シマウマとライオン

松長良樹

シマウマとライオン

 ――あるところに動物の国があった。


 ここではひとまず異次元の世界の話としておこう。そこに住む彼らは確かに動物であったが、人間のように考えることが出来たのだ。

 


 その世界のサバンナに足の速いカイルという名のシマウマがいて、カイルは子供のころから俊足で誰にも負けたことがなかった。先天的に足が速いだけでなく、いつも走って脚を鍛えていた。


 そう、まるでオリンピックの選手のように。

 


 それにカイルは頭もよく、その世界での進化論が好きで自然淘汰という言葉に傾倒していた。優れたものが生き残り子孫を残す。適者生存こそ自然の摂理である。

 カイルは本気でそう考えていた。どういうことかというとサバンナにはライオンがいて仲間がよく犠牲になるのだった。

 


 足の遅いものは喰われても仕方がない。足の速い者のみがライオンから逃げおおせ、生き残り子孫を残す。カイルは非情にこう考えていた。


 だからカイルは、時には気でも違ったかと思える程走った。走って走りぬいて強靭な脚を自分で確かめられずにはいられなかった。


 仲間のシマウマは彼をみとめ、カイルの俊足を祝福さえしていた。


 


 ある時、ついにライオンが群に近づいてきた。随分と獲物にありつけなかったらしく、腹を減らし凶暴な目つきをしている。


 でもカイルには自信があった。絶対にライオンには捕まらない自信である。そのために彼は懸命に脚を鍛えてきたのだから。

 


 しばらく様子を見ていたライオンだったが、いきなり群れの中に突進してきた。仲間は恐怖に駆られ死に物狂いで四方に散って行った。

 


 カイルは余裕でそれを観察していた。そして隙を見て自慢の俊足でそこから一気に駆け出したのだ。しかし思わぬことが起こった。予想もしないことだ。




 ライオンは他のシマウマには目もくれず、カイルだけを狙って襲ってきた。


 なんと簡単に倒せるシマウマが目の前にいるのに見向きもしなかった。さすがのカイルもパニクってしまった。

 


 更にライオンは信じられないほどの瞬発力と持久力をみせてカイルの首筋に牙を突き立てたのだ。


 カイルの意識が遠のいた。まさに白日夢を見るようだった。

 


 カイルを食べ終えたライオンに仲間がこんなことを訊いた。


「なあ、なんでまた、あんな速い奴を狙ったんだい? 他の奴ならもっと簡単に倒せたはずだ」

 


 するとそのライオンは一瞬きりりとした顔をしてこう言い捨てた。


「――俺は奴に勝つために奴の何倍も走りこんでいたんだ」


「……凄いよ。おまえは」

 


 しげしげと顔を見て仲間がそう言うと、そのライオンは続けて言った。




「そうとも。ああいう奴に子孫を残されたら、俺の子供たちが苦労するに決まっているからな」

          




                  おしまい    




      

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シマウマとライオン 松長良樹 @yoshiki2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ