77話 Decision and Duel その3
カナンは人質にされることを防ぐため、体を引きずりながら戦場から距離を離していた。
カナンは安全確認のため時々振り返りながら、キャロルとヌルの戦いを見ていた。
それはカナンがたとえ万全の状態だったとしても介入可能な次元の戦いではないように思えた。
二人の動きは目で追うのがやっとなほど速く、そしてお互いに判断が正確。
二人は互角……いや、明らかにキャロルが押している。一見お互いに一歩も譲らない死闘を繰り広げていながら、目を離した隙にキャロルが大きくヌルを押し込んでいた。
カナンはそのことに違和感を覚えた。ヌルの動きはカナンの目から見てリコと同程度。
キャロルとリコの組手を見学したことがあるが、この二人の間に目で見えるほどの明確な差はなかった。
少しずつ、少しずつ、キャロルがリードを広げてリコを倒す展開が多かった。
こうして一瞬で形勢が逆転するような、そうした一方的な展開はなかった。
見ただけでわかる。いまのキャロルは、本当にどうしようもないほど”調子が良い”。
色眼鏡もあるだろうが、リコやヌルを目にしても、カナンの中でルシアが最強だという認識は揺るがなかった。
だがいまのキャロルはルシアですら止められないかもしれない。
イーティとの戦いでは普段通りだったのに……この一瞬で何故ここまで進化したのか。明らかに異様な成長スピード。
普段のキャロルも次元が違う強さだが、いまのキャロルはそれと比べてもさらに次元が違う。
おそらく、正攻法で彼女を止められる者はこの世に存在していない。
そう直感してしまうほど、いまのキャロルは大暴れしている。
「ぐふっ……」
無敵時間を巧みに利用したパンチを受け、ヌルは口から血を流す。
ヌルは諦めた。正々堂々キャロルに勝つことを。
ここからでは無理。ならば闇に生きるサンタとして、いかに罵られようと、その使命を果たすと決意した。
「わしは約束した……キャロルとカナンを始末すると、な」
「そうする頃だと思ってたよー」
ヌルはカナンへ向かって走り出した。キャロルは冷静に彼女の後を追う。
「卑怯な手は好かぬ。じゃが、己の美学を押し通せぬことがあることも心得ておる」
ヌルはキャロルが常にカナンを庇っていることに気付いた。
最初、わざわざゲージを消費してまでカナンのことを守った。無敵時間などなくとも、キャロルなら一斉攻撃を避けられたはずだ。
そして戦闘中、キャロルは自分とヌルが、カナンと直線に並ばないよう気を配っていた。
明らかだ。キャロルの弱点は弱り切り、自衛すらままならないカナンだ。
「……キャロルの足を引っ張る……つもりはない」
カナンは工夫して逃げていた。立つことさえままならない状態だから、距離は稼げなかったが、磁力を付与されそうな物体からは距離を取っていた。
「あえて伝えておくとしよう。わしは命を賭け、カナンを狙わせてもらうぞ」
ヌルはキャロルにそう強く宣言した。次の瞬間、カナンの側にあるビルが大きく震えた。
「ま……さか……」
ビルがカナンに向かって倒壊した。ビルに配備された警報システムや、電気回線、それら全てに磁力を付与し、傾け、倒壊させたのだ。
カナンは念のためにビルからも距離を離していたが、ビルごと倒れた時に無事でいられるほどの距離はどうしても取れなかった。
周囲を取り囲むどのビルも、倒れれば道路を余裕で横断するだけの高さがあったからだ。ここはどこに逃げても、絶対にどれかのビルの下敷きにされる立地だった。
だが、まだ間に合う。カナンは無理をして立ち上がり、逃げようと動き出す。
「させぬ」
そこに、ヌルはクナイを投げつけようと構える。
「させないよ!」
キャロルは小石を蹴り上げ、サンタ膂力を込めヌルへと蹴った。これでクナイを叩き落とそうとした。
ヌルはあえてこの攻撃を避けない。確実にクナイをカナンへ投げることを選んだ。
キャロルは確かにヌルを相手に優位に立っていたが、全力を尽くしていた。
ヌルが捨て身で行動すれば、その計画を防ぐほどの力の差はない。
キャロルはヌルとのギリギリの読み合いに、経験と勘で勝ち続けることで大きな優位を保っていたに過ぎない。
こうした、後先考えない行動までは抑えられない。
「うぐっ……まずいっ……」
カナンに六本のクナイが刺さり、磁力で動きが封じられる。
「……して、この状況をどうする?」
キャロルはわかっていた。合理的な判断ではないと。子どもたちを救うことを最優先にするのなら、カナンを見捨てるべきだと。
だが、そんなこと、できるわけがない。理に合わない行為だと、自分らしくない判断だとわかっている。
それでも、キャロルにとってここが譲れない一線だった。
「そんなの決まってる。私の大事なサンタさんを守るよ」
キャロルは小石が腹部を貫通し怯んだヌルの顔面を掴み、そのままカナンへとひた走った。
「良いじゃろう……共に黄泉を渡るとしよう」
カナンはキャロルの考えに気付いた。
自分を助けるために、キャロルが犠牲になるつもりだと。ヌルを道連れにして。
キャロル一人なら確実にヌルに勝てていた。それをカナンが台無しにした。
そのうえキャロルはカナンを庇って死ぬ……そんなこと、サンタとして、許容できるはずかなかった。
「……キャロルはいつもそうやって、助けてくれた……だけど今回ばかりは、助けてもらうわけにはいかない……」
カナンはキャロルを配達道具で操作した。自分の命よりも、キャロルを守ろうとした。
キャロルはヌルを掴んだまま、走るのをやめない。
「……なん……で……」
……カナンはようやく気付いた。キャロルへの支配が、コールとの戦いで上書きされ、解除されていたことに。
絶え間ない連戦と疲労で気付けなかった。もっと早く気付けたはずなのに。
キャロルが誰の支配も受けていないことは、ミサイルを撃墜する時にわかったはずなのに……ヌルを圧倒していることから気付けたはずなのに……
キャロルが急に強くなったのは、支配が完全に消えて元のキャロルに戻ったから。
もっと早く気付いていれば、どうにかなったかもしれない。だが、もう、全てが手遅れだった。
「……やめて……」
キャロルを止められない。キャロルは自分に絶対の自信を持っている。だから、自分が決めたことを絶対に曲げたりしない。
それがどれだけ無謀であろうと、絶対にやり遂げてしまう。
「……謝ろうとしなくていいから……責任なんて……取ろうとしなくていいから……」
カナンは祈るように声を絞り出す。
「悪い子だからね。そんなこと考えてないよー。私は、自分のしたいことをするだけだよ」
「……助けてもらうために……身代わりになってもらうために……プレゼントをあげたわけじゃない!」
「そんなことくらい、わかってるよー」
キャロルは笑顔で、カナンを可能な限り優しく、遠くへ蹴り飛ばした。倒壊するビルから少しでも逃れられる位置へと。
「これは恥じゃ。おぬしの優しさにつけ込まねば勝てなんだ……認めよう。わしの負けじゃ」
「それで潔いつもり? そんな悪いサンタさんは、悪い子といつまでも一緒だよ」
キャロルはヌルを道連れにするように、倒壊するビルの下に消えた。
ポケットに入れたプレゼントボックスを強く握りしめながら。
……カナンは……それを直視することができなかった。
※※※
「間に合ってください……」
ソニアは二人がヌルと交戦している場所で、土煙が上がっていることに気付いた。
通信が繋がらない。どうなっているのか、わからない。
周囲を取り囲んでいる自立兵器の動きが急に鈍くなる。これなら抜けられる。
ヌルが倒されたのか。それともカナンとキャロルが負けたのか。
もしヌルにやられたのだとしたら、報告を受け得ている限りでは、自分でどうにかなる相手とは思えない。
それでも二人を見捨てられるわけがない。
大切な仲間だ。例え無力だとしても、助けに向かう。
誰でもない、自分の判断で。
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