87話 Humming a Requiem その2
ナッツはナイフを構え、ロメロへと迫る。その行手をクルミとパインが阻む。
リコは足を引きずりながら、ロメロへと迫る。
リコの相手はロメロが一人でするしかない。
「そんな状態なら、私一人でも倒せるよ」
ロメロは躊躇うことなくリコへと向かう。
ここまで追い詰めてしまえば勝てるだろうと、彼女は考えたがそれは甘かった。
確かにいまのリコの動きは、負った傷が深すぎて素人以下。
それでもリコはロメロの攻撃を僅かなダメージで抑え続ける。
ロメロの体技を的確に捉え、トキムネと鞘で受け止める。
身のこなしは一切なし。ただ己の技量と経験と直感のみで凌ぐ。
見た目の派手さこそないが、これもまた神業。リコでなければ到底不可能な領域。
しかしリコがいくら優れていようと、攻撃を受けてしまう。そんな中でもリコは辛うじて反撃を叩き込む。
防ぐことが無理だと判断すれば、被弾を覚悟した上で、よれよれの情けない動きでトキムネを振るい、攻撃を掠らせてさえいる。
まさしく、サンタ戦を極めた技術の化身。
「なんでここまで……」
ロメロの心が折れかけている。どう見ても死にかけのサンタ相手に攻撃が通らない。
配達道具なしの純粋な駆け引きで勝ちきれないことは、ロメロにとって絶望でしかなかった。
ナッツはゾンビの相手に慣れ始めていた。
戦場で相手にするゾンビはロメロによる遠隔操作だったため、一筋縄ではいかない相手だった。
それに比べて、いま相手にしているクルミとパインのゾンビは自動操縦。動きが一辺倒なのだ。
力は普通のゾンビを遥かに上回っているが、技術で対処可能な範囲に収まっている。
一度慣れてしまえば、それほど対処には困らない相手だった。
ゾンビの最大の強みは、サンタ並の脅威が大量に統率された動きをしていたこと。
いまのクルミとパインにそれはない。
「連携も私たちに比べたら全然だね」
ナッツはクルミの腕を両腕で挟むように受け、動きを止める。サンタゾンビの攻撃力は凄まじく、受けた衝撃で腕の骨が砕ける。だがそれを無視し、香水を浴びせ、透明化させる。
続けてパインの蹴りを潜り抜け、香水を浴びせた。
「これでやっと、みんな……眠らせてあげられる」
ナッツはナイフを強く握りしめ、ロメロへと向かって走った。
「ナッツがやってくれた……貴様は終わりだ……」
「なんで……こんなことに……!」
ロメロは自分の背後で、頼みのクルミとパインが消されたことに気付いた。
頭をよぎる敗北という言葉。どうしてこんなことになったのかという疑問。
なぜ、こんなところで自分たちは敗北せねばならないのか。
初代サンタの遺物を巡る争いで死ぬのなら納得できる。
サンタ工房を出し抜こうとして失敗し、粛清されるのなら納得できる。
だが、戦力を揃えるためにしていただけの、本当に小さな事業がきっかけとなり、たまたまこの街にいただけの懲罰部隊に、子どもたちを救いたいという訳の分からない理由で攻撃され、信頼する仲間を失い、自分も死ぬ。
もう何が何やらわからない。現状を理不尽以外の言葉で形容できるだろうか。
「……貴様は……サンタを敵に回した。敗因はそれただ一つ。取った戦術も判断も的確だった。貴様らは全員強かった」
「……慰めのつもり?」
「いや……ただの礼儀だ」
「……そう」
ロメロの背中にナイフが刺さった。ロメロはその痛みに反応し、裏拳を放つ。
ナッツはそれを受け止め、リコがロメロの腹部にトキムネを突き刺した。
「私たちは拷問も尋問も躊躇わない。だけど、無意味に痛めつけるのは好きじゃない……だから……特別にこれで三人分ってことにしといてあげる」
ナッツは透明化を解除して、ロメロに言葉を浴びせた。
「……無残に死んでいった子どもたちに……その家族に……貴様の悲鳴を手向けてところで、戻ってきはしない。ならば、私は私として、貴様を斬る」
リコとナッツは同時に切っ先を押し込み、ロメロの体から引き抜いた。
「これは私個人の……実に個人的な怒りだ」
ロメロの体から鮮血が溢れ、その命は絶たれた。
情報を聞き出すために生かしておきたかったが、配達道具も、ロメロ本人の実力も、あまりに危険すぎる。無闇に生かしておけば、反撃を許してしまう。
いまゾンビを停止させなければ、セイレンが喰われてしまう。
殺せる時に殺しておかなければならない、あまりに危険な相手だ。
「……あなたたちの……夢の方が……祝福されたって……訳ね……納得でき……ない……な…………」
ロメロの体から急速に熱が失われてゆく。正面玄関から聞こえていた、おぞましい呻き声が消えた。
終わった。長く続いた、苦しい戦いが。
「貴様らの……卿らの、覚悟と強さは本物だった……そこだけは、敬意を払おう」
リコはサンタとしてではなく、一人の戦士としてロメロと、彼女に忠誠を誓い散っていたサンタに敬意を評した。
邪悪なサンタチームだった。しかし、その意志と結束はこの世のどんな鉱物よりも固かった。悪と断ずるには抵抗があるほどに……
※※※
「首を噛まれたと同時に動きが止まったよ……もうちょっと遅かったら死んでた……よ……」
全身噛み傷だらけで、いま負ったばかりの首の傷を押さえながら、セイレンが二階に駆け上がってきた。
その先にいたのは、勝利の余韻に浸るリコとナッツではなく、これまでに犠牲になった人々と、今日犠牲になった者達を想う、二人の姿だった。
「…………すまない……私が……二人を引き渡さなければ、こんなことには…………」
リコは直視することができなかった。三人の死体を。そして、たった一人で遺されたナッツの表情を。
「別にリコのせいじゃない。私たちはあなたたちを本気で殺そうとした。引き渡すのは当然……ロメロにしたって、私たちは本気で殺しに来てたんだから、こういう扱いをするのは普通のことだってわかってる……だからここでこれ以上八つ当たりしたら……リコにまで八つ当たりしたら……三人の覚悟を侮辱することになる。だから、それだけはしない」
両親がサンタ工房に殺されたことで、クルミ、ナッツ、パインの人生は変わってしまった。
それでも、復讐という地獄を選んだのは自分たちだった。自分たちで歩むと決めた道だった。その選択に、自分たちなりの誇りを持っていた。
無実の人間を大量に巻き込んでいたとしても、その罪を自覚した上で貫いた、自分たちなりの正しさ。
その道の半ばで殺されたとして、その遠因を作った人物を責めてしまえば、地獄を征くと決めた自分達たちの誓いに泥を塗ることになってしまう。
もうクルミもパインも取り戻せないのなら、これ以上失わないために、無様な姿は見せられない。
「……ごめん……少しの間、四人にさせて」
それでもナッツは、胸の奥から湧いてくる哀しみに、耐えられなかった。
リコは無言で頷き、その場を離れ、セイレンを連れてビルの捜索へと移った。
「おやすみなさい。クルミ、パイン……わたしもいつか、同じ夢の中に行くから……それまで待ってて」
戦場に赴き殺し合いをする。それが彼女たちの仕事だった。
だから、自分たちだけは死なないなんて、そんな甘い考えは持っていなかった。
殺す覚悟もしていたし、殺される覚悟も、死なれる覚悟もしていた。
それでもこの現実は受け入れ難かった。受け止められなかった。
だからこうして、さっきまで動いていた死体に語りかけてしまう。
死んでしまった相手とお話なんてできやしない。そんなこと、両親が殺された時に嫌というほど知った。
それでも語りかけてしまう。もしかしたら届いているかもしれない。返事はなくとも、聞こえているかもしれない。
そうでなかったとしても、自分が失った大切な人の、その重さをもう一度確かめるために、語りかけてしまう。
「それまでの間、二人のことをよろしくね、アリー」
アリーは消えてしまった。0と1の彼方へ。
アリーという人格が本当に実在していたのか、いまでもわからない。
それでも四人で泣いたり、笑ったりした思い出は本物だと、四人全員が思っていた。
機械に魂が宿るか宿らないか。そんな問いかけの答えなどどうでもよかった。
きっと、その問いの答えは世界のどこかに存在している。だがそんなことよりもずっと確かで、大切なことがある。
四人の思い出は本物で、その時の感情に紛れはなかった。それだけは、なによりも確かな真実。
たとえ世界の理が歪んだとしても、あの瞬間は本物だった。あの瞬間、四人は家族だった。
「一人で夜更かしするのはちょっと寂しいけど……まだ、私は眠たくないから……おやすみなさい……ゆっくり休んでね」
ナッツは三人のそばを離れた。子守は必要ないから。それくらい、三人は強いから。
「今日、目にしたゾンビの数は……私が救うことのできなかった人の数だ……」
どうにもならなかった。リコの全く知らない世界で、たくさんの人々が、痛みと恐怖と絶望の淵に追いやられ、殺され、兵器とされていた。
救いようなどなかった。それでも、数えきれない悲劇の残滓が、街中に、この国中に散ったまま。
ゾンビは活動を停止するだろうが、生き返ることはない。もう、取り戻せない者ばかりだ。
そして、ロメロたちが死んだことで、この内戦の勢力図は一変することになる。一歩間違えれば、更なる悲劇がこの国を襲うことになる。
やらねばならないことが山積みだ。
「リコの気持ちもわかるけどさ、アカリちゃんやジェシーは、今日、確実に私たちが救った人なんだから、それもちゃんと見てあげて」
セイレンはあえてリコを称えた。リコが悲劇を見ている。なら自分は、悲劇から救えた事実を見る。
どちらも真実なのだから、どちらも直視しないといけない。良いことも、悪いことも……
「私も手伝うよ。情報収集しないとでしょ?」
ナッツはビルの捜索を行なっているリコとセイレンに合流した。
リコはナッツの姿を見て……昔の自分が鏡に映っているようだった。
リコは反射的に手を差し伸べそうになる。だが、それはしない。
そんなことをナッツは望んではいない。四人のことをほとんど何も知らないリコが手を伸ばすということは、四人が大切にしていた世界に土足で踏み込むいうこと。
そんなことをしてはいけない。過去の自分の涙を拭うため……そんなエゴで踏み込んでいい世界ではない。
「……頼めるか? 卿が手伝ってくれるというのなら助かる」
リコは知っている。この悲しさや寂しさが未来永劫消えないことを。
どうしても、どれだけ時間が経っても、振り返ってしまう。
そうする度に、もう戻らないのだと痛感する。そしてまた存在しないとわかりながら、振り返ってしまう。
そんなことの繰り返しで、人生は続いていく。
「なに辛そうな顔してるの? 私たちの覚悟をなめないで。このくらいのこと……」
「わかっている……そう、わかっている……覚悟の上であることくらい……」
クリスマスイブは終わり、クリスマスがやってくる。
サンタらしくあろうと立ち向かい、抗ったリコたちににささやかなクリスマスが。
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