36話 サンタの真価 その1
ナッツが何を求めているかは明らかだった。自分たちが倒せないのなら、子どもたちを戦争に利用している“悪者”をサンタとして代わりにやっつけて。
リコとしてはそうしたいのは山々だった。しかし懲罰部隊隊長という立場の彼女が、他のサンタ組織を攻撃すると自分一人の問題ではすまない。
ルシアの一件だけでも部隊員を危険に晒し、十二ある懲罰部隊の中で、リコの部隊だけがサンタ工房に執拗に狙われることとなった。
ルシアを救う決断を後悔はしていないし、正しかったと確信している。
しかし、リコが進んでサンタらしいことをすれば自分以外の近しい人まで危険に晒してしまう。
サンタの道に反することが目の前で行われているというのに、見て見ぬ振りをしなければならない。それは彼女の目指した夢から離れていく決断。それは、自分を見失っていくということ。
だからといって、自分の決断だけで仲間に命を張らせることは耐えられない。リコの部隊に所属する者は、サンタをサンタらしい存在に変えて行くという、志の元に集まった。
だからサンタらしい決断に殉ずることになっても後悔はない。だが今回のような、多くの子どもたちが虐げられている事件に介入し、勝ったところで根本的な解決にはならないことを、リコはルシアのことで知ってしまった。そんなことをしても、敵を無意味に増やすだけ。
将来的により多くの子どもを救うため、目の前の危機に瀕した子どもを見捨てる。初代サンタはそんな決断をするはずがない。リコの憧れたサンタは、初代サンタのように、迷わず全てを救うための決断を下す存在だったはずなのに。
ルシアが側にいてくれたなら背中を押してくれるだろうか。そんなことをリコは考えた。
懲罰部隊として手を汚し続けたリコは、自分の意志でサンタらしく振る舞うことが少しずつできなくなっていた。
リコはこうした場面で、サンタとして譲ってはいけない一線で引き止めてくれる相手が欲しかった。誰よりも真っ直ぐなサンタに、自分を正しい道へと……
「リコ、キャロル……話があるんだけど」
リコが迷っている中、真っ先にサンタらしくあろうとしたのはカナンだった。
「私はナッツの言ったことを調べたい。強化兵士に子どもがいるのは、本当だって支配してたからわかる。何人の子どもが巻き込まれてるかなんてわからない。無謀なのはわかってるけど、サンタとして見過ごしたくないの」
カナンはリコが迷っていることを見抜いている。その迷いが保身などという、現代サンタらしい汚れた物でないこともわかっている。
リコの迷いが正しいことも知っているし、自分が調査を始めれば部隊がどういう立場に置かれるかも心得ている。それでもサンタとして見過ごしたくないという気持ちが勝った。
「ハイサムの一件で、私たちとサンタ工房との関係は最悪に近い。危険が大きすぎる」
リコの言葉には否定も肯定の意味もなかった。ただ言葉を紡ぎたいから、事実を並べただけという空っぽな物。リコは迷っている。
サンタらしくあるべきか、自分を慕ってついてきてくれた仲間の安全を優先すべきかを……
「わかってる。だけどやりたいの。ルシアお姉様を助けてくれた時みたいに……たまにはサンタらしいことをしても良いんじゃないの、リコ」
カナンに迷いはなかった。憧れのルシアがたった一人を救うと決断したのと同じように、自分も正しいと思うことをしたい。それだけだった。
「悪い子の私が言うのも変だけどさー、やらなきゃいけないことだけやってても良い子にはなれないよー。ちょっとはわがままなことをするのが大切な時もあるんじゃないかなー」
キャロルはいつもの調子でリコのサンタらしい決断を後押しする。
「まっ、私はしたいことをするだけだけどねー」
リコは迷う。このことを調べ、子どもたちを救う決断をすれば、サンタ工房との軋轢は臨界点を超える可能性が高い。
そうなればリコの部隊は懲罰部隊という称号を剥奪され、異端サンタの集団として、懲罰部隊に追われることになるだろう。
総隊長はそうすることで、工房との対立を避けようとする。
懲罰部隊という大きな後ろ盾を失えば、反サンタ協会的な思想を持つリコたちが一人残らず始末されるのは、目に見えている。
それは子ども達たちを一時的には助けられたとしても、長期的な安全を確保することはできないということ。
子どもを助けるということは、ただ単に助けて終わっていいはずがない。安全を確保し、生活拠点を与え、教育を受けられる機会を用意し、未来を歩めるようにさせて初めて、助けたと胸を張れる。
リコの元に集まった末端の部隊員も、セイレン、カナン、ソニアにキャロル。そしてルシアの夢は、子どもたち自身の手で未来を選ばせてあげること。決して、助けた気になって悦に浸ることではない。
その環境をリコたちが用意することは困難だった。そんな状態で助けるなんて、とても言えない。
だからと言って、それが危機に瀕した命を見捨てる理由にならない。
「それにアカリちゃんのこともある。いまある情報だけじゃ、アカリちゃんに何が必要なのか全然わからない……それにアカリちゃんが言ってた、行方不明になった子のことも気になる。強化兵士にされたのかもしれない。だとしたら止めないと」
「……というより、それが最大の問題だ。孤児院の子たちを強化兵士の素材に使っているのは間違いないだろう。だとすれば、孤児院の運営には工房が関わっていることになる」
「身寄りのない戦争孤児なんて、どう扱っても問題にならない最高の人材だよねー。戦争起こして、孤児を増やして、孤児院増やして集めて、改造しちゃうなんて、なかなか面白いことを考えるよねー」
目の前に現れたこの問題を放置し、アカリを孤児院に戻すようなことをすれば、遠からず彼女は強化兵士とされ、戦場へと送り込まれ、人を殺す道具とされる。
そして、アカリと共に暮らす少女たちも同じ運命を歩む。そこには彼女の友人も含まれている。
アカリを救うことは既に決意しているが、彼女一人を救うだけでは、癒えることのない傷を残してしまう。それはサンタらしい決断ではない。
「私に決定権はないけどさー、やらないとリコ、後悔するでしょー? だったらどうすべきかなんて、一つしかないよね」
キャロルが”信じている”というような視線でリコを見つめる。
カナンもキャロルも、自分たちに世界を変えるほど力がないことはわかっている。この街にある孤児院全てにサンタ工房が関わっている可能性は非常に高い。
そうなれば危機に瀕した子どもの数は百を軽く超えてくる。全員を助けるには、人手も足りなければ、それを成すだけの立場もない。
それでも全力を尽くし、現実的に可能なだけ救おうとする。
ここで諦め全員を見殺しにするよりは、全力を尽くす方がよっぽどサンタらしい。
「……そうだな……カナン、調査を頼めるか?」
悩んだ末にリコが出した答えは、調べることだった。危険なのはわかっていたが、ここで何もしなければ自分はサンタとして死ぬ。そうまでして生き延びるよりも、サンタとして死ぬ方を選んだ。
隊長としての給料で余った分を全て何かの役に立てばと貯めていた。それを切り崩していけば、数人の子どもたちを成長させるだけの環境を、ゼロからでも整えられるかもしれない。
それ以上の人数を救おうとすればリコの限界を超える。手段を選ばなければ、こうしたことであれば絶対に力を貸してくれる知り合いが一人いるが……彼女をこれ以上自分のせいで、危険な目にあわせたくはない。
「そうこなくっちゃね」
「だが、危険だと思ったら引いてくれ。出来る範囲以上のことを無理にしようとすれば、救える命まで散らしてしまう」
「わかってる。どれだけの子どもが危険な状態で、どんな目にあっているのかもわからないんじゃ、助け方もわからない。無意味な危険を冒すつもりはないよ」
カナンは可能な限り多くの子どもたちを救うと誓っている。だからこそ無謀であるつもりはなかった。
ルシアはマナを救う確かな勝算があったはずだ。サンタ工房も、ルシアをよく知るカナンでさえも、二人がどこにいるのかさえ知らないのがその証拠だ。
夢を追うからには確かな勝算に貼らねばならない。ルシアがそうであったように、カナンも確かな道筋が見えるまでは、危険を冒さない。
そうでなければ、救うと決めた子どもたちを危険な目に合わせただけで終わってしまう。
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