case2-5 カフェ店員・芦田潤奈
結局あの日、潤奈から連絡が来ることはなかった。
そしてそれから1週間たっても音沙汰はなくて、でもあんな風に言った手前自分から連絡することも出来なかった。こんなに連絡を取っていないのは出会って以来初めてで、これではもしかして本当にプログラムが終わってしまうのではないかと、少し焦り始めた。
どうしたものか…。
相沢にでも相談してみるか。
でも相談して「なにやってるんですか!」なんて怒られてしまったらどうしようと、情けない自分が言っていた。
「やばいなぁ…。」
つぶやいてみても何か起こるわけはない。
そう分かっていながらも、独り言を言わずにはいられなかった。今日は週末だしもしかしてあの場所にいったら会えるかもなんて考えないこともなかったけど、会いにまで行ったらいよいよ気持ち悪い気がする。
今日も何もできない自分にため息をつきながら、まっすぐ家に帰ってビールの缶を開けた。
~♪
最近考えながらビールを飲んでいると、毎回飲みすぎてしまう。
それも全部相沢のせいだなと思いながら今日も飲み進めていると、だんだん酔いが回って気分が良くなり始めた。これ以上飲んだら明日しんどくなると冷静な俺が言ったから歯みがきでもして寝ようとしていると、鳴らないスマホが愉快な音をたてはじめた。
もしかして香澄さんかもしれない!
そんな淡い期待を一瞬抱いた。それも全部酔ってるせいだなと思いながら画面を確認すると、そこに表示されていたのは"潤奈"の二文字だった。
「ふぅ…。」
電話に出る前に、一呼吸置いた。
なんせキザみたいなことを言い残して家を出てきてしまったから、なんとなく恥ずかしい気もしたし、何を言われてもおかしくないとも思った。
それでもこれを無視したら本当に終わってしまいかねないってことくらいは理解できたから、覚悟を決めて受信ボタンを押した。
「もし、もし。」
出来るだけあっさり出てやろうと思ったのに、そううまくは行かなかった。俺の声はどう聞いても慎重になっていて、最高にかっこ悪いなと思った。
そのせいか、電話をかけてきたくせに、しばらく潤奈は何も言わなかった。ただ外にいるんだろうなっていう雑音だけが耳に入ってきて、「もしかして間違い電話か?」という考えが浮かび始めた。
「潤奈?」
「侑さん?」
「あ、うん。」
名前を呼んで反応がなかったら切ろうと思っていたのに、俺の心配に反して、潤奈はいつも通りの明るい声で言った。
何だよと思いつつ気の抜けた返事をすると、潤奈は「今どこ?」と聞いた。
「家だけど。」
「そっか。」
聞いてきたくせになんだよ。
そうは思ったけど、様子がおかしいことをさすがに察した俺は、「どうした?」と優しく聞いてみた。すると潤奈はなぜか「ふふふ」と楽しそうに笑った。
「私ね、侑さんに最後に会った日の後ね、
私の知ってる中で
いっちばん上手な人としたの。」
「うん。」
楽しそうな声のまま、潤奈は言った。俺は何を報告されてるんだと思いながら、話を聞き続けた。
「前した時はすんごかったんだよ。」
「お前何の…。」
「何回したのかも覚えてなくてね。
もうベッドもべっちゃべちゃで、
終わった頃には疲れ果てて
そのまま気を失って寝ててさ。
なのに目冷ましたらまたすぐ始まって、
もう死んだんじゃないかって思うくらいよかったの。」
さすがに聞いてられなくなって途中で遮ろうとしたのに、潤奈はそれでも話を続けた。その声が、だんだん震えているように聞こえ始めた。
「その時のこと思い出してね、
したくなっちゃってさ。したの。」
「うん。」
「次にね、
二番目くらいの人ともしたの。
三番目も、四番目も、
五番目もおまけに。」
「ちなみに五番目はケンちゃんだよ」と、いらない情報を付け足して潤奈は言った。まだ何が言いたいか分からなかったし、きっと話したいことがあるんだなと思って、俺はとりあえず相槌を打った。
よくよく考えてみれば、俺のことだって"すごかった"って言ったのに、1~5番目には入ってなかったのかって気が付いた。でも今はそんなことで傷ついている場合じゃないって、なんとか自分を慰めてあげた。
「でもね、濡れなかったの。」
「うん。」
「誰としても
ぜんっぜん濡れなくて。
こんなの初めてで。」
「私ってすごい濡れやすいでしょ?」と言われて、思わず「うん」と答えた俺は、本当にバカだと思う。心の中から本気で、香澄さんにごめんなさいを言った。
「さっきもねしてみたんだけど
やっぱりダメだったの。
全然濡れないの。」
「おかしいよね」と言って、電話の向こうで潤奈が力なく笑った。そこの声が泣いているように見えて、俺は食い気味で「お前、今どこ?」と潤奈にさっきされた質問を返した。
「あの公園。」
消えてしまいそうな声で、潤奈は言った。
「待ってろ。」
このまま放置していれば、本当に消えてしまいそうだ。そう思った俺は、次の瞬間には電話を切って、家を飛び出していた。
時間は終電ギリギリになっていた。何も考えずに家を出てきたけど、幸運にも電車は後1本残っていたから、俺はそれに飛び乗った。そしてあの駅に着くや否や俺は、あてもなく走って公園の中へと入った。
公園の中に入ったと言っても、この公園は結構広い。これだけ広いのに終電も終わっているという事もあって公園には誰もいなくて、あんなに心地いいと思っていたはずなのに不気味にすら思いつつ、とにかく潤奈を探した。
「…いた。」
公園の真ん中あたり。よりにもよって一番暗いんじゃないかってベンチに、潤奈は座っていた。すでに息は切れていたけど、本気で闇に潤奈が溶け込んでしまいそうな気がして、俺は走ってその場所まで向かった。
「潤奈!」
「あ、侑さん。
ほんとに来た。」
潤奈は俺の顔を見て笑った。でも全然顔が笑っていなくて、とりあえず隣に座った。
「お前、どう…。」
どうしたんだと聞こうとしてよく見てみると、潤奈は小刻みに震えているように見えた。
もう春先になって、気温は暖かいはずなのに。不思議に思いつつ、俺は着ていたパーカーを潤奈にかけた。
「侑さん。」
「ん?」
「私ね、好きな人がいたんだ。」
潤奈はやっとの想いで声を出すようにして言った。パーカーをかけたはずなのに潤奈は震えているように見えて、それが本当に震えているのかそう見えるだけなのか、よく分からなくなった。
「前の、職場の人。
すごくすごく好きで、
相手の人も好きだって
言ってくれたの。」
「そっか。」
空中にふわふわ浮いている言葉を探すように、潤奈は慎重に声を出した。それはまるで、自分で自分に語り掛けているみたいだと思った。
「初めての人が、その人だった。
初めてだったのにすごくよかったのは覚えてる。
みんな最初は痛かったとか言ってたのにさ、
私は"ああ、もう最高"って思ったの。」
「変でしょ」と潤奈は笑ったけど、それは何ら変なことではなかった。だからゆっくり首を横に振って否定したら、潤奈は「侑さん優しいね」と言って笑った。
「すればするほどよくなった。
もうずっとしてたいって思った。」
「うん。」
「でもね、してる時より、
キスしてる方が幸せだった。」
やっぱり、潤奈は分かっていた。ちゃんとだしの入ってるみそ汁の味も、知ってたんだ。それを知ったらすごく切なくなって、なぜだか俺が泣きそうになった。
「キスしてるだけで思ったの。
ああ、私幸せだって。
相手もそうなんだって、思ってた。」
やっぱり泣きそうな顔で笑って、潤奈は言った。俺はもう相槌も打てなくて、ただ無言でうなずき続けた。
「でもある日ね、
あっけなく捨てられたの。
他の女とヤってたの。
しかも私の同期とね。」
なんでこの世には、浮気とか不倫とかするやつばっかりなんだと思った。潤奈は泣きはしていなかったけど顔はすごく悲しそうで、見ているだけで心が痛かった。
「悔しくてさ。
絶対私の方がいいはずと思って、
別れた後も何回もしたの。
要求される事なんでもしたよ。
彼に見られながら彼の友達としたこともあるし、
ノーパンで外歩いたこともある。」
「お前…。」
なんてやつと付き合ったんだという言葉を、直前で飲み込んだ。すると潤奈はそんな俺の様子を見て、「ふふ」っと自嘲的に笑った。
「あの頃からかな、私が壊れたの。
最初は悔しくてしてたんだけど、
だんだん色んな人としたくなってさ。
だって気持ちいいじゃん?」
直球すぎる質問に「うん」としか答えられなかった。でもそんな俺の様子を気にすることもなく、潤奈はそのまま言葉を続けた。
「してるうちに
飼ってくれる人とか現れてさ。
すごく都合がいいって思ったんだよね。
欲も満たせていいところにも住めて。
一石二鳥じゃん?って思ってた。」
そんなわけはない。
多分そんなこと潤奈も自分で分かっているはずで、俺はあえて何も言わなかった。
「そうやって毎日毎日
いろんな人としてるうちに忘れてたけど、
もしかしたら探してたのかも。」
「探してた?」
「うん。
"あの日"を超える、セックスを。」
初めての日。きっと男より、女の子の方がそれは特別なんだと思う。
その日を大好きな人と迎えて、性欲より心が満たされる行為をして、きっと潤奈はそれが忘れられなかったんだ。
「あの日、
侑さんに言われて思い出したの。」
「うん。」
「だからね、やけくそに探したの。
でもね、全然見つからなかった。」
潤奈は両目から大粒の涙を流して、言った。俺はそんな潤奈に、何もすることが出来なかった。
「それにね、
そのこと思い出しちゃったらさ、
もう濡れる事すらなくなって。
こないだまではなんとか頑張ってたんだけど、
今日はついに入らないくらいになっちゃって。」
話している間、潤奈の両手はグッと握られていた。
ずっとこいつは、こうやっていろんなことに一人で耐えてきたんだろうなと思った。
「でも無理やりされちゃった。
"お前が誘ったんだろ!"って怒られてさ。」
「お前…っ。」
「当たり前だよね」って潤奈は笑ったけど、全然笑えていなかった。
俺のせいで、潤奈が傷ついた。そう思って潤奈の両肩を持つと、潤奈は涙をいっぱいためたまま「大丈夫」と言った。
「大丈夫、なんともない。
ちょっと痛いけど、
あまりにも入らないから
途中であっちがローション使ってくれたの。」
「レイプされたわけじゃないよ」と潤奈は言ったけど、全く納得は出来なかった。すると潤奈は初めて見たときみたいに純粋な顔をしてにっこり笑って、「侑さんのせいじゃないよ」と言った。
「いつか多分、こうなってた。
自分でも分かってたんだと思う。」
潤奈は泣きながら笑って言った。その笑顔が今にも壊れそうで、俺は潤奈の両肩を持っている力を緩めた。
「侑さんが言ってくれたから、
早く気が付けたんだよ。
言われなくてもいつかこうなってたはず。
むしろもっとひどかったよ、きっと。」
「でも…。」
何を言われても納得できなくて反論すると、潤奈は自分で涙を拭いて、「侑さん」とすごく冷静に言った。
「私のこと、
ちゃんと見ててくれてありがとう。」
「え?」
「私ね、探してただけじゃないと思うんだ。
誰かに愛されたくて、見てほしくて、
体を求められることがそれだって思ってた。」
潤奈は泣いていた。でもすごく穏やかな声と顔でそう言った。
「違うんだよね、でも。
あの人たちは体しかいらないんだよ。
そんなことわかってたはずなのね。
それでも求められてなくちゃ、
自分を保てなかったの。
体を求められることで
誰かに"必要だ"って言われてる気がしてたの…っ。」
穏やかな声ではあったけど、その声が切なくて苦しくて、俺は思わず潤奈の肩を抱いた。するとすぐに潤奈は、子供みたいに声をあげて泣き始めた。
「わ、たしね…っ。
あの時っだって、
泣け、なかったんだよっ。」
「うん。」
「最後、まで…っ。
聞き分けのいい女に、なりたくてっ。」
「そっか。」
今目の前にその元カレがいたのなら、柄にもなく殴っていたかもしれないと思った。
純粋で曇りのなかった潤奈の気持ちを壊したのは紛れもなくそいつで、時間はたったんだろうけど、潤奈は今でもそれに苦しんでいる。
お前はもう忘れたかもしれないけど、絶対いつか、その報いを受けるはずだ。
そんな気持ちも込めて、俺は震える潤奈の肩を、グッと自分の方に寄せた。
「よく、頑張ったな。」
まだ泣き止まないうちにそう言うと、潤奈は驚いた顔をしてこっちをみた。その目には今までどこかに感じていた寂しさみたいなものが全く見えなくて、まだ泣いているっていうのに少し安心している自分がいた。
「一人で良く頑張ったよ。」
「えらいな」と言って、手を潤奈の頭に置いた。すると泣き止みかけていたはずの潤奈の顔は、またぐちゃっと歪んだ。
「侑さん、ズルいよ…っ。」
「ごめん。」
なんの"ごめん"なのかはよくわからなかったけど、とりあえず謝っておいた。それからも潤奈は「ばか」とか「ずるい」と俺をののしりながら泣き続けて、俺はそのたび「ごめん」と言って気が済むまでそのままの状態でいることにした。
「侑さんみたいな人、
好きになれば幸せなんだろうな。」
泣き止んで少したって、潤奈は空を見上げてそう言った。「そうでもないと思うけど」と言って謙遜すると、首を振ってそれを否定してくれた。
「なんていうんだろな。
侑さんって、無難だもんね。」
「お前な…。」
「冗談冗談。」
一番言われたくないことを言われて、俺はさすがにムッとした。でも"無難"なのも事実なんだろうから、怒ることでもないよなと思い直した。
「私も、
誰かに好きになってもらえるかな。」
潤奈はまた少し悲しそうな顔をして言った。
俺は不安な潤奈の気持ちを少しでも和らげてあげるためにも、出来るだけ優しく「うん」と言った。
「大丈夫だよ。
お前の飯、まじで美味いし。」
「そこ?」
潤奈は呆れて笑ったけど、男にとってそこは結構重要なポイントだ。そう思って俺は、自信をもって「うん」と答えた。
「俺がいう事でもないのかも
しれないけどさ。」
「うん。」
「お前、また料理した方がいいよ。」
その男さえいなければ、きっと潤奈は料理を続けていた。あの日楽しそうに料理を作ってくれた姿を思い出しながら、俺は偉そうに人生のアドバイスまではじめた。
「楽しそうだったもん、料理。
好きなんだろ?」
「好き…だと思う。」
潤奈は嘘をつくことなく、答えてくれた。
今まで嘘ばっかりつかれていたから、ちゃんと素直に返事をしてくれたのが嬉しくなった。
「今すぐじゃなくていい。
一旦休んでからでいいから。」
「うん。」
「いい子。」
そう言って頭をなでると、潤奈は「ほんとズルいね」と言った。
「侑さん。」
「ん?」
潤奈はすごく優しく、俺の名前を呼んだ。
その声はどこまでも穏やかで暖かくて、最初会った時とは全然違うなと思った。
「今なら出来そうな気がするの。」
「何を?」
「幸せな、キス。」
そう言って潤奈は、俺の方をうるんだ瞳で見た。
潤奈にうるんだ瞳で見られたことは何度かある。誘われたときだって、さっき泣きそうなときだって、こいつの瞳はうるんでいたけど、それとはちょっと違う、恥じらいみたいなものを感じる目だった。
「キス、してほしい。」
そのセリフを聞いて、ついに心臓がドキッと高鳴った。
俺ってやっぱり惚れっぽい人間なのかなと思いながら、俺は潤奈の頭にまた手を置いた。
「しないよ。」
潤奈はそれを聞いて、少し困った顔をして笑った。
「本当にお前が好きになった人と、
次はするんだ。」
そういうともっと困った顔になって、「侑さんはやっぱり真面目だな」と言った。
「私の誘いに乗らなかったの、
侑さんが初めてだった。」
「いや、乗せられたけどな。」
一度はしっかり乗せられてしまったことを自嘲して笑うと、潤奈は「ふふ」と言って笑った。
「でもその後は一回も
してくんなかったじゃん。
毎回ちょっと傷ついてたんだから。」
「ご、ごめん。」
謝ることでもない気がしたけど、思わず口から"ごめん"が出てきた。すると潤奈はクスクスと声を出して笑って、「侑さん悪くないよ」と言った。
「ちょっとだけ。」
「ん?」
「ちょっとだけでいいから。」
潤奈はそう言って、恥ずかしそうにうつむいた。何を言われるんだと思って身構えていると、潤奈はうつむいたまま少し寂しそうな顔をした。
「抱きしめてほしい…。」
どうしようと、迷った。
ここで中途半端なことをしてしまえば、潤奈が本当に好きな人を探せなくなるんじゃないかと。
でもすっきりしたとはいえ、潤奈はまだきっと傷ついている。切り替えだって、そう簡単には出来ない。少し危なくて、でもどこまでも純粋な潤奈のことをもう妹みたいに思ってしまっている俺は、その言葉にうなずいて潤奈をそっと抱きしめた。
「ありがと。」
潤奈はもう、震えていなかった。
抱きしめてみると細くて小さくてあたたかくて、こんな小さな体にたくさんのものを抱えさせていたこと、もっと早く気づいてやればよかったと思った。
「ありがとう、侑さん。」
しばらく抱きしめていると、潤奈はそっと体を離して言った。心配になって顔を覗き込んでみると、すがすがしい目をしていたから安心した。
「侑さん。」
「ん?」
「あのキレイな人のこと、
好きなんでしょ。」
いきなり切り替わったようにはっきりと、潤奈が言った。やっぱり女って怖いなと思って、俺は「うん」と情けない声で返事をした。
「まじで高嶺の花だね。」
「うるせ~。」
図星なことを言われて、俺は笑うしかなかった。すると潤奈もそんな俺を見て、楽しそうに笑った。今まで俺たちは楽しく会話をしていた時もあったはずだったけど、心の底から二人で笑って話をしたのは、これが初めてだと思った。
「あの人さ。」
「うん。」
「絶対、なんかあると思う。」
潤奈が何を言いたいのかよくわからなくて、思わず考え込んだ。
「何がってのはわからないけど、
なんとなくさ。
何かに悩んでる気がする。」
「根拠はないけどわかるの」と、潤奈は自信満々に言った。女の勘っていうのはすごいらしいし、潤奈も"何かに悩んでいた"から、もしかして本当にわかるのかもしれないと思った。
「侑さんが、救ってあげてね。」
「そう、だよな。」
「出来るよ、きっと。」
潤奈の笑顔に、もう迷いはなかった。俺はそれに少し安心して「ありがとう」と言った。
「帰ろっか。」
「送ってく。」
その後しばらく二人で都会の見えない星を眺めていると、潤奈は唐突に立ち上がった。こんな時間に女の子を一人で家まで帰すほど俺もバカじゃないと自信をもって、潤奈と一緒に立ち上がった。
「とりあえず、引っ越さないとな~。」
「だな。」
歩きながら、潤奈は遠い目をしていった。
急ぐ必要はないとは思うけど、とりあえず飼われている状態をどれだけでも早く脱した方がいいことは明白だった。
「引っ越したら、遊びにきてくれる?」
「いかない。」
「だよね。」
もはや定型文みたいに会話をして、俺たちは笑った。そうしている間にすぐ潤奈のマンションに到着したから、俺は潤奈にさっさと入るように促した。
「今日は本当にありがとうございました。」
「いえいえ。」
カフェで会った以来初めて丁寧な言葉を使って潤奈が言ったから、俺も思わずキレイな言葉になってしまった。潤奈はちょっと気恥ずかしそうに笑いながら、着ていたパーカーを俺に手渡した。
「じゃあな。
頑張りすぎんなよ。」
「うん。」
"ガンバレ"というのが正解だったのかもしれないけど、頑張りすぎてまた前みたいになってしまってはよくない。
"頑張りすぎるな"というのが潤奈にかける言葉の正解だと信じて、俺はタクシーを拾うため大通りの方に向かった。
「侑さん!」
少し進んだころ、潤奈が大声で俺を呼んだ。
その声に反応して振り返ると、潤奈は道の真ん中でこっちを見ていた。
「また、相談していい?」
それはもちろんいい。
そういう意味を込めて俺は右手を軽く上げて潤奈に答えた。すると潤奈はにっこりと笑って、ひらひらと手を振ってくれた。
夜中だというのに、近づいてくる大通りからはたくさんの車の音がした。
都会にいると、こんな喧騒にも慣れてしまう。でもそんな喧騒に惑わされることなく、今度は潤奈が本当に潤奈のことを愛してくれる人に出会えるよう、願わずにはいられなかった。
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