33話 サンタの光と闇 その1
「アカリちゃんは、どこに住んでるの?」
アカリと名乗った女の子は、リコにおんぶされながらホテルへと向かっていた。
傷だらけのアカリは、幼いながらに勇気を振り絞り、逃げ出した。
そこまでの決断に至るまでに、限界を超えて消耗していたはず。サンタとしてリコとカナンは見て見ぬふりはできなかった。
アカリが凍えないよう、カナンは自分の上着を着せてあげたが、サイズが合うばすもなくぶかぶかで、上着というよりも毛布で包まっているようになっている。そのおかげで、暖かさは折り紙つき。
「……ここの近くにある教会に住んでるの」
その短い言葉で、二人はどんな環境でアカリが生活しているのかをおおよそ察した。
この街にある孤児院の数はこの二年で急増した。内戦で多くの人が死に、孤児が急増。そうした子どもたちを救うために、孤児院を増やしたのだ。
しかし利益にならない孤児院の運営など誰もやろうとはせず、押し付けられるように、教会が孤児院の役割を担うことになった。
初代サンタを信仰している教会が、孤児を救う役割を拒絶することはできなかった。
その運営実態がどんな物なのかは、アカリの様子を見れば一目瞭然だ。
子どもを育てるのは大変な役割だ。内戦で家族を失った子を育てるとなれば、生半可な覚悟では務まらない。
それを必要になったからと、その場凌ぎで孤児院を増やしたところで、その仕事に相応しい人材が集まるはずがなかったのだ。
「いままでよく頑張ったね」
カナンは疲弊しているアカリに声をかける。アカリはリコとカナンに体を預けてこそいるが、心まではまだ許せていなかった。
いままで自分よりも大きな人に傷付けられてきたのだから、出会ったばかりの二人を信用しきれないのは当然のことだった。
アカリの表情は疲れ果て、虐待が行われている孤児院から脱出したばかりでということもあり極度の緊張状態にいる。
そんな状態で誰かを信用するとか、あるいはリコの背中で眠って休むといったことができる状態ではなかった。
カナンやリコに、この国で引き起こされている凄惨な出来事を止めるほどの力はない。
懲罰部隊である二人が子どもを引き取り、育てられるような環境を用意することも難しい。
アカリをこの国から連れ出したとして、戸籍を用意してくれるような知り合いもいなければ、継続的な経済的支援を行う準備もない。
この身寄りのない女の子にしてあげられることは、こうしてホテルで一晩匿うことくらい。
サンタとして活動しておきながら、見知らぬ土地で偶然出会っただけの女の子を一人救うことさえ満足にしてあげられない。それがサンタとして情けなかった。
「……」
リコは静かに、背中にある温もりを確かめる。
それはいまにも折れてしまいそうなほどに細く、痩せ細っている。
リコにあるのは虚無感だった。懲罰部隊に入り、人を殺し、サンタでありながら兵器を運び、見知らぬ土地で偶然出会った、助けを求めてきた女の子一人救えない。
自分が今までしてきたことの意味はなんだったのか。こうしてサンタであることを隠し、一時的に匿うだけでは何の意味もない。
いますぐ世界中の全員を助けることは不可能でも、目の前の一人くらい、ちゃんとした形で救いたい。
それが難しいことは、ルシアを見て理解している。
だからといって、ここで諦めてしまったら、自分の中で大切な思いが壊れてしまう。そんな予感がした。
「イズミお姉ちゃん、フィールお姉ちゃん……みんないなくなっちゃった……」
「いなくなった?」
リコは背中に背負うアカリの言葉から、深い悲しみを感じ取った。
「去年のクリスマスにいなくなっちゃった。どこに行ったのか、誰も知らなくて……」
孤児院での虐待。子どもの行方不明。
サンタ工房の支配するこの街で、何かよくないことが起こっている。それだけは確かだった。
※※※
リコとカナンがホテルの最上階にあるスイートルームの扉を開くと、ソニアが三人を出迎えた。
「おかえりなさい……その子は?」
ソニアはリコの背中に乗る女の子を見て、驚きを隠せないでいる。
「この子はアカリちゃん。ここに来る途中でお友達になったの」
アカリは落ち着かない様子で、ソニアのことをチラチラと見ている。
カナンは下級サンタとしての経験から、子どもと関わることに慣れている。ここに着くまでの間になんとか、アカリと言葉を交わせるほどには、関係を深めた。
それに対して、ソニアはサンタとして子どもと関わった経験はない。
ソニアは緊張から軽く深呼吸を行い、サンタに憧れていた昔の自分を思いだし、心に描く。
「えーと……私はソニア。よろしくね、アカリちゃん」
「よろしく……お願いします……」
リコの背中から降りたアカリは、カナンの後ろに隠れ、恥ずかしそうに、そして少し怯えながらソニアに挨拶をした。
「アカリちゃん、中に入ろうか」
アカリは軽く頷き、カナンに連れられて部屋の奥へと入っていく。
そんな二人の姿を見送ってから、リコはソニアに懲罰部隊として、話しかけた。
「ソニア、捕らえたサンタは目を覚ましたか?」
「さっき目を覚ましました。いまはキャロルが監視しています」
「了解した。セイレンの容態はどうだ?」
「サンタの秘薬の副作用で眠っていますが大丈夫ですよ。私が保証します」
ソニアの知らせを聞いて、リコは胸を撫で下ろした。
サンタの秘薬は人間に使う分には副作用もないただのよく効く薬だが、サンタが服用すると人間に比べて早すぎる治癒力が更に高まることにより、意識が混濁してしまう副作用がある。
そのためサンタ戦の最中に使用することは難しく、懲罰部隊ではあまり出番のない薬だった。
「それであの子は……アカリちゃんはただの家出してる子ではないですよね?」
「ああ。戦争孤児を引き取っている孤児院で暮らしているようだ。そこで虐待を受け、逃げ出してきた」
「……今日の任務のせいで、アカリちゃんみたいな子が……」
ソニアはリビングに向かうアカリの背中を、どうしようもない感情で見つめている。
懲罰部隊として、ソニアたち五人は命を危険に晒してまで、兵器を護衛した。その結果、アカリのような悲惨な境遇の子どもを大量に生み出すことになる。
そこまでして得た成果が配達道具一つと、捕虜一名。
ソニアはサンタに憧れ、サンタになった。それだけだったのに、気付けば下級サンタの派閥の底辺でひたすら搾取された。
そこから逃れるようにして懲罰部隊に入ったが、そこで待っていたのは、サンタとして許容し難い任務の数々。
「卿が気にすることではない。全て私の不徳だ」
リコはソニアの苦悩が痛いほどよくわかった。
最早その痛みを感じなくなるほど、サンタとしての矛盾に苦しみ抜いた。
こんな言葉一つで和らげられるなどと思ってはいない。それでも、ソニアやカナンにそうした苦悩を背負わせるのは嫌だった。
「リコが悪いわけじゃないです……こうするしかなくて、どうしようもないから……」
二人は重い心持ちで、廊下を歩く。
シャワールームの扉が少し開いており、そこからキャロルの姿と椅子に縛り付けられたナッツの姿が見える。
そこを横切り、リコはベッドルームの扉を静かに開き、クイーンサイズのベッドで眠っているセイレンの様子を確認する。
ソニアの言葉を疑ったわけではない。それでも自分の目で確かめて、安心したかった。
リコとソニアがリビングルームに入ると、カナンとアカリが会話に花を咲かしていた。
過酷な環境を生き延びてきたアカリが、カナンに心を開きかけている。
リコとソニアはソファーに座って並んでいる二人を見て、カナンが配達実績がいいだけのサンタでないことを再確認する。
ルシアに比べてカナンの戦闘能力は劣っている。だがそんなことよりも、サンタとして本当に継承すべきことを彼女は継いでいる。それがルシアの誇りだった。
「アカリちゃんは頑張り屋さんだね」
「そう……かな……」
「そうだよ。逃げるのって、とっても勇気がいるから。アカリちゃんのことは私たちがなんとかするから安心して」
カナンはリコとソニアの姿を認め席を立った。
「リコ……あの、さ……」
「わかっている。何か方法を考えよう。幸い、明日、明後日は滞在可能だ」
「そのこともだけど、捕らえたサンタの尋問のこと」
「……アカリちゃんのことは構わないのか?」
「嫌な仕事は先に終わらせておきたいの。尋問なんてクリスマスイブに持ち越したくないから」
「そうか……すまないな」
尋問にはカナンの配達道具が必要だ。リコとキャロルだけで行うことはできない。
「ソニア。私がいない間、アカリちゃんのこと、お願いしてもいい?」
「えっ、はい、構いませんけど……私なんかで大丈夫でしょうか……」
「ソニアだから任せられるの。それと、ここ何か食べる物ある? ここ何日かまともな食事をしてないみたいで……」
「口に合うかはわからないが、ルームサービスを使ってくれ」
リコは何気なくそんなことを言っているが、このホテルは高級だ。
ルームサービスの値段は下級サンタでは手が届かないレベルなのは間違いない。
「結構高いと思うんだけど……いいの?」
「隊長の給料は良いからな、問題ない。それに、子どもたちのために使えるのなら、それよりいい使い方はない」
ある程度以上の地位があるサンタは、基本お金に困ることはない。
使い道がないのだ。サンタ協会内での買収に、金銭は使い物にならない。
その気になれば単独で軍隊をも壊滅させられるサンタは、脅迫相手には困らない。リコはそんなことをしないが、他のサンタは違う。
少し力を振るえば無限に引き出せる金に、誰も価値など感じない。
サンタ協会内での通貨は三つ。配達道具、地位、暴力だ。
「わかりました。アカリちゃんのことは任せてください」
ソニアはカナンとリコに汚れ仕事を押し付けることに躊躇いを覚えながら、シャワールームに向かう二人を見送った。
そして生まれて初めて、ちょっとサンタらしいことができる喜びを感じていた。
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