28話 下級サンタの共同戦線 その1
狭い車内の中では取り回しが悪く、カナンとソニアはバイクから降りる。
そして用済みとなった車体は、ソニアの右人差し指に嵌めている指輪へと格納された。
決して広いとは言えない車内で対峙する二人と一人のサンタ。
一度は敗走を余儀なくされたが、戦場に舞い戻った者達と、血路を切り開かねばならなくなった者。
目の前の敵をただ無効化するか、時間を稼いでリコの到着を待ってもいいカナンとソニア。
素早く敵を排除し、重傷を負い行動不能となった三人の家族を救い出さねばならないパイン。
著しく戦況が悪化したパインには、状況を精査している猶予さえ残されてはいない。
それでも家族揃って生き残るために、覚悟を決める。パインは事前に用意しておいた、中身の入った地雷を三つ全てをホルスターから取り出す。
「ソニア、焦る必要はないから。冷静にね」
「はい……もうさっきみたいに、判断を誤りません」
姿の見えない敵のプレッシャーに負け、カナンを危険に晒したソニアは、とにかく冷静であれるように努めた。
自分のことを救い出す過程でダメージを負い、右肩を庇っているカナンを見て、一層その思いを強める。
そんないまのソニアが、まともな状態でないことを、カナンは見抜いている。冷静であろうとしすぎて、空回っているような状態だと。
だがカナンはあえてそれを口に出したりはしない。ソニアに欠けているのものは、準備や心構えではない。
まして、彼女が必要としているものは、勇気付けられるような格言などではない。
実戦経験と失敗と勝利だ。それさえあれば、ソニアは成長できる。
昔ルシアがしてくれたように、ソニアがミスをした時、それが原因で死なないよう、側で支える。それが師である、カナンの役目だ。
「戻ってきた執念は認めるけどさ……こっちはもうあんたたちに構う余裕はないの。もう一回出ていってもらうよ」
パインは手に持った地雷を一つ、五メートル先にいるカナンとソニアへと放り投げた。
それを見て二人は咄嗟にそれぞれ左右へ同時に跳んだ。地雷の中身の放出はさっき一度確認している。決して紙一重で避けるようなことはしない。
「そりゃ、避けるよね!」
パインは残り二つの地雷を、直進してくるソニアへ向かって偏差投げした。
カナンとソニアを比べた時、身体能力にほとんど差はない。だがソニアには経験が圧倒的に不足している。そこからくる判断ミスが巡り巡って、カナンを窮地に追い込むことは実証済み。
それが二人の弱点。パインはひたすらそこを突く。
弱いから死ぬのではなく、未熟者をカバーしようとするカナンの情が、二人を殺すのだ。
カナンが窮地に陥ったソニアをあっさりと見捨てていたのなら、パインは最初の段階でやられていたかもしれないのだから。
「ソニア、自分で対処できる?」
「はい、もう間違えません」
パインの洞察した通り、ソニアには攻撃を受けることによる痛みや死への恐怖があった。
だがそれよりも自分のミスでカナンを危機に陥れる無力感の方がずっと怖い。
カナンはパインに向かい直進を続け、ソニアは立ち止まり投擲された地雷への対処を始める。
ソニアは指輪からバイクの前輪部分だけを展開する。それは刀身がタイヤになった大剣のような外見をしており、サンタの筋力でなければとても持つことなど不可能な重量。
全力で振るえば壁や床なら粉砕可能な前輪で、ソニアは自分に飛来してくる地雷を二つまとめて斬り払った。
地雷の中から壁や床が放出されても、それごと破壊するつもりで放った一撃だっだが、何事もなくなく地雷を後方に弾いた。
あまりにあっさりと攻撃をいなせたことに疑問を感じる。その直感通り、攻撃の狙いはソニアではなかった。
彼女が弾いた二つの地雷は、最初に投げた地雷の方へと向かっていた。
偏差投げすることで、真下へと叩き落とさせないようパインは計算し、ソニアはその通りに対処してくれた。
「カナン!」
ソニアは叫んだ。自分が招いた危機を悔いるよりも先に。
地面を転がる最初に投げられた地雷が起動し、床だった物が放出され、そこに後に投げられた二つの地雷が反射し、カナンの方へと弾かれる。
ソニアはそれを止めようとするが、突然自分のいる床に穴が空いた。
パインは透明化が解除された時に備え、車体の裏に仕込んでおいた地雷を起爆させた。
完全な不意打ちを食らったソニアは、線路に落下しそうになりながらも、手に持った前輪部分を床に引っ掛け、電車にしがみつく。
しかしこの状態からでは、カナンへの援護ができない。
カナンはソニアの身に何が起こっているのかをおおよそ把握している。だがソニアを引き上げようとはしない。パインとの距離が二メートルもないからだ。
この距離なら近寄り決着をつけるべき。
カナンはパインへと走りながら、背後に迫る地雷の位置を確認する。
このままではパインとの距離を詰め切るよりも早く、背後から飛来する地雷が自分に当たる。
「対処するしかないか……」
カナンは走るのをやめ、背後を振り向いた。パインよりも先に、攻撃をかわす。
「懸命な判断だね」
パインは二つの地雷を起動させ、壁だった物を放出し、カナンに明確な攻撃を仕掛けた。
少しずらして投げられた地雷からは、折り重なるように二枚の壁が放出される。
それは上下左右、あらゆる回避が困難になるよう、計算しての攻撃。
飛来するあの床をサンタの力で殴れば、破壊できる。だがその隙を突いて、二枚目がカナンに命中する。
回避も破壊も困難。名案が浮かばない中、カナンは読みだけで、足元に嫌な予感を感じ、床を蹴って空中に跳ぶ。その直後床に穴が空いた。
眼前に迫った危険を回避できないまま、空中に跳ばされたカナンに選択肢はない。
無事では済まないと確信しつつ、拳にサンタ膂力を溜め、飛来する壁を砕く覚悟を固める。
「カナン! 上手く使ってください!」
そんなソニアの声と共に、カナンの眼前に迫った壁に一本の煙突が貫通し、突き刺さった。
ソニアが大剣として用いていたのが、後輪ではなく前輪だったことが生きた。
車両に戻るのは難しいが、前輪の部分から、バイクの本体を出現させることで、主砲をカナンの方へと向けられた。
「ありがとう!」
カナンは体を水平になるよう回転させ、煙突の中へ滑り込むようにして、壁との激突を回避する。
「ソニア! 手を貸すよ!」
「いえ、それよりも!」
カナンは迫りくる二枚の壁を回避したことで、ソニアを助けられると考えた。
放たれた壁はカナンの先にいたパインへと飛んでいる。
その対処をしている隙にソニアを救出することで、二対一に持ち込むべきだと考えたのだ。
だが彼女の視界の端で、パインに迫る壁が突然姿を消した。
彼女の両手に握られている地雷型配達道具。自分で放った壁を、自身の配達道具で回収することで、素早く回避を行い、それと同時に中身を装填し直した。
大切な家族を救うと覚悟を固めたパインに隙はない。攻め手を決して緩めはしない。
一切の容赦なく、目の前の敵を殺す。
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