71話 Shadow and Glass その2

 カナンとソニアの二人は、アリスがいるかもしれない電波塔へと向かっていた。


「振り落とされないでくださいね!」


「心配しないで!」


 ソニアはこれからの運転中、背後に乗るカナンに気を配る余裕はない。


 目の前のゾンビに組み付かれないようにすることで精一杯。


「これを使ってください! ゾンビくらいなら怯ませられると思います!」


 ソニアはカナンにバイクに搭載されているサンタ製ハンドガンを手渡す。


 サンタ戦では銃火器の類はそれほど有効な兵器ではない。サンタ動体視力であれば簡単に反応可能な上、軌道が常に一定であるため、読み合いに発展させにくいからだ。


「これ、あんまり好きじゃない」


「私もです。サンタが扱うには残酷すぎます……」


 カナンはこのハンドガンを知っている。人間が非人道的であるからと禁止にしたダムダム弾を放つ拳銃だ。


 それもただのダムダム弾ではない。サンタ製ダムダム弾。その殺傷能力は、通常の物を更に上回る。


 そこまでの破壊力があっても、サンタ膂力の込められた肉体を一撃で完全に破壊することは難しく、そのうえ速さも足りず、“二線級”以下の兵器だ。


 しかし上手く命中すれば、肉体はグチャグチャになる。それはサンタが使うにはあまりに残虐であり、カナンはこれが嫌いだった。


「まぁ、しのごと言ってられる状況じゃないよね」


 それでもカナンは自分の体が限界を超えており、格闘だけでゾンビを倒すことが困難なのはわかっている。


 サンタらしくあるため、サンタらしからぬ兵器を持つ。それが現代サンタの運命。


 二人は真正面を向く。大通りを塞ぐ自律兵器の群れ。更にリコよりもアリスに近いことから、自律兵器の周りにはゾンビが待機している。


「ゾンビは任せて。撃ち落とす」


「わかりました。私は自律兵器をやります」


 目指す先は三百メートル離れた電波塔。アリスを逃さないためにも、キャロル“たち”とタイミングを合わせる必要がある。


「護衛した兵器に足止めされるなんて……」


「そうだね。だけどここで破壊すれば、私たちが運んだ兵器のせいで、誰も死なずにすむ。だから、むしろ運が良い!」


「良いですね、その考え方! 私は好きです!」

 

 ソニアはアクセルを踏み込む。それと同時に、百メートル離れた場所に一列で配置された、十五台の自律兵器の主砲が火を噴いた。


 ソニアはサンタ動体視力で軌道を読み切り、ハンドルを切る。


「ロメロはかなり、無茶が好きみたいだね……」


 放たれた砲弾に、ゾンビが一体ずつ飛び乗っている。


 荒唐無稽な光景だが、サンタがミサイルに乗って飛んでくるのを見たばかり。ゾンビを砲弾に乗せるくらいのことはやってくる。


「どこを抜けますか!?」


「ソニアに合わせる。あなたが思う最善を行って」


「……はい!」


 ソニアは直進した。自分の思う最善が、本当の最善かはわからないままに。


 放たれた砲弾が目の前に迫る。


 ソニアは弾が命中する直前に、バイクを地面に横たわるように滑らせる。


 それに合わせてカナンは冷静に、目の前の砲弾に乗ったゾンビをハンドガンで撃ち抜く。


 胴体に一発。落ちない。だがわずかに穴が開く。


 同じ箇所に、二発、三発。三発目でゾンビの胴体が爆ぜた。


「行けるよ!」


「ありがとうございます!」


 ゾンビが搭乗していない砲弾など怖くない。ただ、その下を潜り抜けるだけでいい。


「次が来ます!」


 自律兵器の列まで五十メートル。今にも次弾が装填されようとしている。


 ソニアは真正面の自律兵器に向かって、煙突を撃ち込んだ。


 その瞬間、狙った自律兵器の前にいたゾンビが瞬時に別の自律兵器と入れ替わり、それに煙突が突き刺さる。


 そして、その自律兵器はゾンビと入れ替わる。


「ダメです! 至近距離からでないと、当てられません!」


「なら近付けばいいだけ。簡単なこと」


 第二射が撃たれた。砲弾一つに乗るゾンビは二体ずつになった。


 ロメロは砲弾にゾンビを飛び乗らせるコツを掴んだ。次はもっと乗せられる。


「サンタさんから、鉛弾のプレゼント……なんて、カッコつけすぎかな」


 カナンは三発ずつ、ゾンビの胴体へ弾丸を撃ち込む。


 目の前の砲弾に乗った二体のゾンビの胴体が千切れ、上下に分かれる。


 その瞬間、上半身と下半身がそれぞれ五体満足のゾンビと入れ替わり、再度弾丸にしがみついた。


「なっ!」


 カナンは結果論でミスをした。最初は二体だったゾンビが、倒したことで四体に増えた。まるで切ったら分裂するプラナリアのように。


「これでは数を減らせません!」


「近付けばゾンビの体をアリスから隠せる。さっきみたいに下を潜って。それと同時に射撃を当てる」


「わかりました!」


 ソニアはバイクを倒す。砲弾の下を潜るように。


 殺意を剥き出しにしたゾンビが頭上に二体。


 カナンは躊躇いなく、引き金を引いた。悪しきサンタに殺されたこの人たちの無念を晴らすために。そしてロメロにその償いをさせるために。


 頭上の二体を素早く始末し、砲弾の下を潜り抜け、バイクは体勢を戻す。


 その瞬間、砲弾に乗った残りの二体が、バイクへ向かって跳んだ。


「ここから先は私たちに任せて。おやすみなさい」


 カナンは振り向き、眉間に一発ずつ弾を撃ち込む。


 その衝撃でゾンビは勢いを失い、地面に体を打ち付けた。


「ソニア、マガジンは後いくつ残ってる?」


 カナンは十七発全て撃ち終え、弾倉を受け取る。


「それを含めて三つです。全て渡しておきます」


「あんまりムダ撃ちはできないか……ゾンビ相手に弾切れの心配なんて、それらしすぎる」




 自律兵器の列まで二メートル。ゾンビの群れは残り少ない。


 この位置からなら入れ替えさせずにすむ。自律兵器に煙突を撃ち込み、道を作れる。


 ソニアは引き金を引き、バイクが煙突を放つ。


 煙突が目の前の自律兵器に突き刺さる。これを入れ替えられなければ通れる。


「スピードを上げます!」


「飛ばして!」


 ソニアは更に強く、アクセルを踏む。


 入れ替わった自律兵器に衝突する可能性を無視し、更に加速したバイクが煙突に突っ込んだ。


 自律兵器の内部を抜けて、向こう側へと抜ける。


 煙突を抜けた先、わずか二メートル前方にたった一つの自律兵器が、道路の中央に鎮座している。


 その瞬間、背後に並んだ十五台の自律兵器が、その一台に向かって、引き寄せられ始めた。


「もっと上げて!」


「はい!」


 背後の自律兵器が猛スピードで、二人の背後へと迫る。


 それに追いつかれないようバイクを加速させる。だが既に限界速度に近い。これでは振り切れない。


「このままじゃ……」


「切り抜ける方法はある……かなり無茶だけど……」


 カナンはサンタ膂力を溜めながら、道路標識をすれ違いざまに引き抜いた。


「飛ぶつもりですか!? その体じゃ……それに、トキムネの耐久力があったから……」


「悩んでるヒマなんてない!」


 カナンは道路標識を地面に打ち付けた。その衝撃でバイクが宙に舞う。それと同時に標識が真ん中からへし折れた。


 そのせいで飛び方があまりに悪い。そんな状態でも十五台の自律兵器は二人の下を通過して、地面に激突し、その機能を失う。


「このままじゃ……」


 ソニアは無事に着地できないことを悟りながら、最善を尽くした。


 最後に残った自律兵器が宙を舞うバイクに照準を合わせる。


 ソニアは砲弾を発射させまいと、煙突を撃ち込み自律兵器を完全に破壊する。

 

 ソニアはカナンが死ぬかもしれないと強く感じた。


 道路標識で可能な無茶ではなかった。


 あれが最善だったのは間違いないが地面に叩きつけた瞬間に、道路標識が折れたせいで角度が最悪だった。


 それでも、最悪が一つだけなら持ちなおせたかもしれない。


 だが、バイクを迎撃されないためには地上の自律兵器に煙突を撃ち込むしかなかった。その結果、持ち直す余裕を失った。


 地面に激突する。


「掴まってください!」


 ソニアは叫ぶ。それを聞いてカナンはソニアへとしがみつく。


 ソニアはバイクを全て指輪の中へと戻し、再展開する。


 これでほんの少し、体勢を持ち直させはしたが、それでも角度は悪いまま。根本的な解決にはなっていない。


 轟音と共に、バイクが地面に着地する。


「うぐっっっ……」


 ソニアはサンタ膂力を溜めた両足も使い、強引にブレーキーをかけるが、それで勢いを完全に殺せるほどスピードは遅くなかった。


「だめっ……」


 バイクが勢いよく転ける。時速百キロを超える速度で。


 ソニアとカナンの体は、とてつもない勢いのままバイクから投げ出された。


 ソニアは咄嗟にカナンを庇うようにして地面に激突した。


「うっ……ソニア!?」


 ソニアは傷を負っているカナンを庇ったことで負傷した。


 背中を打ち付け、その衝撃で気を失っている。


 この状態では、とても計画通りには動けない。


 アリスがいると思われる、三箇所を同時に襲撃する計画は早くも崩壊した。


 作戦開始予定まであと一分しか残っていない。





「アリスよ。なぜ追撃をしかけない?」


 ヌルは転けたカナンとソニアを視認する。


 彼女たちに攻撃力はない。自律兵器かゾンビをけしかければ終わる。


 だがアリスはそれをしない。いや、それができなかった。


「予備がありません」


「なに? ワシが聞いた情報ではまだ七台残っているはずじゃが」


「存在しません。配備したと報告は受けていましたが、クリスマスを前に手を抜いたのでしょうか。ですが、さすがにこの数は不自然ですね」


 自律兵器が予定通りに配備されていない。一台や二台ならわからないでもないが、十台近くとなると明らかに不自然だ。


「信号は出ておるか?」


「いえ、出ていません……破壊された自律兵器を除くと、二十三台の信号が行方不明です」


「なるほど……アリスよ。リコとセイレンへの対処が完了したと同時にその場を離れよ」


 ヌルは気付いた。リコたちが使った伏兵の存在に。


「了解しました。ちなみにヌルは何に気付いたのですか? キャロルはビルの方へ。カナンとソニアは電波塔の方で、こちらには誰も向かって来てはいませんが」


「ロメロは懲罰部隊に兵器開発局を一人譲ったそうじゃな。おそらくそやつを使っておる。そして姿を消し、そなたを暗殺しに向かっておるな。行方不明の兵器はそやつが消したのじゃ。破壊するよりも、その方が随分と早く済むからの」


 ヌルの生に纏わり付く、無気力な眠気は、戦場にいることで少しずつ覚めていった。


 敵の敵は味方。その単純な理屈が、懲罰部隊と兵器開発局を結びつけた。


「やはり、戦場とは面白い……殺し合った相手との共闘とは、戦の華じゃな」



※※※


 アリスはリコとセイレンの近くに配置した自律兵器の再配置を終える。


「命令通り逃げましょうか」


 アリスは二十体のゾンビを護衛として従えながら、建設中のビルの十一階にいた。


 そこで街を見渡し、アシストを行なっている。


 だがここは危険だ。姿の見えない敵が近付いている。


 アリスはどこへ逃げるかを考える。選択肢は二箇所ある。


 一つは高層ビル。だがそこにはキャロルが向かっている様子が見える。

 

 もう一箇所は、カナンとソニアが向かっている電波塔。だが、二人は負傷し動けない状態。そこが最も安全であり、ヌルへのアシストが行いやすい。


 つまり、電波塔へと逃げるべき。


 アリスは視線を電波塔に合わせようとした。


 その瞬間、ビルのあちこちで爆発が起こった。


 爆煙で視界が塞がる。これでは長距離の入れ替えが行えない。


「これは……まずいですね……」


 ヌルの想定よりも敵の襲撃が早く、おまけに規模も大きい。


 アリスは集中を高める。視界の端で煙がわずかに揺れた。


 アリスは大きく前に跳んだ。


「残念でした。そっちはおとり」


 アリスの背中に、透明のナイフが深々と突き刺さった。


 ナッツは透明の石を投げ煙を揺らした。単純なブラフだが、透明化した状態でこれをされると必殺だ。


「うっぐ……」


 アリスは辛うじて深くナイフが刺さることだけは避けた。


 しかし視界が塞がれているこの状態では、配達道具が使用できず、ナッツから逃れられない。


「パインと、クルミお姉ちゃん、アリーさん……私の家族を返してもらうよ」


 透明化したナッツの声は誰にも届かない。届く必要もない。


 この言葉を届けたい相手はアリスではない。


「ロメロ様の前に立ち塞がる壁……私が崩さねばなりません……」


 アリスは背後にいるナッツへ裏拳を放つ。


 読みだけで放ったアリスの攻撃を、ナッツは難なく避けた。リコやキャロルなら難なく当てていただろうが、アリスにそこまでの技量はなかった。


「透明化して惨敗しちゃったから、自信なくしそうだったんだけど、懲罰部隊がおかしいだけだったって、よくわかったよ」


 ナッツはアリスの無防備な背中に突き刺したナイフを更に押し込もうと力を込める。


 しかしアリスの裏拳は空を切ったが、その腕をゾンビが掴み、彼女の体を引っ張った。


「逃さないよ」


「兵器開発局ごときが、この私を捕らえられると思いますか?」


 アリスは周囲のゾンビをナッツがいそうな場所へけしかける。


 その狙いは雑だが進路を塞がれてしまい、ナッツはアリスを速やかに追えない。


 配達道具である香水を吹き掛け、ゾンビを透明にすることで、操作不能にし素早く無力化するが、それでも進路が塞がれている事実は変わらない。


「うっ……この私が傷を負うとは……ロメロ様に癒してもらいたい……」


 煙の中から脱出したアリスは、この建物全体が、爆発で崩れかけていることを理解した。


 ナッツはアリスへ攻撃を仕掛ける前に、爆弾を仕掛け、その爆煙で視界を塞ごうと試みた。


 その影響で建物が倒壊しかけている。建設中で骨組みが不安定なことが裏目に出た。


 この場所はもう使えない。


 ビルの方はキャロルがいて、配置しているゾンビをなぎ倒している。


 ならば、ゾンビを配置してある電波塔の方へ退避する。


 カナンとソニアは、あの負傷からでは、辿り着くまでに時間がかかる。


 そこで一旦立て直す。


 アリスはビルから飛び降り、煙のない場所へと飛び出した。


 そして電波塔の内部にある物と場所を入れ替えた。


「なんとか逃げ切り……」


 アリスが電波塔の内部に入ったと同時だった。電波塔の壁に煙突が突き刺さった。


「全ては計画通り……だいぶ力技にはなったけど……あなたたちのやり方を真似させてもらったよ」


 カナンはバイクが転けた遅れを取り戻した。ソニアが放つ煙突にしがみつくという力技で。


「くっ……しかし、この程度で追い詰めたつもりですか?」


「もちろん」


 カナンは手に持った発煙筒を投げる。


 電波塔の内部が煙で埋まる。これでアリスの配達道具は使い辛くなった。少なくとも、一瞬で長距離の入れ替わりは行使不能にさせた。


「この傷じゃ、足止めできるかも怪しいけど……楽勝させてはあげない」


 結果的にカナンとソニアが転けて遅れたことは、結果的に幸運だった。


 遅れていなければ、アリスは別の場所に逃走していた。自然に生まれた隙だからこそ、アリスは疑いを持たず、そこに飛び込んだ。


 この幸運をこの先へと紡いでいけるかどうかはカナン次第。


 死力を尽くし、キャロルかソニアへ繋がねばならない。

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