第8話

 僕は、ゆっくりふりむきました。

「あなたも。あなたもとは、どういう意味です。ひょっとして、あなたも僕と同じ人間なんですか。いや、そうなんですね。」

 僕は彼女の潤んだ瞳をみつめました。その時、僕はどうして彼女に魅かれるのかがわかったような気がしました。生きるのがヘたで、自分をだますのがヘたで、一生懸命生きようとしながらはたせないでいる、そんな彼女の苦しみがわかるような気がしました。

 僕の心にどうしようもないほどの彼女ヘの愛しさが湧きあがりました。

 僕はケープをはぎとると言いました。

「いやだ。僕もここに残る。あなたのそばにいたい。あなたが好きなんだ。」

彼女は悲しげに首をふりました。

「だめです。ここには、人間は一人しかいられないのです。それが、最後の夢さえなくしてしまった者への罰なのです。誰かが迷いこんで来るまで、この夢の園からは出られないのです。この園の主が決めたことです。」

「それなら、その主に会って頼んでくる。」

僕は灰色の館の方へ、歩き出しました。彼女はあわててかけよると、僕の腕にしがみつきました。

「だめです。主は人間ではありません。主と対決して無事だった者はいません。今までにも、迷いこんだ人達が、何人もここから逃げ出そうとして館に行きました。でも一人も帰ってきません。おそろしい叫び声がかすかに聞こえてきただけです。」

 ふりむくと、彼女は泣いていました。

「お願い、早く逃げて。私には、あなたを身代りにして出て行くなんてできません。」

僕は、思わず彼女を抱きしめました。

 その時です。おそろしいうなり声が、空に響きわたりました。館の方をみると、なにかとてつもなく黒い影がこっちヘ飛んでくるのがみえました。彼女は悲鳴をあげました。

「主が目をさましたわ。もうだめ。早く逃げて。」

 彼女はそう言うと、僕に口づけをして、思い切りつきとばしました。

 その瞬間、ものすごい音がして、僕は何もわからなくなりました。最後にみえたのは、舞い降りて来た巨大な黒い影の前に、両手を拡げて立ちふさがった彼女の姿でした。あの光景は、今でも目に焼き付いています。

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