29話 下級サンタの共同戦線 その2


「懲罰部隊と近接戦はやりたくなかったけど、仕方ない」


 パインは所属している組織の性質から、サンタ相手の戦闘技術はそれほど高くない自覚があった。


 だからカナンとソニアの二人を相手に、地雷を用いた中距離戦だけで倒すには時間がかかりすぎる。二人の処理に手間取り、リコやキャロルがこの場に現れてしまえば、もうどうにもならない。


 となれば、中途半端な形とはいえ、カナンとソニアを分断しているいま、素早く決着をつけるしかない。


 パインは一気にカナンとの距離を詰め、近距離戦での短期決着を狙う。


「うぐっ……」


 カナンはパインの膝蹴りを両腕で受け止め、その威力に呻き声を上げた。


 兵器開発局のサンタは懲罰部隊と比べて、サンタ戦の技術において劣りはするが、戦闘技術の基礎はある。当然、訓練しているのだから身体能力において見劣りする要素はほとんどない。


 そして、カナンには電車から落下した時のダメージがある。


 無傷のパインの攻撃を軽く受け流せるほどの余力は既になかった。


 そしてカナンが苦戦を強いられている理由はもう一つある。


 カナンはパインの攻撃を受け止めながら、彼女の両腕に握り込まれた地雷に注意を払わねばならなかった。


 こんな至近距離で壁を撃たれてしまえば、速度と攻撃範囲も相まって、回避など到底不可能。


 既にダメージを負っているいまのカナンが、壁と激突すれば致命傷だ。


 パインの両腕を自分に向かせないようにすること。それしか対策はない。


 そのことを理解しているパインは、徹底的に足技で攻めた。


 地雷を握った両腕に意識を払わねばならないカナンは、足への注意を薄くせざるを得ない。


 パインは蹴りに合わせて、両腕の角度を変えたり、フェイントを織り交ぜる。手のひらを自分に向けさせることが、致命傷になると分かっているカナンは、パインの腕が動こうとする度に、自分の腕を使ってその動きを封じにかかる。


 そんなことをすれば当然胴体のガードが甘くなる。その隙にパインは蹴りを叩き込む。


 これこそ予備動作が少なく、高威力な配達道具の有効な使い方だった。配達道具に意識を向けさせ、行動を縛り、格闘術で仕留める。


 この動きを徹底されると、サンタ同士での組手を日常的に行なっている懲罰部隊であっても、かなり苦しい。


 リコやキャロルには及ばないが、カナンの戦闘技術はルシア譲りで、非常に高い。そんな彼女がパインの蹴りを何度もその身に受け、内臓にダメージを受け、骨にヒビが入り始めている。


 このままでは、じきにカナンは致命傷を負う


 その様子をソニアはただ眺めているわけではない。照準をパインに合わせようとしているが、パインはその射線上にカナンを上手く誘導させている。


 煙突を打てないのなら、なんとか車内に戻りたいが、パインは手のひらをソニアの方に向けているせいで、復帰行動を取ろうとすれば、その隙に壁を撃たれてしまう。


 カナンはパインによる猛攻に耐えながら、打開策を探す。


 カナンの配達道具は相手の唇にキスしてしまえば一撃で終わる、洗脳系の能力だ。


 一度相手を能力の支配下に置いてしまえば、思考のみで操作できる配達道具の使用さえ許さない。


 だがキスを仕掛ける隙など、パインにはない。


「ソニア! 撃って!」


 カナンは自身の配達道具で決着をつけることではなく、ソニアとの連携で勝つことを決めた。


「で……」


 “でも”……そんな言葉が出かかったが、いまはそういう場面ではない。


 煙突を撃てばカナンとパインの二人を巻き込むことになる。それでも、二人同時に倒せたなら人数差でカナンとソニアの勝ちだ。


 自分しか残っていないパインは相打ち上等の攻撃を、回避するしかない。そうなれば必ず大きな隙が生まれる。


 だがそんな現実的な判断を実行する勇気、ソニアにはなかった。


 自分をこの一年、見守ってくれたカナンごと撃ち抜く。


 ただサンタに憧れ、サンタになったソニアには、仲間を道連れにして敵を倒す。そんな懲罰部隊らしい覚悟はまだできていない。


 もちろん、このまま状況が推移していけば、リコが到着するまで状況は悪化していくだけ。


 リコが間に合わず、カナンは殺されるかもしれない。わかってはいるが、引き金にかける指がどうしても躊躇ってしまう。


 その瞬間、ソニアの頭に浮かぶ一つの仮説。パインの手の中にある地雷から感じる、自分の配達道具による理の揺らぎ。


 問題は自分の意図にカナンが気付いてくれるかどうか……これが思いつく中では最善の策だが、自分の中の最善でカナンを殺しそうになった。


 今度もそうなるのではないか……その恐怖が拭いきれない。


「ソニア! あなたを信じてる!」


 パインの猛攻を凌ぎながら、カナンは声を絞り出す。


 ソニアはカナンのことを信頼している。それならきっと、自分がこの場面で仲間ごと撃ち抜く決心がつかないこともわかってくれている。


 だから……自分の中にある最善は、きっと二人で共有されている。


「……わかりました!」


 あえて攻撃のタイミングを知らせるように声を上げ、ソニアは二人のサンタに狙いを定め、引き金を引いた。


 ソニアは賭けた。自分の中にある最善が、独りよがりな希望ではないことに。



「良い判断だね……」


 パインは思わず愚痴をこぼす。ソニアには攻撃を本気で当てる気などない。仲間を巻き添えにしてでも勝つ。そんな強い覚悟は感じられない。


 だがその軌道上には自分とカナンの体があるのだから、対処せねばならない。仲間が残っているのなら、カナンの腕を掴み、相打ち狙いもあったが、それができない。


 絶対に自分は負けられない。


「仕方ないね」


 パインは諦めたように、発射された煙突に向かって地雷を投げようとした……その瞬間、その腕をカナンが掴んだ。


「……っ!? あなた!? 正気!?」


 この行動は完全に読んでいなかった。確かにあの煙突、当たりどころがよければ死なずにすむ。


 だが、いまカナンの体では直撃すれば当たりどころがよくても死ぬ可能性が高い。


 こうも平然と自分の命を危険に晒すなど、想定していなかった。


「もちろん」


 当然の判断だと言わんばかりの冷静な口調でカナンがそう言い放ち、パインの体ごと煙突の方へ引きずろうと全力を込める。


「あなた達イカれてる!」


 自分がやられれば、家族全員がサンタ工房に連れていかれ、兵器開発局に関する情報を引き出された後、殺される。


 自分の肩に三人の運命が乗っている。その重圧がパインの思考を大きく乱れさせた。


 掴まれてこそいるが、地雷を持った腕は、手首の部分だけだが少しだけ動く。それはカナンの方に向けるには足りず、煙突の正面を狙うのにも少し足りない。


 だが煙突の下部には地雷を投げられる。


 そこに投げ壁を放出すれば、迫りくる煙突を打ち上げられる。そうすればこの場は凌げる。


 パインは手首を動かし、地雷を放り投げ、スイッチを押した。




「……いまのあなたの行動で、私たちの賭けは半分勝った」


「何を言って……」


 カナンの言っていることが理解できない。


 そりゃ、相打ち覚悟の攻撃を味方にさせるなんて賭けだ。


 その一か八かの行動の結果、地雷を一つ消費させられ、ソニアが車内に復帰する猶予が生まれるかもしれない。カナンの言う通り、彼女の賭けは半分勝っている。


「さっきあなたは、その手に持った地雷で煙突付きの壁を吸収していた……配達道具の能力で付けた煙突が、別の配達道具の影響下で持続するのか。それがわからなかった。そこが勝ちきれていない半分……というより、そこだけが私とソニアの賭けだった」


 半ば勝ちを確信したカナンの言葉。パインは自分が取り返しのつかないミスを犯したことを理解した。


 この角度で壁を放出すれば、迫りくる煙突は弾き飛ばせる。

 だが放出した壁に煙突が付いたままなら、この角度だとパインの煙突が胴体に突き刺さる。


 そしてソニアの能力が、地雷の中で無効化されていないことは、パインが誰よりもよく知っている。


 ナッツの配達道具で透明化した物体を吸収した時、それが持続するのか散々試したのだから。


「待って! 私にはお姉ちゃんたちがっ……」


「その様子だと……どうやら賭けには勝ったみたいだね」


 カナンはパインが煙突を斜め下から狙えるよう、わざと腕を掴む力を緩めておいた。そうすることでパインの行動を誘導した。


 そして今度はパインがほんの少しでも手首を動かせないよう、最大の力を込める。


 次の瞬間、地雷から放たれた半径二メートルの壁が、飛来する煙突を跳ね上げた。


 それと同時にパインの胴体へ、放出した壁に突き刺さったままの煙突が突き刺さり、彼女の体を床へと叩き付けた。


 その衝撃は、床にクレーターを作るほどの凄まじさ。


 無傷で強靭なサンタの肉体であっても無事ではすまない。パインの意識は、瞬く間に霧散した。





「カナン! 無事ですか!?」


 戦闘が終わり、車内へと復帰したソニアは、負傷したカナンの元へと駆け寄る。


「平気だよ。サンタならこれくらいの怪我は当たり前だったから。それよりソニアの方こそ大丈夫?」


 自分のことより、むしろソニアを心配しているカナンだが、彼女の傷は浅くない。


 最初にソニアを助ける時に負った傷と、パインからの蹴りで受けた体の内側へのダメージ。


 サンタ基準であれば一日もかからず治る傷だが、人間であれば数週間入院することになってもおかしくはない重症。


 それに比べてソニアは、パインに殴られた傷と打ち身がいくつか。


 ソニアにとって初めての配達道具持ちのサンタ相手での実戦。これだけの負傷で済んだのは、カナンがいたからに他ならない。


「はい、大丈夫です……すいません。結局最後まで頼ってばかりでした」


「そんなことないよ。意思疎通してる余裕がない中で、ちゃんと勝算を見つけてくれた」


「あれは……カナンなら、私が味方ごと敵を撃つ覚悟はないって……だから犠牲が出ない勝ち筋を見つけているんだと、そう信じていただけです」


「後半は合ってるけど、前半は違うよ。サンタなら仲間を撃つ覚悟なんて必要ない。大切なものを守り抜く為に、最後まで考える。ソニアならそれができるって信じてた」


「……私、ちゃんとできていましたか?」


「ちゃんとね。この一瞬で、よく成長したね」


 二人は言葉を交わしながら、床に横たわり、意識を失っているパインを見つめる。


 この意識を失った敵をどうするのか、二人が考えあぐねているとリコが扉を開けた。


「すまない、もう少し早く到着していれば……」


「大丈夫だよ、損害なしで勝ったから。それよりこの子どうする? 意識ないから尋問はムリだろうけど、意識は支配しておく?」


「そうしておいてくれるか。その程度であれは、サンタ工房に身柄を引き渡す際にも問題にはならないだろう」


「了解」


 カナンはリコの判断に従い、懐から口紅型の配達道具を取り出し、それを唇に色が付かない程度に塗る。

「……私が今からすること、ルシアお姉様には内緒だからね!」


 カナンはそう念押ししながら、意識のないパインと唇を重ねた。


「支配入ったよ。それで、残りもやっておくよね?」


「卿が許してくれるのなら頼みたい」


「ルシアお姉様を助けてくれたからね。”仕方なく“やってあげるよ」


 カナンはそう言いながら、ほんの少しだけ笑ってみせた。

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