78話 Beat My Dream その1
セイレンはビルの中で、自律兵器の砲撃に耐えていた。数十秒ほど前から、どういうわけか砲撃の精度は落ちたが、それでもビルの倒壊は近いように思える。
ビルの外壁は崩れ、その骨組みが剥き出しになりつつある。倒壊はもう少し先かもしれないが、いつ砲撃が内部に届いてもおかしくない。
セイレンは必死にスライムで傷口を塞ぎ、止血した。
「リコっ……」
心配でたまらなかった。このまま起きないかもしれない。そんな不安で胸が一杯になる。
周囲を取り囲む自立兵器から妨害電波が出ているのか、通信が繋がらない。
カナンやキャロル、それにソニアがどうなっているのか……自分がリコを選んだことで、三人が危険に必要以上の危険に晒されることになってはいないか。
そんな暗い想像ばかりが頭に浮かんで消えない。
「うっ……」
「リコ!?」
リコが目を覚ます。スライムと鞘で防御したことで、なんとか致命傷は避けていた。
それでもダメージは深い。全身の至る所の骨が折れている。体を打ちつけ、内臓もいくつも損傷しているはずだ。
とても動ける状態ではない。
生きているのが不思議なくらいの攻撃が直撃したのだ。これでも幸運すぎる。
そんな重傷を負っている中、リコはなおも立ち上がろうとした。
「まだ起きちゃ……」
「そんなことを……言っている場合では……ないだろう……」
凄まじい砲撃音が四方八方から聞こえる。ビルが不気味な音を立て、軋み始めている。
リコは無理を押して立ち上がる。子どもたちを助ける。正しくあろうとするサンタを助ける。サンタとしての夢が、リコを立ち上がらせた。
「……リコは……リコは……もう少し自分に優しくなって! あなたに苦しんで欲しくないって! そう思ってる人もいるの!」
そんなリコを見てセイレンは急に耐えられなくなってしまった。
この戦場で無理をしていない者など、一人も存在していない。敵も味方も、自分の限界を超えて戦っている。
それでも我慢ができなかった。こんなにまでなって、それでも立ち上がろうとするリコを、どうしても見ていられなかった。
こんな危機的な状況において持ち込むべきではない、とても個人的な感情をどうしても抑えられなかった。
「……わかっている……そこまで私は鈍くない。それでも私は、サンタだ……サンタでありたいんだ。だから……ここで挫けるわけにはいかない。立ち上がれる間は、立ち上がらねばならないんだ」
リコはセイレンに手を差し伸べる。
電気は砲撃で消えてしまい、真っ暗闇の中、セイレンはリコの姿が輝いて見えた。
上級サンタとして目にした、無数の子どもたちが直面する悲惨。サンタが追い込まれる筆舌に尽くし難い苦境。
そんな光景に心を痛めるだけだったセイレンが前を向けたのは、リコのおかげだった。
だからそのお返しにリコを支えるつもりだった。
なのに気付けばいつも、セイレンはボロボロのリコに手を差し伸べられている。
「……惚れる相手を間違えた……リコじゃなければ……もっと心穏やかに生きられたのに……」
セイレンはリコの手を掴んで立ち上がる。
懲罰部隊としてではなく、セイレンとしてでもなく、サンタとして、こんなところで挫けている場合ではない。
まだ倒さねばならない、悪しきサンタは残っている。まだ子どもたちを、真の意味では一人も救えてはいない。
「心配をかけてばかりで、不肖な私だが……卿に支えて欲しい。私の副官は、セイレン……卿以外には考えられない」
「……もちろんだよ。他の誰にもリコの隣を譲るつもりはない! 私がいなかったら、リコは夢を叶える前に死んじゃうんだから……こんな道の途中で、立ち止まるつもりはないから!」
満身創痍のリコに支えられながら、セイレンは自分を取り戻す。
サンタとして前に進み、傷付くリコの背中を守る。それがリコの副官としての役目だから。
リコはセイレンに支えられながら、自律兵器からの砲撃が少ない裏口へと向かった。
二人を誘い込む罠かもしれない。だが逃げるにはここしか選択肢はない。
「……コ! リ……! リコ! 聞こえてる!?」
その時、ナッツから通信が入った。
「ああ。聞こえている」
「ビルを取り囲んで、妨害電波出してる自律兵器を何台か消したから、やっと二人に繋がったよ」
「カナンとキャロルはどうなった?」
「わからない。今度はそっちと通信が途切れてる。自立兵器の精度が落ちてるから、ヌルと相打ちになったのかも……」
「……そうか……」
まだ確定ではないが、二人が命を落としたのかもしれない。その知らせは、リコとセイレンを不安にさせた。
だがここを切り抜けなければ、助けに向かうことさえできないのだ。ならばやるべきことは心配することよりも、目の前だ。
「それで、どうやってそのビルから脱出するつもり?」
「貴公はいまどこにいる?」
「二人がいるビルの近く。通信するために透明化を解除してるから、少し距離を取ってるけど。重傷とはいえアリスが裏口にいるんだけど、砲撃が少ないからそこに向かってるよね?」
「ああ。罠だとは思っていたが、アリスがいるのか……」
悩ましい事態だ。アリスは強敵。重傷だとしても、あの能力は脅威だ。そしてリコはもう万全には動けない。
セイレンは隣にいるリコを見つめ、ひとつの決断を下した。
「……リコはロメロとの戦いでゾンビの相手をしてもらわないと。スライムじゃ潰すのに時間がかかるから……だから、アリスは私が相手をする」
セイレンはそれらしい戦略的理由を付けて、リコを休ませようとした。
もっともらしいことを言わなければ、リコは動いてしまうから。
「……卿に甘えても構わないか?」
「もちろん。任せてって、そう言ってるの。その間に少しでも体力を回復させて」
セイレンはリコを壁にもたれかけさせてから、裏口へと向かう。
「工房が相手だから私も手を貸す。アリスの意識はもう途切れ途切れだから、私の攻撃を通すことを優先して。不意打ちで仕留める」
「わかったよ。それでどうやって透明化したあなたと連携を取るの?」
「懲罰部隊なんだから、そっちが私に合わせて。一度戦ったんだから、私のやり方くらいわかってるでしょ」
「……そうだね。即席の共闘で連携なんて、密に取れるわけがない。本番で決めるよ」
昨日殺しあったばかりの相手との共闘。不安はあるが、互いの利害は一致している。
それでもいつ背中を刺されるかわからないが、選り好みしていられるような状況ではない。
使えそうなものはすべて使う。それが、セイレンの信条だ。
「やはり、炙り出せませんか……」
裏口にいるアリスは、自律兵器による砲撃を止めさせた。
機械による判断は、ヌルによる遠隔操作に遥かに劣る。
内戦中ということもあり、防衛のためにサンタ製合金で建物を建築したことが裏目に出ている。
砲撃で崩れそうにはなるが、短時間で骨組みまで崩し切ることは難しい。
ヌルの能力で一気に力を加えたり、ヌルが直接自律兵器を操作し、構造上の弱点を正確に狙えれば話は別だが、機械にそこまでの性能はない。
「これ以上は……私が持ちません……か」
アリスは自分の体が限界だとわかっている。このまま治療しなければ、一時間後にはおそらく死ぬ。
だが治療をしている時間はない。リコの刃は確かにロメロに届いていた。
アリスはその刃を届かせてしまった。二度とそんな失態は犯せない。
命を繋げることよりも、この命の灯火が消える前に、リコとセイレンにとどめを刺す。
それが、ロメロのそばに仕えると誓った秘書としての使命。
「いきましょうか……」
ロメロは準備をしている。アリスとヌルが、リコたちを仕留めきれなかった場合に備えて。
ゾンビの操作をしながらでは、最低限以上の会話をしている余裕がなかった。
アリスは最期にロメロの声が聞きたかったが、それはきっと叶わない。
寂しさを感じながらアリスはビルへの砲撃を全て停止させ、裏口へと向かう。多数のゾンビを引き連れて。
自分が直接乗り込んで全てを終わらせる。寂しさごときで、その覚悟が揺るぐことはない。
「そっちにアリスが入っていった。私は裏口から向かう。挟み撃ちにしよう」
「了解。暗いからって、”間違って”私を刺さないでね」
「いまあなたを刺しても得にならないでしょ」
「確かに」
ナッツは自分に香水を吹きかけて姿を消す。ここから先は、透明化の弊害で二人は連絡を取り合えない。
「さて、どうしようか」
セイレンはそう呟く。電気の消えた、真夜中のビルはとても暗い。
サンタの目であれば昼間と変わらない程度に見えてはいるが、暗いという感覚はある。
この暗闇でいきなり目に光を浴びせれば、眩しさで視界は一瞬消える。
セイレンはオフィスにあった懐中電灯を拾い、スライムの中に入れる。
こうすることでスライムでスイッチを入れられる。そして、スライムの密度を変え、光を屈折させることで一点に集中させられる。
万全とはいえないが、アリス対策になる。
「……きた」
足音が聞こえる。アリスだ。セイレンは廊下の角に身を隠す。
チャンスは一度しかない。アリスの機動力では、彼女が攻めっ気を出した時しか攻撃は当てられない。
たった一度しかない、一瞬のチャンスを確実に掴む。そう心に決め、セイレンは息を潜める。
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