40話 愚かなるサンタ
カナンとソニアはクリスマスに沸き立つ、昼の街道を歩いていた。
街の至る所にあるクリスマスツリーや、店頭で呼び込みを行うサンタの衣装を着た店員。楽しそうにプレゼントを選ぶ家族連れ。
内戦のことなど忘れてクリスマスに相応しい、明るい雰囲気で溢れているのが一目見ただけでわかる。
それに合わせるように、二人の表情も明るいものだった。
「ホテルを出た時からずっとつけられていますね。バレバレですけど」
「そうだね……ここまで酷いとさすがに演技じゃないね」
周囲から浮かないように、明るい表情を作りつつ、二人は尾行者にどう対処するかを考える。
ホテルを出た直後から誰かにつけられていた。
ソニアはバイクのミラー部分だけを展開させ、手鏡のようにして、髪型を気にしているような仕草をする。
ビルの間に隠れている背後の人影を映るように、自然な動きで鏡の角度を合わせるのに苦労する。
結局、上手く角度を合わせるのに十秒かかった。こうした時間に余裕のある場面なら問題ないが、サンタ戦の只中では致命的なタイムだ。
ソニアがいままでに行ったことのない動きだったから、素早くできなかった。それだけのことなのだが、それは懲罰部隊としては致命的。
理さえ歪めるサンタ戦において、想定外や訓練したことのない動きを求められるのが当たり前。
『今までやったことがなかった。だからできなかった』は通用しない。言い訳している間に殺される。
カナンも手鏡で尾行者を映す作業などしたことはない。それでも彼女なら鏡を取り出した時点で、相手を捉えている。
それは基礎力が凄まじいから、応用が可能という話。その技量は一朝一夕で身につくものではない。だからこそ、危険の少ない実戦を数多く用意し、ソニアにとにかく経験を積ませることが大切だとカナンは考えていた。サンタの世界で生き残らせるために。
「……すいません……うまくいきませんでした」
「緊張してるでしょ? 初めてやる動きだろうし。だけど実戦じゃ、想定外で初めてのことばかりだから、こういうのも少しずつ慣れていかないとね」
カナンはソニアの心が折れないよう気を配りつつ、鏡を覗く。
「見覚えありますか?」
「うっすらとだけど……昨日、駅を取り囲んでいたサンタの中にいた。工房の刺客だと考えるには、いくらなんでも杜撰すぎる。多分ただの下級サンタだね」
「捕らえますか?」
「そうだね。工房のサンタじゃないなら話を聞くくらい問題ないでしょ。それに私たちを尾行するなら理由があるはず。この街のサンタだから、強化兵士のことを何か知ってるかも」
「わかりました。それで、どうやりますか?」
「あんまり優秀なサンタじゃないから、配達道具は持ってない。私一人で支配まで持っていける」
配達道具は確かに強力な兵器だが、所有者の実力が伴わなければポテンシャルが発揮されない。弱いサンタに配達道具を所持させることで、組織内の戦力を平均化させるよりも、強いサンタに持たせることで個人を更に強くする方が効果的だというのが、サンタ戦研究の末に出された結論であった。
実力はあるが配達道具を持たない、埋もれた人材は確かに存在する。だが配達道具を持ちながら、実力が伴わないサンタは存在しない。
配達道具を持つサンタの中において、覆し難い戦闘力の差は確かに存在するが、それでも平均より遥かに上の実力者しか所持することは許されない。それが配達道具。
尾行しているとはとても呼べない、杜撰な尾行を行うなサンタでは配達道具など持たされるはずがなかった。
「私は正面から近付くから、ソニアは建物を通り抜けて背後を取って」
「わかりました」
二人は名残惜しそうに手を振りながら二手に分かれる。一般人に怪しまれると面倒だ。サンタは極力目立つべきではない。少なくとも、サンタらしからぬことをしている時は。
カナンは建物の陰から見つめる人影に向かい、まっすぐに歩く。走って近付きはしない。ソニアが回り込むまでには少し時間がかかる。
急いで近づくよりも、相手が逃げ出さないことに気を配る方がいい。
そうして距離を五メートルに縮めた辺りで、人影がビルの間から路地へと身をひそめるのが見えた。
カナンは相手を見失うことは恐れず、自分を見ている者がいないことをサンタ感覚で確かめてから、路地に入った。
※※※
ほんの少し路地裏に入るだけで、大通りの喧騒はほとんど聞こえなくなる。カナンほどの地力があれば、百十メートル以内の足音をサンタ聴覚で聞き分けることくらいわけない。
カナンは自分たちを尾行していた相手の向かう先を足音で把握し、入り組んだビルの間を最短距離で駆け抜ける。
尾行者が逃げ込んだ先は、奥まった行き止まりだった。高いビルに周囲を阻まれ、この地形ではサンタであっても速やかに逃げることは難しい。
土地勘があるにも関わらず、そんな地形に自分から逃げ込んだ。拙いなりに何か考えがあるのは明らかだったが、切り抜けられる自信がカナンにはあった。
「うまく誘い込んだつもり? 残念だけど誘い込まれてることくらいわかって……」
行き止まりに追い詰められたサンタの表情を見て、カナンは用意していた言葉が相応しくなかったことを理解した。
「助けてください……このままじゃ工房に殺される……」
サンタの少女は希望に追いすがるような表情で、切羽詰まったような口調で、涙を滲ませながらカナンに助けを求めた。
カナンはこの辺りの下級サンタの事情には疎いが、サンタ工房とサンタ兵器開発局による抗争中であることを考えれば、一部のサンタにしか知らされていない隠し事は多いはず。
それを目の前にいるような下級サンタが不運にも目にしてしまうこともあるだろう。強化兵士の生産といった軍事利用可能な配達道具の能力を目にした者は消される。
実際にこの街で始末された下級サンタがいることを考えれば、他に秘密を知ってしまったサンタがいても不思議ではない。
「懲罰部隊の私が人助けをすると思う?」
「リコさんの噂を耳にして……なんとかしてくれるんじゃないかって……」
不器用なサンタを見ていると、ルシアと出会う前の自分をどうしても重ねてしまう。だから手を貸したくなる。
だがそんなことをしていたらキリがない。サンタに憧れていたのに、サンタらしくいられない者など大量に存在する。
上級サンタの内部抗争に巻き込まれる不運なサンタ。適切な指導を受けられずにプレゼント配達中に重傷を負うサンタ。数え出したらキリがない。
胸に秘めた理想を語るなら全員を助けたいが、現実問題無理だ。同じ部隊にいるソニア一人を守るので精一杯。
背伸びをしてしまえば、本来守りきれたであろう一人さえ守れなくなる。
「気持ちとしては助けてあげたいけど、私たちじゃ何もしてあげられない。工房に狙われてるあなたを助けるのは……」
「助けて欲しいのは私じゃなくて! 子どもたちの方です!」
その言葉を聞いて、カナンはこの子は不器用なサンタなのだと思った。そして、真っ直ぐなサンタだと。こんなんじゃ長生きできない。
カナンが担当していた地域でも、腐敗したサンタの手により犠牲になる子どもたちはいた。ルシアが助けたマナもそういう子だ。
サンタ協会に長く居たいのなら、そうした厄介ごとには首を突っ込まないことだ。
組織力に違いがありすぎて、個人ではどうにもならない。ただ粛清されるだけなのだから、知らないふりをしておく方が利口だ。
それでも助けたいのなら、相手を選ばないといけない。目の前いるサンタのように、相手がサンタ工房だとわかりながらどうにかしようとするなど、愚か未満。わかっているはずの現実を無視しすぎている。
カナンが知る中で最も優れたサンタであるルシアでさえ、あてのない逃避行を余儀なくされている。能力的に優れているだけでは、正しいことを押し通すことさえままならない。
そしてそんな理屈で止まれるくらいなら、今頃カナンは懲罰部隊になどいなかった。
「……わかった。話を聞かせて。ただあなたの安全には気を配れないし、私と会ったことは忘れて貰う。それでいい?」
「忘れる? ……よくわからないですけど、ありがとうございます!」
素直に嬉しそうにしている無垢なサンタを見て、カナンはこの少女を見捨てることに抵抗を覚える。
彼女が何を知っているのかはまだわからないが、懲罰部隊と接触したことが露見すれば、サンタ工房に”とりあえず”始末されるだろう。
カナンやソニアには懲罰部隊という後ろ盾が存在する。大義名分か、始末したことを誤魔化せる手段がなければ、サンタ工房であっても迂闊に手は出せない。
だが組織に属さない下級サンタを始末したところで、人手が減るだけ。サンタ工房は躊躇わない。
懲罰部隊という後ろ盾を利用することで、数人の子どもなら多少無理をすれば救えるだろうというのが、カナンやリコの考えだった。
人間の子どもに戦略的価値など全くない。なんらかの配達道具で強化兵士に仕立てているにしても、代用が効くのだからサンタ工房は特定の個人に執着する必要はない。
それでは何の解決にもならないことはわかっているが、できることと、できないことがある。カナンやリコに助けを求めることのできた運の良い少数の子どもを助けることで精一杯。
サンタ工房に立ち向かう覚悟をカナンは固めてこそいるが、勝算もなくすることではない。
「私のことはいいんです……あの子たちを助けられるのなら」
この見るからに愚かな、サンタとしての理想に燃えるだけの少女を助けるのはもっと困難だ。
明らかにサンタ工房の不利になる情報を持っていて、その情報提供を受けて保護したとなれば、敵対行動でしかない。
そんなことをしたリコの部隊をサンタ工房が始末するのは当たり前のことで、それに異を唱える者はいない。
懲罰部隊のリコの部隊を除名して、終わりにする。
何の後ろ盾もなく、個人で切り抜けるだけの能力もないままに、正しいことをしようとしたサンタが殺されるのは当然だった。
そしてそんな不幸を見て見ぬふりをしていられるほど、カナンは懲罰部隊として割り切れてはいない。
ジェシーと名乗った下級サンタから話を聞くことにしたカナン。
それから数秒後。ジェシーの背後の壁から煙突が現れ、その中からソニアが顔を見せた。
「えーと……その様子だと、挟み撃ちは必要なかったみたいですね」
「平和的にすんでよかった……」
「そうですね」
ソニアはカナンがどこか悔しそうな表情を浮かべていることに気付きつつ、その隣にいる少女に視線を移す。
ソニアはそのサンタからは自分とはまた違った愚かさを感じた。カナンと敵対していないということは、きっと正しいサンタなのだろう。
きっとそれがカナンの表情の理由。リコの部隊は仕方がない理由を理解はできても、納得できないサンタの集まり。
生きるのが下手だから、こうして胸を痛めたり、犯す必要のない危険を冒そうとしている。
「話はここで聞かせて。少しでも安全な方がいいでしょ?」
「はい。そのつもりでここに誘い込んだんです」
下級サンタの少女は溜め込んだものを吐き出すように、この街の腐敗について、語り始めた。
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