第11話 謂れなき『ふしだら』認定
爽やかな朝は一人の来訪者によって粉微塵に壊された。
「おい、聞いているのかレティシアさんっ!」
「はい、聞いてますよエッシェンバッハ子爵様」
来客用の椅子にふんぞり返り、片手に私が頒布した本『塔の王女と無名の騎士』を持っている貴族の男。
金髪碧眼にして垂れ目がちの三白眼という刺さる人には刺さる程度の整ったルックスに金の刺繍が施された紺色のジャケット。
バッチリとタイまで締めているという“正装”だ。
「この『アーサー王』の話はとても良い。だが、この『塔の王女』はいただけない。何故か分かるか?」
「さあ……」
来客の対応は本来、デビュタント前の私が行うべきではないのだが、生憎と父も母も社交会に出発したばかり。
そもそも、今日、来客が来る予定はないのだ。
予定のない来客を追い返したとしても問題ない……とはいかないのが貴族社会。
今、目の前にいる男は父の所属する派閥のなかでも父と同格の発言権を持っている人物。
ないがしろにしては父の離反が疑われる為、渋々娘の私が応対しているというわけだ。
「そういうところがまだ未熟だなあ、レティシアさん!」
妙に上から目線で話してくることに苛立ちを感じつつも言い返す訳にはいかないのでぐっと我慢する。
アラン・フォン・エッシェンバッハ子爵。
齢十八にして商会を牛耳る人物であり、後ろ盾にエッシェンバッハ侯爵というこれまたビックな貴族が控えている。
外国の王家とも繋がりがあり、敵に回すと死ぬほど厄介なのだ。
何故今朝会ったばかりの彼について詳しいかと言えば、彼もまたレティシアと同じく『キスは舞踏会の後で』に登場するからだ。
嫉妬に狂うレティシアに悪事を唆す黒幕のキャラクターなのだが……。
「まあ、今日は僕も暇なので! 偶々、暇なので! 話を聞くなら今だぞ!」
「はあ……」
一体何が目的なんだろうか。
追い返したいのだが、屋敷にいる騎士や兵士程度では彼に太刀打ちできないのも事実。
ここは彼に話を合わせておくしかない。
「えぇと、その『塔の王女と無名の騎士』と『栄光の騎士王アーサー・ペンドラゴン』は何処で手に入れたのですか?」
そもそも、それは読書会にて頒布した数冊限定の本だ。
使用人と作り上げた、表紙も他の紙と同じだけの粗末なものだ。
読書会にて読者を獲得しつつ、価値を認めさせていく計画の先駆けとして作ったものだが、何故読書会に参加していないはずのアランが持っているのだろうか。
「なに、僕の甥が読書会で貰ったと言ってな。気に入ったから“譲って”もらったのだ!」
「あぁ、あの子ですか」
読書会に参加していた大人しげな令息の顔を思い出す。
言われてみれば面影があるような気がした。
“譲ってもらった”と本人は言っているが、おおかた権力をバックに強奪されたのだろう。
「なるほど、エッシェンバッハ子爵様が本を手に入れるにあたった経緯は把握しました。して、その本に────」
「あー、そのエッシェンバッハ子爵様というのをやめろ。アランでいい」
「子爵様にご無礼を働く訳にはいきません。ましてや名前で馴れ馴れしく呼ぶなど……」
やんわりと名前呼びで断ると彼は露骨に眉を顰めた。
そういえば彼は名前で呼ばれることに拘りを持つような
作中の描写によれば、『親密になるための第一歩』だそうだ。
現実ではセクハラ認定まったなしの距離感の詰め方だ。
「分かりました、分かりましたから魔力を抑えてくださいましアラン様!」
「む、すまない。無意識に制御が狂った」
アランが苛立つにつれて重力が加算されていく。
彼が持つ魔力は重力に関係するもので、物を浮かせたり重くしたりとできるらしい。
ちなみにレティシアは外見に特化したのか、魔力でアレコレできる才能はない。
「はあ、それで本日はその本に関して私に述べたいことがあると伺っておりますが……」
「そう。全体的に話は纏まっていてよい。よいのだが、この駆け落ちする部分、ここはとてもいただけない!」
「左様ですか」
お茶会でも読書会でもそのような指摘は受けていない。
父が目を通した時も駆け落ちについて言及はされなかっただけに、アランの言いたいことが読めずに思考を巡らせるが答えは出ない。
情報不足だ。
「よいか、未婚の男女が二人で手を繋いで夜の闇へと消えていく。これは大変『ふしだら』なんだ」
「…………………………はぁ、なるほどぉ?」
何一つ理解できなかっただけに、我ながら間抜けな相槌が飛び出した。
私の返答を『年頃の無知』から出た物として認識したらしいアランが耳を赤くして言葉を続ける。
「その、君ぐらいの年代になれば自ずと聞こえてくるだろう? 男女の、その、なあ?」
要領を得ないほどぼかしているが、言わんとしていることはなんとなく分かった。
「つまり、二人は宵闇の中で致したと仰りたいのですか?」
「ふぁっ!? ま、まあそういう解釈もあるんじゃないかな!? 僕は勿論違うと分かっているけどね!!」
何がしたいんだ、この人は?
「僕はこういう理性的な判断が出来るが、世の中には野蛮な奴らがいるからな。そういうやつはこれを見て『ふしだら』なものときて糾弾するだろうな!」
「は?」
「勿論、僕は違うから信じてくれ! 本当だぞ? おい、なんだその目は」
『ふしだら』? この作品が?
沸々とこみ上げてきた怒りに私の手が震える。
これまで文学を嗜んできた友人から『他人に媚びた作品しか書かないのか』と馬鹿にされた時以上の怒りに目の前が真っ赤に染まった。
たしかに私は他人に読まれるためなら自分のスタンスだって叩き折る節はある。
だけども、だ。
この謂れなき『ふしだら』認定だけは断じて許す訳にはいかない。
「ふ、ふざけるな……」
「ん? 何か言ったか?」
「この作品の『男女二人が闇に消えた』という描写がふしだらだとッ!?」
「い、一般論だぞ? 落ち着けって、な?」
ガシッとアランの肩を掴む。
涙の膜が張っているように見えたが、今はそんなことはどうだっていい。
「アランッ、今日は暇だと言ったなッ!」
「お、おお。そ、そんないきなり名前呼びなんて……」
かつてちょっとエチィ小説を書いてウェブに載せた事がある。
その時に貰った読者の感想に誓って、私の書いた『ふしだら』な小説は断じてこの程度の匂わせで済むようなものじゃない。
侮って貰っては困るのだ。
「今から私がお前に真の『ふしだら』を見せてやるッ!」
「ふぁぁあああぁぁっ!? そ、そういうのはまずお友達から始めて……いや、でもこれはこれでアリかも……?」
「少し待ってろ! “ブツ”を取ってくる!」
「ふえええっ……い、いったい僕にどんなふしだらなことをするつもりなんだ……っ!」
こうしちゃいられないと私はアランを置いて部屋に紙とペンを取りに走った。
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