50話 Man of Frozen その2

「幸せなクリスマスに浸りたいのは山々なんだけど、悪いお知らせだよー。この子、服が濡れてるね」


「えっ?」


「ほんの少し雪が溶け残って、服に付いてる。パジャマで外に出て、中に戻ってる。どう考えたって不自然だよねー」


「……パジャマで外に連れ出されて、中に戻されてる……まさか!」


 二人の頭をよぎる一つの仮説。既にこの子たちは何かの目的で一度外に連れ出され、中に戻されたとしたら……既に攻撃されているということだ。


 ここにいる二人の女の子は死んではいない。呼吸がある。それは確か。だが何かされたのは間違いない。


 カナンは目の前の女の子を、サンタ感覚を集中させて観察する。その瞬間、女の子のパジャマの下で何かが蠢いた。


「キャロル!」


「こっちも見えたよー!」


 二人が声を上げたと同時に、パジャマを引き裂き、鋭利な氷の刃がカナンに向かって突き出された。


「なにっ!?」


 カナンは咄嗟に氷の刃を白刃取りで受け止める。パジャマの下から飛び出してきたのは、五十センチほどの小さな雪だるまだった。両腕が氷柱の雪だるま。


 その氷柱には、サンタを殺すという、鋭利な殺意が込められている。


「やばいっ……」


 雪だるまはもう一方の腕を引き、体重を乗せたストレートをカナンへ向けて繰り出した。


 氷柱を受け止めているせいで、カナンの両腕は使えない。


 掴んだ氷柱ごと雪だるまを引っ張りたいが、雪だるまは女の子の胸部にある水分を凍らせることで癒着してしまっている。無理に引き剥がしてしまえば、一生癒えない傷を付けてしまう。


 冷酷なサンタであれば迷わずそうしただろう。だがカナンは子どもたちを救うと心に決めている。


 カナンは体を少し逸らすことで、紙一重で雪だるまによる突きを避ける。その隙にサンタ膂力を込めた鋭い蹴りを、雪だるまと女の子の胸の間へ叩き込んだ。


「こいつ砕けるよ!」


 カナンは声を出してキャロルに情報を伝える。


 雪だるまの下腹部が、サンタの蹴りで粉砕されたことで躊躇する理由のなくなったカナンは、氷柱を引っ張り、背後の壁に向かって雪だるまの上半身を叩きつけ、粉々に粉砕する。


 配達道具により通常の雪だるまを遥かに凌駕する強度を有しているようだが、サンタの攻撃力であれば充分に破壊可能な強度だった。


「こっちも終わったよー」


 キャロルはなんなく雪だるまを処理し、少女を背負っていた。


 次の展開を察したカナンも急いで、目の前で気絶している女の子を背負う。


 それと同時に、カナンとキャロルの真上にある天井が軋み始めた。


 窓から出るのは間に合わない。二人は素早くそう判断して、窓ではなく廊下へと続く扉の方へと跳ぶ。


 次の瞬間、天井が崩れ落ちた。それと同時に三メートルの雪だるまが落下してきた。


 出遅れたカナンは巨大雪だるまとの距離が近い。逃げきれない。


「やるしかない……か」


 背中に女の子を背負った状態で、サンタが全力で動けば傷を負わせてしまうことは間違いない。だが逃げきれないのなら、背負った状態で戦うしかない。


 さっきの雪だるま程度の強度であれば、女の子に被害を与えずに破壊できる。


 巨大雪だるまはカナンへ、右腕の代わりに生えた氷柱でストレートを放つ。


 それは五十センチの雪だるまを遥かに上回る速度と威力を伴った一撃だった。


 予想を超えた速度に加え、動きに制限のあるカナンは満足に回避を行えず、頬を氷柱が掠める。


 それでも反撃として、可能な限りの力を込めて、回し蹴りを巨大雪だるまの胴体へと叩き込む。


「うそっ……」


 巨大雪だるまはカナンの攻撃を受けても、胴体へ僅かにヒビが入っただけ。


 雪だるまはその大きさに比例して、強度とスピードが増すようだった。


 巨大雪だるまは怯んだカナンへと、鋭利な氷柱で構成された左腕を放つ。


「やっ……」


 死ぬ。そんな予感がカナンの頭を支配する中、キャロルは淀みない動きで巨大雪だるまの胴体へと滑り込み、ワンインチパンチを叩き込んだ。


 それは背負った少女の無事を保証できる中で最大威力の攻撃。


 キャロルの正確無比な一撃は巨大雪だるまを破壊するには至らないが、体勢を大きく崩すことに成功した。


「カナン! 受け取ってよー!」


「っ……わかった!」


 キャロルは巨大雪だるまに専念するため、背負った少女をカナンへと託した。


 少女を受け取ったカナンは、雪だるまから素早く距離を取る。


 守るべき少女をカナンに託したキャロルは、持ち直した巨大雪だるまを止めるため、一歩前に踏み込む。


「頑丈さに自信があるみたいだけどさー、ぜんぜん足りてないよー!」


 サンタ膂力を込め、踏み込みと共に放つパンチ。


 キャロルの攻撃をまともに受けた巨大雪だるまが、凄まじい轟音と共に砕け散り、辺りに雪を撒き散らしながら崩壊する。


 大きさを増すことで強度が上がったといっても、全力を込めたサンタの一撃であれば、なんとか破壊可能な強度だった。


「カナン! 廊下に出るよー!」


 少しでも時間が惜しいカナンは、サンタ膂力を込めた蹴りで、部屋と廊下を繋ぐ壁を粉砕し、出口を作る。


「こっちは大丈夫!」


「おっけーい!」


 二人は急いで部屋を出て周囲の安全を確認する。しかし敵がどこにいるのか、それさえわからない。


「助けてくれてありがとう。さすがの強さだね」


「これくらい大したことないよー」


 安心したようなカナンと、笑顔のキャロル。対照的な二人だったが、考えていることは同じだった。


 他の部屋にいる子も同じ目にあっているかもしれない。


 いま二人がいる三階だけでも、廊下の左右に四部屋ずつで、計八部屋。いまいた部屋を除いて七つも残っている。


「手が回らない……遠隔操作しているとしたら、敵の本体を探さないと……」


「一つずつだね。人質取られると面倒だから、子どもたちの安全確保が先じゃないかなー。この操作精度だと目視でこっちを確認してるだろうから、危ないけどねー」


「そうだね」


 二人が方針を立てている間に、他の部屋で屋根が崩落する音が次々と聞こえてくる。


「時間がないねー。私が向かいの四つをやるから、カナンはこっちの三部屋をお願いねー」


「わかっ……」


 『わかった』。そう返事をしようとしたカナンは、吹き抜けになっている大広間の一階を見て言葉を失った。


 大広間の一階、一人の少女が二メートルを越す雪だるまに押さえつけられていた。口に雪を詰められ、声を出せないように……いや、舌を噛ませないようにしていた。


「ごめんキャロル……上の階は任せてもいい?」


 露骨な誘いだった。子どもを人質に取ることで、カナンかキャロルのどちらかをお引き出すことで分断しようとしている。


「罠と知りながら飛び込むつもり? だったら、私が行くよー。私の方が強いからね」


「強いからこそ、たくさん子どもがいるここを任せたいの。私の実力じゃ大勢の雪だるまを相手にして、全員を助けられない。だけどキャロルになら任せられる」


 カナンはさっきの雪だるまとの戦闘で理解した。自分一人では子どもたちを守りながら大量の雪だるまを相手にすることは不可能だと。


 それが可能なのはキャロルだ。さすがのキャロルでも簡単なことではないかもしれない。だがサンタとして、二人は分かれざるを得ない。


 一階にいる雪だるまは、あの子どもを殺すことは決してしない。殺してしまえば、誘い出せなくなるからだ。


 だが死よりも苦しいことならいくらでも、簡単に用意できる。


 眼球を抉る。四肢を切り落とす。あの雪だるまは容赦しない。凄惨な拷問を加えれば、サンタであろうとする二人は別れざるを得ない。そうすることでしか全員を救えはしないのだから。


「それが最善みたいだねー」


 キャロルはカナンが背負った二人の少女を受け取り、向かいの部屋の扉を開けた。


「悪い子はサンタさんのお願いなんて聞かないんだけど、今日は特別だよー。ちゃんと良い子にしてるからさ、この子たちのことは任せてー」


 サンタとして全員を救うと決めた二人は、敵の罠にはまることを躊躇しない。


 罠に飛び込めば勝利の確率は下がる。だからといって悪辣なサンタに屈するほど、二人は弱くない。


「みんなをお願い」



 キャロルに二階の子どもたちを託したカナンは、廊下を走りながらサンタ膂力を両脚に込め、吹き抜けを飛び降りた。


 少女に馬乗りになっている雪だるまは、躊躇いなく少女の右腕へ、氷柱の腕を振り下ろした。


「そんなこと、許されるはずがない!」


 サンタ膂力を込めたカナンのドロップキックが雪だるまの背中に直撃し、二メートルの雪だるまを四散させた。


「もう大丈夫だからね」


 素早く着地したカナンは少女の口に詰められた雪を取り出し、優しく頭を撫でる。


「うっ……ひっ……お姉さん、サンタさんなの?」


 その少女は殺されるのではなく拷問されるという、訓練されたサンタであっても耐えられない恐怖を前にして酷く怯えていた。


 カナンは危機的状況の最中でも、少女の恐怖を拭うことを優先した。


「うん。もう大丈夫だからね」


 カナンは天井の四隅から殺気を感じた。視界の端に見える一メートルの雪だるま。


「お名前はなんて言うの?」


「……えっ」


 カナンは自分の身に危機が迫っていることを理解しながら、少女の心を優先し続ける。


 ここで無理矢理彼女の安全を確保することは容易いが、それではきっと傷付けてしまう。


 いまここでこれ以上の恐怖を植え付けてしまえば、二度と立ち直れなくなってしまう。それでは生き残った意味がない。助けたとは言えない。


 だから危険を犯してでもサンタであることを優先した。 


「……ナナカ」


「ナナカちゃん、いい名前だね。絶対私がナナカちゃんのことを守るから、私のことを信じてくれる?」


 天井の四隅から一体ずつ、一メートルの雪だるまがカナンとナナカ目掛けて跳びかかってくる。


 差し迫った危機の中、カナンはナナカの答えを決して急かさない。理に合わない行為だが、こうすることがカナンの憧れるサンタの姿。危険を犯す理由として、それ以上のものはない。


「……うん、信じる!」


「ありがとう、ナナカちゃんは強いね」


 カナンはナナカに唇を重ねた。一秒と少し。ナナカを配達道具で支配した。


「身を任せて。絶対に大丈夫だから。走って!」


 カナンはナナカの体を操作して、食堂の方へと走らせた。四体の雪だるまはカナンの頭上五十センチに迫っていた。


 カナンはナナカとは反対に跳んで回避する。が、ナナカの心を優先した結果回避が遅れ、氷柱が体を掠め鮮血が舞う。


 雪だるまは二体ずつに別れ、カナンとナナカへ走る。


 カナンはこの程度のサイズの雪だるま相手なら手こずることなく、一秒とかからず二体まとめて始末する。


「いま行くからね!」


 ナナカの背中に雪だるまの氷柱が迫っていた。


 カナンはナナカの方へ地面を全力で蹴る。だがサンタ膂力を使い切っているせいで、速力が足りない。


 だが問題はない。ナナカの反射神経では氷柱を避けられないだろうが、サンタなら簡単に避けられる。


 カナンは無理な動作で体を傷付けないよう細心の注意を払いながら、ナナカの体を配達道具の能力で操作した。


 ナナカが地面を蹴り、宙に飛び、体を曲げる。氷柱がナナカの服を斬り裂く。だがその肌に氷柱が触れることはなかった。


「サンタをなめないで」


 ナナカを狙う二体の雪だるまの背後に拳を入れ、粉砕する。


「……サンタさん……」


 背後を振り向いたナナカの瞳には、自分を守るために血を流すカナンの姿が写っていた。


 カナンは食堂へと向うナナカに優しく微笑みかけ、その姿が見えなくなったと同時に立ち上がる。



 

 天井が崩れ、大小様々な雪だるまと共に除雪車が飛び降りてきた。


 それと同時に、孤児院全体が内部に空洞が広がる巨大な雪だるまで覆われた。


 二階と三階の間に、氷の壁が形成され、外に唯一繋がる北側までも隙間なく分厚い氷塊で覆われる。


 カナンは巨大な雪だるまの内部に閉じ込められたのだ。


 なんらかの方法で分断されるとわかってはいたが、これで完全にキャロルと別れてしまった。カナンは一人でこの状況を切り抜けなければならなくなった。


「無価値な子どもを守るために、傷を負うのですか。そんなにも見ず知らずの子どものことが大切ですか?」


「サンタであるあなたが……そんな言葉を口にするの?」


 除雪車の運転席に座る一人のサンタ。その姿にカナンは見覚えがあった。プレゼント配達を総括するイーティだ。


「初代サンタの意志など風化して当然だと思いませんか。継いだところで傷付くだけ。得るものなどなにもないままに」


 除雪車の周囲に広がる雪が吸収され、それが雪だるまへと姿を変え次々と発射され、周囲を埋め尽くしていく。


「あなたたちは初代サンタに感化され、私達に抗うことを選びました。その結果、子ども達をほんの少しいたぶるだけで、こうして罠にはまる。愚かなサンタを始末するのは、とても簡単なことです。貴女たちが死んだ後は、子どもたちを予定通りに使うだけ。抗うだけ無意味ですよ」


 除雪車の中にいるイーティは、目の前にいるサンタになんの興味も持っていない。


 奇襲して捕らえる予定が、直接対峙して捕らえることに変化しただけ。それ以上の感情はない。


「ルシアお姉様が殺しをするなんて珍しいって思ってた。だけどその気持ちがよくわかったよ。あなたみたいな人を、サンタにしておく理由が一つもない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る