38話 サンタの真価 その3
食事を終え、ようやく緊張の糸が切れたアカリは、すやすやと眠っていた。
「ベッドに運んでくるね」
カナンはリコとセイレンがいるのとは別に用意された、ベッドルームへとアカリを担いで運び始めた。
そしてリビングにはキャロルとソニアが残された。
「なかなかいい眺めだよねー」
キャロルは窓際に向かい、この街で二番目の高さから街を一望し、サンタの視力で、地上の様子を観察している。
その様子はクリスマスで彩られた景色を楽しむような雰囲気ではなかった。
「何かを観察しているんですか?」
「なかなか鋭いねー。護衛してあげた兵器の行方を観察してたんだけど、よくわかんないねー。このまま戦線に運ぶのかと思ったら、街中に散らばってて。配達道具で一斉に操作するつもりかなー」
ソニアは噂通り、キャロルは抜け目ないなと感じる。思い返してみれば、キャロルは食事中、視線が窓の外を見ていた。その時から観察していたのだろう。
「もしそんな能力があるとしたら、それこそ戦線に運ぶんじゃないでしょうか。兵器開発局のサンタ相手に使いたいでしょうから」
「そうだねー。まっ、表向きは戦う予定じゃないし、この十分目立った動きもないし、これ以上は見てても得るものなさそうだねー」
キャロルは窓際から離れ、ソニアの方を見つめる。
「初めてのサンタ戦、疲れたでしょー?」
「そうですね……少し疲れました……」
「明日も忙しくなるかもしれないから、ちゃんと休んでねー」
ソニアはいまのキャロルから、サンタ狩りをしていたような悪い子の雰囲気は感じとれなかった。
ソニアが下級サンタになったのは、キャロルがサンタ宝物管理局に投獄されてから二年が経ってから。
それだけ時間が経っても、キャロルという悪い子の噂を耳にすることがあった。恐ろしく強い、悪い子がいたと。
いまのキャロルのイメージと合うのは、恐ろしく強いということだけだ。
今日の任務でリコも含めて苦戦する中、キャロルだけが鮮やかに敵を撃破した。たった一人で。これでもカナンの配達道具の影響下にあるせいで、弱体化しているというのだから、キャロルの全力など想像もつかない。
それにキャロルはまだ十三歳と若く、これからいくらでも強くなっていく。
ソニアは何にでも立ち向かえるだろう、彼女の強さに憧れているが、羨ましいとは思わないようにしていた。
キャロルの強大な戦闘能力は、過酷な経験と引き換えに得た力だと知っているから。
異端サンタの娘として、生まれた瞬間から追われる身。弱ければ殺されるから、強くなるしかなかった。そうした生活の中で、母親は懲罰部隊に殺された。
そしてリコが戦力として見出されるまでの二年間を、サンタ宝物管理局の牢獄で過ごした。
そこまでして得た力を羨ましいと思うのは、あまりに失礼なことに思えた。憧れることさえも、本来は失礼なことなのかもしれない。キャロルは才能だけで、なんの犠牲も払わずに強さを得た女の子ではないのだから。
「ソニアはさ、どうしてサンタさんになったのー?」
ソニアはそんな風に様々な思いが折り重なりながらキャロルを見つめていると、彼女の方から何気なくそんな質問をしてきた。
ソニアとキャロルの関係は浅い。同じ部隊に所属してこそいるが、配達道具を持つ者と持たない者は担う任務が違うため、接点がほとんどなかった。
今日の任務の中で、ソニアと親交があるのは、全員と親しいリコと、懲罰部隊としてではなく下級サンタとして面倒を見てくれているカナンくらい。
「特に理由らしい理由はないんです。ただ、絵本のサンタに憧れただけで……リコみたいな夢と決意も、カナンのような力強さも……」
そこまで口に出して、ソニアはほとんど初対面の状態でするような話ではなかったと反省した。なんとなくキャロルは話しやすくて、自然と口に出してしまっていた。
「すいません、こんな話いきなり」
「私から振った話だからねー。私の方こそ話させてごめんねー」
「いえ、なんとなくキャロルは話しやすくて……」
「そうなの! だったらもっと頼ってくれてもいいんだよー!」
キャロルが無邪気な子どものような笑顔を浮かべている。というより、本来ならまだ無邪気な子どもでいていい年齢だ。
サンタ狩りをしていたことを部隊の全員が知っている。部隊員には元下級サンタも多いことから、疎外されてもおかしくないことをしていたのに、キャロルが受け入れられている理由がなんとなくわかった気がする。
誰よりも強く、誰よりも早く、進んで危険に飛び込む。キャロルと同じ任務なら、負傷者が出ない。雰囲気も明るくなる。
「私からも一つ質問してもいいですか?」
「なんでも聞いてー」
「どうして懲罰部隊に入ったんですか? キャロルほど強ければ、いつでも牢獄から出れたと思うんです」
「買いかぶりすぎだよー。出口までの距離を配達道具で無限にされてて、さすがにどうしようもなかったよー」
「つまり、出ようとはしたんですね」
「もちろんねー。牢獄の中は退屈で、寂しかったからねー。たくさんのサンタさんに囲まれてて、寂しくないから、ここは好きだよー」
寂しいという言葉に、キャロルらしくない重量を感じた。
サンタ狩りをしていたキャロルは、捕らえたサンタに暴力を振るった様子はなかった。綺麗に飾り立てて、自分の側においていた。
異端サンタの子に生まれたせいで、子どもを守ってくれるはずのサンタから命を狙われ続けたキャロルは、人一倍優しいサンタさんを求めているのかもしれない。
ソニアはキャロルが表に見せないだけで、寂しがり屋なのだろうと思った。根拠らしきものはあるが、サンタとしての直感だ。
「キャロル……寂しい思いをさせませんから。サンタとして約束します」
突然の宣言にキャロルが驚いたような表情を浮かべ、ほんの一瞬だけ瞳を震わせ、すぐにいつもの感じに戻った。
「いきなり何言ってるのー!? 気持ちは嬉しいけどさー、もう少し強くなってからねー」
「うっ……そう言われると痛いです……」
「だからさ、強くなってから、また約束しにきてよ。待ってるからねー」
「はい」
「アカリちゃんは眠ってる。私はアカリちゃんのそばについてようと思うんだけど、二人はどうする?」
ベッドルームから戻ったカナンが、二人に質問する。ベッドルームはあと二つある。アカリが眠るベッドは広く、あと一人くらいなら眠れるが、寂しがり屋なキャロルを一人っきりにすることを、カナンはあまりしないようにしていた。
「カナンと一緒の部屋にするよー。ソニアもそうするでしょー?」
「えっ、いや、でも、広さが……」
「なにそれー! カナン! ソニアがすっごい寂しいこと言うんだよー!」
カナンはキャロルの表情とアクセントから、なんとなく自分がいない間の二人のやりとりを察する。
ベッドが狭いのは困るが、ソニアに約束を守らせた方が楽しそうだ。
「そうだね。クリスマスイブに、子どもに寂しい思いをさせるなんて、ソニアはそんな悪いサンタさんじゃないよねー?」
「カナンまで……わかりました! 四人一緒です!」
ソニアは諦めたようにキャロルとカナンの後を追う。
「約束締結前なのに……都合の良い時だけ……」
笑いながら、そして不満を言いながら、三人はアカリの眠るベッドルームに入った。
「わがまま聞いてくれて、ありがとう。サンタさん」
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