34話 サンタの光と闇 その2
「ソニアは相当消耗していたな」
「サンタ始めた頃の私よりもね。悪い子相手にするのと違って、懲罰部隊の任務はサンタとの矛盾が大きいから」
「……すまない。私が巻き込んだばかりに」
「なんでリコが謝るの。最終的に懲罰部隊に入ることを選んだのはソニアだし、私もそう。落ち着いたら下級サンタに戻す気満々だった」
カナンとソニアが懲罰部隊に入った理由はそれぞれ異なるが、そのきっかけは同じだった。
それは去年のクリスマスイブに起きた、ルシアを暗殺しようとしたハイサムの事件であり、その顛末はリコが想定したよりも悪い結末を迎えた。
なんとなく察してはいたが、ハイサムは数年前までサンタ工房に所属していた。
それが意味しているのは、彼女はサンタ工房が懲罰部隊に潜り込ませた、スパイのような役割を担っていたということ。
懲罰部隊に他のサンタ組織の手が入ることを快く思っていなかった懲罰部隊総隊長であるマンユは、ハイサムの死に手を貸したリコの部隊と、ルシアのことも表向きは庇ってくれた
ルシアの追跡任務はリコの部隊に一任され、ハイサムを事故死として処理し、ルシアの罪状をマナという少女の誘拐だけに留めてくれた。
とはいえバックアップしてくれたのはそれだけであり、むしろそれ以外の部分こそが問題だった。
それが何かというと、ハイサムの持つ配達道具がルシアにより持ち去られていたことだ。
ハイサムの配達道具が写真を撮り、その写真に行ったことを実現させる能力なのは形状と戦闘現場の状況から推測できた。そこから予想されるのは、この配達道具が戦闘以外の用途で運用されていた可能性だ。
サンタ工房にとって利用価値のある相手を写真に収め、脅迫を行う。射程距離のない能力で、いつでもどこでも殺せるとなれば、その脅しの効果は計り知れない。
どれだけ優秀なサンタでも油断する瞬間はある。不意打ちで撮影されてしまえば最後。死ぬまでサンタ工房に屈することしか、生き残る道はない。自分の写った写真を少し炙られでもすれば、抵抗の余地が残されていないことを誰でも理解する。
行き過ぎた推測なのかもしれない。だがサンタ工房によるリコの部隊、そしてルシアへの追跡と調査は明らかに度を越していた。
懲罰部隊に幾度となく要求された、ハイサムの配達道具の行方を調査する、”サンタ工房の息のかかった”第三者機関の設立要請。それが受理されないとなれば、ハイサムの配達道具を鹵獲した可能性の高いリコの部隊を調べ始め、サンタ工房に拉致されそうになった部隊員まで出してしまった。
ルシアが持ち去った可能性も考え、彼女の行方を知る可能性の高いカナンと、直前まで接触していたソニアへの執着は相当なものだった。
もはや二人を下級サンタに戻して保護できような状態ではなく、懲罰部隊という後ろ盾を持つリコの庇護下に置くことくらいしか、二人の安全を確保する現実的な選択肢はなかった。
サンタ工房のそうした行動が少しずつ明るみに出始めると、一部の上級サンタがサンタ工房への不満を口にするようになった。これ以上ないほどの弱みであった写真が効力を無くしたことが、徐々に広まり始めている。
サンタ工房はハイサムの配達道具を失ったことで、サンタ協会内での影響力を低下させた。それを取り戻す為にハイサムの配達道具を回収したがっている。今日の任務もそうした行動の一貫なのは明らかだった。
護衛の過程でリコの部隊に負傷者が出れば、治療と称して息のかかった病院に拉致し、尋問を行う。
カナンが持つような精神操作を行う配達道具であれば、傷も残らず、尋問の記憶も消せる。表面上は懲罰部隊とサンタ工房の間に、トラブルはなかったことになる。
現実はそうはならなかったし、表立ってリコの部隊を攻撃することは、懲罰部隊とサンタ工房による全面戦争に直結するため現状は安全だが、この先もそれが続くかはわからない。
行方をくらませているルシアも、サンタ工房相手にどれだけの間、姿を隠し続けていられるかはわからない。
「……なんと謝罪すればいいのか……」
「まったく……この一年毎日のように、同じようなことを。そんな過ぎたことを言う暇があったら、早くそういう面倒な連中を黙らせる方法考えてくれた方が、よほど私の為だよ」
刺々しい口調とは裏腹に、笑顔を浮かべながらカナンは言う。カナンにしてもソニアにしても、巻き込まれたことについてはあまり不満はなかった。というより、巻き込まれたという意識そのものがほとんどなかった。
カナンにしてみれば、憧れのルシアがサンタ協会を見限ったのだから、自分もそうしただけのこと。
むしろルシアが帰って来れるようなサンタ協会になればという思いで、リコに協力している。ハイサムのことはきっかけではあるが、懲罰部隊に入った動機そのものではない。
ソニアにしても、下級サンタの中で幅を利かせている派閥に目をつけられ、命の危険を感じるようなことをさせられていた。それならば、リコの語る夢や自分を気遣ってくれるカナンと共にいられる道を選んだ方が幸せだと思った。
リコは二人のそうした気持ちを理解しつつ、どうしても拭いきれない罪悪感があった。それは自分が語るサンタらしい夢に、自分が向かえていないからなのかもしれない。
サンタらしくあることの難しさを誰よりも知っているカナンとソニアは、具体的な行動をほとんど取れていないリコに失望したりすることはなかった。
それがリコには余計に辛かった。
※※※
シャワールームに入った二人は、キャロルと捕えたサンタの視線を同時に受けた。
「おかえりー。あれから面白いことあったー?」
キャロルはほんの一時間前まで殺し合っていた相手を前にしても、いつもの調子を崩さない。それは戦闘など最初からなかったかのようにさえ感じさせる、あっけらかんとした態度。
「明日のプレゼント配達の人員を探していることと、女の子に助けを求められた」
「さっきの声はそういうことねー。それで、二人揃って来たってことは、やるつもりでしょー」
「不本意ながらね」
カナンはそう言って、縛っているサンタの顎を右手で優しく掴む。
「上手なやり方教えてあげよっかー」
そう言って煽るキャロルの体が突然、見えない何者かの手によって地面に這いつくばらされた。
「いつまでたっても懲りないね、キャロルは」
カナンは優しく微笑みながらキャロルのことを見つめる。
サンタ狩りを行い、何人ものサンタを捕らえていたキャロルが、何の制約もなしに外を出歩けるはずがない。
その制約とは、カナンの配達道具の支配下に置くことだ。
あまりに支配が強いと、キャロルの強みである冷静かつ素早い判断能力が失われるため、軽い支配に留めてはいる。
だがカナンを遥かに上回るキャロルであっても、飼い主であるカナン相手では万に一つどころか、京に一つも勝てない。
それほど配達道具による支配には、絶対的な効果がある。
「カナンのお仕置きは優しいからねー。懲りる必要ないんだもん。それに、こういうの実は嫌いじゃないかもだしー」
「はいはい。また遊んであげるから、早く始めるよ」
あまりに定番化してしまい、リコは二人のやり取りに険悪な雰囲気を感じなくなって久しい。
実際、いまのカナンとキャロルの仲が悪いと呼べるかは怪しい。二人の関係はサンタと悪い子の延長線上にあり、カナンはキャロルにされたことを許してはいないが、恨みの感情は懲罰部隊として共に任務を遂行する間に徐々に消えつつあるようだった。
カナンが戦闘中危機に瀕した時、真っ先に助けに入るのはいつも決まってキャロルだ。どれだけ無茶だろうと、助けようとするものだから、カナンの方がキャロルを配達道具で操作し、動きを止めることがあるほど。
キャロルの歩んできた人生は過酷なだけに、言葉で謝罪し許されようなどと、そんな甘えた考えは微塵もない。
キャロルがカナンに謝ったことは今までに一度もない。徹頭徹尾、行動で示す。カナンの代わりに傷を負い、笑う。
カナンはキャロルと戯れながら、自分の配達道具である口紅を塗り、捕らえたサンタに唇を重ねる。
支配の強さはキスの時間で決まる。三秒も続ければ、完全に思い通りに相手を支配出来る。十秒キスを続ければ、自力で心臓を動かすことさえ不可能になる程の強い支配になる。
尋問するには三秒でも自我を削ぎ過ぎであり、カナンは一秒と二秒の間くらいで唇を離した。
「支配入ったよ。で、何から聞く?」
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