53話 Melt The Cocytus その1
キャロルが地面を蹴ってとてつもない加速を得る。それと同時に、イーティは残る二体の三メートル級雪だるまをキャロルへと突撃させた。
満足に動くことのできないほどに痛めつけたカナンにとどめを刺すよりも、無傷の敵への対処を優先させた。
事務室の崩れた壁の辺りで、キャロルと二体の雪だるまが接触した。
キャロルの目の前に並んだ二体の巨大雪だるま。右側の雪だるまが、キャロルへ向けて氷柱の腕を振り下ろした。
単体で繰り出される分には余裕で回避可能なその攻撃をキャロルは滑り込むことで掻い潜る。
キャロルはその体勢を起こす勢いと、サンタ膂力を乗せた右アッパーを、雪だるまの胴体へ叩き込んだ。
凄まじい衝撃と共に、雪だるまがただの雪へと戻っていく。だが残る一体の雪だるまは既に腕を振り下ろしていた。
キャロルが一体の雪だるまを破壊し、サンタ膂力が尽きた隙を、残るもう一体が突き決着を付ける。このイーティの戦略はそう悪いものではなかった。
「こんな見え見えの誘いしかできないのは、ちょっと期待外れだねー」
直撃すれば即死は免れない攻撃を前にしても、キャロルは冷静であった。
巨大な氷柱が当たる寸前、彼女はゲージを一本消費し、自身の能力を起動した。
キャロルの体が点滅を始め、0.2秒の無敵時間に突入した。
点滅するキャロルに巨大な氷柱が直撃し、その衝撃で彼女の立っている地面が抉れ、裏返る。
だが文字通り無敵のキャロルは無傷だ。
「こんな遅い攻撃にタイミングを合わせるなんて、とっても簡単なことだよー!」
キャロルは筋肉のリミッターを外し、サンタ膂力を込めた以上の威力を持った回し蹴りで、巨大雪だるまを吹き飛ばした。
それと同時に無敵時間が終了する。必要最低限のゲージ消費で、最大の効果を得たキャロルは、二体の巨大雪だるまを破壊し、十メートル離れた事務室の奥にいる、除雪車に乗ったイーティへと走った。
「その配達道具で、その運用を行うとは……」
この戦いはすでにイーティの望む一方的な虐殺ではなくなっていた。これまでイーティが戦ったサンタの中で、三メートル級の雪だるま二体で殺せない者は、片手で足りるほどしかいなかった。
それほどまでに、サンタ工房の持つ配達道具の性能は圧倒的だった。
そうした配達道具の性能に任せた一方的な戦いばかりだったイーティには、本当の意味での実戦経験はほとんどない。
それでも彼女が次に行った判断は正確だった。
イーティはアクセルを踏み込み、倒れ込むカナンの方へと除雪車を走らせたのだ。
「うぐっ……」
体の内側で木霊する痛みに呻きながらも、カナンは何とか体を起こして、除雪車の突進を避けた。
カナンは悔しさで唇を噛んだ。この攻撃は本来受け止めなければならなかった。カナンを轢き殺すことが目的ではないからだ。それを理解していながら、それを実行するだけの体力がいまのカナンにはなかった。
「生け捕りにしたいから普段は作らないサイズです。光栄に思いなさい」
カナンが倒れていた場所に散らばった雪を回収し、更に護衛に使っている六体の1.5メートル級雪だるまの内から材料として三体を加え、大広間で使わないで保管しておいた雪も全て消費。
正真正銘、全戦力を投入した新たな雪だるまをキャロルへと射出した。
撃ち出された雪だるまのサイズは、五メートルを超えていた。
イーティが今持っている資源を全て投入し産み出した、超大型戦闘用雪だるま。
三メートル級で並のサンタ相手であれば完封可能。故にそれより大きくするよりも、三メートル級を量産する方がサンタ戦では効果的だった。
だが、その大きさではキャロル相手では通用しない。
五メートルを越す雪だるまは、文字通りイーティの奥の手だった。
「これに勝てるサンタはこの世に存在しません。諦めなさい」
イーティの強気な言葉とは裏腹に、彼女の心中は不安で満たされていた。
サンタ工房はグリッジ・タイムの無敵時間中に筋肉のリミッターを外す運用を想定していなかった。それは理論上可能という机上の空論に過ぎないからだ。
それだけにサンタの筋肉のリミッターを外した状態に、サンタ膂力を加えた時の……言い換えるなら、理論上の攻撃力の最大値など、キャロル以外の誰も知らない。
もしかしたら、その理論上の威力は超大型雪だるまを破壊するに足るのではないか……そんな不安がイーティを支配しつつあった。
「大きさに比例して力が強くなって、早くなって、頑丈になる……」
迫りくる超大型雪だるまに対して、キャロルは右腕に持てる全てのサンタ膂力を込める。
キャロルとの距離を詰め終えた超大型雪だるまは、氷柱と呼ぶにはあまりに巨大すぎる氷塊を、小人のように矮小な少女へと振り下ろした。
「でも、そんなの私には何の関係もないんだよー!」
キャロルはそれを避けようともせず、冷静にゲージを一本消費し、無敵時間に突入、それと同時に最大威力の拳を振り抜いた。
二つの凄まじい破壊が同時に激突した。
その衝撃だけで壁は崩れ、床が抉れる。
五メートル級の雪だるまの耐久力を実験した時に、特殊な場合を除いてそれを物理的に破壊することは不可能だという結論は出ていた。
特殊な場合……ビルを破壊するような鉄球を振り子のようにして衝突させると、五メートルの雪だるまに穴が開いた。
それに匹敵する威力の拳を、キャロルはなんなく繰り出したのだ。石油タンカーが爆発したかと錯覚するほどの爆音を辺りに響き渡らながら。
超大型雪だるまの胴体に直径二メートルほどの穴が空き、キャロルからは向こう側にいる除雪車に乗ったイーティの姿が見えていた。
「こんなこと……ありえません……」
イーティの表情が曇る。この展開を予想はしていたが、実現するとは頭のどこかで思っていなかった。
熱で溶かされることや、耐久力を無視するトキムネの能力は雪だるまと相性が悪い。
逆に言えば弱点はそれだけであり、物理的には無敵だと思っていた。
だからこそ、相性的に不利なリコと合流される前にカナンとキャロルを襲撃した。
だがキャロルはサンタ工房の想定を超えてきた。
イーティは自分の予感が正しかったと確信した。キャロルは常識を超える、極めて危険な敵であると。
「まだ動けるんだねー。これはちょっと意外だねー」
一方のキャロルにとっても、この結果は想定内だが、実現して欲しくはなかった結果だった。
超大型雪だるまは、この程度の損傷では機能停止には至らなかった。つまり、その凄まじいパワーと耐久力はいまだ健在。
「だったら、こうすれば良いだけだよねー!」
キャロルは雪だるまの腹部に空いた穴へ飛び込んだ。
彼女は超大型雪だるまを破壊するのではなく、イーティを撃破することに決めた。
雪さえあれば何度でも蘇る雪だるまの軍勢。正攻法に勝機はない。そう悟ったキャロルは雪だるまの対処から、イーティの始末へと目標を切り替えた。
超大型雪だるまの腹部に開いた穴から向こう側に出たキャロルは、除雪車へ向けて一直線に走る。
このままいけば背後にいる損傷し動きが鈍った超大型雪だるまが振り向くよりも、キャロルがイーティの元へと辿り着く方が早い。
「あまり調子に乗らないことですね」
イーティはキャロルへの恐れを振り切り、アクセルを踏む。
「面白いこと考えるねー。付き合ってあげるよ」
サンタ製除雪車の馬力は通常の物よりも高い。いくらサンタの力が人間離れしているとはいえ、勢い付いたそれを受け止めることは困難。
それ故に、受け止める選択肢がないことは互いに知っている。
キャロルの背後にいる雪だるまが、仰向けに倒れ込み始めている。イーティの狙いはキャロルを超えた先にある超大型雪だるまから雪を回収し、再生産すること。
キャロルの狙いは、雪だるまを再生産されるよりも早く、除雪車に飛び乗り、運転席にいるイーティを始末すること。
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