74話 Hide Your Sight その3

リコとセイレンは追い詰められていた。


 たった一人の敵、ヌルを前に。


 ビルの屋上を移動する二人の進路を自立兵器による砲撃で妨害。


 さらにヌル自身が持つクナイを自立兵器に引き寄せることで加速。


 ついにリコとセイレンの一メートル背後にまで、にじり寄っていた。


「非常にまずいな。状況が好転する要素がないまま、ここまで来てしまった」


 カナンとキャロル、そしてアリスがいる場所まであと五百メートルもない。


 これ以上移動すれば、合流される危険が大きすぎる。


 二人の連携が完成したなら、ナッツも加えた六人で挑んだとしても、捉えられるかどうか怪しい。


 いまはキャロルとカナンがアリスを抑えている。そこにヌルを近付けさせるわけにはいかない。


「これ以上は先送りにできない。ここでけりをつける」


 リコは背後にいるヌルへと振り向いた。


 ビルの上。アリスによる入れ替えもない。容易に自立兵器は用意できないこんな好条件、いまを逃せば二度と巡ってこない。


 もっと有利な条件……それを探していたが、おそらく存在しない。


 いまが最もマシな状況。やるしかない。いま、やるしかない。いまが、最善の状況だ。


「覚悟を決めたか。良いぞ」


 ヌルは右手に構えた、より精密に自立兵器を操作するためのキーボード型配達道具を消し、両手でクナイを構える。完全に近接戦で決着をつける構えだ。


 リコとヌル。サンタとしての能力に優れた最強と言ってもいい二人が臨戦態勢を整える。


「セイレンは下の自律兵器の砲撃を止めてくれ」


「わかった。悔しいけど、二人の戦いには付いていけない……ごめんね」


 セイレンはさっきの戦闘を見ていたが、速すぎて付いていけなかった。


 なんとかスライムを操作して、退路を確保するのでやっとだった。


 ヌルに立ち向かえば、間違いなくリコの足を引っ張る。


「私は私にしか、卿は卿にしかできないことをする。それだけだ」


 リコはそう言って、ヌルへと走った。


「……そういう人よね。リコは……」


 リコは自分には厳しいくせに、人には優しすぎる。


 そんなことでは、いまのサンタ協会で長生きなんてできないのに。


 セイレンは地上へと降りた。


 リコのサポート。いつだってそれが誰にも譲れない、リコの副官としての務めだ。



 リコはヌルへトキムネを振るった。ヌルは一本のクナイでそれを受け止める。


「おぬしがわしらに立ち向かう理由は聞いておる。悪くない理由じゃ。それでこそ、懲罰部隊のあるべき姿。いつの時代も、正しすぎる者は迫害される」


「そこまでわかっているのなら、なぜロメロへ手を貸す?」


 ヌルはもう一本のクナイでリコの首元を狙う。リコはそれをトキムネの鞘で受け止める。


「おぬしはサンタとしての正しさを追い求めておる。わしは、闇に生きるサンタの正しさを貫いておる。それだけの違いじゃ」


 二人は同時に距離を取った。


 リコは右手でトキムネを、左手に鞘を持ち、擬似的な二刀流に切り替える。


 ヌルは両手に一本ずつ持ったクナイを持ち変え、指の間に挟むことで片手に四本ずつ持つ。


「そうか……ならば私は、貴様の正しさを挫かなければならない」


「それで良い。正しき道は、修羅の道。わしを岩戸とするか、炉端の石とするかはおぬし次第。覚悟を示してみせよ」


 リコは両手でトキムネと鞘を振るう。普段ならこんな戦法は取らない。能力の使用が難しくなるからだ。


 しかし、ヌルに小細工は通用しない。


 配達道具はあくまで武装の一つ。それに頼り切るようでは、一流のサンタではない。


 対してヌルは冷静にクナイでそれらを受け止め、反撃の手を緩めない。


 それどころかクナイに配達道具で磁力を付与することで、変幻自在なクナイ捌きでリコを翻弄する。


 トキムネを受け止めたクナイを落とし、それを反対側の手で持ったクナイに引き寄せることでリコの体を斬る。


 そうしてクナイを使い捨てながら、次々と懐からクナイを取り出して、また使い捨てる。


 リコはトキムネを振るいながら、ヌルがクナイを落とし、操作した瞬間に納刀を行うことで、軌道を変え、逆にヌルの体を斬り付ける。


 二人は完全に互角の戦いを繰り広げていた。


 いや、街中で自律兵器の操作を脳波で行なっているヌルの方が、処理している情報が多く、ハンデを抱えている。


 ヌルの方が僅かにリコより強い。

 

「おぬしは強いが、まだまだ未熟じゃの」


 ヌルはリコの隙を突いて、彼女の背後にクナイを投げる。


 そして辺りに無造作に使い捨てておいたクナイを、リコの背後にあるクナイを起点にして、一斉に引き寄せた。


 リコは迷った。あまりに露骨な一斉攻撃。裏があるか、それとも真っ直ぐ攻めてきているだけか。


 手の内が読みきれない。


 どちらにせよ、一箇所に纏まっていない無数のクナイを叩き落とす手段はない。


 リコは横転して、一斉攻撃を避けた。念の為に、周囲の空間をトキムネで切り刻みながら。


「これが当たるとは思っておらぬよ」


 リコの視界の端で、引き寄せる性質を付与されたクナイに、大量のクナイが集まり、塊となっている。蜂の巣のように。


 ヌルは引き寄せる性質を付与した中心のクナイに、一転して強力な引き離す性質を付与した。


 彼女はクナイを集めて、爆弾のように起爆させた。


「貴様っ!」


「共に果てようぞ」


 当たりどころさえ良ければ、致命傷にはならないだろう。だが、確実にダメージを互いに負うことになる。


 自爆覚悟の全方位一斉射撃。


「くっ……」


 とてつもない密度のクナイが、四方八方に敵味方の区別なく、音速の数倍で放たれる。


 リコは納刀を行い、さっき斬っておいた空間の圧縮を行い、そこにクナイを集めるが、それでもリコへと向かうクナイは多い。


 それをなんとかトキムネで叩き落とす。


 そんな中で、ヌルは自身の服の下に仕込んであるクナイに、引き離す性質を付与し、自分に向かってくるクナイをリコの方へと弾き飛ばした。


「なっ……」


「やはり、いささか狡猾さが足りぬな」


 リコはさらに密度を増したクナイの群れに、なす術なく飲み込まれた。


 それでも九割以上のクナイを払い落とすが、それでも十一本のクナイがリコの全身へまばらに刺さる。


「では、追撃と参ろうか」


 更にリコに刺さったクナイに引き寄せられる性質を付与。


 そのままリコの体は、地上にある自律兵器へと引き寄せられた。


「まずいっ!」


 クナイの磁力が強すぎて体の自由が効かない。さっきも三本刺さったが、纏まって刺さっていたおかげで、拘束力はそれほど強く働かせられなかった。


 だが今回は違う。全身に点在するように刺さったことで、拘束力が指数関数的に跳ね上がっていた。


 リコが引きずられていく自立兵器の照準は、彼女を正確に捉えている。


「リコ!」


 セイレンがそれに気付き、リコへとスライムを咄嗟に放つ。

 

 砲弾が放たれる。


 磁力で腕が動かない。普段なら難なく斬れる弾が、斬れない。


 スライムがリコと砲弾の間に挟まるが、咄嵯のことで膜が薄過ぎる。


 リコは体が引きちぎれるほどの力を込めて、なんとか鞘を胴体に持っていく。


「セイレン……ヌルは強い……」


 リコに砲弾が直撃した。僅かにスライムで勢いを弱め、鞘で防いだだけの砲弾が。



 リコの体が吹き飛び、ビルの壁を何枚もぶち抜いた。


 セイレンはヌルの方を見る。ヌルはビルの上を駆け抜け、アリスの方へと向かっている。


 セイレンは捨て置かれた。いや、違う。自律兵器の群れが、リコのいるビルへと照準を合わせている。


 リコへの追撃はこれで十分だった。


 セイレンは二択を迫られる。


 生きているかもわからないリコを守るか。それともヌルを追うのか。


 ヌルは迫る。苦渋の決断を。サンタとして仲間を守るか、懲罰部隊として勝利を追うのか。


「くっ……すまない……」

 セイレンはアリスと戦うキャロルたちに謝った。


 彼女はリコを捨てられなかった。


 セイレンは大量のスライムを引き連れて、ビルへと向かう。


 何十台もの自立兵器から一斉に砲弾が放たれる。


 リコに当たらないよう、ビルが倒壊しないよう、それをスライムで防ぐ。


「ぐっ……リコ! どこにいる!」

 砲撃の衝撃で怯みながらも、セイレンはリコを必死に探す。


 籠城戦が始まった。スライム対自立兵器。セイレン側が圧倒的に物量で劣る、絶望的な籠城戦が。



※※※



 「うっ……カナン……私はどのくらい……こうしていましたか?」


 地面に激突したことで、軽い脳震盪を起こし、意識を失っていたソニアは意識を取り戻した。凄まじい焦りと共に。


「三十秒くらい」


 ソニアは途方にくれる。


 キャロル、ナッツ、カナンとソニアによる三箇所同時攻撃。これに活路を見出していた。


 アリスの配達道具による機動力を活用させないためには、有効な逃げ道を潰しておく他ない。


 最初からそれほど冴えた策でないことはわかっていたが、無茶をしなければ、接触することさえ難しい能力だ。


「どうすれば……」


 ソニアは自分の不甲斐なさを謝るよりも先に、これからどうすべきかを考えた。


 とにかく、あと三十秒以内に、最低でも電波塔へ到着しなければ、アリスは電波塔へと逃げ、そこからヌルをアシストしつつ、さらに逃亡するだろう。


 そうなれば、捕らえる機会は二度と訪れない可能性が高い。


「……今からでは間に合いません。何か策を考えないと……」


「……あんまりやりたくないけど、一つだけ思い付いた。ロメロとヌルがしていたやり方なら、間に合う」


 カナンはサンタ工房が行った、懲罰部隊ですら行わない無茶を思い出していた。


「まさか……電波塔に向けて撃った煙突に捕まって、間に合わせる……なんて、言いませんよね……」


「それしか方法はない」


「無茶です! そんな体で! 仮に無事に着けたとしても、アリスにやられてしまいます!」


「選択肢はないし、これが最善だよ。アリスが私の方に逃げるとも限らないし、予想と全然違う場所へ逃げるかもしれない。私たちは山を貼ると決めた。なら、徹底しないと」


 ソニアは躊躇った。こんなことをしても、カナンを死地へ追いやるだけにしか思えない。


 少し動ける程度にまでなんとか回復したカナンを、アリスにぶつける。そんな決断を下したくはない。


 カナンを死なせたくない。


「難しく考えないで。ソニアが追いついてくれればいいの。あるいは、キャロルを連れてきてくれてもいい。とにかく、時間がない」


 予定まで残り十五秒。照準を合わせ、タイミングを合わせ……間に合うかギリギリ。


「……カナンを死なせるための決断ではありません……それだけは、わかってください……」


「わかってる。だからお願い」


ソニアは恐怖で震える腕でバイクを起こし、照準を電波塔へと合わせる。


「私たちに合図は必要ない! そうでしょ!?」


「……はい!」


 二人は呼吸を合わせる。ソニアは引き金を引いた。

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