誇っていた。


「ところで、お二人ともすっかり仲良くなりましたね」


 気分転換がてらにペンを取り替えつつ、いちゃつく二人に話しかけてみる。

 私の記憶によれば二人はこれといった共通の話題もなく、体も心の距離も開いていた。


「それはなあ……、レティシアの話で仲良くなってなあ?」

「ええ、この人ったら私がアーサー王の話をすると嫉妬するのよ」

「それは言わなくてもいい話だろ?」

「だって嬉しいんですもの」


 もうお腹いっぱいです。

 最近の母は目に見えて精神的に安定しているし、使用人を虐待することもすっぱり辞めた。

 父も仕事に程よく取り掛かるようになって、前ほど屋敷を長期間空けることもなくなった。


「なるほど、お二人は娘の私をダシに仲良くなったと」


 少し拗ねたフリをしながらそう口にすれば、両親は顔を見合わせてクスクスと笑い合う。


「まあ、レティシアのおかげで仲良くなれたのよ。ああ、そういえばあなた。レティシアに言うことがあるんじゃないの?」

「む、そうだな。あー、レティシア」

「はい、なんでしょう?」


 改まった様子で話を切り出してきた父のただならぬ様子に、私は訝しがりながらもペンを置く。


「その、前にレティシアの物を『無駄』だと言ったことがあっただろう?」

「ええ、そんなこともありましたね」


 父は視線を彷徨わせると、すうと深呼吸を一つ。


「レティシア、君が作った物を否定してすまなかった」


 頭こそ下げなかったものの、父は謝罪の言葉を口にした。

 このタイミングで謝られるとは思ってもいなかったし、もう少し先の未来だと想定していた私は呆気にとられて父の顔を見る。


「あの時の私は自分のことばかりを優先していた。君の気持ちも考えず、否定的な言葉ばかりを使うべきじゃなかった。私は父親としても、人としても未熟だ」

「いえ、そこまで悲観的になる必要は……」

「こんなにも楽しそうにするエリザベータを見て、ようやく自分の愚かさに気づいた私をどうか許してくれ……!」


 いつになく弱気な父の姿は、なんだか見ていてとても居心地が悪い。

 もしやこの身体レティシアのなかに眠る家族への愛……だろうか。

 それともはたまたいつも胸を張っている父が目に涙を溜めながら私を見つめているからだろうか。

 いずれにせよ、自らの過ちを認めて謝罪したならそれを受け入れるのが大人だ。


「どうかそんな悲しい顔をなさらないで、お父様。私はもう気にしておりませんから」

「レティシア……」


 父の身体を母が指で突っつく。

 すっかり新婚夫婦のように仲睦まじく寄り添いあっている。


「ほら、言ったでしょう? 今のレティシアならちゃんと謝れば許してくれるのよ」

「まったく、君には敵わないなあ……!」


 ……何を私は何を見せられているんだ?

 このまま放っておいたら今すぐにでもキスの雨が降りそうだ。


「あら、もう昼食の時間ですね」


 多少強引に話を変えると、私の意図を汲んだリディが昼食のメニューを説明してくれた。

 それに耳を傾けながら、私は心の中でため息を吐く。



 ────官能小説を書いてるって言いそびれちゃった。

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