第二部 第六夜 12/24 23:28

68話 Gravity of Riot その1

 ショッピングモールの屋上に集まったリコたち五人は、次の方針を立てていた。


「情報通りなら残り三人。やっと半分か……」


 セイレンが疲れたように言葉を零す。まだ敵を半分倒しただけだというのに、部隊の損傷率が高い。


 リコとソニアは軽症と呼ぶには、ダメージが大きい。


 カナンは雪だるまによる攻撃でかなり大きなダメージを負っている。そこに、コールとの戦いでの精神的な疲労もある。


 普段通り動けるのは無傷のセイレンと、ダメージを最小限に抑え続けているキャロルの二人だけ。


 いまの所は上手くいっていると言えなくもない。だがここから先が厳しい。連戦による疲労とダメージが、重くのしかかってくる。


 これまで通りに敵を倒していけるとは、思わないほうがいい。


 今まで重ねてきた勝利は、全て辛勝ばかり。一つでも踏み外せば、全てが終わっていた。


「コールが自分の配達道具で、自殺したのはかなり痛いねー」


 コールは自分の命を断つことで、情報を何一つ残さなかった。


 サンタ工房のチームワークは想像以上だった。必要とあれば味方を殺す覚悟があり、後に続く味方の迷惑にならないよう、自分を犠牲にする意志の強さがある。決して最後まで油断ならない相手。


 アズサをソニアのバイクに乗せて運んできたが、ダメージが深すぎて意識が戻らない。


「これだけ時間が経てば、残りの三人は合流していてもおかしくないな」


「ヌルってサンタが、この街にいないことを願いたいねー」


 ロメロとアリスの配達道具は直接戦闘も対応可能だが、どちらかといえばアシスト寄りの性能だった。


 正体不明のヌルの能力が二人のサポートを受けられるものなら、かなり厳しい戦いになる。そんな予感がした。


「さきほど、ナッツから子どもたちを一箇所に集められたと連絡があった」


 厳しい状況の中で、サンタとして嬉しい報告もあった。それに誰よりも喜んだのはカナンだった。


「そう……よかった……」


 リコからの報告にカナンが安心したように呟く。


 イーティの攻撃から助けたナナカたちのことがずっと気になっていた。あの透明化能力で隠してくれているのなら安心だ。


「工房を壊滅させて、状況が落ち着いたら、他の孤児院の子たちをどうするか考えよう」


 リコは全てが終わった後のことを、少しだけ考えている様子だった。それは、終わりが見えたことによる明らかな気の緩み。


 極度の緊張状態の中で、さしものリコもさすがに疲れていた。


「これからどうしますか?」


「こちらのダメージが大きい。残りの三人は合流しているだろう。配達道具の性能差的にも総力戦に活路はない」


「となれば暗殺だねー。ロメロとアリスは拠点のビルに向かったってことは、いまもそこにいる可能性は高いねー。周囲を強化兵士で取り囲んでさ」


 サンタ視力でビルの周囲を観察すると、怪しげな人影が徘徊している。明らかにロメロが使役するゾンビだ。


 ロメロの死体をゾンビにして使役する能力は拠点防衛に向いている。アリスの物体の位置を入れ替える能力は、離れた拠点にいながら、長距離支援を行える。


 この二人を真正面から攻め落とすことは難しい。


「暗殺するならビル内外に配置された強化兵士を引きつけないといけないね」


「部隊を二つに分けよう。正面から向かう陽動部隊と潜入部隊。見え見えの策だが、これが最善だろう」


 リコとセイレンはおおよその方針を立てた。あとはそれをどうするかだ。


「編成はどうするのー?」


「私とセイレンで引きつけよう。スライムの物量は無視できないはずだ。潜入はキャロル、ソニア、カナンに任せる」


「厳しい戦いになると思うけど……みんな死なないで」


 ここで決着をつける。その覚悟を全員が固める。


 一瞬たりとも気の抜けない戦いばかりだった。それももうすぐ終わる。


 クリスマスがやってくるまでには、全ての決着がついている。



 


「何か近づいてきてるねー」


 その時だった。キャロルの並外れたサンタ聴覚が、何かの接近を感じ取った。


「何かわかるか?」


「音で判断するなら、ミサイルかなー。ここを狙ってるねー」


 全員に緊張が走る。そして、そこまでするのかと。


 サンタを潰すために、自陣にミサイルを撃つなど正気ではない。


 だがサンタ工房は……ロメロは撃った。


「コールの狙いはこれか……」


 コールが一人でここにいた理由はこれだ。


 リコたち五人の集結場所をここにさせ、ミサイルを撃ち込む。ギャンブルが長引けば全員殺せる。


 長引かせられなくともどうにかなる。


 リコたちは自分が退避するだけなら間に合うだろう。だがここはただのショッピングモールの屋上。下には大量の民間人がいる。


 サンタ工房は民間人を巻き込むことを本当に何とも思っていない。天井の崩落事故と誤魔化せば問題ない。その程度の認識。


 リコたちはサンタとして、決して巻き込むわけにはいかない。そうした心理を読まれている。


「着弾までの猶予はどのくらいある?」


「音の大きさ的に、十秒ってとこかな」


 街を取り囲む防壁の先に広がる暗闇に浮かぶ高速で向かってくる飛翔体。その上に見える一つの影。


「ミサイルの上に人が乗ってるねー。戦線にいたヌルってサンタを、ミサイルに乗せて呼び戻したみたいだねー。それにしても、すごいこと考えるねー」


 確かに鍛え上げたサンタの肉体であればミサイルに乗せての高速移動にも耐えられるが……さすがに荒唐無稽すぎて誰もやらない。理論上可能という話。


 それを実行してのけていることから、ヌルは相当な実力者だ。


「ヌルの配達道具がわかってないから、近付けたくないね。リコ、どうする?」


「下の人を巻き込むわけにはいかない……撃墜するのがベストだが……何か手はあるか?」


 ミサイルの撃墜手段などここにはない。威力だけならともかく、そんな高精度な動きをする兵器が手元にない。


「私のスライムでガードする? 気休めにはなる……かもね」


 セイレンの案は決して名案ではなかった。貯水タンクからスライムを大量に用意するにしても、サンタ製ミサイルの破壊を抑えきるほどの防御力はない。


 死ぬ人間を少し減らせるかどうか。その程度の効果しかないだろう。


「……セイレン、任せ……」


「ソニア、バイク出してよー。それで撃墜しよー」


 キャロルがさも名案を思いついたかのように、笑顔でソニアにお願いをする。


 ソニアはキャロルの提案が無理だと思いながら、一瞬でも惜しい状況なのを理解しているから、反論するよりも先に指輪からバイクを展開する。


「キャロル……すいません。私ではミサイルの速度を見極めて煙突を当てるのは無理です」


「ソニアの問題ではない。距離が離れすぎている。観測手なしで、しかも手動でミサイルを撃ち落とすのは無茶だ」


 キャロルはリコとソニアの反応も無視して、バイクにまたがるソニアに体を密着させ、彼女のハンドルを握る手に、自分の手を重ねた。


「この場にいる誰かが狙撃すればいいんだよー。つまり、私がやればいい。ソニア、全部私に委ねて。二人で撃墜するよ」


 配達道具であるこのバイクは、生体認証を行なっているソニアにしか操縦できない。


 キャロルは直接自分で操縦したいのが本音だが、ソニアを媒介にして操作するしかない。


「キャロルが当てるって言ったら当てる。疑う余地はないでしょ?」


 カナンはキャロルの言うことに一切の疑いを持っていない。


 絶対に成功させると信じている。さすがのキャロルでも無茶にしか思えないが、勝算もなく賭けに出るような少女でないことは、この場の全員が知っている。


「キャロル……無茶は承知だが、卿に任せても構わないか?」


「問題ないよー」


 キャロルがソニアの体を操作し、ミサイルに照準を合わせる。


「緊張しないでー。指の力抜いてー。じゃないとズレちゃうよー?」


 キャロルがミスをすれば、ショッピングモールにいる人々も含めて、この場の全員が死ぬ。


 セイレンがスライムを準備してこそいるが、サンタ製ミサイル相手ではどこまで役に立つか。


 そして、いまからでは退避も間に合わない。


「……キャロルは、怖くないんですか?」


「ぬいぐるみを直す時に、針に糸を通したんだけど、それと変わんないよー。それにいま、一年ぶりにとっても調子いいからね」


「……わかりました。私には、キャロルに全てを委ねることしか出ませんから」


 着弾まで残り二秒。キャロルは狙いを定めて引き金を引いた。

 



「撃ち落とすつもりかのう。若い者はとんでもないことを考えおる。こんなことをしておるわしが言えたことではないのじゃが」


 ミサイルの上でヌルは、数キロ先にいるキャロルが何をしようとしているのかを理解する。


 ミサイルの上に乗るのもかなり無茶苦茶だが、煙突でミサイルを撃ち落とすのも度を越して無茶な話だ。


 着弾まで残り1.5秒。時間的にキャロルが撃てるのはこの一発だけ。


「ありえないと断ずるには、おぬしが強すぎることを知っておる。油断はせぬぞ」


 ヌルは今日行われた懲罰部隊との戦闘の経過報告を受けている。


 リコの部隊の中で最も注意すべきなのは、隊長のリコではなく無名なキャロルという少女だと。


 着弾まで残り一秒。ヌルは煙突との距離が縮まるにつれて、この煙突はミサイルに命中する軌道だと理解した。


「この程度の無茶であれば押し通してくるか。まぁよい。これも想定内。どの道を選ぼうとも、おぬしらに正着はない」


 ヌルはミサイルから飛び降りた。ミサイルだけで殺せるほど懲罰部隊は甘くない。


 二百年以上もサンタ協会にいれば、そのことを嫌でも知ってしまう。


 ヌルは手に持ったスイッチを押した。

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