69話 Gravity of Riot その2


 リコたちは数キロ先でミサイルが爆発したのを視認した。


 ミサイルの破片で死傷者が出るかもしれないが、こうするのが最も安全だった。


「自陣に対してミサイルを撃つとは……」


 自分のしたことで無関係の人を巻き込んでしまう。


 リコはその罪を背負わなければならない。


 それでも差し迫った危機を乗り切った安堵感が広がる中、キャロルだけが些細な違和感に気付いていた。


「さすがキャロルだね。さっきから助けられて……」


「煙突が当たる直前にミサイルが爆発してた。撃墜なんてバカげた解法を相手は想定してみたいだね」


 キャロルは周囲を探っている。注意深く、これ以上ないほどに。


「これ、やばいね……」


 キャロルが視線に気付いた。一拍遅れて、リコもその視線に気付いた。ほんの一瞬だけ、殺気が漏れていた。


「アリスがこちらを見ている!」

「アリスがこっちを見てるねー!」


 リコとキャロルが同時に叫ぶ。


 その刹那、屋上にある貯水タンクが、入れ替わった。


 昨日リコたちが護衛し、この街へ運んだ自律兵器へと。


 それはいわゆる戦車のような兵器。サンタ相手ではいささか鈍重すぎるが、威力は折り紙付き。


 直撃すれば、サンタであっても殺せる。


「下がれ! 私がやる!」


 突如背後に現れた自律兵器は、密集している五人に戦車砲の照準を既に合わせていた。


 角度を合わせてから、アリスは位置を入れ替えた。


 リコは迷わず自律兵器に向かった。キャロルも動き出そうとしていたが、トキムネの能力でなければ速やかな破壊は不可能。


 自律兵器は戦車砲を撃った。機械ごときではサンタの動きを捉えられないはずだが、はっきりとリコを捉えている。


 ヌルだ。ヌルが遠隔操作をしている。


「なるほど、狙いは正確だな」


 だがリコにとって、この程度問題にならない。


 冷静にトキムネを抜き、音を遥かに置き去りにした速度で砲弾を切り刻み、納刀する。


 砲弾は粉微塵にされ、その攻撃力を失う。こんな芸当は、リコでなければ不可能だった。


 リコはそのまま直進、自立兵器の懐に潜り込み、それを両断した。


「ここを離れる! 一旦態勢を立て直す!」


 リコは振り返り、四人の方を見ながら退避を指示する。


 その瞬間、遥か彼方に浮かぶミサイルの爆煙。その中から、無数の鉄片がリコ達のいるショッピングモールの屋上に向かって、飛来していた。


 まるで磁石に引き寄せられるように。


「カナン、動けるー?」


「大丈夫」

 少しふらつきながら、カナンは立ち上がる。


 何が起こっているのかを、その場の全員が理解していた。


 鉄片が向かう先にあるのは、リコが破壊した自律兵器。おそらく、ヌルの配達道具で自律兵器とミサイルの間に磁力のような、引き付け合う性質を付与している。


 どのような条件で能力を付加しているのかはわからないが、とにかくミサイルの破片を、自律兵器の残骸が引き寄せている。


「ソニア! カナンを乗せて逃げるよー!」


 キャロルがリコがいる方に走り出す。


「わかりました!」


 カナンは急いでソニアのバイクにまたがり、セイレンは周囲のスライムを集めながら、キャロルに続いた。


 リコのいる方向には入り組んだ建物があった。どこかからショッピングモールの屋上を見ているアリスの視界から逃れるには、低い場所……それも入り組んだ場所へと逃げ込むしかない。


「私が先行し、地上の安全を確保しておく!」


 リコは屋上から飛び降り、アリスの死角と思われる路地裏へ降りた。





「奴ら逃げておるのう。して、どうする?」


 ミサイルから飛び降り、適当なビルの上に着地したヌルはアリスに指示を求める。


「ロメロ様はあなたに従うよう私に命令されました。指揮官はヌル、あなたです」


「相変わらずロメロ第一じゃのう」


 無機質なアリスの対応に少し寂しさを感じながら、ヌルは状況を冷静に分析し始めた。


 彼女は代々サンタ工房に仕える、下級でも、中級でも、上級でもない、闇に生きるサンタ一族。


 闇に忍び、外敵を討つ。それがヌルの使命。


 ヌルは過酷なサンタの世界で、数世代分は生きた。腐敗する以前のサンタ協会を知る、サンタの生き字引と言ってもいい。


 細胞の劣化がほとんどないサンタで考えても、老境の域に差し掛かっているヌルだが、その容姿はまるで少女のよう。


 それはヌルの並外れたサンタとしての実力か、はたまたサンタ工房が秘匿する秘術によるものか。


 一つ確かなのは、彼女はその手腕により、サンタ工房に仇なす敵を何千、何万と屠ってきたということ。


「奴らの逃げ込もうとしておる場所はおぬしの死角か?」


「この位置からでは見えません。おそらく私の位置に当たりをつけています。移動しますか?」


「いや、そこで待機じゃ。タイミングを合わせて、戦車と破片を入れ替えよ」


 ヌルは自身の配達道具を起動させた。彼女の右手に現れる、宙に浮いた半透明なキーボード。


 理を歪めることで、機械に侵入し、遠隔操作を可能にする。


 その上、制御下に置いた機械に、磁力のようなものを付与する。“引き寄せる性質”と“引き離す性質”を機械に加える。


 それがヌルの持つ、キーボード型配達道具の能力。


「わしがくるまでに、イーティ、アズサ、コールはやられたと聞いておる。若者を犠牲にしてまで生き延びたのじゃから……報いねばならんの」


 ミサイルの破片が命中するよりも早く、リコ達は屋上から退避し終えるだろう。


 ならば、それより早く始末すればいい。




 キャロルたち四人は、とにかくリコのいる路地裏へと走った。

 大通りではアリスの配達道具で入れ替える対象が多すぎる。屋上にいれば、ミサイルの破片に襲われ、それを乗り切った後、その破片を何かと入れ替えられる。


 いまはとにかく逃げるしかない。


「きっと、これで終わりじゃないですよね」


 カナンを乗せたバイクに乗るソニアがそう呟く。


「そうだろうね。きっとあの破片がアリスの射程に入るのを待ってる」


 セイレンはキャロルたちの少し後ろを走りながら、可能な限り多くのスライムをかき集めていた。


 彼女は次になにをされるのかを読んでいる。


「スライムで受け止められるー?」


「多分ね」

 屋上の端まで二メートル。それは普段なら近いがいまは遠い距離。


 ミサイルの破片が、キャロルから五百メートル離れた地点に到達した。


 その瞬間、ミサイルの破片が勢いはそのままに 自立兵器と入れ替わった。


 数は八。その全てが戦車砲をキャロルたちに向け、情け容赦なく砲弾を撃ち出した。


「予想通りの展開だねー」


「でも……数が予想を超えてるよ……」


 退避が間に合わない。キャロルの無敵時間はなく、この数の砲弾を撃ち落とすのは、ソニアのバイクでは不可能。


 セイレンのスライムでどうにかするしかない。


「たけど限界まで貯めた……これくらいならなんとかいける!」


 セイレンは最初のミサイルの時点で念のために、スライムを貯めていた。その用心深さが生きた。


 厚さ四メートルのスライム防壁を目の前に作り上げる。万全とは言えないがこれが最善策。


「衝撃までは消せない! なるべく距離をとって!」


 セイレンはスライム防壁の前で立ち止まる。衝撃で崩れたスライムを補修するためには近くにいる必要があった。


 キャロルとカナンを乗せたソニアはただ前へとひた走る。

 

 次の春歌夢、八発の砲弾が次々とスライムの壁に命中する。


「ぐっ……」


 分厚いスライムの壁を砲弾が貫通することはなかった。しかし、その余波がスライムを超えて、セイレンに伝わる。


 そして最後の砲弾が着弾したと同時に、スライム防壁が衝撃波と共に崩壊した。


 辺りに撒き散らされるスライム。衝撃で吹き飛ばされるセイレンの体。


 キャロルは跳ね飛ばされたセイレンの体を受け止め、路地裏へと飛び降りた。


「ありがとう」


「危ないことしてくれたんだから、これくらいやらないとねー」


 落下しながらキャロルは屋上に視線を移す。入れ替わった自立兵器八台が屋上に着地し、こちらへと向かっている。


 さらに、ショッピングモールの周囲にある建物の屋上にある物体が、次々と自立兵器に入れ替わっていく。


 そして、自立兵器には数体ずつゾンビが取り付いている。


 時間がない。時間が経過するほどに、状況は悪化していく。


 動き出さなければ、このまま物量で押し潰される。





「凄まじい音がしたが大丈夫か?」


「見ての通り全員無事だね」


「だけど、状況がとっても悪いねー。逃げ込んだはいいけど、このままじゃ周囲を自立兵器とゾンビで囲まれて、潰されちゃうねー。どうする?」


 人通りのない路地裏で足音が聞こえる。ロメロが操作するサンタに匹敵する身体能力を秘めたゾンビの群れが、こちらに向かってきている。


 路地裏をゾンビで埋め、建物の上はアリスとヌルによる自立兵器の連携で仕留める戦術。


 これは極めて危険な状況だった。


 辛うじて、アリスから死角と思われる路地裏に逃げ込んだ五人は、今日何度目かわからない、差し迫った決断を迫られた。


「ロメロ、そしてアリスとヌルの組み合わせはあまりに危険過ぎる。ここにもすぐに、自立兵器とゾンビの大群が転移してくるはず」


 リコの予想は当たっているだろう。自陣にミサイルまで撃ち込んだのだ。


 そして都市防衛のために配備したであろう自立兵器まで動かし始めた。


 これからサンタ工房は全戦力を投入してくる。配達道具の性能と、サンタ工房という物量に任せた人海戦術。それは懲罰部隊では不可能な戦い方。


「ヌルの近くに敵はいなかったねー。アリスとロメロは見えてない。ヌルの方を対処しないと、アリスと接触しちゃうねー。そうなったら、この戦いは勝てないよ」


 アリスの機動力は、ソニアのバイクを超えている。どうすれば彼女を捕らえられるのか、見当もつかない。


 そんな状態で、ロメロとヌルによる連携も加わる。


 いまはリコたちへの攻撃を優先して、アリスはヌルやロメロと距離をとっているが、何かあれば、その入れ替える能力で仲間を逃すはず。


「アリスの一回で入れ替えられる距離は五百メートル前後だと推測している」


「その予測は当たってると思うよー」


 リコはアリスが五百メートル前後の移動を繰り返し、ロメロと逃げ出したのを確認している。


 キャロルはミサイルの破片を入れ替えたのが、五百メートルを切ってからだと確認している。


 きっちり五百メートルということはないだろうが、おおよその距離は把握した。


「攻撃のため、アリスはこの近くにいるはず。だが私たちがヌルを狙えば、アリスは彼女の方に向かうだろう。そして距離を離して仕切り直し」


 自陣ということもあり、無尽蔵の補給があるサンタ工房は危険を冒さない。


 少しでも危険を感じれば、距離を稼ぐ。ひたすら戦闘を長引かせ、真綿で絞め殺すように、リコたちを追い詰めることを選ぶ。


 勝利するには一瞬で距離を詰め、逃す前に倒し切る。速攻にしか活路はない。


「キャロル……卿の考えが聞きたい」


「同時に仕掛けるしかないかなー。アリスを狙うチームが、ヌルとの間からアリスに近寄って、アリスをヌルの方に向かわせないようにして倒す。ヌルを狙うチームは、あの人が動けないようする。それで合流を防ぎつつ、撃破するしかないかなー」


「異論はないね。どっちかだけに注力するのは得策じゃないよ」


 キャロルの案にセイレンは乗った。そもそも、議論している猶予が本当に存在していない。


 とにかく早く動き出さなければ、こうしている間にも、ヌルとアリスは合流してしまうかもしれない。


 自立兵器とゾンビが周囲を埋め尽くし、身動きが出来なくなるかもしれない。


 悪い可能性は無限にあるが、良くなる可能性は数える程も存在していない。


 いまを逃せば、そのわずかな希望すら押し潰される。


「キャロル、卿にアリスを任せても構わないか? 私は一度、彼女を取り逃した。卿にしか任せられない。転移する配達道具を持っていたキャロルにしか、アリスの裏は取れない」


 一秒でも早くこの場を離れ、アリスとヌルを叩かなければ、刻一刻と状況は悪化していく。


 そんな極限状態で、リコはキャロルを頼った。キャロルならアリスをなんとかしてくれる。そう信じて。


「カナンに今日は良い子でいるって約束したからねー。特別にサンタさんのお願いを聞いてあげる。何人連れて行っていい?」


「誰が必要だ?」


「カナンとソニアがいてくれたら心強いかなー」


 ダメージを負い、機動力に難があるカナンだが、ソニアのバイクに乗せれば少しはカバーできる。カナンを機能させるには、ソニアと組み合わせるしかない。


「了解した。ヌルは私とセイレンで引き受けよう」


「二人で大変だろうけど、ごめんねー」


 リコとセイレン。キャロル、カナン、ソニア。二組に分かれて、二人の敵を始末する。


 ロメロの居場所は正確にはわからない。とにかく見えている敵から対処する。


「キャロルに二人の指揮を任せる。使えるものは全て使って構わない。使用許可は不要だ。全力でアリスを倒してくれ」


「安心して任せてくれていいよー」


 五人はまた二手に分かれて行動することになった。




 

 五人のいる近くのビルに、戦車砲が着弾しガレキが降り注ぐ。そして、瓦礫が次々とゾンビに入れ替わる。


 ゾンビの雨を避けるようにリコとセイレンはヌルが降り立ったビルに向けて走り出す。


「リコ! ヌルってサンタは私と同じ雰囲気がしたよー。だから、きっと次は噛み合うように手を打ってくる。最善は読まれやすいから、惑わされないでねー」


「心得た。卿も気をつけてくれ」


 キャロルもまたカナンとソニアを連れて、アリスの方へと向かう。


「二人とも頼りにしてるからねー」


「三連戦はさすがに厳しいけど、最善は尽くす」


「カナンとキャロルが一緒なら心強いです」


 おそらくここが正念場。互いの総力を投入して行われる、最大規模のサンタ戦。


 余力を残した方が死ぬ。





「ままごとのような権謀術数を巡らすサンタ協会には飽き飽きしておった。嬉しいぞ。またこうして、懲罰部隊との死闘に興じられて」


 ヌルはその優れたサンタ視力で一キロ近く離れたリコたちの動きを観察する。


 手強い。ヌルは相対している、懲罰部隊の実力を見抜いていた。


 リコたちがサンタとしての理想に燃えるだけの愚かなサンタではなく、本物の懲罰部隊であると。


 半ば伝説と化している千二百年前、サンタ協会の腐敗を正した真の懲罰部隊、その精神的な後継者。


 まだ彼女達は未熟だが、いまここで始末しなければ世界を一変させてしまうかもしれない。そんな可能性を感じる。


「面白い……ワシの退屈を、刹那の一瞬だけでも、忘れさせてくれるかのう」


 主人の脅威は詰む。萌芽の前に。それこそ闇に生きるサンタ一族、その使命。

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