第二部 第四夜 12/24 21:57
43話 恵まれたプレゼント配達 その1
リコ、セイレン、ソニア。そして、アカリとナッツは街の中心部にあるバルテカ駅にいた。
「未だに信じられないんだけど、本気でそんな割りに合わないことをするつもりなの?」
トラックの運転席に座っているナッツが、呆れたようにリコに問いかける。
リコは迷うことなく、言葉を返した。
「そうだ。皆で決めたことだ。何よりもサンタとして、決めたことだ」
ナッツがリコたちに強化兵士のことを伝えたのは、ロメロを殺して欲しかったからだ。
いまなら、サンタ工房に連れて行かれたパイン、クルミ、アリー……三人の家族を取り戻せるかもしれない。
それが無理でも、懲罰部隊とサンタ工房が敵対してくれれば、兵器開発局は懲罰部隊と同盟を結べる可能性が出てくる。
そうした打算からの行動だったが、リコたちが下した決断は、子どもたちを助ける。ただそれだけだった。
それはナッツの想像を遥かに超えた、議論に値しない選択。
「サンタとしては素晴らしいと思うよ。だけど正直期待はずれ」
「だろうな」
アカリは助手席で眠っている。さっきまで目を覚ましていたが、明らかに日々の疲労が出ている。
リコ、セイレン、ソニアは計画の最終確認を行っていた。
「ナッツ、貴公に個人的な質問をしてもいいか?」
「独り言として聞き流すだけだよ」
「貴公らが工房と戦うことを決意したのは……復讐なのか?」
リコはナッツの両親がサンタ工房に殺されたことをさっき知った。これからの救出作戦への協力を彼女に要請した時に知った。
「それも大きな理由だけど、初代サンタの遺物を使えば時間を戻したり……実在するのか知らないけど、魂を呼び戻すとか……とにかくすごい力で家族の時間を取り戻したかった。それだけ」
家族をサンタの手で引き裂かれたのは、アカリだけではなかった。ナッツも、そしてリコもそうだった。
それはもう二度と戻らない時間。どれほど細い可能性だったとしても、取り戻せるかもしれないとなれば、それに縋る気持ちは痛いほどわかった。
「そうか……」
リコには返す言葉が見つからなかった。ナッツの家族を、リコは捕虜を引き渡すという形で引き裂いたのだ。
自分を殺そうとしてきた敵だから構わない。そう簡単に割り切れるほどリコは賢くなかった。
「そろそろ時間みたいですよ」
緊張で少し声が震えているソニアの声が聞こえる。
「ナッツ。アカリのことを任せる」
「昨日の今日で、よくそんなお願いできるね……」
ナッツは怒りを通り越して、呆れながらリコに手を振る。
戦争に巻き込んで無関係の人を殺すことをナッツは躊躇わないが、隣で眠る女の子を、理由もなく手にかけるほど落ちぶれてはいない。
ナッツはサンタとしての一線を既に超えてしまっているが、それでも彼女なりに譲れない一線が確かにあった。
※※※
カナンとキャロルは町のはずれにあるプレゼント倉庫の更衣室にいた。
そこはカナンとルシアがサンタ人生の大半を過ごした、劣悪な倉庫とは比べ物にならないほど恵まれたプレゼント倉庫だった。
外は気候操作で気温が氷点下にまで落とされおり、積もるほどに雪が降りしきっている。
そんな天候であれば、二人のいたプレゼント倉庫では氷柱が張ってしまうのが普通だったが、ここでは気温が適温に保たれており、そんな心配はなかった。
「場所によってここまで環境が違うとはね……」
配達先のリストを受け取ったカナンが、複雑な表情でそんな言葉を零した。
辺りには下級サンタが何人もいて、その全員が綺麗な装飾が施されたサンタ衣装を身につけている。
二人が貸してもらったサンタ衣装も、隅々までちゃんと手入れが行き届いており、防寒機能までついている。
この地域全体に経済的な余裕があることが、下級サンタの装備という形で如実に現れていた。貧困な地域だったり、格差のある場所だと、下級サンタの環境は酷いものになる。
サンタの仕事が配達するプレゼントの質と量による歩合制であり、下級サンタの配達先である一般家庭が裕福であればあるほど、彼女達の報酬も増える。つまり、装備に回すだけの余裕が生まれる。
あまり裕福とはいえない地域の担当だったカナンが、まともな装備でプレゼント配達に出発するのは初めてのことだった。
そんな中級サンタ以上であれば当たり前の環境を、懲罰部隊に入ってからしか手にできなかったという事実が、カナンをなんとも言えない気持ちにさせた。
おまけに今日は真っ当にプレゼント配達を行えるわけではない。
カナンがサンタらしくプレゼント配達を行える日はまだまだ遠い。
「こんなにまともな装備をしたサンタさんが来てくれたことなんてほとんどなかったよー」
「軽く中級サンタ並みの装備はあるよね。装備以外の部分が過酷なんだと思うけどさ……」
カナンとキャロルは廊下を歩きながら、辺りにいるサンタを観察する。
その中には、昨日の駅にいたサンタが何人かいる。
下級サンタは良くも悪くも、サンタ協会から見捨てられている。それはサンタ組織の思惑に左右されにくいということでもあったが、どうやらこの地域の下級サンタはサンタ工房との繋がりが強い。
それがさらなる装備の充実に繋がっている要因の一つでもあると二人は推測する。
だが、当然良いことばかりではない。昨日、下級サンタが駅に集められたという扱いを考えると、サンタ工房が行うサンタらしからぬ行いに加担させられている者も多いだろう。
この中に孤児院の子ども達の誘拐に加担しているサンタがいてもおかしくない。
金を積まれたり、あるいは組織や派閥の中に留まるために、平気で子どもを喰い物にする下級サンタは多い。
それが嫌で、そうしたサンタと距離を置いていた結果、カナンは孤立した。
「私が見る限りでは特に面白みのない配達先だけど、ベテランサンタのカナンから見るとどんな感じ?」
「言うことなし。というより、今までで一番まとも配達先だよ」
高層マンション一棟丸々を担当するなど、確かに時間的な猶予は少ないが、刑務所の中やスラム街の奥地のような、危険で時間のかかる場所は一つもない。
他の下級サンタも同じかはわからないが、街の様子から考えると全員が同じようなものだろう。
「それと私はベテランサンタじゃないからね。結局、ルシアお姉様の成績に勝てたことは一度もなかったし」
「でもルシアがいなかった年は、成績一位だったんでしょー?」
「いつものルシアお姉様の成績には届いてなかった。だから結局、目標には届かないまま……それに、マナちゃんのところには連れて行ってくれなかったし……あんまり頼りにされてなかったのかも」
「あの人のこと全然知らないけどさー、カナンを危険なことに巻き込みたくなかっただけでしょー」
「……それはわかってるけど……巻き込んで欲しかった……」
「そういう気持ちはわかるけどねー」
憧れのルシアが自分の知らないところで、サンタらしい決意を固めて、そのことに関して一言も交えないままに姿を消してしまった。
状況的にどうしようもなかったのも理解しているし、リコに自分のことを頼んでくれたのだから、最後まで気にかけてくれていたのもわかってはいる。
それでも、知った時には全て終わった後、というのはあまりに寂しかった。
ルシアがサンタとして勇気を振り絞ったのなら、自分だってそうしたのに。そんな気持ちがこの一年、ずっと頭の中で木霊している。
ルシアは自分のわがままにカナンを巻き込むことを、申し訳なく思ったのだろう。
その気持ちはわかるが、そんなことで気を使い合うような関係ではないつもりだった。
現状に不満があるわけではない。ただ、ルシアへの憧れ、サンタとして追いつきたいという願い。それがカナンの感情をややこしくさせている。
ずっと頭での理解と感情が噛み合わないままだ。
「それにしても、プレゼントの配達競争っていうのも楽しそうだねー。暇になったら三人でやろうよー」
「悪い子のキャロルがプレゼント配達なんて、サンタらしいことするの?」
「それもそうだねー。それじゃ、私はサンタさんにプレゼント運ぶよー」
「子どもにプレゼントをもらうなんて、サンタとして屈辱ね。確かに、悪い子のすることに相応しいかも」
「でしょー!」
そうして二人は他愛もない会話をしながら、プレゼント置き場に着いた。
そこはカナンの記憶にあるプレゼント置き場とは様相が違った。
サンタそれぞれの名札をつけられた配達袋が中央に並べられ、倉庫の端には配達用のソリや、バイク、車など多様な装備が、それぞれの好みで使用可能なように配備されている。
「言葉を失うってこんな感じなのね……現実感が全くないんだけど」
カナンは自分の名前が書かれた配達袋の中を覗きながら、呆然としている。
中に入っているのは、中身の出ていない可愛いぬいぐるみ。プレミア価格がつくわけでもない時代遅れのテレビゲームではなく、今年のクリスマスシーズンに合わせて発売された物。
そんなまともなプレゼントがたくさん詰め込まれていた。
しかし底を掘り起こすと、そこにあるのは孤児院にいる子ども達用のプレゼント。
拉致し、改造し、兵器にしている扱いを考えれば当然だが、そのプレゼントはとてもプレゼントとは呼べないほど、悲惨な物だった。
「こういうの見るとさ、サンタってなんなのかなって思うよね……プレゼントを配ることが、サンタとして本当に大事なことじゃないって、わかってはいるけどさ……」
サンタが子ども達にランクをつけている。殺しても構わない子。良いプレゼントを届けて、機嫌を取る方がサンタ協会として得になる子。そんな風にサンタの側が差別している。
そんなことと無縁であることがサンタの誇りだと、カナンは信じていた。
「もらう側としても、あんまり良い気分はしないよねー」
カナンは暇を見つけて用意しておいたメッセージカードを、可能や限り多くのプレゼントに差し込んでいく。
それはルシアから伝えられた一つのサンタらしさだ。
「配る余裕があると良いねー」
「……そうだね。自分でやってることだけど、こんなことしてる場合じゃないってわかってるのに……下級サンタの悪いクセだね」
「配達先で罠にはまれるとは限らない訳だしさ、その時は普通に配達すれば良いじゃない?」
「……ソニア達が頑張ってる時に、そんなことしてて良いのかなって……」
「それじゃ、その時考えるということで! のびのびやればいいんだよー」
一歩間違えれば、サンタ工房に拉致される。
そんな危険に飛び込もうというのに、そんなことを感じさせない、いつもの明るいキャロルが、自分の体格と同じくらいの配達袋を背負い、夜の街へ歩み始めようとしている。
「それよりも、早く出発しようよー!」
「ちょっ! わかってるから! だからそんなに急がないで!」
カナンはその後を追いかける。いまこの瞬間だけは、二人はまさしくサンタとして、そしてサンタらしく、クリスマスを謳歌していた。
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