37話 サンタの真価 その2

「それで何から調べるつもりー?」


「イーティから調べようと思う。プレゼント配達の統括は中級サンタ以上しか任免されないから、工房と何か繋がりがあると思う。イーティに直接聞くのは危ないから、事情を知ってそうな下級サンタに話を聞けるのがベストかな。ナッツの情報だけじゃ、全然足りない」


「妥当なところだな。誰を連れて行く?」


「大丈夫そうならソニアを連れて行こうかな。今日のことだけでも大変だろうけど、あの子には実戦が必要だから。それと、プレゼント配達のことは可能な限り引き伸ばしておいて。状況によっては利用できるかもしれない」


「粛清された下級サンタの穴埋めであることも考えると、プレゼント配達の依頼は怪しいな。配達ルートに罠を貼り、卿を捕えハイサムのことを尋問するつもりか?」


「工房のやり方を見てる感じありえそうだねー。プレゼント配達統括なんて、プレゼントを生産してる工房と繋がりがあっても全然不思議じゃないしねー」


「だからこそ利用できるかもしれない。捕らえる罠だとしたら工房の手がそっちに手が回ることになる。もしかしたら子どもたちを街の外に連れ出す隙を作り出すのに使えるかもしれない。現実的な手だとは思えないけど、手札は少しでも多く残しておきたい」


「了解した。私はこの街から出る手段を詰めておく」


「配達ルートがわかったら私に教えてー。待ち伏せとか、罠を張るとか得意だったからねー。全部見抜いてあげるよー」


「私からお願いしたいくらい。配達先がわかったら、調査はキャロルに任せるよ」


「配達する時は私も連れっててねー。直接見ないとわかんないこともあるしさー」



 クリスマス・イブの予定を直前に埋めたところで、時計の針が十二時を指す。真っ当なサンタであれば、一年で最も忙しくなる一日が始まった。


 それと同時だった。カナンの配達道具の効果が何かに上書きされる感覚が、二つ同時にあった。


「……いま、私の能力が上書きされた感覚があった。パインとクルミにかけおいたやつ」


 相手を支配するタイプの能力は、一番後にかけた物が有効になることが多い。そして一度上書きされたなら、相手が能力を解除しても支配権は戻ってこない。


「工房ともなれば支配系の能力を持っているか……どこで上書きされたかわかるか?」


「ええ……地図でいうならこの辺り」


 地図を開いてカナンが指し示したのは町の中心部に聳え立つ、トイズ・ファクトリーのバルテカ支社だった。


 トイズ・ファクトリー……それは全世界に支社を持つ、世界最大級のおもちゃ会社。その実態はサンタ工房が配達道具を制作するのに使うダミー企業。クリスマスに配るサンタ製のおもちゃを作ってもいるのだが、配達道具の生産に伴う人体実験の隠れ蓑に使われている。


 善くあろうとするサンタにとっては、関わりたくない組織の一つだ。


「予想通りここがサンタ工房の支部か。確証を得られたのは収穫だな」


「工房と戦うことになったら役に立つかもねー」


 子どもたちの安全を考えると、可能な限り穏便に済ませたいところだが、サンタ工房が子どもたちを虐げているというのなら、この地区だけでも壊滅させる必要が出てくるかもしれない。


 そんなことをすれば本当に取り返しがつかない事態だが、何が起こるかはわからない。


 そうなった時に、敵の拠点を知っていることには意味がある。


「ここから先は明日にしよう。みな負傷している。休息も必要だ」


「そうだね。リコはセイレンについてあげてて」


「すまないな。大丈夫だとはわかってはいるのだが、さっきからどうしても気になってしまって」


「早く行ってあげなよー」


「それでは、二人の言葉に甘えさせてもらおう。おやすみ」


「おやすみなさい」


「おやすみー!」


 セイレンのいる寝室へと入っていくリコを見送り、カナンとキャロルはソニアとアカリがいるリビングへと向かった。




 リビングに戻るとソニアとアカリがテーブルのそばにあるイスに座っていた。


 テーブルの上には豪華な食事が並べられている。久しぶりの食事にアカリの表情に元気が少しずつ戻りつつあるようだった。


「いま届いたところなんです。任務で一食抜いちゃいましたし、お二人もどうですか?」


「みんなでご飯食べる機会なんてあんまりないからねー。付き合わせてもらうよー」


 キャロルがスタスタとテーブルに向かう。カナンも誘いを断る理由はなく、キャロルの後を追いかける。


「いただきまーす」


 それは初代サンタが始めたとされる、食事の挨拶。これから口にする命に感謝しているのか、あるいは命を食らわなければ生きていけない悲劇を憂いているのか。初代サンタの気持ちは、いまとなっては知りようもない。


 だが彼女の気持ちが風化してわからなくなっても、その意志は遺り、受け継がれている。


「ホテルでご飯を食べるなんて、考えたこともなかった」


「そうですね。昔はあんまりお金もらえてませんでしたから」


 下級サンタ時代のカナンとソニアは、お金に余裕がなかった。


 懲罰部隊はその名前の通り、末端の隊員の扱いは単なる消耗品。隊長以外の給料はその危険度に見合わないほどに安く、下級サンタとほとんど差がない。


 だがリコとセイレンが気を利かせて自分の給料を隊員に回しているので、経済状態は下級サンタ時代よりもかなり良くなった。


 リコは隊長であり給料が高い。元上級サンタのセイレンは懲罰としてではなく、リコの監視という名目で懲罰部隊にいる。そのおかげで隊長並みの収入がサンタ協会から与えられている。


 お金を求めてサンタになったわけではないが、それでもないと困ることがある。リコとセイレンの気遣いには助けられている。


「……アカリちゃん、大丈夫?」


 アカリは食事を始めてから、一言も喋っていない。さっきまでは少し元気を取り戻していたが、みんなでちゃんとした食事をしていると、どうしても家族と過ごした昔のことを思い出してしまう。


 そして、今日逃げ出すことのできなかった、孤児院に残された友達のこともある。自分だけがまともな食事をしている申し訳なさが、胸の奥から湧き上がってくる。


「孤児院のみんなのことは私たちがなんとかするから、いまはゆっくり休もう」


 カナンはアカリに微笑みかける。いまはまだ、”なんとかする”という漠然とした言葉だが、さっきリコやキャロルと共に決意した。


 ”なんとかする”を形にしていくと。


「私たちがいますから、心配しないでください」


 ソニアは、カナンとキャロルの表情からサンタとしての固い決意を感じ、特に根拠もなくサンタらしい言葉を口にする。


「私がいるからねー。きっとなんとかなるよー」


「ええ。頼りにしてる」


 アカリの表情に明るさが戻ることはない。

 いままでのそれほど長くない人生の中で、数え切れないほどの悲劇と、”なんとかならない”を重ねてきたから。いまの自分たちがいる。


 出会ったばかりの、自分たちの事情もよく知らない三人の少女が言うことなど信じられるはずがなかった。


 カナンもソニアも、ましてキャロルに信じて欲しいなどという気持ちはなかった。


 サンタとは本来、揺るぎない夢を届ける存在だ。そうなると覚悟して、サンタをの道を選び、懲罰部隊を選んだのだから。


 信じてもらう必要はどこにもない。夢を現実にして届ければ、それで良い。

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