85話 No Life Queen

 ロメロはリコの奇襲を受けてからすぐに、クルミとパインをゾンビにする処置を開始した。


 しかし、配達道具の生体認証を残したまま、サンタをゾンビにする作業は難航した。


 生体認証は対象が死亡した瞬間に失われる。刹那の一瞬でもゾンビにするタイミングが遅れてしまえば、ただのサンタゾンビになってしまう。


 難易度の高い精密作業な上に一発勝負。だからロメロは可能な限り時間をかけた。


 今日一日を生き延びるため。そして、失ったアリスたちの穴を少しでも埋めるため、配達道具が使用可能な、クルミとパインのゾンビがどうしても必要だった。


 ロメロは、究極のゾンビを手に入れた。

 


※※※



 リコはトキムネを素早く幽体モードに切り替え、チェーンソーを切り刻みながら、地面に着地した。


「貴様は……私を完全に怒らせた……!」


 リコは確かな怒りと共にトキムネを納刀する。配達道具に外付けした武装であるチェーンソーが粉々に切断される。


 しかしイモータル・ドール本体にまで刃は届かなかった。


 イモータル・ドールはリコの方へと素早く向きを変え、ミサイルの照準を合わせる。


 リコはここで無理に追撃を仕掛ければ相討ちになると判断し、距離を取り始めた。


「逃さないよ」


 しかしリコの進行方向へパインが吸収した床を放つ。


 決して当てることが目的ではない。あくまでも、リコの動きを一瞬だけでも止めるため。


 足止めを確実に達成することが最優先だった。それさえなされれば、イモータル・ドールの攻撃を当てられる自信があった。


「まずいか……」


 リコの目の前に床が着弾し、足を止めざるを得ない。


 その僅かな隙に、イモータル・ドールのロックオンは完了した。


「撃ちなさい」


 ロメロの命令と共に、イモータル・ドールは小型ミサイルを一斉に放った。


 普段のリコであればこの程度の数、難なく斬り落とせただろう。だがこの傷では無理。確実にいくつか斬り損なう。


 そしてこの状態でミサイルが直撃すれば、死ぬ。そうならなかったとしても、もう戦うだけの力は残らない。


「くっ……ならば」


 リコは目の前に突き刺さった直径二メートルの床を飛びながら、トキムネで空を斬る。


 床の裏側に回り込むことで、それを盾にすることで逃れようとした。


「標的が壁の後ろに回り込みました。誘導します」


 イモータル・ドールは放った小型ミサイルを制御し、床の裏へと両側から回り込ませた。


「そう誘導することは想定済みだ」


 リコはトキムネを納刀する。それと同時に空間が圧縮され、リコを狙い左右から回り込んだミサイルの距離が一瞬で縮まり衝突、大爆発を起こした。


「次弾装填開始。十秒後に発射可能になります」


 イモータル・ドールは淡々と事実を報告する。そこにクルミと談笑していた面影は微塵もない。完全に別人だった。



 パインはイモータル・ドールの隙を埋めるため、天井からリコの方へと飛び降り、膝蹴りを放った。


 リコはそれをトキムネの鞘で受け止める。


「ぐぅっ……」


 パインの一撃は重い。サンタ膂力を込めた蹴りと同等かそれ以上の威力。


 人間をゾンビにするだけでも、サンタと戦えるまでに強化される。サンタをゾンビにすれば、その力は普通のゾンビを遥かに超える。


 ゾンビにすることで強度を増したサンタの肉体は、サンタの限界を超えた力を引き出したとしても損壊することはない。


 サンタゾンビは文字通りロメロの秘密兵器でもあり、最終兵器。


 そして、その称号にふさわしい戦闘能力を有している。


「昨日倒したばかりの相手にやられる気分はどう?」


 ロメロは地下一階に落とされ、二体のサンタゾンビに追い詰められているリコを嘲笑った。


 ゾンビ化したパインの動きは速く、そして重い。


 普通のゾンビでも、通常攻撃はほとんど効果がなかった。


 トキムネの能力であれば斬れるが、苛烈な攻勢を前に動きを捉えられない。


 リコは常に防戦を強いられ、わずかな反撃さえ許されない。


「装填完了しました。いかがいたしますか?」


「パインごとリコをやっちゃって」


「了解いたしました」


 アリーでは絶対にしなかった判断を、イモータル・ドールは躊躇いなく実行した。


 再装填した小型ミサイルを、リコへと撃ち込んだ。パインを巻き添えにすることなど、一切気にも留めていない。


 小型ミサイルはさっきの反省を活かし、リコへ一直線に一塊で放った。


「こんなことが許されてなるものか……! 許してなるものか……!」


 子どもたちの尊厳を奪い、家族の絆を奪い……ロメロの所業は、許容される悪の限界を遥かに超越している。


 サンタに家族を奪われ、優しいサンタを目の前で殺されたリコが、怒らないでいられるわけがない。


 リコは第二射に備えて対策を打っていた。トキムネでパインの攻撃を受け流しつつ、周囲の空間を斬っておいた。


 リコはミサイルを引きつけ、タイミングを合わせて納刀を行う。


 空間は圧縮される。


 パインの体がミサイルの軌道上に強制移動させられる。ミサイルとパインの距離は近い。軌道修正は間に合わない。


「これを避けるんだ。頑張るね」


 ロメロはリコの動きを見て、少し驚いている。ここまでする体力がまだ残っているのかと。


 パインの体にミサイルが次々と着弾していく。


 ただでさえ頑丈なサンタがゾンビ化しているため、一発毎に少しずつ肉が削げていく程度のダメージしかない。


 それでも、パインは衝撃に耐えねばならず、ロメロは彼女の死体を操作することができない。


 リコはその隙に天井を切り刻み、ロメロがいる二階へと駆け上がった。




「クルミは……そこか……」


 リコは戦闘中、クルミの姿を探していたが、ようやく見つけた。


 ロメロは自分のそばに、クルミのゾンビを仕えさせていた。


 彼女はクルミを介してイモータル・ドールを操作している。


 そのため、本体のクルミを最前線には出さず、側で護衛として使用していた。


「息が上がってるよ。というより、いまにも倒れそう。そんな状態で、戻ってこれたことは素直に称賛するよ」


 パインとイモータル・ドールを同時に相手したことで、リコの体力は限界を超えた。


 セイレンはゾンビの大群をここまで寄せ付けまいとギリギリで抑えている。だが限界は近い。


 リコたちの敗北が決まる時は近い。


「それで、ここからどうするつもり?」


「決まっている。貴様を倒す」


 リコはロメロに向かって走った。


 その侵攻方向へと地下にいるイモータル・ドールがビームを放つ。


 リコはそれを避けるが、そこにクルミの追撃が加わる。


「うぐぅぁ……」


 クルミの蹴りを鞘で受け止めるが、その衝撃だけで腕が折れそうになる。


 リコは怯みながらもトキムネを振るうが、クルミは背後に飛んで斬撃を回避。


 ロメロは決して攻めすぎない。少しずつ、少しずつ、リコの残り少ない体力を削る。決して最後まで油断しない。リスクは最小限に抑える。


 彼女が前線にいるのは、目標を直視している方が操作精度が上がるから。そうまでしなければ、リコを抑えられない。


 これは油断ではない。必要なリスクだから取っている。



 ミサイルを耐え切ったパインはイモータル・ドールの肩に飛び乗る。


 そしてクルミがリコを牽制している隙に、イモータル・ドールはパインを乗せながら二階へと飛び上がった。


「報告です。ナッツが蘇生し、こちらへ向かっております」


 イモータル・ドールは淡々と報告を行う。視線は朧で、主人であるクルミになのか、それともクルミを支配しているロメロに向けての報告なのか、判然としない。


「どうしてそんなミスをしたの?」


「判断基準に則り、死亡したと判断しました」


「そう。使えないね」


 ロメロは不満を覚えた。パインとクルミは透明化したナッツの位置がなんとなくだがわかる。


 血縁同士で稀に起こる配達道具の誤差によるものだ。


 それはゾンビ化した現在も継続している。だがロメロにナッツの位置はわからない。


 パインやクルミのゾンビを自動操作にした場合に限り、透明化したナッツを捕捉してくれる。


 そうした配達道具の仕様のせいで、ナッツにとどめを刺し損なった。


 こうしたありえないミスを平気で起こすから、ゾンビの自動操縦は特別な理由がなければ行わないようにしている。全く融通が効かない。


「あなたみたいなポンコツに任せたのが間違いだった」


 所詮は兵器開発局に数合わせで渡した配達道具。まともに機能するわけがない。


 ロメロはパインを自動操縦にして、ナッツの追撃へと向かわせた。


 位置くらい教えて欲しいものだが、ゾンビは声を発せない。


 イモータル・ドールではなく、クルミがナッツの位置を把握しているというややこしい状態のせいで、イモータル・ドールはロメロに位置情報を教えてくれない。


 全く思い通りにいかない。サンタゾンビの身体能力と、パインとクルミが持つ配達道具の単純な運用しか、まともに機能していない。


 こんな機能不全極まりない状態でも、リコたちにはこれ以上ない脅威となっている。



 リコはクルミの猛攻を凌ぎつつ、イモータル・ドールによる援護射撃にも気を配らねばならなかった。


 クルミが近接戦を行い、彼女の安全になど一切目もくれず、イモータル・ドールが多様な武装によるサポートを行う。


 リコは仲間を巻き添えにすることを全くいとわない、ゾンビならではの戦術に苦戦を強いられる。


 いまの二人の戦闘スタイルは、キャロルからの報告とは完全に真逆。


 アリーが攻め、クルミが援護を行う。おそらくそれが最適解だったが、クルミの耐久力が飛躍的に向上したことで、有効な戦術が変化した。


 ロメロはそのことにいち早く気付き、柔軟に対応した。やはり、ロメロもまた並外れて優秀なサンタだ。


 リコはクルミの飛び蹴りを鞘で受け止める。


 その隙にトキムネでクルミの腹部を斬ろうとするが、そこにイモータル・ドールによる機関銃の連射が襲いかかる。


 リコはそれをバックステップで回避するしかない。


 クルミはゾンビの強度を活かし、機関銃を受けながらリコへと直進。


 通常ではありえない追撃のタイミングと手段のせいで、反撃の余地も、息つく暇もない。


 クルミは防戦一方のリコへ、体重を乗せた渾身のストレートを放つ。


「くっ……なす術がない……!」


 前方や側面には機関銃の雨。後方へ引くにもクルミは速い。


 リコは受け止めるしかなかった。サンタゾンビによる、圧倒的な膂力と共に放たれる一撃を。


「うっっっ……」


 凄まじい衝撃で傷口が開く。


 こんな攻撃、受けられるとしてあと三発。それ以上は体が持たない。


 リコはどうすれば状況を打開できるのか、全く思いつかない。


 サンタゾンビの頑強さによる攻撃力と耐久力を活かした、ゴリ押し戦術。


 単純だかその破壊力は抜群。単純な戦術は軽く見られがちだが、有効な場面ではこれ以上ないほどの脅威になる。


 無傷のリコならばこんな単純な戦術と連携、どうとでも切り抜けられもしただろうが、この傷ではどうにもならない。


 潮目を変える何かがなければ、リコはこのままジリジリと殺される。




「ナッツの死亡を確認いたしました」


「今度は本当でしょうね?」


 二メートル前方で援護射撃を行うイモータル・ドールは、索敵機能からナッツが死亡したと判断し、その報告を行う。


 だがロメロはそれを安直に信用しようとはせず、もう一度確認を行う。この機械の判断機能はどうにも信用ならない。


「間違いありません。心臓の停止を確認しております」


 その報告を聞いてロメロは安心した。もう、透明化能力による暗殺に怯える必要はないのだと。


「それなら構わな……」


 ロメロは背後に迫る二つの足音に気付いた。


 一つはパインのものだ。ゾンビらしい力強くも拙い音だ。


 もう一つはわからない。


 ロメロは振り向くと、目の前にナッツがいた。


 ナッツは、はち切れんばかりの殺意を込め、ロメロの心臓めがけてナイフを振り下ろした。


「いだっっ……!」


 ロメロはすんでの所でナッツの腕を弾く。しかし、心臓には到達していないものの、胸にナイフが深く刺さる。


「なんで……」


「イモータル・ドールのデフォルトの設定では相手の生死を、心臓が動いているかだけで判断するの……そんなことも知らないの?」


 ナッツはあえて透明化を解除した。そして、心臓だけを透明化させ、その状態で行動した。


 こうすれば、透明化した心臓だけを認識しないイモータル・ドールはナッツが死亡したと誤認することをナッツは調べて知っていた。


 その知識がロメロの僅かな隙を生んだ。


 イモータル・ドールのデフォルトの判断基準は、戦闘用とは思えないほど、ヘンテコでポンコツだったことをナッツたちは覚えていた。


 それをよく四人で笑い合った。そして、日々成長して行くアリーを誇りに思った。


 だがアリーは死んだ。その優れた判断能力はもう残ってはいない。


 ナッツが動き回っていたとしても関係ない。心臓さえ動いていなければ、死んだと判断する。そういう判断基準だから。


 所詮は機械。情報の蓄積がなければ、臨機応変な判断は不可能。


 指定された通りに動き、判断を行い、報告を行う。それしかできない。それがアリーとの差だ。


「うっ……ふざけないで……こんなところで、死ねないっ……!」


 ロメロは尚も深く浸食してくるナイフが心臓に達する寸前、ナッツを蹴り飛ばした。


 心臓以外をある一定以上透明化させると、クルミを通して透明化した心臓をイモータル・ドールは認識し始め、対象を生存していると判断する。


 だから仕方なく、彼女は不完全な透明化で奇襲をかけた。


 それは最善の選択だったが、最善の刃ではロメロを殺すにはほんの僅かに至らなかった。


「えほっ……えほっ……いまのは……私の分……あと三人分残ってる……」


 ロメロの蹴りを受け、ナッツは血を吐いている。だがすぐに体勢を立て直す。


 怯んでいる場合ではない。この程度で済ませられるほど、この怒りは生温くない。


 アリスとの戦いで手足の一部は喰い千切られ、すでに体はボロボロだが、心は折れていない。


「……三人の借りはちゃんと返してもらう……!」




 クルミ、ナッツ、パインの三人はイモータル・ドールと共に過ごした。


 そしてアリーという名前をつけ、四人目の家族となった。


 共に任務をこなしていく中で、より実戦的で柔軟な判断を行えるよう育てた。


 クルミ、ナッツ、パインに続く四人目の姉妹かのように。三人の子どもかのように。家族として愛した。


 そしてアリーもまた、ナッツたち三人を愛していた。


 ロメロは自分の都合でその全てを……アリーを捨てさせ、イモータル・ドールへと戻した。


 ロメロの手によって損傷を直し再起動されたアリーは、囚われたパインやクルミを見て状況を即座に理解し、ロメロたちへと襲いかかった。


 二人をゾンビにした後も抵抗をやめなかったため、記憶を完全に消去した。


 ロメロに襲い掛からないようにするために、消す必要のある記憶がどれかを精査する時間はなかったため、とりあえず全てを消した。


 その現実的だが短絡的な判断が裏目に出た。アリーはアリーであるからこそ、実戦レベルだった。



 ナッツは廊下でアリーに襲撃された瞬間に理解した。


 アリーが自分を襲うということは、ハッキングされているか、記憶を消されたと。


 昨日の今日では時間的にハッキングは不可能。ならば、記憶を消された。


 記憶を消された理由にもすぐに思い至った。


 アリーは絶望的な状況の中、最後まで挫けず、二人を救おうと懸命に戦ってくれた。


 そしてナッツは全てを理解した。もう、なにもかもが手遅れだと。もう、全て失ってしまった後だと。


 だからといって、この命を投げ出すことだけはしない。


 ロメロに家族を侮辱した償いをさせなければならない。


 ロメロはクルミとパインをゾンビへと造り替え、アリーを殺した。


 許せるはずがない。ただで心を折られてやるわけにはいかない。


 サンタ工房への復讐。そして、家族を取り戻すことを目指した三人の姉妹と一人の物語は最悪の結末を迎えた。


 だからこそ、こんなところで立ち止まれない。立ち止まれるわけがない。


 取り返しがつかないのならせめて、復讐は完遂する。


 それだけが、ナッツから死んでいった三人へ送れる唯一の手向けだ。

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