76話 Decision and Duel その2

キャロルとヌルは同時に、地面を蹴った。


 ヌルはキャロルの周囲に散らばるクナイを、彼女が持つクナイへと引き寄せた。


 キャロルは残り一本のゲージを消費し、筋肉のリミッターを外す。


 リコと同等か、それ以上の速さと鋭さで、キャロルはクナイを振るう。


 サンタとしての限界を超えて振るわれたクナイは、キャロルへと飛ばされたクナイを粉々に粉砕した。


「ほう……」


 0.2秒の無敵時間を終えると同時に、ヌルの投げた全てのクナイは砕かれた。


「これで小細工はできないよ。お互いに、ね」


 ヌルにクナイの予備はまだ何本も隠し持っているが、設置してあるものはない。


 一方のキャロルもゲージは完全に空。


 配達道具による小細工よりも、己の技量が物を言う状況。


「死闘を演じてみせよ!」


「あなたもねー!」


 サンタ工房が誇る、最大戦力ヌル。


 一般隊員ということで埋れてこそいるが、間違いなく懲罰部隊最強のキャロル。


 サンタ協会十強に入るであろう二つの最強が激突した。


 

 サンタ膂力を込めて、キャロルはクナイを振るう。


 その威力を見抜いたヌルは、両腕で受け止める。


 その凄まじい威力で、ヌルの立つ道路が割れる。彼女はそれを全身で受け止めるが、その威力を殺しきれない。


「なんという……」


 ヌルは地面を蹴り、後ろに跳ぶ。そうすることで、衝撃を受け流した。


 ヌルは十メートル吹き飛ばされながらも、綺麗に着地。


 ただサンタ膂力を込めただけの一撃を受け止めただけ。それだけなのに両腕が痺れている。


「面白い……やはり戦場こそ、わしの死に場所……」


 ヌルは何十年ぶりに、興奮という感覚を味わっていた。


 腐敗したサンタ協会……サンタによる死闘は、組織が腐敗するほどに減っていった。


 ヌルは自分でも驚くほど興奮していた。いまの時代に、ここまでまっすぐにサンタの道を歩もうとし、その無謀な夢に見合った実力を有したサンタと戦えるとは、想像もしていなかった。


「おぬしらの力……過去の強者と比べても遜色ないぞ!」


 ヌルは持てる全ての力を両腕に込める。


 リコ、セイレン、キャロル、カナン、ソニア……この五人は強い。


 力に劣る者もいるが、それを互いに補い合っている。個人の力を見るだけでは、その者が持つ真の力は測れない。


 自分の信ずる道を貫く力を持ち、勇気があり、志がある。一人では無理でも、共に征く。


 このチームに全力を以って、応じなければ無礼。


「やっとやる気になったー?」


「ちと遅くなったが、覚めた!」


 キャロルはサンタ膂力を込めたクナイを、ヌルへと叩きつける。


 それをヌルはクロスした両腕で受け止める。地面がその衝撃で裂ける。


 ヌルの膝は、今度は折れない。


 ヌルは全盛期を取り戻していた。腐敗したサンタに付き合っているうちに、平和ボケして眠りこけていたサンタ細胞が、キャロルの一撃で完全に覚醒した。


「悪くない動きだねー」


 ヌルは衝撃のほとんどを地面に受け流していた。キャロルが舌を巻くほどに、淀みのない動きで。


「これくらいやってくれないと、つまらないよね」


 キャロルはヌルの構えた腕を蹴り、距離を取ろうとする。


「逃がしはせんぞ」


 ヌルはキャロルが持つクナイと、自分が持つクナイ同士が引き付け合うように磁力を付与した。


 後ろに跳ぶ力と、ヌルに引き寄せられる力が拮抗し、キャロルの体が宙で静止する。


「そうするよねー」


 キャロルは空中で固定されたクナイを鉄棒のように利用し、空中で一回転させ、その勢いのまみヌルへと跳んだ。


 ヌルはそれを迎撃するようにクナイを六本、サンタ膂力を込め、人知を超えた速度で投擲。


 キャロルは難なく六本全て、指の間に挟むようにして、両手で三本ずつ受け止めた。


「受け止めるか。その気概、認めよう」


 ヌルはキャロルに掴まれた六本のクナイに磁力を付与する。空中にいるキャロルのバランスを崩すように、全てバラバラの性質を付与する。


「気持ちしか認めてくれないなんて、意外と傲慢な人だねー」


 キャロルはクナイのほんの一瞬の動きで、それぞれに付与された性質を瞬時に理解した。


 それを最適な形に持ち替えることでバランスを崩すどころか、逆にヌルの方へと加速させた。


「なんと……!」


 それは百戦錬磨のヌルでさえ見たことのない返し手だった。


 キャロルは加速を充分に得た時点でクナイを全て手放し、ヌルの選択肢を減らしつつ。飛び蹴りを放つ。


 ヌルは想定外の動きに反応が遅れる。体を半身にするが、キャロルの蹴りが脇腹を掠めた。


「ぐっ……やるの……」


 ヌルは痛みに呻く。掠っただけで脇腹の肉が少し持って行かれた。凄まじい威力だ。


「相手をなめてるからそうなるんだよー」


 キャロルは悪戯を仕掛けた子どものように笑う。


 ヌルはキャロルが利用されるとわかりながら、あえてクナイを使っていることを、少しなめていた。


 敵の配達道具を逆に利用しようとする者は数え切れないほどいたが、ヌルの技量を前にして、利用できた者はついぞ現れなかった。


 キャロルの選択を見て、結局はそうした有象無象なのだと落胆した。


 だが彼女はそうした発想だけの連中とはまるで違う。


「初めてじゃ……わしの配達道具を実戦の中で利用した者は……」


 ヌルは懐からクナイを取り出し、キャロルへと飛ばす。


「またそれ? そろそろ飽きてこない?」


 キャロルはクナイを一本掴み、それ以外を叩き落とす。


 そしてキャロルはヌルへと走る。


 それに合わせて、ヌルはキャロルに掴まれたクナイに、叩き落とされたクナイを引き寄せた。


「だからさ、同じことばっかりじゃ飽きてくるんだってさー」


 キャロルはこうなることを読んでいた。どのタイミングでヌルが引き寄せるか、どう叩き落せば最も自分に都合よく飛ぶか。全て計算していた。


 キャロルはクナイを掲げる。するとそれにクナイが引き寄せられ、彼女へと向かっていた全てのクナイは全身を”掠めた”。そのダメージでゲージが1.5本溜まる。


 たったこれだけの擦り傷だけでも、同時に受ければかなりゲージ効率がいい。


 完璧に回避するよりも、この方が有利に立てる。キャロルの異常を超えた判断力と身体能力が、全ての要素を自分の有利へと変化させていく。


「ならば」


 ヌルはキャロルを掠めただけのクナイを磁力で回転させ、もう一度キャロルへと弾き飛ばす。


「なんてことないねー」


 キャロルはUターンしてきたクナイを、自分のクナイで操作しようと試みる。


 それを読んでいたヌルはキャロルのクナイへ付与した磁力を消去する。


 これでもう操作はできない。むしろキャロルが中途半端に操作したことで、クナイはより確実に彼女を捉えることに成功した。


 キャロルはそれに合わせて、グリッチ・タイムを発動。0.2秒の無敵時間に突入することで、クナイをやり過ごそうとする。


 だがその瞬間、クナイが一瞬だけ静止し、再度加速する。引き離す性質を与えて止めた。こうして無敵時間を浪費させたのだ。


「単純な罠じゃったが、引っかかるとはのう」


 ヌルはキャロルの点滅が終わると同時に近付いた。クナイとヌルによる同時攻撃。


 さすがねキャロルであってもこれら全てをやりすごすことは不可能。


 キャロルはヌルの攻撃をクナイで受け止める。だがそれが限界。ついにクナイがキャロルに刺さった。


 そのダメージでゲージが一本溜まる。そしてキャロルさグリッチタイムを再度発動させた。


「シンプルな誘いだったんだけど、引っかかってくれるんだねー」


 無敵のキャロルへ二本目以降のクナイが命中する。だが、ダメージにならない。


 キャロルは無敵時間を利用し、ヌルとの組み合いに持ち込む。筋肉のリミッターを外した状態での組み合い。ヌルは身体能力の差で満足な抵抗ができない。


 無敵時間中に全ての攻撃を受け止めたキャロルはヌルの腕を掴み、その胴体へ、拳を叩き込む。




 この攻撃を受けてヌルはようやく理解した。要素を増やしてはいけなかったと。


 キャロルは読み合いに強い。その全てに勝ってくる。


 ヌルが自分の有利になるよう配達道具を使い、戦闘の情報量を増やせば、キャロルはそれを利用してくる。


 キャロル相手に配達道具を使うのはむしろ悪手だった。彼女が利用できる物が増えるだけ。


 正攻法で攻めた方がまだマシだった。


 そのことに気付くのが、いささか遅かった。


 ビルに閉じ込めたリコとセイレンを逃さないため、そしてアリスのため、自律兵器の操作をしなければならないというハンデがあった。


 しかしそれを考慮してもキャロルは強かった。


 いまから正攻法で戦っても、ダメージの差で押し負けるだろう。この一撃は重い。


 ヌルには誇りがある。だがそれよりも、アリスとの約束がある。仲間のためなら、邪道に堕ちよう。


 ヌルはキャロルの攻撃を受けながら、ビルに磁力を付与し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る