第2話
「ねえ、ちょっといい?」
休み時間にあいつらに呼び出された。
「ちょっと待って……先生に頼まれた書類があって……」
「んなもん無視すればいいじゃん!」
バン!っと早島が机を叩いた。それを見て、神沢が小声で早島に話した。
「待って!先生からの仕事は邪魔しない方がいい。あとで面倒だから。それに廊下から別のクラスの人が見てる。ここは待った方が無難よ。
それに……待った時間の対価はバカ谷に払ってもらえばいい」
ひそひそ話が終わった後、五分だけ待つと早島に言われた。
五分後、私は人がめったに通らない薄暗い廊下に私は連れていかれ、私は壁に押しつけられた。
「さーて、待たされた分いつもよりたっくさん掃除してやるからな」
掃除用具を佐藤が開けたとき、コツコツと足音が聞こえた。
「あら、誰?こんなところで何をしているの?」
女性の先生が廊下を覗き込む。
三人の動きは一瞬固まった。
「埃が溜まっていたので掃除を……」
神沢が答えた。
「ああ、そうなの。でも会議が始まるから大丈夫よ」
「会議?」
早島が驚いた顔で聞いた。
それに答えるように、他の先生達の足音が近づいてくる。
三人は私を連れてその場を離れた。
「最悪っ!なんで会議なんてやんのよ!」
早島は壁を蹴った。
私は隠れて満足そうに笑った。
そう。今日はちょうど定時制の先生達の三ヶ月に一度の会議がある日だ。
会議が始まる時間に合わせるために、やりたくもない先生からの仕事を自ら引き受けたのだ。
そして……
「あーもういいや。この教室で!」
早島は私を空き教室の中に押した。
そしてこの行動も予想済みだ。
早島は掃除用具入れからモップを取り出した。
私は部屋の端へジリジリと追い詰められていく。早島はモップを私に突き出してくる。
私は避けつつ後退する。
「いい加減にしろ!」
勢いよく、モップが突き出された。
腹にモップが直撃した。
「うぐっ!」
私は壁際にうずくまった。顔をあげると、廊下の扉への一本道は三人に塞がれてしまっていた。モップが顔に押し当てられる。
「ゴミのくせに逃げやがって。ほら、キレーにしてやるから、抵抗すんじゃねぇ!」
制服が汚れ、髪がボサボサになっていく。
それでも私はじっと耐えた。ポケットの中のスマホを信じて。
放課後、私は教壇の上に立った。
「私は、いじめられています!
早島さん、神沢さん、佐藤さんにです!」
クラス中の視線が私に集まった。帰ろうとしていた人の足も止まる。一方、私の足は生まれたての小鹿のように細かく震えていた。
でも……今日、ここで変えるんだ!
「はぁ?」
早島が立ち上がった。
「何?急に。
いじめって……。あたし言ったよね?もう言いがかりはよしてって。証拠あんの?証拠は?」
嘲笑うように早島は言った。私はポケットからスマホを出す。そして録音の再生ボタンを押した。
早島の怒鳴り声が夕暮れの教室に響き渡る。背後で笑う二人の声も入っていた。
サッと早島の顔が青ざめたが数秒後に冷静さを取り戻した。
私は早島を見つめた。
「証拠、あるよね?」
「で?
それを先生に見せるの?私がいじめてるとしても、それだけじゃ証拠として不十分じゃない?」
「無駄なことだ」という声が早島の表情から伝わってくる。
神沢がいる以上、先生に見せても意味がないのは私だって分かってる。だから。
「これは、警察に提出する。防犯カメラの確認をしてもらうためにもね」
私は予想通り早島があの空き教室を選んだとき、追い詰められるふりをしてカメラのある位置に移動していた。廊下のカメラからまっすぐ見える位置に。
「はぁ!?」
早島が目を見開いた。
「ふっざけんなよ!そもそも古谷さんが悪いんじゃん!そんなことで警察とか、馬鹿じゃねえの!?」
「そんなこと?
お前らがやったのは、立派な犯罪だ!
私を無視した人を含めてな!」
他人事だと思っていた他のクラスメイトが反応した。自分も巻き込まれるとは思っていなかったんだろう。
「暴行罪、傷害罪、器物損害罪、窃盗罪、侮辱罪、名誉毀損罪などなどざっと調べただけでもこれだけの罪に該当する。それでもまだ、そんなことって言えるのか!」
「……!」
早島の顔が強ばった。が、次の瞬間、それは笑みに変わった。
私の左半身に衝撃が走る。神沢が私に水をかけたのだ。私が話している間に教室を出て水を汲みに行っていた。
(しまった!このスマホは防水じゃない!)
私の動揺を狙って佐藤が私に体当たりをした。スマホは佐藤に奪われ、早島の手に渡った。
「ははっ、さんざんイキってくれてありがと。でもこれで終わりだね」
「待っ……!」
窓からスマホが投げ捨てられた。ここは三階だ。地面はコンクリートだからスマホは助からないだろう。
「スマホを壊しても、防犯カメラが……」
「ふふっ……あはははは!」
私はぎょっとした。神沢が大声で笑ったのだ。
「何がおかしいの!?」
「あはは……ふふ……ほんっとに馬鹿で阿呆ね、あなた」
神沢は目尻の涙を指で払った。
「あの防犯カメラはね、機能してないのよ」
「…………」
「知らなかった?こんな公立高校に、全ての防犯カメラを起動させておくお金なんて、あるわけないでしょう。まあ、あなたは教師とそこまで親しくないから知らなかっただろうけど」
「あははっ!あんなに自信満々に話して、結果がこれって……惨めすぎ!
ま、これからもいじめてあげるから、よろしくね~」
早島は笑いを堪えられないという風に肩を震わせた。
私は少し落胆したように言った。
「防犯カメラは予想外だった。でも警察は呼ぶよ」
「はっ!まだそんなこと言ってんの!?
あんたが言う『証拠』はもう地面で粉々だよ?
それともなに?私がたまたまスマホを落としちゃったのを警察に言うつもり!?」
「いいや?」
私は首を横に振った。
「なに余裕ぶってんの?」
神沢が不快だと睨み付けてきた。
早島が神沢の前に出た。
「まぁもういいよ。そうだな……裸になって『皆様の貴重な時間を私ごときが奪ってしまい、申し訳ありません』って言った後、三回回ってワンって言ったら許してあげるよ。もちろんちゃーんとカメラで記録してあげるけど」
ニヤニヤしながら佐藤がスマホを起動させた。
「嫌だよ。そんなことしない」
「なに言ってるの?あなたにはもう反抗する権利なんてないんだけど?」
神沢が私を嘲笑いながら言った。
私は動かない。
「早くしなよ!スマホは壊れて、頼みの防犯カメラも起動していなかった!」
「だったらこのカメラを使う」
私はビデオカメラを取り出した。
「あらかじめあの空き部屋に設置しておいた。もう壊されるようなへまはしない」
空き教室で移動したとき、防犯カメラにも自分のカメラにも、移るようにしていたのだ。
「なに……それ」
神沢は後退りした。早島がそれでも私を嗤うように言った。
「じゃあ、私があの教室でいじめるまでずっと待ってたってこと?」
「いいや?」
私は首をかしげた。
「そんな賭けみたいなことしないよ。私はあなたが私をいじめそうな場所全てに仕掛けたんだ」
「は……?」
私は正攻法しか知らない。だから、全力で相手を堂々と告発するしかない。
「全部って……バカなの?」
「それだけじゃない。このカメラにも気づかれたときのための方法も用意してあるし、あなたが今まで傷つけた私の私物も全部とってあるし、あなたが私のものをとった日付・時刻も全部記録している」
「………………気持ち悪」
「なんとでも言えばいい。それに携帯はもう一台ある。これで警察に連絡する……っとその前に」
私はクラスの顔を見渡した。
「私は四月、みんなが仲良くしてくれたのを覚えてる。だからみんなのことを警察にいうなんて、できればしたくない。だから……私の『お願い』を一つ聞いてくれたら、みんなのことは何も言わないよ。どう?」
クラスメイト達はみんな首を縦に振った。
良かった。本当は警察に言っても、無視しただけじゃ、罪に問われないんだよね。
「あの……古谷さん?私達は……」
おずおずと早島が話しかけた。
「ん?なに?警察に言わないで欲しいの?
もう発信ボタン押せば繋がるんだけど」
神沢と佐藤が早島の前に出た。
「ごめんなさい!私は、悪くないの!全部早島が指示してたの!本当はこんなことやりたくなかったんだよ!」
「そうなの!ほら、私が一番消極的だったでしょ!?ね?」
「二人とも……!」
三人は互いに互いを罵りだした。
「あはは。もういいよ。許さないから」
早島は数秒固まった後、頭を下げた。
「……っ!ごめんなさい。もうしないから!だから……!」
「……土下座してよ」
「え?」
「土下座。三人で」
三人は顔を見合わせた。
足を折り、早島の悔しそうな顔が地面に近づいていく。
あと少しで……。
「なーんてね!」
私は早島の肩に手を置いた。
「クラスメイトに土下座なんてさせるわけないでしょ?」
「じゃあ……」
「うん。警察にも言わない」
「ありがとう!」
早島は私に抱きつこうとした。ひょいと横によけると、早島はそのまま地面にキスをした。ドターンと痛そうな音がする。
「みんなもう帰っていいよ。三人以外にはあとでお願いの内容を伝えるね」
私がそう告げると、クラスの扉からとぼとぼとみんな出ていった。
次の日。学校中にいじめのことが広まっていた。
私がクラスメイトに頼んだこと、それは「私が送る動画を拡散すること」。動画の内容は私をいじめている動画と昨日の教室での動画。
先生にもその動画はまわっている。
学校での三人の様子は想像にかたくないだろう。
人をいじめて笑えるようなやつは、謝ったところで改心するとは思えない。だったらこれくらいはしないとね。
それに私は一度も「許す」なんて言ってないしさ。
駆け引き yurihana @maronsuteki123
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