41話 取り残された者達 その1
「この街には孤児院が多いんです。戦争で親を亡くした子どもたちを国中から引き取って育てています。表向きは……」
ジェシーの言葉はこの街がサンタの庇護下にあるから日の当たる場所は平和なだけで、一歩街を出てるか、影に踏み入れてしまえば、人が殺し合っているという現実を思い出させるものだった。
「……プレゼント配達をこれまでに二回したことがあって、二回とも同じ孤児院に行ったんです。そしたら、中にいる子が毎年全然違って……確認したら九割以上の子どもが行方不明になっていました」
「工房が子どもを攫ってるの?」
「状況証拠しかありませんが、そうだと思います。行方不明になった時期もそれぞれ違いました。ただ、私以外が担当の孤児院では、クリスマスイブの夜に行方不明になる子が多かったです」
「……私が属していた下級サンタの派閥に、クリスマスの混乱に乗じて配達先の子どもを誘拐しているサンタがいたらしいです……」
ソニアが心苦しそうに下級サンタの闇を吐露している。カナンもそんな噂を聞いたことはあったが、それが現実のことだとは信じたくなかった。
「……二ヶ月ほど前に戦線での写真がネット上に出回ったことがあって、そこに私の担当した孤児院で行方不明になった子が写っていて……」
ジェシーが悲惨な現実を前に泣き崩れそうになっている。
カナンとソニアは孤児院にいる子どもたちを強化兵士へと作り変え、戦線へと送り込んでいるという話が真実なのだと確信した。
配達道具で身体能力を強化するなら子どもと大人の間に差はほとんどないだろう。それなら小さい子どもの方が都合がいいはずだ。
ゲリラ戦でよく使われている手段だと理解していても、子どもが相手だと本能が油断してしまう。
それに小さいことはそれだけで目立ちにくくなるうえに、ダクトなどの狭い通路を通ることも可能だ。
小さいことの欠点は肉体能力が低いということだが、それを補えるのであれば、小ささの欠点はない。サンタ並みの身体能力を持っているとなればなおさらだ。
この街は国中からサンタの手で身寄りをなくした子どもたちを集め、強化兵士へと造り替える工場と化していた。
サンタ相手であればあってもなくてもほとんど変わらない、街を取り囲むやけに頑丈な防壁は、兵器開発局による砲撃などで死者を出すことが、生産効率の低下に直結するから設置されている。
見た目こそ豊かで平和な街だが、一皮剥けばサンタの支配下にあるという血に塗れた現実が露わになる。それがサンタに支配された街の運命だった。
「どうしたらいいのかわからなくて……今年は配達先を変えられて手が出せなくて……きっと今日の夜に攫うつもりなんです……」
ジェシーの脳裏に焼き付いて離れない、去年のクリスマス、孤児院で目にしたボロボロの子どもたちの姿。
サンタの手で悲惨な過去を背負わされ、過酷な生活を余儀なくされた彼女たちの大半が、今夜サンタ工房に攫われ、命を奪われ、命を奪う兵器に変えられる。
あまりの理不尽を前に、ジェシーのサンタとしての心が彼女を突き動かした。
今日か明日、自分の命はなくなっている。だとしても、誰かを救えるのなら……それが、ジェシー自身で選んだ、サンタとしての選択だった。
「事情は理解したし、その読みは外れてないと思う。それでジェシーはどこが怪しいと考えているの?」
カナンはジェシーに地図を差し出す。彼女は去年の配達先を淀みのない動きで記入していく。
「この街の孤児院を私が調べた限りでは、一年で保護した子どもの数と行方不明者数の差がどこも十人以内でした。なので全て怪しいです」
「疑われないようにするつもりさえないみたいですね」
「その必要がないから……最悪なことにね」
サンタに勝る力などこの世界に存在していない。そんな状態で誰がサンタによる暴虐を取り締まれるだろうか。
証拠がどれだけあろうとも、圧倒的な力の前では無意味だ。
力を持っているからこそ、サンタ同士での自浄作用が重要であったはずだが、そんなもの現在のサンタ協会には存在しない。
「一つ質問なんだけど、配達した時に子どもたちの状態を調べさせられなかった?」
「この街のサンタは全員していますけど、何か変なんですか?」
「他の地区のサンタはそんなことしてないよ。兵器として適した大きさになってるか調べてるね。それで適した大きさになったら拉致してる、保護した人数と行方不明者の差は、成長途中だから見過ごされてるだけ……か」
カナンはサンタの腐敗に表情を曇らせている。とにかくやれることをしようと、ジェシーの書いた印を眺める。
「私たちの配達先と被っている場所もありますね。プレゼント配達を利用できるかもしれません」
ジェシーが去年配達した孤児院の数は四箇所。彼女が今年外された孤児院は三箇所で、その内の一つがカナンたちの配達先のリストに含まれている。
この街には孤児院が全部で四十三ある。その全てが満員ということはないだろうが、一体何人の子どもたちが危機に瀕しているのかはわからない。
内戦の只中で、国中の孤児を掻き集め、生産効率を最大化させることを考えて、孤児院を多めに作ってはいるのだろうが、それにしても数が膨大すぎる。
子どもが健全に育つ必要はないのだから、適当に数だけ揃えればいい。救う側からすれば、厄介極まりない考え方だ。
「さすがに私たちの配達先に指定してる場所では、子どもを拉致しないと思う。私たちを捕える罠が仕掛けられてる可能性の方が高い」
「そうだとしても、この場所から調べてみるのはありじゃないでしょうか? 襲撃してくるとすれば工房のサンタでしょうし、勝つことさえできれば拉致に関する情報を引き出せるかも」
ソニアの考えは悪くないとカナンは思う。上手くいけば見返りは計り知れない。強化兵士に仕立てるメカニズムが判明する可能性も高く、サンタ工房の戦力と配達道具の能力まで判明するかもしれない。
その一方で失敗した時は悲惨だ。懲罰部隊を捕らえようとするなら配達道具持ちのサンタを間違いなくぶつけてくる。敵地という状況も考えると、勝ちの保証はどこにもない。
部隊の全員がハイサムの配達道具をルシアが所持している可能性が非常に高いことを知っている。それを知られれば、今度こそサンタ工房は血眼でルシアを探す。
それに加えて捕まり殺されるだけならまだしも、支配系の配達道具を使われ、自覚のないまま内偵に改造される可能性まである。そうなれば、リコの部隊の戦力はガタ落ち。完全に取り返しがつかない。
「典型的なハイリスクハイリターンな選択肢だね」
「確かにそうですね。口に出してはみましたがいい考えとは思えません」
何をするにしても、リコと相談してからでないと決められない。
「ジェシーは配達道具を知っている?」
「はい。実物を見たことはありませんが」
「ロメロは自分の配達道具で子どもたちを改造して、戦線に送り込んで……」
「そんな酷いことをしてるんですか!」
ジェシーが思わず声を上げる。彼女は孤児院の子どもたちが戦場に捨てられていると考えていた。
その様子が偶然写真に写っていたのだと。現実は想像よりも残酷だった。
「だから止めないと。そのためにもロメロの能力が知りたい。何か知っていること、推測できることはある?」
カナンからの質問に、ジェシーは考え込む。ただの下級サンタでしかないジェシーは、基本的には何も知らない。それでも必死に知っていることがないかを考える。
「……すいません……何も思いつきません。ただ写真に写っている姿と、孤児院にいる子どもたちの姿は全然違います。きっと、何かされてこうなるんです」
ジェシーはポケットから一枚の写真を取り出し、カナンへ手渡す。
「信じてもらう為に必要かと思っていたんですが……その必要はなかったみたいですね」
死体のように青ざめた、傷だらけの少女の写真。
その姿はアカリとは似ても似つかない。その少女に付いている傷は、カナンの経験上、戦闘中に付いたものでも、虐待で付けられたものでもない。
実験や趣味で付けられたような悪意を感じる。
「この痣のようなものが気になりますね」
ソニアは写真の少女の首元についた、天秤のような形をした痣のような刻印に気付いた。
「不自然な形ですし、これがロメロの能力の発動条件でしょうか」
「決めつけるのは良くないけど、現状はそう思って良さそうね」
配達道具で操作する対象には、何か目印が付く場合が多い。
この程度の目立たない痕であれば、通常見逃される。ロメロの配達道具の予想があるからこそ、見逃さずに済んだ。
「アカリちゃんの手当てをする時に、体を少し見ちゃったんですけど、こんな感じの痣はありませんでした。きっとまだ間に合います。他の子も」
「そうね。ジェシー、行方不明になった子たちはどんな成長だったかわかる?」
「えっと……身長が百十センチから百二十センチの間だったということくらいしか共通点は見つけられませんでした」
アカリの身長は百十五センチ。完全に拉致される基準を満たしている。
そんな彼女に目印がつけられていないということは、他の子も同じはずだ。
「工房は今夜子どもたちを拐って、マークをつけるつもりですね。防ぐなら今夜しかありません」
「私もそう思う……通信を傍受されるのが怖いから、念のためにソニアはリコにこのことを直接伝えて。私は孤児院を可能な限り見て回って、子どもたちの人数と痣が付いているかいるか確認しつつ、もう少し情報を集めてみる」
「わかりました。気をつけてください」
ソニアは路地裏から出て、リコたちのいるホテルへと先に戻った。
「どうにか……なりそうでしょうか……」
不安そうにジェシーが質問する。
カナンはそれになかなか答えられない。ジェシーが本当に望む通りの答えは出せない。
それでも、伝えるしかない。
「……申し訳ないけど、全員を助けることは多分できない。人手も足りないし、助けた後に大勢の子どもたちを保護する方法を持っていないの……だから……」
本当は全員助けると言いたかった。だがそれは不可能に近い。
サンタ工房の目を盗んで、たとえ少数だったとしても子どもたちを街の外に連れ出すことが本当に可能なのか。それさえわからないのだから。
無責任に全員助けるなんて、言えるはずがなかった。
「頼み込んでいる私が言えたことではありませんが……全員助けられないのは辛いです。だけど仕方ないと思います。だから、手の届く範囲だけでも……お願いします」
ジェシーの瞳は、死を覚悟している者の瞳だった。
遠からず自分が始末されると覚悟している。そうまでしても、救えるのは上手くいって数人だけ。
そのことに切なさ、悔しさが募るが、それも覚悟していた。
やり残したこともあるし、悔いもあるが、自分のできる最善は尽くしたつもりだ。
「力不足で……ごめんなさい。必ず全力を尽して、一人でも多く救ってみせるから。サンタとして約束する。まぁ、いま言ったことも、忘れちゃうんだけどね」
カナンは切なそうに、それでもムリをして、笑顔を作る。
カナンは、ジェシーからこの数分間の記憶は消さねばならない。
ジェシーがサンタ工房に捕まり、情報を引き出されてしまえば全て終わる。
そうなってしまえば、ジェシーの命を賭けた決断を無為なものにしてしまう。それだけは避けなければならない。
彼女の記憶を奪ってしまえば、自分が勇気を振り絞ったことも、それで誰かが救われようとしていることも忘れることになる。
そうして無力感に苛まれながら、死ぬことになる。
それはもう彼女が背負う必要のない、克服した痛みであるはずなのに、もう一度その中へ突き落とすということ。
それがカナンには辛かった。だがやらなければ、救える可能性が減ってしまう。一時の感情に任せて、危険を減らさないのは、懲罰部隊のやり方でもなければ、賢い者のすることでもない。
「私は優秀なサンタじゃないですから、捕まっちゃうとすぐに喋ってしまうと思います。だから……どうするのかはわかりませんが、忘れさせるべきだと思います」
ジェシーはサンタとしての技術はないが感は鋭い。記憶を消した後の自分がどんな感情に襲われるか、それをわかっている。そしてそれを覚悟している。
ならばカナンも痛みを背負う覚悟をしなければならない。覚悟には覚悟で応えなければならない。
「そうね……いくら誘い出すつもりだとしても、あの尾行はありえない。残念だけど、あなたは優秀なサンタじゃないかな」
「やっぱりそうですよね……」
「だけど、あなたは善いサンタだった。私が保証する。だから胸を張って」
カナンは優しく微笑みながら、ジェシーの顎に右手を添える
もうすぐ消えてしまう、善きサンタを笑顔で送り出すために。
「お休みなさい。ジェシー……あなたの勇気で、私たちは前に進める」
唇を重ねて、ジェシーを支配する。
そして、消えて欲しくはないが、消さねばならないものを、消去する。
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