第二部 第三夜 12/24 11:34
39話 忙しないイブの朝
「準備できた?」
「はい」
カナンとソニアは、クリスマスイブのサンタとは思えないようなことをしていた。
配達先を確認するでもなければ、プレゼントを準備するわけでもなく、通信機や地図といった戦闘を考えた物ばかりを準備している。
「怪我は大丈夫ですか?」
「セイレンが動けてるくらいだからね。問題ないよ」
昨日カナンが負った程度の傷ならサンタの秘薬なしでも一晩で完全に治る。
死にかけていたセイレンも、十時頃には会話が可能なまでに回復していた。それでもかなりしんどいらしく、戦闘などの瞬間的な判断が可能になるのは夕方になりそうだと本人が言っていた。
アカリは日々の疲れが出て眠ったまま。キャロルは街の調査に出かけている。
「カナン。さっきプレゼント配達の判断を遅らせたいと申し出たら、これが送られてきた」
カナンとソニアが出発しようとしたしたその時、リコが二人に声をかけ、紙の束を手渡してきた。
「これ……配達先のリストだね。ここまでするほど向こうは切羽詰まってるの?」
「どちらにせよ配りきれないからとりあえず。そう前置きして送ってきた」
「よっぽど私たちに配達して欲しいみたいだね」
「普通の判断なのだが、仕事柄どうしても疑ってかかってしまうな」
不安そうにリコは言う。そのそばでカナンとソニアは指定の配達先を地図上で照らし合わせながら方針を考える。
「教科書程度の知識ですけど、それほど危ない場所は選ばれていませんね」
ソニアの考察の通り、スラム街が指定されている訳でもなければ、豪邸のような罠の仕掛けやすい場所が選ばれている訳でもない。特に違和感のない普通のプレゼント配達先。そんな印象だった。
この街の特徴が出ているとすれば、配達先に孤児院がいくつかあるということだ。
「具体的に何を調べるかの方針はあるか?」」
「工房は孤児院にいる子ども達を拉致して、強化兵士に仕立て上げてる。拉致を行う時期と、その方法を調べるつもり。可能なら強化兵士にする配達道具の能力もある程度は知っておきたい」
「能力を知っている必要があるんですか?」
「アカリちゃんが既に強化兵士にされる条件を満たしているかもしれない。その場合だと、街の外に連れ出すだけじゃ何の解決にもならない」
「ロメロの能力次第では、彼女を倒すことでしか救えない可能性がある。すべきことを決める為にも、ある程度の情報は欲しい」
「確かにその通りですね……でも、ロメロの能力を知った下級サンタが殺されているんですよ。能力の正体を見抜くなんてそう簡単には……」
「ソニアの言う通り。だけど、能力が起動しない条件なら調べがつくかもしれない。能力は隠そうとするものだけど、”発動しない条件”は意外とガードが甘い」
「そして、いまの私たちにはそれだけで充分だ。二人が調査している間、私はセイレンと脱出ルートを詰めておく」
「うん。任せたよ、リコ。キャロルに余裕がありそうなら、配達先のリストの調査をお願いしておいて」
「心得た」
カナンとソニアは最低限の荷物を持ち、ホテルを出た。
真っ当なサンタであろうとする、サンタたちのクリスマスイブが始まった。
※※※
リビングに戻ったリコは、しんどそうにソファーに座っているセイレンと目が合った。
喉を裂かれ、全身に裂傷を負い、秘薬による回復を合わせても万全には程遠いのは明らか。任務の過程で負傷するのは珍しくないが、ここまでのダメージをセイレンが負うことはほとんどなく、とても心配だった。
「私が眠っている間に、話を進めてくれちゃってさ……副官として不満だけど、リコが少し元気そうになってよかった」
疲労を隠せていないセイレンが懲罰部隊としてではなく、リコの親友として嬉しそうに笑った。
「そんなにひどい顔をしていたのか?」
「気付いてなかったの? リコ以外の全員気付いてたのに。私はさ、上級サンタとして育ったから汚れ仕事に慣れてるけど、リコは違うから。いまにも折れちゃいそうで、心配だった」
「そうか……隠せているつもりだったのだが……すまないな」
「リコを支えるつもりでそばにいるのに、あんまり役に立ててないのかもね」
セイレンは自嘲気味に笑った。
セイレンが懲罰部隊に入ったのはリコが隊長になってから一年が過ぎた頃だった。
懲罰部隊で唯一の名誉職である隊長という立場に、下級サンタであるリコが就任したのは周囲の上級サンタに危機感を与えた。
リコはサンタ評議会に議席を持つサンタ宝物管理局の後ろ盾がある状態……というより、そこから圧力をかける形での就任だったこと。そして何より、彼女の理念自体がサンタ協会と反するものだったため、就任早々リコは非常に危険な状態だった。
何度も暗殺されかけ、ギリギリで切り抜けてこそいたが、それはただ単に綱渡りが上手というだけで、長生きするのは不可能な状況だった。
ちょうどその時期にリコはセイレンと出会った。彼女は上級サンタでありながら珍しく、汚職や権力の濫用とは無縁のサンタだった。
その分、サンタ協会への影響力は他の上級サンタには劣るが、上級サンタであることは、それだけで価値があった。
リコのサンタとしての夢に協力することを決めたセイレンが真っ先に行ったのは、下級サンタが懲罰部隊隊長であることの正当性、その保証になることだった。
上級サンタである自分が副官を務めることで、リコを制御する。ただひたすら周囲にそう吹聴して回った。
懲罰部隊において副官という立場は本来存在しない。名誉ある隊長と、死んで当然の異端サンタで構成された隊員。あるのはその二つだけ。
それでも清廉潔白な上級サンタであるセイレンが、自分はリコの監視役だと言い張れば、それが通るくらいの影響力はあった。
セイレンの説得が上辺だけであることを周りも薄々感付いてはいたが、時を同じくしてリコの反サンタ協会的な活動がなりをひそめ、それまでも任務自体には忠実だったこともあり、総隊長であるマンユからそれなりに重宝されるようになっていた。
そうしてリコはいまも生きている。
あのまま行動していれば、リコは何も成し遂げられないまま殺されていた。
それを理解しているだけに、リコは行動を変えた。サンタ協会に戦いを挑める程度の手札を揃えることに集中することにしたのだ。
下級サンタに人気があり、申し分ない戦力でであるルシアの加入をリコがしぶしぶ受け入れたのは、セイレンによる説得が大きな要因だった。
戦力を整える為、異端サンタの収容を行うサンタ宝物管理局に、キャロルの譲渡を求めたのもセイレンの案だった。
セイレンの尽力もあり、少しずつではあるが戦力は増えていった。
とはいえ、こうした努力も付け焼き刃程度の影響しかない。いまでは懲罰部隊三つ分の戦力と言われるまでになったが、それはなりふり構わずやって、相打ちに持ち込める可能性があるという程度の意味でしかない。
サンタ協会にしてみれば、リコの存在は吹いて消える小さな炎にすぎない。
「今回のことを、私は好機だって考えてる。サンタ協会の”それとない”妨害のせいで手詰まりになってた。だから、多少危険を冒してでも風穴を開けないと」
セイレンが目を覚ましてから聞いた、ナッツからの情報。それは現状を打開する可能性に繋がっているように感じられた。
「二人の調査でロメロの弱点を見つければ、その情報にナッツも加えて兵器開発局と接点が持てるかもしれない。形骸化しているとはいっても、サンタ評議会の議席を二つ後ろ盾にすればかなり強いよ」
いまのサンタ評議会に強制力はない。決定に従わせるには、どんな形であれ力を見せつける必要がある。従わなければ、不利になると感じさせるだけの。
しかし誰もそこまで圧倒的な力を持っていない。議席を持つサンタ組織それぞれの戦力には歴然とした差がある。だが正面衝突すればお互いに致命傷を負いかねない。
そのため、サンタ評議会の強制力は無に等しい。それでも議席を持つことには意味があると、上級サンタのセイレンは考えている。
単なるこけおどしだとしても、権力の象徴というものはそれだけで価値を持つことがあるからだ。
「宝物管理局も利害の一致での協力関係だ。全面的な支援が望める関係ではない。兵器開発局と関係を築けたとしても、同様だろう」
「だとしても変化があるよ。いい変化とは限らないけど、立ち止まってたら、悪くなる一方。それだけは確実なんだから」
リコとセイレンは七年近く懲罰部隊を務めたことで一つの教訓を得た。停滞は後退であるということだ。
理想を語るだけでは、何も止められない。リコたちが手をこまねいてる間にも、工房と兵器開発局によるサンタの内部抗争は内戦という見える形にまで広がり、無関係の人々が大勢巻き込まれ、死んでいる。
サンタによる搾取は止まることを知らず、この街では子どもたちの命まで利用されている。
待っていても状況は改善することはなく、サンタによる腐敗と支配がより盤石になるだけ。早く動き出さなければ、打つ手が完全になくなる。その日が遠くないことを、二人はひしひしと感じていた。
「私は……怖いんだ。正しいと、少しでも良くなると考え、行動したことで、誰かを傷付けてしまうことが……」
リコはルシアを救う為に手を尽くした。ルシアも理不尽に抗った。だがどうにもならなかった。
ある程度穏便に済むはずだったマナの救出が、巡り巡ってカナンやソニアまで巻き込むことになった。
リコは自分が傷付く覚悟はできている。恨まれる覚悟もある。だがサンタとして、夢を叶えるまでの過程で、誰かを犠牲にするのは耐え難かった。
「私たちは初代サンタじゃないんだよ。全てを見通すなんて不可能なんだから……決める度に後悔して、それを下ろせないまま前に進むしかないの」
「分かってはいる……それでも迷いを断ち切れない。隊員を死なせてしまうこともそうだが……子どもたちを助けようとして上手くいった先があるのかわからない。下手に工房と敵対し、失敗すれば、子どもたちをより過酷な状況に追い込むことになる。勝てたとして、工房の戦力を低下させれば、戦争がより泥沼化するかもしれない。そうなれば……私の決断でより多くの人が死ぬ……その罪を背負い切れる自信がない……」
リコがここまではっきりと心情を吐露することは珍しかった。
サンタとしての夢が傷付かないまま、元の形で夢が叶わないことなど、懲罰部隊に入る前からわかっていた。
組織の中でのし上がっていく中で、サンタの道に反することを求められることも覚悟していた。しかしそれは、心が痛まないということではない。
懲罰部隊として任務をこなす度に、リコが精神的に疲弊していることに気付かないほど、セイレンも含めて全員が鈍くはなかった。
「だからってさ、目の前で血を流している人を見過ごせるほど、できた人間じゃないでしょ、リコは? 生きるの下手だからさ」
リコの苦悩はきっと正しい。見切り発車して、状況を悪化させるなんてよくある話で、熟考を重ねて、重ねて、それでも裏目に出ることさえある。
「救えたかもしれない相手を見捨てる痛みを背負うのにも疲れてしまった。だが、救おうとした結果……」
「そうかもしれないけど……手の届く範囲全部助けて……溢れた人とか、巻き込んだ人の分、背負うの。その方がちょっとはマシでしょ。一緒に持ってあげるからさ」
リコはどこまでするかを迷っている。リコ、カナン、ソニア、キャロル、セイレン。五人が選ぼうとしている道の先が、サンタ工房バルテカ支部との戦闘に繋がっている。そのことを予感している。
敵対しようとはせずとも、サンタの道を貫くことは、対峙することを余儀なくさせる。初代サンタがそうであったように、ルシアがそうであったように。
土壇場で決めるのは隊長のリコだ。サンタ工房と戦うと決意するのか、それとも見なかったことにするのか。
リコは迷っている。
「助けた子どもたちをどうやって保護するかは考えているの?」
「ああ。数人程度なら自分一人でどうにかなる。だがそれ以上となると……本当に頼って良いのか……巻き込んでしまう……これ以上私のせいで、彼女から奪いたくはない……」
リコが誰のことを思い浮かべているのか、セイレンは察する。
リコがこの目をしている時に思い浮かべている相手は決まって一人だ。
「それはリコにしか決められないことだから。私は待ってるよ」
セイレンはそう答えた。
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