35話 深淵を覗く者
「貴公の所属は?」
リコの口調は尋問と呼ぶにはあまりに穏やかだった。
尋問相手のナッツが能力の支配下にあるので、威圧する必要がないというのも理由の一つ。だがそれ以上に、彼女がこうした行為を苦手としているのが最大の理由だった。
「サンタ兵器開発局実戦試験第二部隊所属のナッツ……」
ナッツはとてつない不快感を味わいながら、強制的に質問に答えさせられる。
思考の焦点が定まらず、脳細胞の一つ一つまで操作されて、強制的に相手の望んだ通りの思考へ引きずられていくような、これまで味わったことのない、酷く不快な感覚。
洗脳や支配といった性質の配達道具の影響を受ける感覚は気味が悪いと聞いてはいたが、想像以上だった。
「配達道具も含めた編成はどうなっている?
」
「……私を含めて三人……どういうわけか、血縁者で組むと有利に働く配達道具があって、姉妹で任務を行なっていた」
ナッツは無意味だと理解しながら、支配に抗おうとするが、それは本当に何の意味もなさず、聞かれてもいないことまで補足説明させられる。
「地雷を持ってたのがパイン。アリーっていうアンドロイド型配達道具を操作してたのがクルミ。私の配達道具で透明化しての偵察……それとアリーのハッキングを組み合わせた敵地での工作が主な任務だった」
「パインの能力は潜入・脱出経路の確保を担当していたのか?」
「そんなところね……証拠が残るから可能な限り使わないようにしてたけど」
この場にいるナッツ以外の三人は目を合わせる。このサンタが”本当のこと”を言っているかどうかだ。
カナンの能力は真実を言わせる能力ではなく、本人が知っていることを言わせているだけ。尋問に向いた配達道具は数多くあるが、どれも同じ。対象が知らないことは聞き出せない。
それだけに対策法も確立されており、それは主に二つ。一つ目は本当のことを知らせておかないこと。二つ目は嘘を教えておくこと。
敵地に赴くような危険度の高い任務を請け負うサンタには、そうした処置を施しておくことがあった。場合によっては配達道具を用いて記憶を改竄する場合もある。
しかしただでさえ危険度の高い任務において、正しい情報を知らせないことは、作戦成功率を著しく低下させる。故に尋問対策を行わないこともある。
どちらの選択にも利点があり、欠点がある。その為、情報の正否を見極める能力が、サンタ相手の尋問では求められた。
「状況から見て、言ってることは本当っぽいねー。あの配達道具の組み合わせなら、妥当な任務の割り振りだし。血縁者に対して配達道具の効果が少しズレることがあるっていうのも、聞いたことあるからねー」
「ナッツを能力で操作している感じでも、思考のバグを感じないから、記憶の改竄は多分されてない」
リコの見解も二人と似たような物だった。いまナッツの話した範囲の情報を改竄していたとすれば、任務の性質上かなりの支障を来す。
それでもごく稀にだが、部隊の編成という基本的な情報から知らされていないこともある。
ただそんな無茶苦茶が出来るのは、配達道具を無尽蔵に供給可能なサンタ工房くらいのもので、慢性的に人材も物資も不足していると聞く兵器開発局が、そうした戦力の使い潰しをする可能性は低い。
「次の質問だ。今回の任務は何が目的だった?
」
リコたちは情報の信憑性を確信した後、本題に移った。
「……どこまで知ってるの? さすがに政府軍に工房が技術提供してて、反政府軍を私たちが支援してることくらいは知ってるよね?」
「管轄は違うが、いま言ったことくらいなら知っている」
リコの言葉を聞いて、ナッツは落ち着いた雰囲気で話し始めた。
「二年くらい前から、政府軍の中に度を越して強い人間が紛れるようになったの。並のサンタであれば数人で制圧してくるくらいのね」
ナッツの言っていることはあまりにも荒唐無稽であった。ただの人間がサンタを倒すなど、通常考えられない。
入念な準備と人数があって、ようやくスタートライン。
ナッツの口ぶりから察するに、そうした正攻法ではない。
「配達道具による強化かなー。それともサンタ工房お手製の怪しげなドーピング剤か。どっちにしても、ろくなことじゃないねー」
キャロルが思い付く中で可能性の高い二つの選択肢を挙げた。
配達道具による他者への身体能力の強化は戦術的に有効なだけに、サンタ工房がほとんど独占している能力の一つだ。
サンタの秘薬を応用したと思われるドーピング剤の研究も、サンタ工房先導で二百年ほど前まで熱心に行われていた。結局、サンタにそれを投与するとただでさえ高いサンタの身体能力が強化され過ぎ、肉体が破裂するということで研究は失敗に終わった。
だがサンタ工房が研究を続け、人間なら程よく強化可能な薬を作れている可能性もゼロではない。秘匿性が高く、技術力もある組織だけに、ありえないと断じるのは難しい。
「配達道具で強化された人間だと、私たちは結論付けた。配達道具による遠隔操作じゃないと説明がつかない、統率された行動だった。そうした人間を、私達はわかりやすく強化兵士って呼んでた。で、サンタ並みの戦闘能力を持ってて、数も多い強化兵士の対処に手を焼いていたの。通常兵器なら私たちの方が僅かに性能は上。だけど、サンタ並みの兵士を量産されて、ゲリラ戦されたら馬鹿馬鹿しくてやってられなかったよ」
全てを投げ出したようにナッツは笑いながら話す。
サンタの攻撃力を前に戦車の装甲など無意味だ。そしてサンタの機動力を前に、鈍重な戦車ごときでは動きを捉えられない。人間の動体視力や反射神経では、サンタに銃弾を当てることも困難だ。
そんな化け物が森や市街地でゲリラ戦を展開しようものなら、サンタ以外にサンタを止められない。そこに配達道具も合わされば、その戦闘能力は絶望以外の何物でもない。
核兵器という大量破壊の技術が生み出されても、結局ミサイル技術が発展しなかったのは必然だった。
破壊規模を調整不能で、非効率的な核兵器よりも、破壊規模を制御可能で戦車や戦闘機を軽く凌駕する戦果を生み出すサンタを送り込む方が確実だから。
科学技術が発展してなお、陸海空の全てにおいて、最強の存在がサンタであるという現実が揺らぐことは一切なかった。
それでもサンタに欠点があるとすればその数の少なさだ。質において並ぶ存在が現れる可能性は限りなく低いが、数はそうもいかない。
それに匹敵する兵士を量産可能だとすれば、その軍事的アドバンテージは計り知れない。
「私たちは強化兵士相手に防戦一方だったよ。むしろこの二年、戦線を二百キロ後退させるだけで留めた私たちを褒めて欲しいくらい。そう思わない?」
その言葉には、今まで三姉妹で力を合わせて乗り越えてきた数々の苦労を感じさせる、悲哀が込められている。
ナッツたちと直接戦ったリコは、この三人が強いことを身を以て知っている。サンタとしてではないが、戦士としてなら尊敬に足る実力と覚悟があった。
そんな彼女たちが諦めかけるほど、強化兵士は手強いということだ。
「そんな状況の中で密告があったの。このバルテカ・シティにいる下級サンタからね。強化兵士の秘密を知ってるって。別にその秘密に興味なんてなかったよ。配達道具で強化兵士を量産していることはわかってたんだから」
「それでも取引に応じたのは、配達道具の持ち主が誰かをそのサンタが知っていたからか?」
「そういうことね。誰彼構わず、シラミ潰しに工房のサンタを暗殺して回る戦力はもう残ってない。だけど、準備を整えて奇襲すれば数人のサンタなら暗殺できる……そう考えてたんだけど、現実は門番のあなたたちさえ突破できなかった……」
ナッツの言葉からは、だんだんと力が失われていった。最初は怒りのようなものが込められていたが、最後の辺りは疲れ果てたといった感じの、悲惨なものに成り果てていた。
「それでその能力者は誰か知っているのか?」
リコはカナンやソニア、そしてルシアを狙うサンタ工房の戦力を知る為に……そして、根拠はないがサンタとして質問をした。
「知らないよ。彼女たちは国外への亡命を交換条件に提示してきた。出せるカードなんて、強化兵士の情報しか持ってないんだから、反故にされないためにギリギリまで大切なことは話さないよね、普通。それだけが生命線なんだから。声から嘘を見抜く配達道具にかけたから、情報が本当だってことくらいしか知らないよ。まぁ、その配達道具の持ち主が誰かくらいの予想はあるけどさ」
ナッツが最後にそう付け加えた。強化人間を生み出すサンタはバルテカ・シティにいて、サンタ工房所属。そこまで情報があれば、リコたちが辿り着く結論はナッツと同じだった。
重要な配達道具は高い地位の者が持つ。この地域を支配するサンタ工房の長である、ロメロがその能力を持っている可能性は非常に高い。
「持ち主はロメロか?」
「九割方ね」
一方のカナンは、”彼女たち”と呼ばれた下級サンタの行方が気にかかった。
「ちなみにその密告者は何人だったの?」
「三人。半分真実で半分嘘って分析結果だったから、最後に家族の亡命もふっかける気だっだんでしょ」
カナンからの質問に、真実を答えさせられる。こうして強制的に話をさせられる感覚はとても疲れる。
そんなナッツをよそに、カナンの抱える疑問が一つ解決した。
「リコ、明日のプレゼント配達を何人が休むんだっけ?」
「……三人だ」
カナンの感覚と合わないクリスマス当日の欠席は、まさしくやむを得ない事情だった。
「粛清されたな」
「……嫌な話だけど、下級サンタってそんなものなのかもね。私のいたところがそういうのが、少なかっただけで……」
始末されたのは顔も知らないサンタたち。だが下級サンタが使い捨てにされて行く光景を何度も目にしたカナンには、とても気分の悪い話だった。
「私たちだってちゃんと亡命させられるなんて思ってなかったし、そもそもそんなつもりがなかったことくらい、あなたたちならわかるでしょ?」
ナッツたちの計画は自立兵器を乗っ取り一斉攻撃させるというものだった。それはどう考えても、誰かを亡命させるために使う方法ではない。
兵器開発局は密告者が粛清されることなどわかっていた。それでも戦況があまりに不利であるため、目標のサンタを確定してはいないが、奇襲をかけることで可能な限り多くのサンタを殺し、強化兵士を生み出す配達道具を持ったサンタを始末する計画だった。
「……一つ疑問なのだが、貴公たちがこの地にそこまで固執する理由は何だ? 大量のサンタと兵器を使い潰すに足る理由があるのだろう?」
「そもそも内戦の始まりを知ってる?」
「いや、知らない」
「政府による自治区への立ち退き要求。地下資源の採掘っていう名目でね」
「工房程の技術力がありながら、いまさら地下資源など必要なのか?」
リコたちは疑問に思う。初代サンタが残した技術を用いれば、物質の生成などそれほど難しくもない。それどころか、配達道具を用いれば、事実上の永久機関さえ簡単に作り出せる。
サンタ工房が兵器開発局と戦争してまで欲しがる物質など、この世にあるとは考えにくい。
「その表向きの理由に疑問を持ったから、兵器開発局はこの内戦に介入することに決めた。そもそもこの国に地下資源がほとんどないってことは、二十年前の地質調査で判明してたし」
「だったら、工房とあなたたちは何を求めてこんなことしてるのー?」
「兵器開発局はそれを知らない。工房が何を求めているか、工房のサンタを捕らえたこともあったけど、誰も知らなかった。だけど推測はある。自治区の地下深くの地層に、初代サンタの遺物が眠っている。私たちはそう考えている」
「……それは大量の配達道具か?」
「きっと、それを超える何か……工房はそれを手にすれば世界を、サンタ協会を支配できると、本気で考えてる。そうじゃないと説明がつかないくらい、工房はこの地に執着している」
配達道具を超える、初代サンタの遺物。もしそんな物が実在するのなら、世界の勢力図は一変するだろう。
何の力も持たないリコたちが、腐敗したサンタ協会を変えることが叶うかもしれない、そんな膨大な力。
暴力による変革をリコは望んではいない。だがサンタによる暴力で数え切れないほどの人が傷付き、殺されているというのなら、それ以上の暴力で対抗し、返り血を浴びる覚悟はできている。
リコの思い描くサンタの道に光は見えない。初代サンタが遺した”何か”……いまはまだわからないが、それが希望になるかもしれない。
「……今日聞きたいことは聞けた。終わりにしよう」
リコは考え込みながら、カナンとキャロルに尋問の終了することを伝えた。
「それで、この子どうするのー? 部隊に入れるわけにはいかないでしょー?
」
「……始末して配達道具を奪っても生体認証を突破できない。明日セイレンと相談するが、兵器開発局との交渉材料に使うつもりだ。ここでの記憶を消した上で、カナンの支配を継続させて潜り込ませれば内偵としても使える」
「りょうかいー。そんな風に理解して動くようにするよー」
キャロルは部隊の意向を確認し、カナンは自分の能力でどの記憶を消すかのが最も自然かを考える。
そしてリコは兵器開発局から何を、どのようにして引き出すのか思い描く。ナッツの持つ配達道具は強力で汎用性が高く、有効な交渉材料になる可能性が高い。
謎の初代サンタの遺物、その発掘作業への協力を取り付けられれば、この行き詰まった状況を変えられるかもしれない。
夢のような話だが、初代サンタは善くあろうとするサンタにとって希望の象徴。
伝説に語られるほどの人物なら、サンタ協会が腐敗することを予期し、希望を遺してくれているかもしれない。
希望が見えた時こそ、慎重に動いた方が賢明だ。
各々が自分のやるべきことを考えながら、シャワールームを出ようとする。その背中にナッツが、僅かに残った自分の意思で言葉を投げかけた。
「あなたたちは懲罰部隊と言っても、噂通りなら……サンタであろうとしてるんだよね? リビングから子どもの声が聞こえるし……」
それは疲弊し、絶望しきっている中で、なんとか希望を追おうとしているような、絞り出したような声だった。
「……何が言いたい?」
「強化兵士の中には子どもが大勢いた」
ナッツの言葉にリコは表情を曇らせた。カナンは反射的に怒りを滲ませ、キャロルはサンタ工房の卑劣な行いに対して軽蔑するような表情を浮かべた。
「身元を調べてたら、全員この街の孤児院にいる子だった。ロメロのいるこの街で強化兵士は造られている……サンタとして黙って見ているつもり?」
「……そんな口車に乗ると思うか?」
「さあね……ただ……やれるだけ足掻くだけだよ。クルミお姉ちゃんとパインの為に……」
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