54話 Melt The Cocytus その2

 除雪車との距離が一メートルを切ったと同時にキャロルは跳び、イーティを護衛する三体の雪だるまへ回し蹴りを放った。


 キャロルを迎撃するように、三体の雪だるまは氷柱で殴りつけるが、キャロルの身のこなしは並外れており、紙一重で攻撃を全て回避し、三体の雪だるまはなす術なく粉砕される。


「これで終わらせるよー!」


 除雪車に飛び乗ったキャロルは、サンタ膂力を込めて運転席のガラスを殴りつけた。


 小気味いい音と共にサンタ製強化ガラスはなんなく叩き割られ、キャロルの腕が無防備なイーティにあと少しで手が届きそうになる。


 それと同時に、最低限の雪を回収し終えた除雪車から、一体の雪だるまが車上へと放たれた。


 そうなることを予期していたキャロルは、それを最後の無敵時間で受け止めると決断し、車内のイーティを右手で殴りつけた。


 イーティはその攻撃を捌こうと試みるが、近接戦闘技術の差は歴然であり、まともに受け止めることさえ叶わない。


「うぐぅぅっっ……」


 イーティは胸に突き刺さったキャロルの拳に、呻き声を漏らす。いまの一撃で肺に致命的なダメージが入り、イーティの呼吸が止まりかける。


「次で終わらせるよー」


 キャロルは腕を引き抜き、サンタ膂力を溜め、とどめの一撃を放った。頭上に迫った雪だるまは残り一つのゲージを使って受け止める。


 全てはキャロルの狙い通り……のはずだった。




「あれっ?」


 キャロルが叩いたのは分厚い氷壁だった。頭上に降ってきた雪だるまは、内部が空洞だった。キャロルの体に、雪だるまがスッポリと被ってしまったのだ。


 キャロルは自分より少し大きいサイズの雪だるまの内側に閉じ込められ、それを殴りつけたのだ。最悪なことに、最大威力の攻撃ですら雪だるまは破壊されなかった。


 カナンとキャロルを分断するのに使った内部が空洞の雪だるまは動けない分、雪の密度が高くその大きさに対して耐久力が高い。


 無敵時間で雪だるまを頭上で止めるつもりだったキャロルの狙いは、完全に外れてしまった。


「……ぐぅぅ……はぁ……あなたから一撃貰う覚悟をした……私の勝ち……ですよ……」


 たったの一撃で満身創痍に追い込まれたイーティは、残った力でキャロルを覆っている空洞の雪だるまを押し、除雪車の前へと突き落とす。


 そしてその雪だるまごとキャロルを轢き殺すため、アクセルを全力で踏んだ。


「これは結構ピンチかも……」


 キャロルにはサンタ膂力を溜める猶予もなければ、能力を発動するゲージも残っていない。雪だるまに覆われ、身動きさえ取れない。不可能と知りながら、除雪車を受け止めるしかない。


「ぐぅぅ……」


 除雪車がぶつかった衝撃でキャロルを包み込む空洞の雪だるまが壊れた。キャロルはサンタとしての筋力のみで、超重量・超馬力の車体を受け止めるしかなかった。


「純粋な力比べなら……こちらの方が……上、ですよ……」


 イーティの言葉通りだった。並ぶ者がいないほど優れた戦闘能力を持ったキャロルであっても、真っ向から重量級配達道具を受け止め続けることは困難。


 キャロルは雪を回収する機構には触れないよう、車体を両腕で支える。だが、彼女の体は押されていた。


 彼女の背後に迫る、カナンの全力でも砕けなかった氷壁。このまま押されればキャロルは除雪車と氷壁に挟まれ圧死する。


 車体へ飛び上がるか、横に逃げるしか回避する道はないが、それをする余裕もない。


 一瞬でも力を抜いてしまえば、眼前にいる雪の収穫機構に吸い込まれ、跡形もなく粉砕される。


 反撃に出る余裕も、車体を受け止めることもままならない。


 車体を受け止めたダメージによりゲージが多少溜まりはしたが、まだ四分の一以下。


 キャロルであっても、ここからでは打つ手がなかった。


「追い詰めました……ですが、あなたはとても危険な相手。この状態からでも何かできるかもしれません。先ほど、敵は速やかに殺すべきだと教えを受けました。容赦しませんよ」


 死の一歩手前で踏み止まるキャロルへ、イーティは追い討ちをかけた。


 1.5メートルの雪だるまを四体車体の上へ生み出し、キャロルの方へと移動させ始めた。


「うぐっ……後悔……するよ……」


「確かに私はあなたの力を恐れてはいます。ですが、その状態から何ができるというのですか?」


 イーティは雪だるま達を一斉に操作した。両腕の氷柱で、抵抗の出来ないキャロルを突き殺すように。


「私にここまでさせたことを誇りに思いなさい」


 雪だるまがキャロルに向けて氷柱を振り上げた瞬間、高速で投げられたデスクが一体の雪だるまに直撃し、それを粉砕した。


「させ……ない……」


 それは、ほんの少しだけ動けるようになったカナンの、ほとんど無意味と言っていい抵抗だった。


 僅かな力を振り絞って、キャロルに迫る雪だるまに向けて、デスクを投擲したのだ。


 だがこんなことをしても状況は何一つ好転していない。キャロルの命を数秒引き延ばす以上の意味はなかった。


「愚かなサンタ同士の、無様な支え合いですか……見苦しいですね」


 そもそもダメージを負ったカナンの投擲能力では、速度も制球力も足りていなかった。最初の一撃こそ完璧な奇襲となり命中したが、その後の攻撃はイーティのサンタ動体視力をもってすれば容易く見切ることができた。


 残る三体の雪だるまは、なんなくカナンの投げるデスクを避ける。避ける……


 その間も除雪機はキャロルを押し潰そうと、前に、前に、力を加え続けている。


「……ごめんカナン……もう、腕が……限界……かも……」


 もう力が残っていないのか、キャロルの腕から少しずつ力が抜けていく。


 そしてカナンの抵抗も虚しく、キャロルの力を失った腕が除雪機から離れた。


 それと同時に、カナンの投げたデスクがぶつかる鈍い音が辺りに響いた。


「ふふっ……所詮、愚かなサンタが辿る運命など、こんなものです」


 イーティは雪を収穫する機構に、人体が巻き込まれた感触を愉しみながら、車体をカナンの方へと向け直した。


「さっさと殺す。それがサンタ戦の鉄則、ですか……良い教えです。カナンと言いましたか。あなたに拷問はしません。授業料ということで、楽に殺して差し上げます」


 イーティはキャロルと同時に収穫した雪を使い、三メートル級の雪だるまを生成し、除雪機のそばへと射出した。


 確実にカナンを殺すため……彼女に僅かな抵抗の余地も残さぬよう、除雪車と巨大雪だるまで同時に攻撃を仕掛ける。


 これで紛れもなく、イーティの勝利だ。






「つーかまえーた!」


「……なっ!?」


 イーティの耳元で聞こえる、確かに殺したはずのキャロルの声。勝利を確信したイーティの首を一本の腕が掴んでいた。


「……私は最初から、雪だるまなんて狙っていなかった。全てはキャロルにゲージを溜めさせるため……」


 走る確実な死の予感。イーティはさっき作ったばかりの雪だるまを見る。


 その雪だるまの内側から、キャロルの腕が生えていた。


「それが私たちからあなたへのクリスマスプレゼント……あなたみたいな悪いサンタさんを困らせる、悪い子入りの雪だるま……」


「やめっ!」


 絶叫を上げる間もなく、イーティの体は圧倒的な力と共に、車体の外へと引き摺り出された。


 それと同時にキャロルは雪だるまを内側から破壊し、姿を現した。


「やめてって言っても、子どもたちへの攻撃をやめなかったよねー。自分だけ特別なんて、そんな美味しい話があるわけないよね?」


 キャロルはカナンの投げたデスクをあえて身に受けることで溜まったゲージを使い、収穫機構を無敵時間で切り抜け、生成される雪だるまの内部へと潜り込んだのだ。


 確実にイーティへと近付き、拳を叩き込む。そのために一度地獄を潜った。


「お願い……キャロル……そいつを……やっつけて……!」


「言われなくても!」


 雪だるまの内部から姿を現したキャロルは、徹底的に、容赦なく、無尽蔵に、両腕で連打を……掴んだイーティへ叩き込む。


 カナンの能力で尋問さえ行えればいい。死なない程度に、全身の骨を、腱を、内臓を、折り、砕き、潰す。


「これでおしまいだよ!」


 最後の一撃を、イーティの腹部にぶち込む、


 吹き飛ばされ、氷壁へと叩きつけられたイーティが、血を吐き出しながら気を失う。


 それと同時に孤児院を取り囲んでいた氷壁が崩れ去った。イーティの能力は解除された。


 サンタと悪い子。二人の前に、悪しきサンタの氷城は崩れ去った。





「ボロボロだけどなんとか勝てたねー」


 デスクを受けた腹部を庇いながら、キャロルは地面に倒れ込むカナンに手を差し出す。


「……ごめんなさい。勝つためとは言え、キャロルに攻撃して……」


「なんで謝るの? むしろ私は嬉しかったよー。信じてくれてさー」


 嬉しそうに微笑むキャロルを見て、カナンはこの子が世界で一番優しい子なんじゃないかと思った。


 自分を一年間も監禁した相手だということを、思わず忘れてしまいそうになるほど。


「キャロルのそういうところ……やっぱり好きじゃない」


「なにそれー」


 照れ笑いしているカナンと、年相応の子どものように振る舞うキャロル。


 二人に数十秒前まで、命の駆け引きをしていた懲罰部隊の面影はどこにもなかった。


「ナナカちゃん、危ないこと頼んでごめんね」


 キャロルはイーティを確保し、カナンは大広間にいるナナカの元へ向かった。


「……ありがとう。サンタのお姉さん」


「サンタとして当然のことをしただけだよ」


 まだ恐怖で震えているナナカの頭を、カナンは優しく撫でる。


 カナンはポケットから、戦闘中に潰れてしまった小さなプレゼントボックスを取り出して、ナナカの手のひらの上に置いた。


「ありがとう。勇気を出してくれて。こんなのでごめんね。メリークリスマス」


 孤児院の子用のプレゼントの中身は大したことがなかった。


 だからカナンはルシアから教わったように、プレゼント全てにメッセージカードを忍び込ませてある。


 これからの日々を希望を持って歩んでいけるよう、祈りを込めて。


「ナッツってサンタさんが来てくれるから、少しの間待っててね」


 カナンはキャロルと目を合わせる。これからやることは決まっている。


 カナンは通信機を起動した。


「リコ。工房のサンタを確保した。これから合流して、尋問するよ」

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