彩子先生と高橋先生

麻木香豆

第1話

「まじウケる」

「なに笑ってるんだよ」

 喜多彩子きたあやこと、大島和樹おおしまかずき。二人は同じ高校で勤務する教師同士だ。まだ若手の女教師彩子、大島の方が一回り上の30代後半。大島は彼女の上司であり、学年主任である。


 彩子がスマホを見せる。

「だってさぁー。これこれ」

「なんだ、高橋からのメール?」

「そう」

「『チョコミントの新作のアイス見つけました! 隊長!』って、彩子、隊長なの?」

「そうなんだよねー、隊長になっちゃった」


 彩子と大島は職員室では隣同士。スマホの画面には二人と同じ教師である、高橋のメールの画面。そこには新作のチョコミントアイスと、それを持つ高橋の手が写っている。

 高橋は彩子より一つ上の教師だが、ヘタレでポンコツのため彼女にはヘコヘコし、尻に敷かれている。


「確か前は……フルーツ大福、その前はパフェ、その前の前はインドカレーじゃなかったか?」

「そうそう。先日の歓迎会の時にさー、たまたま高橋の横で喋ってたらー、『僕、インドカレーが好きなんでぇ』って。話し合わせるために私も好きって言ったら、次の日から不定期にインドカレーの写真と店の地図送ってきて……」

 と、過去の履歴を見せる。


「『私はもう飽きたから』ってもううんざりで。メールして欲しくなかったから職員室でそう言ったら『じゃあ何か他に好きなのありますかぁ』っていうから適当にパフェって言ったら……」

「パフェの写真と、お店の地図を送ってきたのか、ははは」

 彩子は大島に困った顔をする。大島もやれやれと同情する。


「で、もう嫌だから……もういらないわ。って言ったら『次はなにですか』て言うから……たまたま職員室にあったフルーツ大福が目に入って……」

「あー、高橋は彩子のこと好きなんだなぁ。好きな人のためならなんでも尽くしてくれる、高橋と付き合ったら?」

「いい加減私が嫌いって気づかないのかしら。高橋。

『もうメールやめてください。迷惑です。業務以外でメールはやめましょう』、送信!」

「恋多き彩子先生は高橋には惚れなかったか」

「私が誰でも恋をすると思ったら大間違いよ」


 彩子は前の高校で同じ勤務先の教師複数人と関係を持って引っ掻き回し、表向きでは転勤だが実際は色恋沙汰で今の高校に赴任した。彩子も反省して真面目に仕事に打ち込もうと意気込んだ。


 そんな中、赴任してすぐ彼女と同じ学年を担当した大島に一目惚れした。ひとまわり年上だが、気さくで少し照れ屋で剣道で鍛えられた身体に惚れた。


 それに大島は気づいているのにもかかわらず知らないふりしながらも彩子に気があるふりをしている。だが前の学校でのことを彼は知っているのであくまでもふり、であるが。


「高橋との方がお似合いだと思うんだが。彩子先生とも年も近いし、俺は高橋見たく尽くせないし、マメじゃない」

「……そうじゃなくても……私はいいの」

「なにが、いいの、だよ」


 彩子はだんまりしてしまった。

「リスク高いぜ? 俺は既婚者だし。こんな俺に入れあげたりでもしたら、それが次の結婚の足かせになるかもしれんし。あと教師クビになっちまうぞ。女が教師クビになってどこに次の就職先がある? 本気にするなよ」


 彩子は本気で大島に恋をしていた。既婚者と知っていても彼が妻と仲が悪い、離婚するからという定型文のような嘘を信じてズブズブとはまっていった。でもなかなか大島とは進展がなかった。



「俺なんかよりも高橋の方が絶対いいぞ」

 そう言って大島は席を立ち、職員室から出て行った。



「なによ、てめーみたいなオッさん、願い下げよ!」

 彩子はそう心の中でそう叫びながらも目から涙がこぼれた。ハンカチでそっと拭う。周りの先生たちにバレないように。



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