42話 取り残された者達 その2
「ただいまー。全員揃って賑やかだねー」
午後一時を過ぎた頃、キャロルがリコたち四人のいるホテルの部屋に戻った。
リビングに全員が集まる中、キャロルはテーブルの上に地図を置いた。
「その様子だと何か掴んだ感じだねー」
「カナンとソニアが掴んでくれた。それで卿は調べはついたか?」
「抜かりはないよー。地図に書いてある通りだけど、取り立てて危なそうな配達先はなかったねー」
リコからの質問にキャロルは自信を持ってそう答える。
「それと私たちが護衛してあげた兵器の行方を調べてたんだけど、昨日の夜から変わらず町中に散らばったままだね。何かの配達道具で一斉操作するんじゃないかなー。戦うつもりならサンタ戦で使われることも覚悟しといたほうがいいよー。それで、これからどうするかは決めたの?」
「おおよその方針は見えた。工房の支配が街全体に及んでいることから、アカリちゃんも含め、孤児院に戻す選択肢は取れない。街の外に連れ出すしか方法はないだろう」
「ソニアと別れた後にジェシーを支配してから、念の為に色々と聞いてみたけど、追加情報はなかった。その後、孤児院を色々と回ったけど、一箇所に三十人前後が暮らしてる……収容されてるって方が正しいかな。ロメロの配達道具の目印かもしれない痣は誰にもなかった。今夜助ければ、なんとか間に合う」
「状況証拠だけなのは副官としては不満だけど……可能性が見えたならやるしかないね」
本来ブレーキ役であるセイレンが、諦めたように、だが少し嬉しそうに、やると決意している。
それぞれ考え方も違えば、実力も違う五人だが、目指す先は同じだった。
「街を出る方法については目処が立ったよ。大型のトラックを用意して、それをナッツの能力で透明にする。それて脱出する方法が一番安全かな」
「悪くないねー。それで、どこの子たちを助けるのー?」
「ジェシーが配達を行う孤児院を一ヶ所だ。そこなら工房と鉢合わせする可能性が少ない。そしてアカリちゃんのいる孤児院。この二つに絞ろう。おそらくそれが限界だ」
苦しそうに、どんな形であれ見捨てるということを割り切れてはいないという口調で、リコは決断を下した。
街を出る方法にナッツの配達道具が利用可能なことに気付いたこと。人を運ぶことには向いていないが、トラックを用意できたこと。
この二つの要素のおかげで、最初は数人が限界だと考えていたが、数十人までなら安全に連れ出せる可能性が見えてきた。
数十人の子どもたちをどう保護するのか、それはまだ見えていない。だがいま連れださなければ、早ければ今夜。遅くとも次のクリスマスまでに命を落とすことは決まっている。
「辛いけど仕方ないねー。それで肝心の孤児院からどうやって子どもたちを運び出すつもりー? どう助けるか未定のまま進めてたけど、結果的にやってることはこっちも誘拐だし、これって結構問題だよねー」
「どれだけ酷い環境だろうと、家を奪う訳だからな。恨まれるだろうが……恨まれてこその懲罰部隊だ」
全てわかっているリコたちからすれば、街の外に連れ出すことは正しい選択だが、本人たちにとってもそうとは限らない。
満足な食事も与えられず、暴力を振るわれているのだとしても、そこから無理矢理連れ出すのだから、当事者からすれば充分に暴力的な行いだ。
だからリコたちは恨まれるべきだ。そしてきっとそれは、懲罰部隊には相応しくない、いい恨まれ方だ。そう信じて、善いサンタであろうとするだけだ。
「穏便に済ませたいから、助け出すのは今夜、誘拐が行われない場所にするけど、何が起こるかわからない。陽動が必要になった時に備えて、プレゼント配達を受けて貰いたいんだけど……」
セイレンはそこまで言ってから、カナンのことを見つめる。この中でプレゼント配達を受けて最も不自然でないのは彼女だ。
「わかった。助けるだけなら全員は必要ないもんね。久しぶりにプレゼント配達もやりたいし」
「だが工房による拉致に備えるのなら、一人では危険だ」
「だったら私がカナンの護衛をするよー。待ち伏せには慣れてるし、一番強い私が、一番危ないことする方が効率良いでしょー?」
「そうだな。卿が適任だ。プレゼント配達はカナンとキャロルの二人に任せよう」
リコは決して陽動とは口にしない。だってカナンはサンタなのだから。サンタに陽動という言葉は似つかわしくない。
「頼りにしてるよ、キャロル」
「カナンのことは任されたよー!」
キャロルは最も危険な役割を、自分が強いという客観的事実だけで率先して引き受け、子どものようにはしゃいでいる。
極めて優秀なサンタであるカナンだが、任務では彼女を遥かに上回るキャロルに助けられてばかり。
カナンはキャロルを頼りにしているし、今日も手を貸してもらうつもりだ。
それでも実力的にそうならないことも自覚してはいるが、カナンはどうしようもない場面に直面した時、キャロルを守ると誓っている。サンタとしてだ。
「それと陽動とは言っているけど、工房からの待ち伏せがあれば、迷わず撃退して、捕らえて。工房が懲罰部隊を襲撃してきた事実は交渉に使えるから」
セイレンの言ったことは、この場にいる全員が理解している。
ハイサムの配達道具の行方を聞き出す為の襲撃。そんなことが明るみに出れば大問題だ。
その襲撃を乗り切ってしまえば、サンタ工房の弱味を握れる。
襲撃の事実と引き換えに、子どもたちの安全を保障させるのは、かなり現実的な交渉プランのひとつだ。
懲罰部隊との全面戦争を防げるのなら、強化兵士の生産をストップする方がいくらかマシなはずだ。
だがサンタ工房が仕掛けてくるとすれば、勝つと確信し、尋問の記憶も消せる保証がある時だけ。
そんな相手からの襲撃に勝つことでしか生まれない選択肢の時点で、現実的ではなく危険な賭けであることは間違いない。
だがカナンとキャロルの二人なら、多少の不利は覆し得る。あまりに危険すぎるためやらせたくはないが、上手くいけば全員救える、文句の付け所のないハッピーエンドへ繋げられる。最後まで持っておくべき選択肢だ。
「それで具体的な救出方法だけど、下級サンタによるプレゼント配達が終わった後がいいと思う。これなら明日の朝まで発覚を遅らせられる」
「カナンが言うなら間違いないね。プレゼント配達の完了を見届けてから、子どもたちを透明化させて、トラックに運び込もう」
この展開を読めていた訳ではない。本当に偶然だが、ナッツの能力はかなり役に立つ。彼女の配達道具がなければ、ここまで現実的な計画は立たなかった。
「大体計画は練り終わったねー。それじゃ、後は細部を詰めてく感じかなー」
作戦も大枠は完成した。その時、リコが現実的ではない提案を行った。
「……それに関してなのだが……これは完全に私のわがままなのだが……ジェシーを可能ならば救いたいと考えている」
リコがとても言いにくそうに、だが強い意志を持って、そんなことを口にした。
直接話をしたカナンとソニアにとって、ジェシーを見殺しにするのは過酷な決断だった。交わした時間は十分にも満たないが、善きサンタだった。
それだけにリコの提案は願ってもない話だったが、どこかに違和感があった。
優しいリコが善くあろうとした下級サンタを救おうとすることに違和感はない。ただ、なんとなく、いつもと違う感じをその場にいる全員が感じていた。
「ジェシーは確かにいサンタだけど、優秀なサンタじゃなかったよ。だから懲罰部隊としてはたぶん役に立たないよ?」
カナンが言いにくそうにしながらも、そう付け加える。ジェシーの独力で調べ上げ、助けを求めた行動力をリコは買っているのかもしれないと思ったからだ。
そうだとしたら、きっと期待外れの結果になる。
「わかっている。だからこそ、私のわがままなのだ」
セイレンだけがリコの些細な違和感、その正体をぼんやりとだが理解していた。
一度も会ったことのないジェシーに、リコは幼い自分のことを救ってくれた二人のサンタを重ねている。
配達先を変えられたことに違和感を覚え、助けに行こうとして、死ぬ。
こじつけと言えなくもない共通点だが、リコはそれを無視できていない。
リコはサンタとしても子どもたちの未来を守りたいと、本気で願っている。それと同時に優しいサンタのことも、子どもたちと同じくらいに、助けたかった。
善きサンタも救いたいのは皆同じ。だがリコはその気持ちが、人一倍強い。
目に焼き付いて離れない、過去の記憶。それを二度と繰り返させたくなかった。少なくとも、目の前では。
「わかってるならいいの……だったら私からもお願い。可能ならジェシーを助けてあげて。死なせたくないの」
「もちろんだ。状況が許せば助け出す」
可能な限り理屈で動こうとするリコには珍しい、百パーセント感情に基いた言葉。それが違和感の正体。
セイレンはいまのリコを、少し危ういと感じた。サンタの世界は感情で動いて生きていける世界ではない。
確かな情報と深い洞察。そして研鑽を重ね、磨き上げた実力。それだけを頼りに、懲罰部隊として二人は生き残ってきた。
リコの傍らで長年副官を務めてきただけに、彼女の気持ちはよくわかる。だからこそ、無謀なことをするようなら、力づくでも止めなければならない。
セイレンは表情に出さず、そう固く誓う。セイレンは自分の役割を理解している。
リコほどの実力を持つ隊長に必要だったのは、上級サンタによる身元の保証。そして普段は極めて冷静でありながら、突かれてしまえば一瞬で我を失うほどの、弱点を抱えたリコを支えること。
いつでも冷静に物事を俯瞰する立場でだ。
セイレンは自分がずば抜けて優れてはいないことを自覚している。戦闘能力はリコやキャロルに大きく離され、サンタとしての覚悟もカナンほどには強くない。
セイレンは自分のことを代わりを見つけることは難しいが、代替はいくらでも効く人材だと客観的に評価している。
リコのそばにいるのは、彼女の身元を保証できる上級サンタであれば誰でもよかった。リコが我を失いそうな時でも、物事を冷静に、俯瞰して考えられるのなら、より理想的。
セイレンはそれだけに、いま自分にしか出来ない役割は、絶対に果たすと決意している。
戦略的には何の得にもならない子どもたちの救出作戦を、セイレンが支持しているのは、将来的にリコの役に立つと考えているからだ。
危険を冒し、少数であったとしても子どもたちをサンタ工房の魔の手から救った。そのストーリーは善きサンタを惹きつける。
革命を起こすにはカリスマ性が必要だ。いまのリコはただの優しいサンタでしかない。そばにいる隊員に優しく、子どもたちを救おうと奮闘する。
少しでもリコのことを知れば、誰でも彼女のことを好きになるだろう。
それだけでは革命を先導するには全く不十分だ。リコと会ったこともない、彼女の名前もはっきりとは知らない者すら惹きつけ、死地に自分から向かわせるほどの何かは持っていない。
それがなければ、いまの腐敗し切ったサンタ協会は変えられない。
リコに足りていないのは力もそうだが、彼女に着いていけば必ず世界を変えてくれると確信させてくれるだけの、圧倒的な光だ。
今日、子どもたちを助けられればそれが手に入るかも知れない。セイレンはそれを期待している。
リコは屍を踏み越える道を望んではいないだろうが、サンタ協会を変えるとはそういうことだ。
「……死なせはしない」
リコが虚にそう呟く。
ルシアの時は、リコが突っ走るのを止められなかった。
結果的に、ルシアを助けたストーリーはリコの正しさを補強した。だが、次もうまくいくとは限らない。
例えリコに恨まれることになったとしても、今度こそ自分の役割を全うする。セイレンは心の中で、一層強くそう誓う。
無謀は先を征く者に必要不可欠だが、本物の無謀は無意味に命を落とさせる。
それを止めるのが、セイレンの役割だ。
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