32話 懲罰サンタがやってくる その3


 



「ねえ、少しいいかしら?」


 駅の出口に着いたリコとカナンは一人のサンタに声をかけられた。彼女は美しいサンタ衣装を身に纏っており、身分の高いサンタであることが見て取れた。


「手短に頼む。戦闘の後で疲れている」


「初めまして。この地区のプレゼント配達を統括しているイーティーです。本来は懲罰部隊の方に頼むことではないのですが、優秀な元下級サンタが所属していると聞いて……」


 イーティは本題を言い出しにくそうにしている。とはいえ、ここまで言われればプレゼント配達をするサンタの事情には明るくないリコでも、何を言いたいのか大体の予想がついた。


「プレゼント配達をするサンタに欠員でも出たの?」


「はい……三人ほど。可能な限り声をかけたのですが、手の空いているサンタが見つからず……この地域のサンタでもなく、懲罰部隊の方にお願いするのは非常識だとは思いながら……」


 リコとカナンは目を合わせる。いまの所は怪しさを感じないが、カナンの下級サンタとしての経験上、プレゼント配達を休むサンタはいない。


 下級サンタがプレゼント配達を休むくらいなら、そもそもサンタをやめている。そのことが引っかかった。


 リコはカナンの考えていることを読み取り、無難な返事をすることに決めた。


「残念ながら私が手を貸すことはできない。プレゼント配達の方法は教本程度の知識しか持っていないのでな。だが、部隊員には貴公の提案を伝えておく」


 その返事を聞いてイーティの表情が途端に明るくなる。


「本当ですか! 助かります!」


「みな負傷している。いい答えは期待しないでくれ」


「無理を言っているのは私の方ですから、お気になさらないでください」


 そう言ってイーティはお辞儀をしながら、駅のホームへと向かって走り去った。


「これでよかったか?」


「うん。だけど懲罰部隊的にプレゼント配達を私がしても良いの?」


「聞いたことはないが、規則で禁止されてはいない。それに少しはサンタらしいことも卿に必要かもしれないと思ったのだ……迷惑だったか?」


「迷惑なんて……ただ、懲罰部隊にいるから、これも何か裏があるかもって。それにサンタなのに兵器を運んでおいて、プレゼントを配るなんて虫がいいんじゃないかなって……」


 リコはそれに答えることができなかった。リコがプレゼント配達を受けなかった本当の理由は、技術的なことではなかった。


 自分にはもうサンタらしくプレゼントを子どもたちへ届ける資格など残っているはずがない。懲罰部隊として散々人を殺し、兵器を運び、薬物を運び……サンタらしいことをして心を癒やすことなど、自分で許せなかった。


「……受けるかどうか、少しの間考えようかな。良い思い出なんて少ししかないけど、プレゼント配達は好きだったから」


「ああ。それがいい」




 二人は駅の外に出た。そこは一面の銀世界だった。


 熱帯に位置する国の首都でありながら街路樹には雪が積もり、クリスマスのイルミネーションが街を照らしている。


 歩道や道路は電気で温められているからか雪は積もっておらず、歩くことや車の運転にも影響がない様子だった。


「噂通り、街の中は寒いね」


「そうだな。やはり工房の気候操作技術は凄まじい」


 二人はソニアたちがいるホテルへ向かって歩き始めた。


 もうすぐ日を跨ごうというのに、街は人で溢れかえっていた。道路も往来する車の群れで少し混雑している。


 クリスマスプレゼントを滑り込みで買おうとする者。明日のディナーを何にしようかと悩む者。クリスマスの喧騒に包まれた街はまだまだ眠りそうにない。


 サンタとして生きることを決めた時点で、カナンはこの明るく慌ただしい空気の中に入ることは難しくなった。クリスマス直前のサンタは忙しいからだ。

 

 そのことに寂しさを感じていない訳ではないが、こうした喧騒を眺めているだけで、幸せな気分に浸れる。だからクリスマスが好きという気持ちが揺らぐことはなかった。


「今頃、ルシアお姉様は何をしてるのかな」


「きっとサンタらしいことをしている。ルシアは私とは違う」


 そう言いながら、リコはどこか遠くを見つめている。


 リコと同じ懲罰部隊として一年過ごし、カナンは彼女の苦悩が少しだけわかるようになった。


 サンタの不正を正したいと願いながら、できることといえば、今日のような兵器の護衛か、サンタ製薬物の密輸といった、将来的に子どもたちを殺す仕事をこなす毎日。


 リコたちは悪しきサンタに叛旗を翻す機会を、牙を研ぎながら身を潜め待っている……と言えば聞こえはいいが、その実サンタ協会の圧倒的な力を前に、翼を捥がれているだけ。


 千二百年前にサンタ協会を正した懲罰部隊の伝説に憧れ入隊したリコの志は、懲罰部隊としてサンタの道に反する仕事をこなす度に傷付き、いまではすっかり迷子になったままで、出口はいつまでたっても見えないまま。


「マナちゃんを助けようとするルシアお姉様を助けてくれた。サンタとしてそれで充分ってことはないと思うけど、リコはできるだけのことをしてくれた」


「あれは……あの瞬間はサンタらしくという気持ちだけだったが……自分のためだったような気がする」


 リコがルシアへ寄せる感情が何に起因しているのかをカナンは知らなかった。セイレンはそれを知っているようだが、それを知ろうとするのには抵抗があった。


 カナンは自分とルシアの関係に安易に踏み込まれたくない気持ちがある。それはリコも同じだろうから、彼女とルシアの関係に踏み込むことをするつもりはなかった。


「自分の為でもいいじゃない。実際それで二人助かってるんだから」


「……当然のことをしただけだ。私には……ルシアへの責任がある……」


「責任ね……何があったのかなんて想像もつかないけど、ルシアお姉様はそんな風にはきっと思ってないよ」


 二人はカラフルに煌めく街路樹の下を歩く。二人の表情に、クリスマスを目前に控えたサンタらしさなど、どこにもなかった。


 サンタ協会に入り本物のサンタになるよりも、街角でサンタの衣装を纏い、クーポンを配る仕事をする方が子どもたちを、そしてその家族を笑顔にできる。


 リコは懲罰部隊として、人を傷付けることしかしてこれなかった自分のことを、少しでもサンタだと思えたことなかった。


 レストランでも開いて、クリスマスに七面鳥を焼いていた方が、いまよりもよほどサンタらしかった。そんな風にすら思えた。


 そんな自分の方が、ルシアの前に姿を表すのに、相応しいように思えてならなかった。


 


 そうしてホテルへ向かっている時だった。カナンの足に突然女の子が抱きついてきた。


「……お姉さん……助けて……」


 カナンとリコは、その女の子の姿を見て言葉を失った。


 氷点下の中を出歩くには、あまりに無防備な薄くボロボロの服。露出した肌に残る虐待の痕。食事を満足に取れていないのか、体が棒のように細い。


 事情はわからないが、助けを求めていること。そして誰かの助けが必要なことだけは確かだった。


「勇気を出して逃げ出してきたんだね。頑張ったね」


 カナンは反射的に女の子を抱きしめ、頭を優しく撫でる。そしてこの子をどうやって助けるのかを考え始める。


「……お家に戻りたくない……」


 その言葉を聞いて、カナンはリコの方を見る。


 この子に本当に必要な助けがなんなのか、それはわからない。手を貸してしまうことで、より不利な状況にこの子を追い込んでしまうのではないか。


 自分たちが手を差し伸べることで、見知らぬ誰かに助けを求めるまでこの子を追い詰めている者を逆上させてしまうかもしれない。


 だからといって、ここで見知らぬ女の子を見捨てられるほどリコは立派な懲罰部隊ではなかった。


 最後まで助けられるかはわからないし、状況を悪くしてしまうかもしれないが、少なくともいまこの瞬間だけなら、ちょっとでもマシな環境に匿うことができるから。


「一緒に来るか? 私達は観光客で、あのホテルに泊まるのだが……」


「……いいの?」


 女の子が躊躇いがちに、リコの方を見つめる。


「もちろんだ。少し早いが、私たちからのクリスマスプレゼントだ」

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