70話 Shadow and Glass その1

「これからどうしますか!?」


 ソニアは入り組んだ路地をバイクで駆け抜けながら、併走するキャロルに問いかける。


「いまからリコとセイレンにも伝えるつもりだけど、ヌルの位置と入れ替えられた物質の位置から考えて、アリスの候補地点はこの三箇所だねー」


 ヌルはコールとの戦闘が行なわれたショッピングモールから北に約一キロのビルの屋上にいる。


 キャロルはアリスの居場所を、入れ替えられたものの位置関係から、ショッピングモールから東に五百メートル前後の地点にいると推測した。


 その上でショッピングモールの屋上が見えて、路地裏が見えず、ヌルとの合流を図りやすく、更に身を隠しやすい。


 それだけの条件を満たす地点は少ない。


 五百メートル離れた建設中のビル。


 六百メートル離れた電波塔。


 四百メートル離れた高層ビル。


 この三箇所に標的を絞った。


「……移動しながら位置を入れ替えた可能性はありませんか?」


 ソニアはキャロルの予想地点を聞いて、当然の疑問を抱いた。


 アリスは素早く移動が可能。定点に留まって入れ替えたとは限らない。


「その通りだねー。だけど多分移動はしてないと思うよ。アリスの移動速度なら自分の位置を偽装する必要はないからねー。一点に留まってるとおもうよー」


「それはキャロルの勘?」


「どっちかっていうと実体験かな。私はならないからよくわからないんだけど、連続して配達道具で転移したら酔うらしいんだよね。それに長距離を移動すると視界が急に変化するから、敵を見失いやすいんだよ。距離が離れてる状況だと特にね。視線を切りたくないこの状況だと、アリスは可能な限り移動しないんじゃないかな」


 キャロルの予測は安易なものではない。不確かではあるが読みという根拠がある。


 どちらにせよ、アリスを開けたこの街で捕らえることは困難。


 多少は決めつけていかないと、最初の一歩すら踏み出せない。


「それで、どうやってアリスに近付く? ある程度近寄ったら、アリスは逃げる」


「それがいちばんの問題なんだよねー」


 キャロルですら名案が浮かばない。だがそれでも方針はある。


「さっきあげた三箇所以外にも候補地点はあるんだけど、そこが可能性が高いと思ったの。その三箇所だったら、いまいる場所から、それ以外の二箇所が見える。そしてそのどこからでも、二回ワープするだけでヌルの場所に行けるから」


「……三箇所同時に仕掛けるつもり?」


「それが最善だろうねー。やっとゾンビを撒けて、向こうはこっちの正確な位置を見失ってるから、忍び寄る好機だよー」


「ですが、私たち三人では二箇所しか同時に攻められません。もう一箇所はどう対処しますか?」


 キャロルはバイクに乗るカナンを見つめる。


「全部使っていいってリコが言ってたし、全部使わせて貰おうよー。特に、こういう気付かれないってことなら、誰よりも得意な人がいることだしねー」



※※※


 リコとセイレンは可能な限り路地裏や入り組んだ道を選択しながら、ヌルの方へと近寄っていた。


「これ以上は厳しいね。大通りに出るしかない」


 二人はヌルがいるビルまで八百メートルの地点まで近付いたが、これ以上身を隠しながら移動することは難しい。


 深夜のオフィス街であることに加えて、さきほどミサイルの爆音が響き渡ったこともあり、人影は全くない。


 誰も巻き込みたくないリコたちからすると、非常に都合が良い状況。


「おそらくこちらの動きは読まれている。攻撃されていないのは、単純にこの位置が見えていないだけろう。身を出した瞬間に攻撃される」


 キャロル同様に、リコにも勝ち筋が見えていない。


 近寄りすぎれば、ヌルはアリスの能力で移動される危険が高い。


 しかし近付かなければ攻撃できない。


 ならば、攻めるしかない。


「出るぞ。卿には迷惑をかける」


「気にしないで。いまに始まったことじゃないからね」




 ヌルは約八百メートル離れたビルの間から、リコとセイレンが姿を現したことに気付いた。


「ロメロの命令通り、そろそろ始末せんとな」


 リコと戦って負けるとは思えないが、確実に勝つのなら危険を冒さず極力敵の体力を削るのが最善策。


 八百メートルは油断すれば近寄られる距離だ。油断ならない。


 だがヌルとアリスは動かない。


 距離を取り過ぎれば、攻撃の手が緩むのはヌル達も同じだった。


 目視しながらでなければ、自立兵器を精密に操作し、攻め続けることは難しい。



「ロメロ様の邪魔をする者は、誰であろうと容赦しません。始末します」


 アリスはリコの周囲にある物体を、次々と自律兵器と入れ替えていく。


 リコはトキムネの能力で自律兵器を斬り裂き、セイレンはスライムで機械の内部を破壊する。


 物量で攻め立てるが相手は懲罰部隊。配達道具だけで仕留められるほど甘い相手ではない。


 傷を与えられれば御の字。あくまで体力を削るのが主目的だ。


「ワシからもアシストはするが、奴らは強い。おそらく、距離を取る戦い方では勝てぬぞ」


「では、どうしますか?」


「配達道具で体力を削り、直接戦闘でとどめを刺すしかなかろう」


 ロメロはこれ以上リコたちの対処に時間と人材を割きたくなかった。


 彼女はリコと敵対したことをサンタ工房に報告していなかった。


 それを知られてしまえば、懲罰部隊と敵対することを恐れるサンタ工房にロメロは切り捨てられる可能性があるからだ。


 いくら報告していないとはいえ、これ以上時間をかければ、サンタ工房が勘付いてしまう。その前に、ロメロはリコを始末し、その後速やかに情報統制を行わなければならない。


 初代サンタの遺物を手にするためにも、ロメロはまだサンタ工房に所属している必要がある。


 ヌルとアリスには、遅延戦術を取りすぎないようにと命令していた。


 リコたちに配達道具持ちのサンタを半分倒され、ミサイルまで撃たされ、昨日配備したばかりの自律兵器まで動かした。


 これ以上時間をかけられない。


「そちらにキャロル、カナン、ソニアが向かっておるはず。必要とあらばワシを呼べ」


 ヌルはリコとセイレンの近くにある自律兵器に、配達道具によるハッキングを行い、磁力を付与する。


 ヌルにとって、ロメロの夢は良い退屈凌ぎであった。


 正体不明の初代サンタの遺物。それで、世界を支配する。


 それは長い年月を生きたヌルがまだ見たこともない景色。


 年老いても好奇心は風化しない。ヌルは誰も目にしたことのない世界を目にするために、ロメロに仕える。そのために、若き懲罰部隊を殺す。





「私が前に出る!」


「後ろは任せて!」


 リコはひたすら前を“斬り”開いた。前方に無限に湧いてくる自律兵器を、斬り捨てる、斬り捨てる。


 しかし破壊した自律兵器は、瞬時に無傷な自律兵器と瞬時に入れ替えられてしまう。


 そこでセイレンは自律兵器の残骸をスライムでひたすら埋めた。


 そうすることで、入れ替わってもすぐにスライムで内部機構を破壊し、次々と無力化していく。


 しかしスライムの射程は十メートルしかない。ヌルの元へ進めば進むほど、スライムはただの水へと戻り、それに伴い背後の自律兵器の数は増えていく。


「そろそろスライムが足りなくなってきた」


「わかった」


 リコは目の前の自律兵器をトキムネで斬り、そのまま地面の奥に切っ先を押し込み、納刀を行う。


 概念による切断で自律兵器は半壊し、道路に埋まった水道管が切り裂かれ、大量の水が辺りに撒き散らされた。


「助かるよ!」


 セイレンはスライムを補給し、後方から放たれた砲弾をスライム防壁で受け止める。


 リコはその隙に更に前へと押し込む。


 しかし、いつまでも前へ進み続けることはできない。自律兵器の残骸は周囲を取り囲むビルの屋上や、道路の脇へと場所を入れ替えられている。


 そして数がある程度溜まったところで、ヌルは磁力を付与し、一気にリコとセイレンへとけしかける。


「なにか来るよ!」


「心得ている」


 二人を取り囲む自律兵器に磁力を付与し、それに引き寄せられるようにして、一気に飛来する自律兵器の残骸の大群。


 二人は立ち止まり、背中を合わせる。


 リコはトキムネに手をかけ、残骸が目前にまで迫った瞬間、トキムネを振るう。


 極限まで研ぎ澄まされた、神速の壁を越えようとする、異次元の斬撃。


 自律兵器の残骸は、二人をすり抜けるように切断され素通り。


 セイレンは、スライムで巨大な手をいくつも作り上げ、残骸を受け止め、それを前方に壁を作る自律兵器へと投げつける。


「道を作った!」


「ならば、駆け抜けるのみ」


 ヌルまでは残り七百メートル。


 リコとセイレンの息は合っている。過去最高に。


 配達道具の能力のみで阻めるほど、二人は甘くない。





「この程度で、止められるはずかないわな」


 ヌルはわかっていた。この程度の攻撃では傷を付けることさえ、叶わぬことを。


「アリスよ。リコの進路の前へ、戦車を二十一台移動させよ」


 ヌルは昨日リコが護衛した自律兵器が、街へどのように配備されたかを記憶している。


 つまりアリスの位置さえわかれば、どこに、どれだけの自律兵器が移動可能か、わかっている。


「ヌル、聞こえてる?」


「ロメロか。どうかしたか」


「追加のゾンビが準備できたよ。どうしようか?」


「輸送ヘリに乗せ、こちらまで運べるかの? 近くにあればアリスの能力で有効に使わせてもらおう」


「了解。すぐ送るよ」


 これは試合ではない。敵はルール無用で動いてくる。臨機応変に対応しなければ、置いて行かれる。


 ヌルは戦場の熱を感じている。そしてその炎のどこかに、些細な違和感を覚える。


「それと、こっちの準備はまだ時間がかかる。ちょうどよくゾンビにならなくて、二人が終わる方がきっと早い」


「そうか。まぁ、わしらで充分じゃろう。屍どもの操作も頼むぞ」


 ヌルはロメロとの通話を終える。


 彼女は違和感の状態に気付いた。リコに向かわせた自律兵器の数が二台足りていない。


「……アリスよ。申請した戦車が十九台しかないが、どうかしたか?」


「こちらが指示した通りに配備されていませんでした。下級サンタの仕事ですから、よくあることです」


 ヌルが感じた違和感の正体は果たして、下級サンタのミスだろうか。


 何かを見過ごしている。歴戦の猛将としての勘がそう告げている。


「あちらも対処せねばならんの」


 そんな思考と並行しながらヌルは、リコから更に離れた地点に現れた、ソニアとカナンのバイクを見る。


 この位置からでも磁力は付与可能だが、あまり上手く機能しそうな状況ではない。


 彼女たちの狙いはわかる。アリスがいそうな場所への同時攻撃。


 だがその計略はおそらく成らない。あまりにお粗末な戦略だ。一ヶ所欠ければ崩壊する戦略。そんな手しか残されていない時点で、懲罰部隊は詰んでいる。

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