第二部 第五夜 12/24 22:23

49話 Man of Frozen その1

「リコは全員を助けるって決めたみたい」


「いい選択だねー。だったら、私たちも少し計画を変更しなきゃだねー」


 カナンとキャロルは待ち伏せの可能性が最も高いと思われる配達先である孤児院を、マンションの屋上から見下ろしていた。


 二人の表情はさっきよりも晴れ晴れとしていた。サンタらしい決断をリコがしてくれたから。


 サンタ工房の注意を引きつけておくために、配達先へ飛び込む直前、リコから連絡があった。


 サンタ工房と完全に敵対した、と。そして、完膚なきまでに叩き潰し、この街にいる子どもたち全員を救うと。


 その道のりは長く、険しい。


 だがこうすることがサンタとしての最善。リコはやると決意した。カナンとキャロルも同じだ。


「工房はこの攻撃を予期していなかった」


「だから孤立している敵を各個撃破していくってのは、いい考えだと思うよー」


 サンタ工房にとって今日は、なんてことのない一日だった。


 彼女たちにとって、大勢の子どもを強化兵士に仕立てることは、それほど重要でもなければ、大きな仕事でもなかった。


 ただ自分たちの目的に向かうための手段でしかなかった。


 そんな取るに足らないとても小さなことで、サンタであろうとするリコたち五人を敵に回した。


 長期的に見れば、敵地で孤立しているリコたちにロメロは勝つだろう。


 だが混乱状態に陥っているいまこの瞬間に、ロメロの戦力を削ることができれば勝機が見えてくる。


 誘拐を行っているのはおそらく、ロメロの能力を知っているごく少数の配達道具を持っている工房のサンタたち。


 彼女たちがいつも通りに子どもの誘拐を行なっていたとすれば、効率を重視し、単独で行動している可能性が高い。


 そうして孤立している敵を合流される前に各個撃破していく。配達道具の性能で懲罰部隊を遥かに上回るサンタ工房の連携を完成させてしまえば未来はない。


 サンタとしての技量など一切関係なく、配達道具の性能差と物量で圧殺される。


 いま最も重要なことは、孤立した敵を見つけ出し、叩くことだ。


「それで、ここが待ち伏せの可能性が一番高いと思うんだけど、どうするー?」


 キャロルはカナンに問いかけた。突入するか否かを。

 

 二人が最も待ち伏せの可能性が高いと推理したこの孤児院は三階建で、北側に玄関である大扉があり、二階から上が子ども達の居住スペース。一階は玄関を入ってすぐに初代サンタに祈りを捧げる大広間になっており、そこから東西に廊下がある。


 東側にはキッチンと食堂が、西側には事務室と住み込みの職員が暮らす部屋があった。


 キャロルが待ち伏せの可能性が高いと判断した理由は、辺りに高い建物が多く監視することが容易であるからだ。


 孤児院への入り口が北側に面した大扉と窓しかなく、それ以外の三方が建物で囲まれ、壁を一枚、二枚砕いた程度では逃げられない。北側さえ塞いでしまえば、逃走経路のほとんどを殺してしまえる。


 待ち伏せをするには悪くない地形だ。


「遠隔操作できる配達道具で出口を塞がれたら詰むねー。どうするー?」


「そんなの決まってる。この程度ならいつも通りのプレゼント配達と変わらない。罠と知りながら正面突破するだけ。それにこっちから罠にはまらないと、無視されるだけ」


 リコがロメロと戦闘したのが五分前。その直後に待ち伏せしていたイーティに連絡していたとしても、カナンとキャロルの目を盗んでどこか遠くに逃げることは難しかったはず。


 二人はイーティを探したが、相手は配達道具を持たされるほどに優秀なサンタであり、見つけられなかった。


 ならばここはあえて罠にはまる。そうすれば、イーティの方から攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


「誘い出すっていうのも悪くないねー。イーティが逃げ出したなら、こっちに向かってるリコたちが見つけてくれるだろうし。だけど相手が私だったら失敗しちゃうよー?」


「そのキャロルがいるんだから問題ないでしょ。そんなことより、単独で行くか二人で行くか……」


「いまの状況なら二人で飛び込んだ方が良いと思うよー。二人同時に閉じ込められても、リコたちが来るまでの時間稼ぎをすればいいだけだからねー。それに完璧な罠なんてないよ。昔、正面突破してきたサンタさんがいたくらいだしねー」


 方針を決めた二人の少女は、屋上から孤児院の屋根へと飛び降りた。


 この数日間降り続けている雪は街中に積もっており、目につく限り全ての建物の屋根を白く染め上げている。


 マンションの屋上から孤児院の屋根までは三十メートル以上もあったが、二人は着地する際に気配や音さえも、一切発することはなかった。


「敵の気配は感じない」


「そうだねー。見られてる感じもしない……まぁ、視線に気付ける程度の相手だったら、そもそも苦労しないんだけどねー」


「そうだね。中に入る?」


「そうしよっか。罠を貼るなら、屋外よりも閉所にすると思うし」


 二人はサンタ感覚で屋内の様子を探りつつ、三階の窓を開け、中へと忍び込んだ。




 そこは東西の壁に一つずつ、薄汚れたベッドが配置された、狭く息苦しい子ども部屋だった。


「……やっぱり、良い環境じゃないね」


 カナンは左側のベッドで女の子の寝顔を見て、やるせなくそう呟いた。


 その女の子の肌にはムチで打たれたような傷があり、刃物で切られたような痕まで残っている。


 消えかかっている傷もあれば、昨日付けられたばかりの生々しい傷もある。それが意味していることは、こうした虐待が日常的に行われているということ。


 こんな環境で小さな子を成長させるわけにはいかない。


「助けてあげられるかな」


「そのために来たんでしょー」


 キャロルは西側の少女の様子を観察していた。布団を捲ったり、体に触れたりと、良識的なサンタであればしない触り方だが、イーティは子どもの方に仕掛けを打っているかもしれない。


 カナンも東側のベッドで眠る女の子の体に異常がないかを調べつつ、身に付けたサンタ衣装からプレゼントを取り出し、女の子の胸元にある小さなポケットに入れた。


「倉庫にいる時から疑問だったんだけど、これから助けるのにわざわざプレゼントを配るの? 一応戦闘中だし、手短に済ませた方がいいことくらい、カナンならわかってるでしょー?」


「うん……だけど、サンタの都合で家族を失って、住んでた家をこれから失って……だから、目を覚ました時に、少しでも希望を感じてくれたら嬉しいなって……」


「いいサンタさんだねー」


「どうだろうね……こんなことで、気持ちを救えるなんて思えないけど……」


「サンタさんからプレゼント貰えたらそれだけでいいんだよー。私なんてサンタさんからちゃんとプレゼント貰ったのなんて一回だけだし、その貰い方も辻褄合わせるような感じで、プレゼントもボロボロで……だけど嬉しかったよー」


 そんなことを言うキャロルは彼女にしては珍しく、寂しそうな瞳をしていた。


 キャロルがわざわざ修繕してまで大切にしているボロボロの人形。


 それは闇の中でしか生きることを許されなかったキャロルに初めて許された、ただ一つのクリスマスらしい贈り物だった。


 サンタ狩りをする悪い子で、異端サンタの血を引いていると知っても、最後は子どもとして扱ってくれた。それがちょっと幸せだった。


 カナンはキャロルにされたことを許したわけではない。だが彼女が背負った悲しみや孤独は察するに余りある。




 カナンは自分で包もうとして七回失敗し、ようやく完成した、キレイにラッピングされた手の平に乗る小さなプレゼントボックスを躊躇いがちに取り出した。


 いつ渡そうか迷っていた。サンタの仕事を終えてからがいいと考えていたが、サンタ工房との戦闘はこれから激しさを増していくだろう。長引けば明日になってしまう。


 それどころか、最悪の場合どちらかが死に、二度と渡せなくなるかもしれない。そうなったら必ず後悔する。


「キャロル」


「なにー?」


 カナンは照れながらキャロルへプレゼントボックスを放り投げた。


「メリークリスマス。今年は、まぁ、キャロルにしては良い子にしてたからね。だから来年もまたあげるよ」


「……あはは。とっても嬉しいんだけど、慣れてないからどう反応したら良いかわかんないねー」


「嬉しそうにしてたらいいの。サンタが望むことなんて、それだけだよ」


「そうだね……そうだよね。ありがとう。帰ったら開けさせてもらうねー。大切にするよー」


「そうしてくれると嬉しいかな」


 いつサンタ工房に襲われてもおかしくない状況だというのに、一刻も早く敵を見つけ合流される前に叩けねばならないのに、二人はただクリスマスらしいことをしていた。


 状況的にも、物質的にも、決して恵まれたクリスマスではなかったが、気持ちは確かにクリスマスだった。

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