44話 恵まれたプレゼント配達 その2
「誰にも見られていないな」
「大丈夫。私達も、ジェシーもつけられていないよ」
リコとセイレンの二人は、あらゆる角度からの尾行、そしてプレゼント配達中のサンタに姿を見られることを警戒し、気を配っている。
それだけの作業を行いながら、二人はソニアよりも速い。それどころか、尾行対象のジェシーや仲間のソニアに合わせ速度を落としている。
それでも二人の洗練された動きについて行くのがやっとなソニアは、早くも息が上がっていた。
プレゼント配達をするジェシーを尾行するのに、ソニアの配達道具は目立って使えない。
尾行することに慣れていないソニアは、気配を消すだけでも気力と体力を使う。だというのに、リコもセイレンも、動きがとてつもなく速くて正確だ。
空飛ぶソリで配達を行うジェシーに追いつくのは、熟練のサンタであればそう難しいことではない。
だが気配を消しながらとなるとそうもいかない。経路や動きが制限されてしまうからだ。
「今のところ何も起こらないね。カナン達からも連絡がないし、ナッツの言葉に踊らされたかな?」
「それが最善だ。戦闘などしないで済むのが一番良い」
ジェシーは既に五件の配達を終えている。それらは全て一軒家であり、情報通りなら誘拐が起こらない場所だ。
「空振りでしょうか。ナッツの証言と、ジェシーが調べた状況証拠だけですから、ありえなくはないのかもしれません」
「そう祈りたいところだね」
セイレンはそんなことを言いながら、降りしきる雪の性質を調べている。
どの程度触れれば溶けるのか、不純物がどの程度含まれているか。雪を溶かし、液体にすればスライムになる。
場合によっては、この天候は有利に働くかもしれない。その為にも、雪の調査は必要だ。
「ジェシーが動いた。この六軒目を終えれば、彼女は孤児院に行く。警戒を怠るな」
ルシアやカナンの配達実績を分析したことのあるリコは、ジェシーの下級サンタとしての能力が、高くないことを察しった。
とにかくペースが遅い。体の動きも悪い。一年前に保護した直後のソニアよりも劣る。そういったレベルだった。
下級サンタに志願して一年目のソニアと、下級サンタとして最低でも三年は働いているジェシーの二人を比べて、ジェシーの方が下だという事実が、この地域の治安を象徴している。
つまりジェシーはこの三年で実戦経験をほとんど積めていない。それはサンタとして本来正しいことのはずだが、今の時代において正しいサンタであろうとするなら、求められるのはサンタらしさよりも戦闘能力だ。
それがなければ、正しさを貫くことなど、到底できはしないのだから。
「ナッツはどうなっている?」
「透明化した状態でアカリちゃんと一緒に、バルテカ駅にある駐車場にいます。ちゃんと守っていますね」
「アカリちゃんを託して良いか迷ったけど、少しはサンタらしいところもあるわけね」
懲罰部隊の五人が救出活動を行うと、アカリを守る者がいなくなる。
街から子ども達を連れ出す時に、透明化能力を使わせてもらうことを説明した際、ナッツの方からアカリの護衛を申し出てきた。
カナンの支配下にあるとはいえ、隙を見てアカリを人質に取る気かと考えていたが、本当に護衛してくれている。
というより、この救出作戦にかなり協力的だった。どうせ保護した子どもたちを透明化させ続けるのだからと、トラックの運転まで引き受けてくれた。
それどころか、救出の準備が整った合図があるまでは、離れた場所で待機しておくと、気を利かせてくれた。
ナッツたちは兵器開発局として、無数の家族を引き裂いてきたのは間違いないだろう。だが任務外ではサンタらしくあろうとしているように思えた。
所定の配達ルートに従い、ジェシーが向かったのは、街の西端にある孤児院だった。そこは、彼女が去年も担当した配達先であり、おそらく今夜誘拐が行われない場所。
「こうして見ているともどかしいね。分析力もあって、なによりたった一人でも危険を犯せるだけの実行力がある。だけど、あんな動きじゃすぐにバレるよ」
ジェシーは根本的に気配の消し方がわかっていなかった。音だけを消しているのだ。
影の位置や、相手のサンタ第六感を考慮していない。それでは隠れているとはとても言えない。
リコ達はジェシーを救う為に、少し策を打った。
ジェシーにはこの孤児院で誘拐が起こると、カナンの能力で信じ込ませておいた。
そうすることで、極力彼女を目立たせないようにし、プレゼント配達を完了させ、その後保護する。
プレゼント配達を休ませたり、途中でやめさせてしまえば、サンタ工房に勘付かれやすい。
だからプレゼント配達は完遂させ、その後消去した記憶も含めて事情を話し、下級サンタを引退するという形で保護する。
保護する条件が整う前に、サンタ工房に始末されるそうになったら見捨てる。そう決めた。
「下級サンタには埋もれている人材が多いってことが、最近ちょっとずつわかってきたよ。ちゃんと教育されていないから、荒削りで中途半端な我流が多くて、その中から一部の優秀なサンタだけが生き残る。だから何年も生き残っているサンタは総じて実戦的だけど、育成効率は悪い」
「……リコ達やカナンと出会わなかったから、私はもう死んでいました」
「そうだね……ちゃんと育てれば配達道具を持てるまでになる人材が使い潰されてる。カナンはああ言ってたけど、ちゃんと育てたらジェシーも最低限の戦力にはなるよ。あんまり良い表現じゃないけど、もったいない」
リコ達は屋根で中の様子を確認しているジェシーを監視している。
ジェシーがこのまま目立たず配達を終えたらナッツを呼び、中の子どもたちを救出する。
そのつもりだった。だが、奇妙なことにジェシーは一向にプレゼント配達を始めない。
確かに誘拐が起こることを信じさせてはいるが、ジェシーの思考パターンを解析した限りでは、プレゼント配達に移ってもいい頃だった。
「変だな。中で何か見つけたのかもしれない」
「ありえるね。ここで誘拐が起きないっていうのも、推測でしかないわけだし」
可能な限り目立たず、安全に、救える範囲だけを救う戦略を選んだリコたちは、誘拐を行うサンタ工房と鉢合わせたくなかった。
ジェシー以外のサンタから事情を聞くわけにはいかず、こうして彼女の情報に頼り、確実に救出可能な場所を選んだつもりだった。
「車が一台近付いてきてる……まずいね、リコ……」
セイレンが孤児院に近付く車の運転席を見て、言葉を詰まらせた。
助手席に座るロメロ。運転手を務める秘書のアリス。
「最悪だ……読み間違えた……」
「ど、どうしますか!?」
完全に読みを外した三人は、素早い決断を迫られた。
ここで誘拐が行われるかはまだわからない。だが、一つ確かなことがある。
この配達先は罠だった。おそらくサンタ工房のことを調べ回る、ジェシーをロメロが直接捕らえる為の。
なぜ彼女を泳がせたのかはわからないが、極めて危険な状況であることは確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます