51話 Deep White その1
カナンとイーティ。二人のサンタが孤児院の大広間で対峙している。
イーティが搭乗している除雪車から感じる理の揺らぎ。これが彼女の配達道具であることは、状況的にも明らかだった。
通常の除雪車と異なり目立つ必要のないそれは、雪の中で隠密性を高めるため白く着色されている。
形状は一般的なロータリー車であり、車両の前部に雪を掻き集める機構があった。通常と違う点があるとすれば、回収した雪を放出するシュートと呼ばれる機構が、車両の前後に一つずつ搭載されていることだろう。
カナンはこの除雪車を一目見ただけで、能力の仕組みを理解する。回収した雪を戦闘用雪だるまへと加工し、二つあるシュートから射出する。それが能力。
熱帯に位置するこの街で、気候変動装置を導入してまで選択する天気が、なぜ一年を通して雪なのか。それが疑問だったが、この配達道具を見て理解できた。
温暖な気候よりも、戦略的メリットがあるからだ。この街の防衛における主力はこの雪だるまで行う。そして、雪の積もった中では通常の兵器では使い物にならない。
サンタ戦での運用に耐え得る性能を持った無数の雪だるまと、雪自体がもたらす地形効果。街の気候を歪め、最大限に効果を引き出されたイーティの配達道具による拠点防衛能力は高い。
その防衛能力は十メートルほどの中距離で相対しているカナンにとっても脅威だった。
除雪車の上には、1.5メートルの雪だるまが六体乗っており、イーティ本体を護衛している。
天井の崩落と共に落下してきた雪だるまは、多数の一メートル級と、一体の三メートル級で構成されており、この物量の時点でカナンには厳しい。
直接戦闘可能な配達道具を持たないカナンが目指すべきは、速やかなキャロルとの合流だ。
その為には二階と三階を覆う巨大な氷壁、もしくは出口を塞ぐ氷壁のどちらかを砕かねばならない。
とにかく目標は定まった。
カナンは背後にある氷壁で覆われた出口へと、両腕にサンタ膂力を込めながら一直線に走った。
それを受けてイーティは、カナンを取り囲むように一メートル級の雪だるまを進行させ、パワーで勝る三メートル級の雪だるまをカナンの方へと直進させた。
「ぐっ……」
戦闘が始まって早々、カナンは重大な選択を迫られていた。三メートル級雪だるまの速力は、一メートルの雪だるまよりも遥かに早い。
カナンが出口を塞ぐ氷壁に拳を叩きつけたと同時に、三メートル級の雪だるまは彼女に追いつくことになる。
耐久力・パワー・スピード、あらゆる性能が大きさに比例するあの雪だるま。三メートル級の雪だるまを破壊するには、サンタ膂力がある程度溜まっている必要がある。
つまり氷壁を砕くことにサンタ膂力を消費してしまえば、その後の雪だるまの追撃に対処できなくなる。
氷壁を砕ければ問題ない。屋外に出ればいくらでも選択肢がある。問題は破壊に失敗した場合だ。その瞬間、無防備なカナンの背後を破壊不能な巨大雪だるまが襲うことになる。
「やるしかない……」
カナンは氷壁を砕く決断を下した。この閉鎖空間において、一対一という条件で、多数の雪だるまによる防衛を突破し、イーティを撃破することは困難だ。
キャロルに氷壁を砕いてもらうのを待つ選択肢もあったが、それを待ちここで雪だるまの大軍と戦い続けるのはあまりに危険過ぎる。どこかで賭けに出て、勝ちを狙う方が賢明に思えた。
氷壁まで一メートルに迫ったカナンは、強く地面を蹴り、その勢いと体重を乗せ、サンタ膂力を全開にした右ストレートを、出口を覆う氷の塊へと叩き込む。
「っっっっ……」
賭けの結果は敗北だった。サンタ膂力を込めていたおかげで拳が砕けてこそいないが、その反動で右手に激しい痛みが襲う。そこまでして得た成果は、氷壁に入る僅かなヒビだけ。
そんなカナンの背後へと、三メートル級の雪だるまは氷柱の両腕を振り下ろした。それは賭けに負けた代償であった。
「仕方ないかな……」
失意の中でもカナンは冷静だった。氷壁を砕けなかった場合も当然考えていた。その場合でもどうにかなると踏んだから、危険な賭けに出たのだ。
彼女は襲い来る巨大な氷柱を横転で紙一重の所で回避した。回避した方向は、ナナカの向かった食堂とは反対側にある事務室の方。
カナンは横転から素早く体勢を立て直し、カナンを追尾する巨大雪だるまから逃げるように、事務室に向かって全力で走った。
逃げる彼女の表情は暗い。氷壁を殴った時に伝わる衝撃を、サンタ触覚で感じた取った。その衝撃は氷壁を球状に駆け巡り、二階と三階を隔てる氷壁へと伝わった。
カナンは巨大な球体の雪だるまの中に閉じ込められているということを、ハッキリと理解した。そして、その球が十メートルを越す巨大な雪だるまであるということだ。
そんな巨大な雪だるまの耐久力など想像もつかない。砕ける可能性があるとすればキャロルと二人で同時に、全開のサンタ膂力で殴りつけることだが、二人でタイミングを合わせる余裕をイーティが与えてくれるはずがない。
「その様子だと気付いたみたいですね。自分の置かれた絶望的な状況に。たった一人の、何の価値もない子どもを救おうとしたがために、貴女は死ぬのです」
除雪車の運転席から、イーティの逃げ惑うカナンを嘲笑している残虐な声が聞こえる。
カナンはそれを気にも留めない。勝てばいいだけのことだからだ。
カナンへ事務室へ通じる扉へと走るが、その前に立ち塞がる小さな雪だるまの群れ。そして背後に迫った巨大な雪だるま。カナンにサンタ膂力を溜め直す余裕などどこにもなかった。
「こんなのやってられない……!」
カナンは立ち塞がる小型雪だるまを、次々と両腕で殴り飛ばす。一メートル級を一体一体対処すること自体は簡単だ。
だが、物量が圧倒的すぎて片腕では処理し切れず、両腕を使わされる。そのせいで腕にサンタ膂力を溜められない。
巨大雪だるまに追われ、走り続けているため、脚部にサンタ膂力を溜める余裕もない。
三メートル級の雪だるまを破壊するだけの攻撃力がいつまで経っても用意できない。
雪だるまが強過ぎる。サンタ工房の持つ配達道具の圧倒的な性能を前に、最高クラスの下級サンタであるカナンが、防戦一方を強いられ続けている。
サンタの強さの本質は配達道具ではないが、強すぎる配達道具はそうした本質的な強さを無意味なものにしかねないほどの影響力を持っていた。
「工房に立ち向かったことを後悔しながら、死になさい」
イーティは除雪車の前部にあるシュートをカナンの頭上へと向けて、雪だるまを射出した。
それはダメ押しに放つ攻撃として、あまりに有効的だった。
「こんなの……ふざけてる!」
目の前に立ち塞がる一メートル級の雪だるまを撃破しつつ、活路を切り開くのが精一杯のカナンに降り注ぐ、一体の二メートル級の雪だるま。
カナンは被弾覚悟で左腕にサンタ膂力を込めながら走った。負傷し、威力を出せない右腕だけで目の前の小さな雪だるまを最低限だけ処理し、隙間を全速力で駆け抜ける。
小さな雪だるまの群れの中へ突入したカナンへ向けて、四方八方から放たれる氷柱によるストレート。
彼女の肌を冷たい氷が斬り裂き、血が溢れる。カナンの実戦経験に裏打ちされた高い戦闘技術で、辛うじて深い傷になることだけは避けてはいるが、こんなことずっとは続けていられない。
「痛っ……」
鋭い痛みに呻き声を漏らしながら、頭上に迫った二メートルの雪だるまの胴体へ、必要最低限のサンタ膂力を込めた左腕を叩き込む。
中型の雪だるまはカナンの攻撃で崩れ去り、辺りに雪を撒き散らす。目下の危機を乗り切ったカナンは、事務室へ繋がる扉を蹴破り、中へと逃げ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます