86話 Humming a Requiem その1

 ナッツはロメロへと駆けた。


 ロメロはナッツの背後にいるパインを操作し、地雷をナッツの足元へと投げさせた。


 ナッツは後ろを振り向き、地雷に香水を振りかけ透明にする。


「こうすれば操作できないでしょ?」


 ロメロは地雷を起爆させようとするが、操作が効かない。


 透明化した配達道具は、ナッツと血縁関係がある者なら使用可能。


 だが、ロメロがパインを操作して、透明化した配達道具を起動することはできなかった。


 間の手順に不純物が挟まりすぎている。


「やるしかないか……」


 ナッツの参戦は、ロメロの状況を確実に悪くした。


 クルミとイモータル・ドールの両方を操作しなければ、リコは抑えられない。


 どうしてもそこに、集中力を割かねばならない。


 セイレンも問題であり、外からゾンビを投入し続けているというのに、辛うじて堰き止めている。


 このビル内にゾンビはもう残っていない。


 大半をアリスとヌルの増援に送り出した後だった。最初、天井裏に潜ませておいたのが、最後の残りだった。


 外に送り出した兵力を呼び戻し終える前に、リコたちは攻撃を仕掛けてきた。


 だからセイレンを突破しない限り、ゾンビの増減はない。


 裏口からも侵入させてはいるが、入り口が狭く、戦況を変えるほどの数を揃えるには時間がかかる。


 ゾンビは無限ではない。有限な上に、元々は前線に送る戦力だ。


 兵器開発局との戦争において、拠点防衛に兵力を大量に待機させられるほどの余裕はなかったのだ。


「姿を晒しておく必要もないから、消えさせてもらうよ」


 ナッツは自分に香水を振りかけ、姿を消す。それと同時に、地面に転がる透明な地雷を拾う。


「まずいね……」


 完全に知覚不能の敵を読みだけで対処するほどの技量はロメロにはない。


 攻撃を受けた時、その痛みに反応して、反撃するのが精々。


 かといって防御に徹するわけにもいかない。


 ロメロが逃げ出せば、ナッツはリコを助けにいく。そうなれば、リコとクルミたちの均衡状態は崩れてしまう。


 リコ、セイレン、ナッツは体力的にも、状況的にも持久戦は無理。攻め続けるしかない。


 ロメロは時間さえ稼げば勝てるが、防御一辺倒でいられるほど、懲罰部隊と兵器開発局は甘くない。攻め続けねばならい。



 ロメロに区別はない。自分の利益になると判断すれば、なんでもやる。


 自分を苦行に追い込む決断であっても、必要とあればそうする。


 ロメロはクルミを引かせ、ナッツへと向かわせた。透明化したナッツを止めるために、位置がわかるクルミとパインに対処を任せるしかない。


 そして、イモータル・ドールをさらにリコへと押し出し、ロメロ自身がそのサポートに入った。


「可能ならこういう事態は避けたかったのに」


 クルミはロメロへ綺麗にバトンを手渡し、リコに反撃の隙間を与えない。


 イモータルドールは新たなチェーンソーを両腕に展開し、リコに襲いかかる。


 それをトキムネで切断したいが、そのタイミングで上手くロメロが追撃を仕掛けることで、リコの思い通りにさせない。


 クルミとイモータル・ドールの戦術を一切踏襲せず、人員が入れ替わったなら戦術を最適な形へと切り替える。


 リコを確実に追い詰めていた戦術に囚われることなくあっさり捨て、新たな最善に移る。


 過去の成功に囚われず、その場その場で判断を行い、自分の判断に自分の命運を完全に委ねられる。これこそ、ロメロの強さ。


「まずいっ……」


 リコはクルミが消えたことで状況が改善するかと考えたが、そうはならなかった。


 力の多寡でいえば確実に落ちついたが、その分悪質さは増した。


 機械の耐久力と威力に、ロメロの頭脳が加わり、手がつけられない。


 リコはチェーンソーを鞘で受け止め、トキムネを振るおうと懸命になるが、そこにロメロが蹴りを放つ。


 それをリコはトキムネで受け止める。そこにイモータル・ドールは肩に搭載した機関銃を放つ。


 この状態から銃弾を完全に回避することは難しく、直撃をなんとか避けながら距離を離す。それでも弾丸が肌を掠め、血が滲む。


 クルミとアリーの連携に比べて粗はあるが、ロメロ自身で操作していることもあり、二人の連携はほとんど完璧。付け入る隙がない。




「ゾンビになっても私の位置を正確にに把握してる。こういうところは引き継がないで欲しかったな……」


 ナッツもまた、ゾンビ化したクルミとパインを前に苦戦を強いられていた。


 透明化していても血の繋がりか、はたまた家族だから魂で繋がっているのか、とにかく位置がバレてしまっている。


 事実上、配達道具が機能していない中でナッツは戦う必要があった。


 香水を吹きかけ透明にしてしまえば、ロメロはその死体の操作ができなくなるのは確認済み。


 しかしそれができなかった。香水を吹きかけること自体は容易い。しかしサンタゾンビの動きは素速く、香水をかけたと同時に攻撃を受けてしまう。


 相討ちに持ち込んだとして、サンタゾンビによる攻撃の直撃を受けたなら、確実に一撃で意識が飛ばされる。


 意識が飛んでしまえば透明化は解除されてしまう。相討ち覚悟は無意味以下だ。


「どうしたら……」


 何度か打撃を当てはしたが、怯みさえしない。これではサンタ膂力を込めた攻撃を当てたとしても、有効打になるか怪しい。


「物語だったら、元の意識が残ってるものだけど……期待できないよね……」


 情に訴える展開しか、勝てる未来が浮かばない。


 だがこれは紛れもない現実。理由もなく自分に都合の良いことが起こったりはしない。


 よりよい未来は、自分の手で切り拓くしかない。


「やれるだけ、やるしかないか」


 ナッツとリコの間は五メートル。決して遠くはない距離だが、駆け抜けてロメロを背後から刺せるほど近い距離ではない。


 だがどうにかしてロメロ本体を叩くしかない。セイレンが崩れるか、裏口からゾンビが侵入してくれば終わりだ。


 もたもたしている時間は残されていない。


 ナッツは走った。どうにかしてクルミとパインを潜り抜け、ロメロの背中を刺すために。


 パインは向かってくるナッツの足元に地雷を投げた。


 地雷を透明にさせないため、クルミがナッツに近付き妨害する。


 ナッツはあえて地雷から逃れようとはせず、クルミの攻撃だけをただ避けた。


 そしてナッツの足元に地雷はぶつかり、直径二メートルの穴が開いた。


 ナッツとクルミはその穴に落ち、二階から地下一階に向かって落下していく。


 そしてダメ押しとばかりに、パインまで降りてくる。


「こうすると思ってた」


 ナッツは目の前にいるクルミの横を、隙を見て通り抜け、地下の天井にある電灯に掴まり前へ跳ぶ。


 そうして三メートルほど前へ進み、拾っておいた地雷を天井に貼り付け穴を開けた。


 背後からクルミとパインが迫る。彼女はそれを無視し、穴を抜け二階へと駆け上がる。


「やっぱり、自動操作だとミスばかり……結局、最後は私がやらないといけない」


 ナッツが穴から顔を出すと、そこにロメロがいた。


 パイン以外が穴を開けば、それはもうナッツか登ってくるに決まっている。


 姿が見えなくとも、ここまでヒントが揃っていれば、ロメロはタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてくる。


「考えてはいたよ。待ち構えてる可能性くらいは」


 ロメロは勢いをつけてナッツは登ってくると読み、穴の真ん中へとサンタ膂力を込めた踵落としを放つ。


 ナッツにとってこのうえなく最悪なことに、その読みは当たっていた。


 ナッツは仕方なく、地雷の中身をロメロへと放つ。


 ロメロはその透明な床ごと蹴りで破壊する。床を放出されることまで読んでいた。だから充分なサンタ膂力を込めておいた。


 それでも踵落としの速度と威力は僅かにだが減衰した。


 パインの配達道具で作りした僅かな隙間利用し、ナッツは二階に到達する。


 穴の下からはクルミとパインのゾンビが迫っている。


 追い返すために、ナッツは背後の地面を地雷で吸収する。


「自分から居場所を晒すなんてね」


 ロメロは開いた穴からナッツの位置を推測し、回し蹴りを放つ。


「貴様だけが……ナッツの位置を知ったと思うな」


 リコはトキムネを納刀する。ロメロは五十センチほど横に逸れた。


 突然の移動に起動修正が間に合わず、不可視のナッツを正確に捉えていたはずの蹴りが空を蹴る。


「……面倒なことをするね」


 穴が開いた瞬間、ロメロは一旦リコを放置して、ナッツの対処に集中した。確実に一人減らすために。


 リコはイモータル・ドール単体なら、状況判断を行う余裕があった。チェーンソーで右肩を斬られるダメージと引き換えに、ナッツを救ったのだ。


 お互い自分の視点で、最善の判断を行った。その中で明暗が分かれた。



「ここで逆転する」


 ナッツは自分が通ってきた穴に急いで向かう。


 覗くと僅か一メートル下に、クルミとパインが迫っている。


 ナッツは躊躇うことなく、二人に腕を伸ばし、地雷のスイッチを押した。


 クルミとパインは大切な家族だ。本当に大切な。だがもう死んだ。


 三人は家族の死体を傷付けることに躊躇いはない。


 そんな甘い覚悟で、戦場に立っていない。


 相手に人格が残っているのなら話は別だが、物言わぬ家族の死体を相手に躊躇うような、そんな浅い関係ではなかった。


 家族のことを本当に大切に想っていた。だからこそ、死体相手に躊躇しない。


 クルミ、ナッツ、パイン、そしてアリーは、お互いの……あえて名付けるのなら魂と意志に敬意を払っていた。


 それらが失われた死体は彼女たちにとって、本当に守りたい、大切に想っている対象ではない。


 死体相手に躊躇えば、共に誓ったその覚悟を侮辱することになる。


 両親を殺したサンタ工房を滅ぼす。その夢に向かう意志を継ぐこと。


 それがナッツにできるただ一つで、死んでいった三人が望む、最高の弔い方。



 クルミとパインに向けて放った直径二メートルに切り抜かれた床。


 確実に命中すると思われたその攻撃は砕かれた。


 イモータル・ドールが左腕のチェーンソーを放出し、床を砕いたのだ。


「諦めなさい。もうどうにもならない」


 クルミとパインが二階に到達する。


 リコ、ナッツ。ロメロ、パイン、クルミ、イモータル・ドール。


 五人と一体が半径二メートル以内に集中している。


 混戦状態の中、リコたちは数の上でも、状況的にも圧倒的に不利だが、勝つつもりでいる。


「最後まで結果はわからない」


 リコはボロボロの体で、片腕を失ったイモータル・ドールを攻めた。


 リコは力尽きる覚悟で、文字通り最後の攻勢に出た。


 リコはイモータル・ドールに武装を換装する間を与えない。瞬時に距離を詰め、トキムネを振るう。


 イモータル・ドールは右腕のチェーンソーだけで応戦するがその程度ではリコを止められない。


 すれ違いざまにイモータル・ドールの巨躯をトキムネで斬り刻み、納刀を行う。


 次の瞬間、概念による切断により、その巨体は配達道具の核である頭部とそれに連なる脊椎だけを残し、粉々に砕け散った。


 重傷を負い、その状態で戦い続けたリコに残された、正真正銘最後の斬れ味。


 ロメロが出した攻めっ気。その隙を逃さず突き、最大の損害を与えた。


 成果は出した。後はやれることを精一杯やるだけ。


「……配達道具を一つ無効化したくらいで、良い気にならない方がいいよ」


「……貴様はそのことに……もう少し危機感を覚えた方が良い……」


 ロメロは無視している。勝ちの地盤に綻びが生まれたことを。いま確実に潮目が変化したことを。

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