case4-5 元カノ・白石凛香


"今日、尾行に付き合ってほしい"



それから数日もしないうちに、凜香からそんなメッセージが来た。

別れた元カノから、そんなメッセージが来る日を誰が想像できただろうか。でも"なんでも言え"と言っている手前断ることも出来なくなっている俺は、そのメッセージに"了解"と返事をして、仕事にとりかかった。




「ご提案ありがとうございます。

よく、調べてくださったんですね。」



そして今日は、香澄さんとストアチェックの成果をみせるべく、お客さんにプレゼンをする日でもあった。まだ色々と決まったわけではないけど好感触が得られたことを、香澄さんにも報告しないとなと思った。



「実は先日、

休日にお店に行かせていただきまして。」

「やはりそうですか。

わざわざありがとうございます。」

「いえいえ。

自分の目で見たかっただけなので…。

すごくおしゃれなお店で驚きました。」



素直に小学生みたいな感想をいうと、担当者の新田さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに言ってくれた。やっぱり香澄さんに感謝だなと思った。



「本日プレゼンしていただいたものを

社内でもう一度検討してご連絡させていただきますが、

よければ今から

もう一度店舗に行ってみませんか?」

「いいんですか?」

「はい。お時間あればぜひ。

検討いただくときのために、

私の口から色々と説明させていただきたいので。」



そう言って新田さんは、香澄さんと一緒に行った店舗まで俺を連れて行ってくれた。今回の仕事にいつもより数倍気合が入っていた俺は、新田さんが直々に色々と教えてくれることを、素直に喜んでいた。



「どうぞ。」

「失礼します。」



それから丁寧に、新田さんはお店のこだわりやおいてある商品について説明してくれた。商品の陳列の仕方やおいてあるものまで、全て細かく意図があるってことに、純粋に驚いた。


すごく考えたつもりだったけど、もっとプランの練り直しをしなくてはと、また気合いが入った。



「これ…。」



説明も終盤に入ったとき、香澄さんが気になると言っていたリップが目に入った。

結局香澄さんはそのリップを一つ買おうとしていたんだけど、買いたい色が売り切れで、とても残念がっていた。


「そちら、

若い女性にすごく人気の商品ですよ。」

「この色、

再入荷したんですね。」



その色が、棚にまた並んでいた。

香澄さんが気になると言ってくれなきゃ色まで見ていなかったと思うけど、新田さんが「本当によくみていただいてますね」とほめてくれたから、結果オーライだと思った。



「一番人気の色なんで、

店頭に並ぶとすぐに売り切れるんです。

今もあと一つになってますしね。」



その人の言う通り、もう在庫が一つしかなかった。ストックできるほど数量が入ってこないみたいだったから、ほんとにこれが最後なんだなと思った。



「あの、

これ買ってもいいでしょうか。」



貴重な最後の一個を、俺みたいな業者が買っていいものかと思った。

でも新田さんは俺の顔を見てにっこり笑って、「もちろん」と言った。



「奥様か、彼女さんにですか?」

「あ、はい…。

この間売り切れてたので。」



新田さんにすべて筒抜けになってしまったことは恥ずかしかったけど、そこで「自分のです」なんて答えられなかったから、"彼女の"ということにしておいた。

すると新田さんはまたニコッと笑って、「優しいですね」と言ってくれた。



「すみません、

ありがとうございました。」

「こちらこそ、

お買い上げいただきましてありがとうございます。

また追って連絡させていただきます。」



小さなリップを鞄に入れて、少しうきうきした気持ちで会社へと向かった。


香澄さんは喜んでくれるだろうか。

想像しただけで胸が高鳴りそうだったからあまり深く考えるのをやめて、上司へどうやって今日の成果を報告しようかと、頭の中を仕事に切り替えた。




終業のチャイムを聞いた頃、やっと尾行のことを思い出した。今日はあの街じゃなくて違うホテルに泊まるってことだったから、とりあえず指定された駅まで向かうことにした。



駅にはスムーズについたけど、集合時間まではまだ時間があった。

万全の状態で尾行をするためにも、お腹がすいていてはいけない。とりあえず近くにあった定食屋でご飯をすませて、凜香の到着を待つことにした。




"駅西の通りでタクシー降りた"



それから1時間くらい後、凜香からメッセージが届いた。

なんかほんとに探偵みたいになってきたなと思いながら、俺は長居した定食屋をやっと後にして、駅西の方に急いで向かった。



"どこ?"



駅西の通りに来てみたけど、凜香はいなかった。

遅かったかなと慌てて辺りを探しながらメッセージを送ると、凜香から"やばい、見失った"と返事が来た。



"探すわ"



見失ったとはいえ、まだ近くにはいるはずだ。

凜香はきっとバレないように隠れながら探しているんだろうけど、俺は顔がばれていない分、堂々と探せる。

怪しまれないようにギリギリの小走りで探し回ってみると、遠くの方に凜香の旦那のシルエットを見つけた。



"発見。"



今度は見失わないように、目を離さないまま凜香に発見場所の位置情報を送った。"急いでいく"と返信があったけど、それには返さないまま俺は二人の跡をつけた。



尾行していることがばれないかヒヤヒヤして、心臓がドキドキと鳴りやまなかった。そういえば朱音と部長を追いかけているときも、こんな気持ちになった気がする。でもあの時は知り合い同士が不倫しているっていう悲しさみたいなのがあったから、もっとしんどかったなと思い出した。



凜香は、こんなことを何回もしているのか。

しかも自分の旦那が、不倫している姿を、何回も。



やっぱり辛くないわけがないよなと思った。

これでいいはずもない。

本人が納得しているからいいなんて、そんな甘い事言ってられない。



心の中で部外者の俺がそんな決意を固めている間も、凜香の旦那と女はすごく楽しそうに腕を組んで歩いていた。無防備すぎると思った。

今日凜香の旦那の横を歩いている女は確かに前見た時の人とは全くの別人で、俺たちより少し若い、キレイな女の子だった。



あれが凜香の言う、"本命"なのかな。



見ているうちにどんどん腹が立ってきた俺は、ポケットに入っているスマホを無意識に取り出して、二人の方に向けた。そして凜香と同じように二人が腕を組んで楽しそうにしている動画を、出来るだけ鮮明に映るよう撮り続けた。



"今、ホテル入る"



凜香が追い付く前に、二人はホテルに入って行った。

俺はその姿をばっちりとらえて、そのままホテルの中へついて行った。



二人が入ったホテルは、なかなかの高級ホテルだった。

幸いにも中にはたくさんの人がいたし、広いロビーがあったおかげで、俺はそれに紛れてロビーのソファーに座った。



今回は普通のホテルだから、中で食事をしていただけとごまかされないようにと思って、チェックインカウンターにいる姿まで動画におさめた。そして無音カメラで鍵を受け取るところまでばっちりと撮ることができて、もしかして俺って天才なのかもと自分で自分を褒めた。



そのまま二人を眺めていると、二人はホテルマンに案内されるがまま、エレベーターの方に向かっていった。やっぱりすごく楽しそうに笑いながら何かを話していて、俺が凜香なら刺し殺していてもおかしくないと思った。



しばらく眺めていると、何か視線を感じた。視線の方を向いてみると、一人のホテルマンが不審そうな目で俺のことを見ていた。



「やべ…。」



さすがに堂々と撮影をしすぎた。

充分証拠は集められたしこれ以上は限界だと悟った俺は、スマホでそのまま凜香に電話をかけながら、ホテルを後にした。



「どこ?」

「今着いたところ。」



ホテルを出ると、凜香が少し息を切らしながらこちらに向かってくるのが見えた。とりあえず少しでも早くここから去ったほうがいいと判断した俺は、ホテルの前に止まっていたタクシーに乗るように促した。

タクシーに乗せたのは俺なのに、凜香は乗ってすぐに俺の最寄り駅をタクシーの運転手に伝えた。



「いいの?」

「うん、もちろん。

付き合わせちゃってごめんね。」

「大丈夫。

もしかして俺、

自分の新しい才能に気がついたかも。」



「なにそれ」と言って凜香は笑った。

そのホテルから俺の最寄り駅まではそこまで遠くなかったけど、車内にいた20分くらい、俺は何も凜香に言えなかった。


凜香はひたすら窓の外を流れる景色を見ていて、今どんな気持ちでいるのか、全く読めなかった。



「あそこ、いこっか。」



もうすぐでタクシーが駅に到着するくらいで、俺は凜香にそう提案した。

このままタクシーに乗って自分の家に帰るつもりだったのか、駅で一緒に降りようとしていたのかは不明だったけど、とりあえず俺の提案に凜香は「うん」と言ってうなずいてくれた。



会計は、凜香が済ませてくれた。少しは払うと言ったけど、払われたら申し訳なくて逆に気になると押されてしまっては、もうどうすることも出来なかった。

そして俺たちはまた無言のまま歩いて、あの思い出の土手で、腰を下ろした。



「データ、送ってくれる?」

「あ、うん。」



いくらいい動画や写真が撮れたって俺が持っていては意味がない。

凜香の言葉でさっき撮ったものを送ろうともしていなかったことを思い出して、俺は凜香に促されるままデータをすべて送った。



「ありがと。」



送られてきたデータを、凜香は真顔でじっくりと見ていた。

どんな気持ちでいるのか相変わらず分からないうえに、もしかして天才とか思ってたのに全然上手く撮れてないって言われたらどうしようと、不安になってきた。




「よく、撮れてる。」



動画を見終わった後、凜香は笑顔でそう言った。

その笑顔が全然笑っていなくて、胸がズキっと傷む感じがした。



「あのさ…。」

「ここ。」



今回実際に尾行してみたことで、このままでいいわけがないと強く思った俺は、今日こそ「こんなことやめろ」と言うつもりだった。

なんて言えばいいのかわからないけどとりあえず言葉にしようとして声を出したその時、かぶせるようにして凜香が話し始めた。



「ここね、

プロポーズしてもらったホテルなんだ。」

「え…?」



凜香は下を見たまま、やっぱり笑ってない笑顔で言った。

ここがアイツ定番のホテルなのかと思うと、余計に腹が立ってきた。



「しかもこのエレベーター。

高層階にしか行かないやつなの。

スイートルームでも

用意したのかな。」



そこまでしっかり動画におさめていた自分を、一瞬恨んだ。

凜香はまだうつむいたまま、それでもまだ笑っていた。



「またいい証拠集まったわ。

侑、ほんとありがとう。

やっぱ才能あるんじゃない?」



今度は茶化すように笑って、凜香は言った。

でも笑っているのに、凜香の目から、一筋の涙が流れてくるのが見えた。



「お守りが増えていくと、

心強いね…っ。」



ついに凜香の両目から涙があふれ始めた。でも凜香はそれでも笑っていて、それがすごく苦しくて悲しくて、あふれ出したすべての感情がこちらに流れ込んできているように、俺の胸まで締め付けれらた。



「なあ、

もうこんなこと、やめてくれ…。」



見ていられなかった。

こんな風に苦しそうに笑う姿なんて、見ていたくなかった。


我慢できなくなった俺は、自分が泣きそうになるのをおさえながら、凜香の両肩を持った。



「頼むから、やめてくれ…。」

「やりたくてやってるって、

言ってるでしょ。」



無理やり目を合わせようとする俺から視線を離して、凜香は言った。今までなら引き下がってしまったのかもしれないけど、もう俺は引き下がることなく、「そんなわけない」と言った。



「こんなことがやりたい事なわけない。

お守りなんて…。

心強いもの見て

そんな顔して泣くやつなんていない。」



凜香は今にも壊れそうな顔をして、静かに涙を流していた。それが叫べないほど弱っていることを表しているようで、俺の胸は引き裂かれるような痛みに襲われていた。



「もうやめろ。

中途半端は俺だけで十分だ。」



証拠は撮る。でも離婚はしないし、相手にも言わない。そしてその証拠を見て、悲しくなる。


そんな中途半端なこと、凜香にはしてほしくなかった。

中途半端とはいえ、今しているのは自分を一番傷つけているってことを、本人に自覚してほしかった。



「凜香、俺な。

お前のこと大好きだった。」



あのころ俺は、本当にこいつが好きだった。

いつもまっすぐで一緒にいるだけで心が暖まるような、そんな凜香が大好きだった。



「本当に、大好きだったんだ…。」



そんなに人を好きになったのは、凜香がはじめてだった。俺に恋をすることを教えてくれたのは、凜香だった。



「お前はまっすぐ、

わがままに生きててくれよ…。」



わがままでもいい。でもとにかく、笑っていてほしい。



「凜香が幸せにならなくて、どうすんだよ。」



俺が振られて、そいつと結婚して。

凜香が幸せになってくれなきゃ、俺の気持ちだって報われない。



「頼むから、

お前は幸せに笑ってくれ…。」



どれだけひどいことをされたって、俺にとって凜香が初恋の人ってことには変わりない。大切な人だってのにも、変わりはない。


だからそんな人には幸せに笑っててほしい。こんな風に理不尽に泣いてほしくない。理不尽に泣くことがあったとしても、支える誰かを、頼れる凜香で、いてほしい。



「ごめんな。

偉そうなこと言って。」



凜香は顔をゆがめて、静かに泣いていた。

俺はもう俺の気持ちが持たなくなりそうで、その場をすぐに去りたかった。



「もう俺行くわ。」



泣いている凜香を一人にするのは気が引けた。

でもこのまま一緒にいたら、俺の方が参ってしまいそうだった。俺は凜香の返事を聞くこともなく静かにその場を去って、気が付けばタクシーに乗っていた。




―――あれ…。



家の近くにいたはずなのに、タクシーを拾った俺は、そのまま流れるように香澄さんの最寄り駅を伝えていた。




なんでだろう。無性に香澄さんに会いたい。

香澄さんが笑ってる顔が、見たい。




タクシーの中でせめてメッセージを送ればよかったのに、そんな余裕すらなくしてしまっている俺は、香澄さんの部屋のインターフォンをならした。



「え?!つむくん?!

どうしたの?!」



インターフォン越しの香澄さんは、すごく驚いた様子で言った。


こんな時間に連絡もなく来るなんて、非常識すぎる。

香澄さんの声でようやく自分を少し取りもどした俺は「いきなりすみません、帰ります」とだけ言った。



「いやいや、入りなよ!」



ただ事ではない様子を察したのか、香澄さんはそのままオートロックのドアを開けてくれた。俺はもう一回「すみません」と言って、でも遠慮することなく、香澄さんの部屋へと向かった。



ピンポ~ン♪



どんな気持ちの時だって、インターフォンの音はすごく高らかだった。それと同時に部屋の中から「はぁい」と明るい声が聞こえてきて、胸に刺さった何かの痛みが、少しだけ楽になるのがわかった。



「香澄さん、ごめん。」

「全然、大丈夫だよ。

どうした?」


香澄さんはすっぴんルームウェアっていう尊すぎる姿で登場した。

こんな状態でも俺の本能は正常に働いてるみたいで、"かわいい"って頭のどこかが思った。



「あの、さ。」

「うん?」

「なんでもないんだけど…。」

「うん。」



どうした?と聞かれたら、なんにもない。

何かあったのは凜香の方で、別に俺は、勝手に悲しくなってるだけだ。



でも…。



「抱きしめて、いい?」



でもギリギリのところでせき止められた俺の本能は、香澄さんを抱きしめたがっていた。抱きしめたら少しは気持ちが楽になるような、そんな気がしていた。



でもそれはすべて、俺のわがままだ。

よく考えてみればまずアポなしに来ていること自体アホすぎる。

もうこれで嫌われてもしょうがないくらいのことしてるなって、やっとそこで正常になった頭がそう判断した。



「ごめん、嫌だよね。

こんな夜に来て抱きしめるとか…。

非常識にもほどがあるわ。」



息次ぐ間もない早口で、俺は謝った。すると香澄さんはそんな俺を見て、クスクス笑った。



「いいに決まってんじゃん。

ほら。」



抱きしめていいかと聞いているのに、香澄さんは「おいで」って様子で両手を広げた。俺にはその姿に本気で後光がさしているように見えて、ああやっぱりこの人は女神だと、そう思った。



「ありがとう。」



さっきまで張り裂けそうになっている胸は、今度は心地よくドキドキと高なり始めた。

自分から抱きしめたいと言ったのに、もう動きが停止してしまいそうなくらい高鳴る胸を何とかおさえて、俺は香澄さんを壊れないようにそっと、抱きしめた。



香澄さんは俺の胸のあたりに、すっぽりおさまった。

抱きしめてみると見た目よりずっと細くて、強く抱きしめたら本当に壊れてしまいそうだと思って、出来るだけ優しく抱きしめた。



ドキドキは相変わらず止まらなかった。

でもさっきまでの辛さとかはそれだけで全部吹き飛んでしまって、女神の魔法が偉大過ぎることを、俺はしっかり感じていた。



もうずっと、死ぬまでこうしていたかった。

かすかに香る香澄さんのいい香りや暖かい体温は、感じているだけですごく幸せだった。



「ありがとう。」



でもこれ以上は迷惑が度を越してしまう。

名残惜しくもそっと体を離すと、香澄さんの頬は少し高揚していて、すっぴんってこともあって、とてもじゃないけどアラサーの女性には見えなかった。



「あ~。

やっぱ好きだわ。」



やっぱり、この人のこと大好きだ。

そう思った。




思った…?



「え?!あ?!?」



気持ちがあふれ出したせいか、正直な気持ちが、口からもれてしまっていた。


やばい、やばいすぎる。

まだプログラムは進行中だ。

とりあえずやばい。どうしよう。

訂正!訂正しなくては!




「ま、間違えた!」




もっと考えたかったのに、慌てすぎた俺の口からは子供の言い訳みたいなセリフだった。それを聞いた香澄さんはちょっと残念そうな顔で、上目遣いをしていた。



「間違い、なの?」



その上目遣いのまま、香澄さんは言った。

いっそのこと誰かこの人のこと殺してくれと思った。嫌だけど。



「え、えっと。

ま、間違いじゃない…けど

言うタイミングが…、えっと。」



情けねぇえええ!



自分で覚えている限り一番情けない声を出して、そう言った。

何の言い訳にもなってないし、もう言ってしまっているようなものだと気づいた頃には、香澄さんは少し照れたように、「ふふ」っと笑った。



「えっと…。

気持ちは、ほんと…だけど。

もうちょっと…。」

「いいよ。」



「もうちょっと待ってほしい」と伝えようとすると、香澄さんはかぶせるように言った。何がいいのか分からなくて頭にはてなを浮かべていると、香澄さんは今度はにっこり笑った。



「付き合おう、私たち。」

「え…?」




え?付き合う…?とは…?




付き合う、ッてえ…?!?!?!

なにそれ美味しいの?食べれるの?

それとも乗れたりする?速いの?



「俺と、香澄さんが?」

「うん。」

「付き合う?」

「うん。」

「男女交際を、する?」

「だからそうだっていってんじゃん。」



香澄さんはクスクス笑ってそう言った。笑い事では全くなかった。



「え?」

「え?」

「いい、んですか?」

「うん。」

「俺、ですよ?

佐々木侑。」

「そんなに嫌ならやめる。」



あまりのしつこさに、香澄さんは膨れて後ろを向いた。俺は「待って待って」と慌てて言って、香澄さんの両肩を持ってこちらを振り返らせた。



「嫌なわけない…です。」

「よかった。」



香澄さんはまた頬を赤くして、にっこり笑った。幾重に重なる奇跡が尊すぎて、母さんに電話して「産んでくれてありがとう」と言いたかった。



「もっかい、

抱きしめていい?」

「つむくん、

彼女にはそんなこと

言わないでやっていいんだよ。」



可愛すぎて、今度は強く香澄さんを抱きしめた。

もう俺だけのものにするために、壊してしまいたいとすら思った。



「夢?」

「ちがうよ。」

「夢でもいいや、もう。」



もういっそ、夢でもよかった。夢であってほしいくらいだった。

香澄さんと俺がこんな風になれるなんて。

凜香を攻略しきれなかったけど、その前に、俺は目的を達成してしまった。



中途半端が、矯正されたんだ。

全部相沢のおかげだ。



―――ありがとう、ほんとうに。



抱きしめている腕とか胸から伝わるぬくもりを感じながら、心からそう思った。



「香澄さん。」


衝動がおさえきれなくなって、体を離して香澄さんの顎を持ち上げた。うるんだ瞳と赤い頬が色っぽくて、それだけでイってしまいそうだった。



「大好き。」



今度は正直にそう言って、香澄さんに触れるだけのキスをした。

口を離した後、香澄さんは耳を真っ赤にしてうつむいて、「うん」とだけ言った。




俺と香澄さんのストーリーはここでハッピーエンド。

目的を達成したことで、プログラムも終了だ。













――――――――と、この時の俺は、思っていた。


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