31話 懲罰サンタがやってくる その2

戦闘の余波で半壊している電車がバルテカ駅に入る。そこにはサンタ工房所属と思われるサンタが、数十人も配置されていた。


 リコは敵を制圧したことを伝えていたが、リコたち全員が配達道具で支配されている可能性がある以上は、工房側としては警戒しておくのが最善の選択だった。


 そんな警戒感剥き出しの駅の中に、リコとカナンは足を踏み入れた。


「多いね。この数で一斉に来られたらさすがにどうにもならない」


「そうならないようにする」


 リコは予想以上の戦力を前にしても動じることはなかった。この程度で気圧されるようでは、懲罰部隊は到底務まらない。


 

 電車を降りたリコを迎えたのは、この街を事実上支配しているサンタ工房バルテカ支局工房長であるロメロと、その秘書を務めているアリスという二人のサンタだった。


 懲罰部隊であるリコたちと同様に、ロメロとアリスはサンタらしい意匠が所々にあるだけのスーツを身につけているだけで、サンタ衣装を身につけてはいない。


 クリスマスイブを一時間後に控えている状況だが、サンタらしい体裁を少しでも整えようという意思はないようだ。


「その様子だと敵の支配下にあることはなさそうだね」


 顔を合わせてすぐ、ふてぶてしい態度でロメロがそんなことを口にする。それはリコを上回る暴力を行使可能という安心と、自分の戦闘能力への自信からくるものであった。


 彼女の隣にいるアリスの瞳は、メガネのレンズの奥で動くことはなく、まるで感情がないかのよう。


「当然だ。懲罰部隊がサンタ相手に負けることなどありえない」


 リコはそう言い放ちながら、極力アリスと視線を合わせないように気を配る。


 優れた身体能力を持つサンタに視力の矯正が必要になることなどない。アリスが身に付けているメガネが、彼女の配達道具であることは明白だった。


 リコはその形状から、視界に入るか視線を合わせることで能力が起動すると推測する。アリスの視界に入ることは避けられないが、視線を合わさないことなら徹底できる。


「それで、襲撃してきたサンタは捕えてくれたんだよね。引き渡してもらってもいいかな?」


「車内でカナンが監視している。電子戦特化と思われる者と、地雷を設置して穴を開ける能力の二人組だった」


「そう。関係ないけれど、貴女の部隊にいる残りの……確か、キャロルとソニア、それと懲罰部隊には珍しい副官ってことになってるセイレンはどこにいるの?」


「セイレンは重傷を負ったので、途中で降ろした。ソニアの配達道具で治療可能な場所に運ばせている。キャロルはその護衛だ」


「私たちが貴女たちを襲わないとは限らないし、人選の理屈は通ってる……仕方ないからそういうことにしておいてあげる」


 ロメロは特に表情を変えず、リコの供述を受け入れた。


 彼女は兵器開発局のサンタが最低でも三人はいて、ソニアとキャロルが捕虜を運んでいることを確信している。


 サンタ工房が配達道具を各サンタ組織に納品している関係上、誰がどんな能力を持っているのかは当然把握している。


 パインたち三姉妹が今回の襲撃に使用されるのは予想していたし、電車の損傷から三人で襲撃を行ったことはわかる。


 リコに対して一人足りないと迫ることは可能だが、そこまでする旨味が彼女にはなかった。二人も三人もそれほど変わらない。ゼロでさえなければそれでいい。一人いれば情報は引き出せるのだから。


「今回は私たちが依頼者な訳だしね。なんなら襲撃者は一人だったことにしておいても構わないけど。それでも充分利益は出るから」


「懲罰部隊相手に恩を売ってどうする。より多くの利益を取ればいい」


「後で私に脅されて、多めに捕虜を引き渡したって問題にしないでね。懲罰部隊との関係を悪化させたなんて、大きな責任を私は負いたくないからさ」


「ならば捕虜の引き渡しなど最初から求めないことだな」


「工房の方針なんだから逆らえないんだよ。お互いオーナーからの命令には苦労させられてるでしょ?」


「どうだろうな」


「まあ、今回の護衛依頼も、名義は私からになってるけど、実際は本部の工房長からだからさ。護衛お疲れ様。それじゃ、捕虜を引き取りに行かせてもらおうかな」


 ロメロは作り笑いを浮かべながらアリスの手を引いて電車の中へと入っていく。そして二人と入れ替わるようにして、カナンが電車から降りてきた。


「お疲れ様。いろんな意味で後味が悪いね」


 カナンは誤魔化すように笑いながら、そんなことを言っている。


 カナンは担当地域の配達実績は常に二位で、ルシアが配達を”サボった“年は一位になれるほどに優秀だったせいで、相当目の敵にされていた。


 それ自体はほとんど気にしていなかったが、事情を抱えて悪い子にならざるを得なかった子を、懲罰部隊に奪われた時は、後味が悪かった。


 それと同じくらい、懲罰部隊としての任務は辛いことばかり。


 自分たちがどれだけ頑張ったところで、笑顔になる人は一人もいない。


 そしてどんな形であれ同じサンタの命を奪うことも多い。


 まともなサンタでは、とても続けていられない。


 カナンが正気を保てているのは、サンタとしての志があるからだ。


「卿も含めて、理解してくれている者が私の周りには多い。本当に私は恵まれている」


「とにかく、ルシアお姉様に向いてないのは確かね」


「……すまないな、巻き込んでしまって」


「ルシアお姉様が帰って来れるサンタ協会に、力を合わせて変えて行くんでしょ。私はルシアお姉様が異端サンタ呼ばわりされるのが納得できないの。巻き込まれたつもりはないから」


「すまない。卿には助けられてばかりだ」


「はいはい。それより、皆のところにそろそろ向かおう。ここでやることはもうないでしょ」


「そうだな」


 カナンの言葉を受けて、二人は駅の出口へと向かった。

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