第2話
ある日、たまたま休みがとれたので、僕はひさしぶりに個展をみにでかけました。平日の午前中ということもあって、人影はまばらで、この分ならあまりじゃまされずにじっくりと楽しめそうでした。いつものように気にいった絵をみつけて、少しずつ後に下がっていった時のことです。いきなり誰かの背中にぶつかってしまいました。
「あ、すみません。」
「いや、こちらこそ。」
おたがいに振り返ってそう言ったとき、僕は同じ楽しみ方をしている人がほかにもいたことを覚りました。そこはちょうどフロアの真中あたりで、二人とも正面の絵をみながらあとずさりしていたのです。相手もそれとわかったようで、ニヤリと笑うと、そのまま別の絵の方に行ってしまいました。
結局、その日はあまり気にいった絵はなくて、早々に画廊を出ることにしました。と、その時です。出口でバッタリと顔を合わせたのは、さっきの人でした。年は三十才位でしょうか。ちょっと変わった雰囲気の青年でした。
「あ、先程はどうもすみませんでした。」
「いえ、こちらこそ。ところで気にいった絵はありましたか。」
そんな挨拶から話の糸口がほぐれて、まだ時間も早いし、喫茶店でもう少し話をしていこうということになりました。そこは、やはり同じような絵の楽しみ方をしている者同志ですから、すぐに意気投合して、気がつくと、おたがいにいろんなことを話していました。彼の名を仮にMとしておきます。
「でも、Mさん。こういった絵の見方をしていて、今までに一回や二回は、絵の中の世界と自分がいる世界のどっちが本当の世界かわからなくなったことがあるんじゃありませんか。」
僕は割に軽い気持で言ったのですが、Mは急に真剣な目つきになりました。
「ちょっと僕につきあってくれませんか。」
けげんそうな顔をしている僕をみて、
「いや、そんなに時間はかかりません。ちょっとみていただきたい絵があるんです。」
彼は、近くにある大きな美術館の名前をあげました。なるほど、すぐ近くです。それに、彼のあまりに真剣な目つきをみると、ちょっと断わりにくくなってしまいました。
「いいですよ。どうせ今日は一日暇ですから。」
彼は明かにホッとしたようでした。美術館までの道すがら、彼は努めてその話題を避けているようで、問いただす僕に、絵をみてからにしてほしいとしか言いませんでした。
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