駆け引き

yurihana

第1話

「キレイにしてやるよ、ほらっ!」

その怒鳴り声と共に上から水が降ってきた。

髪の先から滴が垂れる。

私、古谷瑞季はいじめられている。

高校二年生になった年の五月から。

きっかけは小杉さんを助けたことだった。


早島、神沢、佐藤の三人は、仲良くしていると言いつつ、小杉さんをいじめていた。早島は目がつり上がった短髪の女子。神沢はロングヘアーの一見真面目そうな女子で、佐藤は短髪でニヤニヤ笑っている女子だ。

面倒はごめんだと思い、最初は放っておいた。しかし小杉さんが蹴られているのを見たとき私は自分を抑えられなかった。

「はぁ?いじめ?古谷さんの気のせいじゃない?」

早島はややキレ気味に言った。

「いや、他にもそう感じている人はいるの」

私一人の視点じゃ、勘違いの可能性があった。だから同じグループの人を始め、他の人にも聞いておいた。

「ふーん。でもいじめじゃないから」

そのまま二人は歩いていった。

私は相手にされなかったことが悔しかった。でもこれ以上食い下がっても仕方のないことだった。だから私は明日からもう気にしないことに決めた。


翌朝、早島が教壇に立った。

「皆ちょっと聞いて?ごめんね、朝の時間とっちゃって。

昨日、誰かさんが、私が小杉さんをいじめてるいって言ってきたの。私達は普通に仲良くしてただけなのに、そういう風に言いがかりをつけてきました!

皆さ、勉強とか親のこととか、色々と思うことはあると思うんだけど、他の人にそれをぶつけるのは、本当に良くないと思う!そういう人が、クラスの雰囲気を壊すんだよ。

まあ、もう誰か分かってるよね?……古谷さん?」

とまあ、こんな具合に朝っぱらから私はクラスの敵に仕立てあげられたのである。

皆が私を振り向く中で、私は早島の予想外の行動に唖然としていた。

私が状況を把握するかしないかなんて関係なしに、私へのいじめが始まった。

「古谷さんの間違った性格を直す」というのだ。まったくばかばかしい。人の性格なんて千差万別なんだから間違いもくそもないだろう。

だがきっと理由なんてどうでもいいのだ。

クラスの皆(ちなみに女子高のため、男子はいない)の反応はというと、それはそれは冷淡なものだった。

「巻き込まれたくない」というのもあるのだろうが、朝の「演説」の後、早島が、

「他にも悪くいっている人がいたらしいけど、これって古谷さんの嘘だよね?」

と言ったことで、私と仲良かった人さえ、いや、仲良かった人こそ、私を否定し始めた。クラスの雰囲気が、私を貶めることで統一されたのである。

そして私は孤立した。


「何ぼーっとしてんだよ!」

さらに水が追加される。目に入らないように顔をふせた。

こいつらの上手かったところは、あの「演説」で自分が被害者のように振る舞い、かつ自分達が正義だというように場を演出したことである。そして作った大義名分の元、私を攻撃し始めた。

その頭をもっと別のことに使えばいいのに。

「話聞いてる?あたしがこんな一生懸命お前の性格直してやろうとしてんのに」

あー聞いてる聞いてる。あなたの罵詈雑言。


「おーい、どうした、そこ」

体育教師の上杉がやってきた。

私は今ちょうど濡れている。先生はいじめに気づくんじゃないか……と思ったら大間違いだ。

「あっ、先生こんにちは」

「おう、神沢。ん?どうして古谷が濡れているんだ?」

「実は古谷さんがプールの中に落ちてしまったんです。まだ六月で、プールの水が緑色の状態だったので、全身が汚れてしまっていて」

「本当か?古谷」

「……はい」

落っことしたのはお前達だけどな。

「なんだ、そうだったのか。そういえば、今日の放課後のプール掃除は早島達が担当してくれてたな。じゃ、あまり遅くなるなよ」

そういって上杉は教官室へ行ってしまった。

「はーい!」

とその背中に向かって元気よく返事をする三人。

神沢は成績が良く、先生にも好かれている優等生だ。その上弁も立つ。私の主張とどっちを信じるかと言えば、満場一致で神沢だろう。

「じゃ、後片付けよろしく」

私の足元にカランとバケツが転がる。

三人は笑いながらプールを後にした。髪から水がポタポタと垂れる。髪は掴まれるのが嫌でいじめられるようになってから短くした。

ポタポタと水が滴る。その量は次第に多くなる。頬からも水が垂れ始めた。

「あれ?おかしいなぁ……」

拭っても拭っても、水は止まらなかった。


私は、昔から不器用だったと思う。どうしたって上手く立ち回れない。正攻法しか知らない。

みんなの「上手くやる」が分からない。

それでも理不尽なこと、道理になっていないことを見ると、それを許せない正義感が沸々と沸いて、胸のうちで暴れまわる。美味しいご飯を食べたって、大好きなペットを愛でたって、いつまでも胸が苦しいままなのである。そのくせ、自分の行動に対する悪意に耐えるだけの心の強さは持っていなかった。

私は小杉さんを助けたことを、後悔していない。そうしなければ、私は自らの正義感のせいで吐き気まで催すようになっていただろうから。

私は今までこういうことがある度に、仕方がないこと慰めるようにしてきた。自業自得なのだと諦めるようにしてきた。


乱暴に腕で顔についた水を拭う。私はあいつらの去った方向をにらみつけた。


でも、もう、我慢しない。


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