第9話 読書会


 麗かな日差し差し込む部屋のなか、窓から覗く薔薇の美しさにため息を漏らし、貴婦人たちは色とりどりの服を身に纏いながら優雅に紅茶を飲む。

 使用人のなかから耳障りのよい声を持つ少女を選んで本を朗読させるお茶会を、貴族たちは『読者会』と呼称する。


 その集まりに参加しながら、私は虎視眈々と機会を伺っていた。

 ハイネックの長袖フリルシャツにダークブラウンのコルセット、そしてアンクル丈まであるミントグリーンの長いスカート。

 いつも通りの装いだ。


 完成した詩を母に見せろと命令してきた父に『断る』と突き付けたのは昨日のこと。

 すぐにホイホイ与えては飽きられてしまうと諭せば、父は私の言いたいことを分かったようで追加の紙やインクと紙を纏めるための紐を手配してくれた。

 綺麗な装丁は金の無駄だと言って頑として認めなかったけれども追加の物資はとても助かる。

 父の言葉を纏めていたらインクが切れて困っていたのだ。


 思考が逸れた。


 小説としての価値、娯楽の重要性を認めさせるには信者が必要だ。

 いつの世も、人は数という目に見えるものを無視出来ない。

 さらにそこに熱意が加われば、一つのコンテンツとなって後ろ盾になりえる。

 読まれるための小説を研究していて、私が行き着いた一つの真理だ。


 貴婦人ならば垂涎する『吟遊詩人の詩』としての価値、『レティシア』、『私』を徹底的に利用する。

 目をつけたのはまず貴婦人。

 ここでファンを獲得しつつ、『面白い子』としてのアイデンティティを確立するのだ。


「そして赤色の刺繍糸を通した針を右下から通しまして……」


 朗々と読み上げる使用人。

 手に持っているのはレース編みを記した本だ。

 使用人が読み上げた指示を聞きながら併せて技術を磨く。

 『キスは舞踏会のあとで』にもヒロインのジュリアが編み物に精を出すシーンがあった。


「最後に全体を整えて完成です」


 ぱたりと本を閉じる音を合図に、貴婦人はきゃあきゃあと完成品を称え合う。

 称賛は全て一つの結論に至る。


「編み物でサリーに勝る人はいないわね」


 サリーが作り上げたものはただのレース編みを終えたものにあらず、魔力を込められた一品だ。

 その効果は全体のデザインによるものから大きく影響を受けるそうで、薔薇を模したそれは『治癒活性』という魔法を生み出す。

 これを身につけていることで、怪我や病気を恐れる必要がなくなるのだ。


 一般的に淑女の嗜みや花嫁修行として扱われがちだが、意外にも男性からの支持は高い。

 次男、三男を服飾系の仕事に進ませようとする家もあるらしい。

 この読書会にも一人、見慣れぬ顔の少年が参加していた。


 なお、作中のレティシアは手先の細かい仕事が嫌いだ。

 私は細やかな作業は好きなのだが、どうも前世の価値観が足を引っ張っているらしく編み物自体は良くとも効果は特にない。

 ただの編み物でしかなく、周りからの評価は『まあまあ頑張った方』だ。


 作品の出来をそれぞれ確認した母はざわめく会場を咳払い一つで静かにすると口を開いた。


「まだ解散するには早すぎるわね。けれど他の本を『読書』するには中途半端な時間だわ」


 教本は数多くあれど、世に出回っている数が少ない。

 故に、大人数で本の内容をシェアするためには読み上げる必要があるのだ。

 それを『読書』と表現する。

 実に非効率的でありながら独特な情報の相互共有会だ。


 待ちわびていた好機に喜びながら、私はすっと手を挙げる。

 集まる視線の数々に笑みを浮かべて、私はサリーにウィンクを送る。

 それだけでサリーは私の言いたいことが分かったようで、顔をたちまち綻ばせた。


「まあ、でしたらお母様。この前お話しした吟遊詩人の詩でもお話しいたしましょうか?」

「あら、そういえばそうだったわね。お願いできるかしら?」

「ええ、皆さんを楽しませられるよう精一杯お話ししますわ」


 この読書会の主催者からの了承も得たことだ。

 『吟遊詩人の詩』と聞いてサリーのように瞳を輝かせる者、少しばかり顔を曇らせる令息、そして妬みの篭った熱烈な視線。


 まずは軽くジャブに『塔の王女と無名の騎士』を語り、それぞれの反応を伺う。

 うっとりと騎士を賛辞する令嬢は予想通りとして、呆れたように冷めた目で見ている令息に狙いを定める。


「実はあと一つ、吟遊詩人から聞いた詩があるのです。少し駆け足になってしまいますが、お時間宜しければお付き合いいただけますと幸いです」


 断りを入れれば、母はニッコリと笑顔を浮かべる。

 それを了承と受け取って、私は事前に頭の中で組み上げておいた物語を引っ張り出した。


「それでは、二つ目の詩を歌いましょう。題名は『栄光の騎士王アーサー・ペンドラゴン』」


 かつて、前世ではマロリーという宮廷詩人が各地に伝わる伝承を纏め、貴婦人に好まれるように編纂したという物語。

 数百年経った現在でも、その物語は形を変え、姿を変えてなおも親しまれるファンタジーにして理想の体現。

 老若男女を魅了してやまない神秘に満ちた黄金と栄光に満ちたストーリー。


「…………っ!」


 顔を上げ、私の顔を見た令息の期待が篭った眼差しに笑みを返しながら、私はニンマリと笑みを浮かべた。

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