22話 サンタ偵察部隊 その1

 全員に車内の探索を命じ、リコとセイレンは七両目の捜索を開始していた。


「それでどこから調べるの? 思いつく限りの方法と場所を運行前にスライムで調べ尽くしたから案が浮かばないよ」


「私も思いつかない。だが、やるしかない。万全な調査と想定では不十分だったのなら、それ以上をするだけだ」


 リコは前方車両へと続く接続部の扉へ向かう。セイレンはリコの三歩後ろを歩き、それに続いた。


 リコは配達用のプレゼントが置かれた客席の周りを探す。セイレンは通気口や車両の外部を。二人は思いつく限り全ての場所をくまなく探索する。触れて、見て、聞いて。とにかく違和感を探した。


「このまま何事もなく任務を終えたいね。兵器を運ぶ仕事でサンタと殺し合うなんて、何回やっても慣れないよ」


「そうだな。全てが杞憂で終わるのが、いつでも最善だ」


 そんな雑談をしながらリコが一つ先の車両へと続く扉に手をかけようと、一歩踏み出した瞬間だった。


 突然、彼女の足元に直径二メートルの穴が空いた。


「なっ……!?」


「リコっ!」


 リコの体が穴に落ちていく。


 リコの後ろにいたことで難を逃れたセイレンは、服に仕込んでおいたスライムをリコへ咄嗟に伸ばすが、自然落下の速度には追いつけない。


 このままでは時速三百キロで線路に衝突する。突然訪れた死の危険を前にしても、リコは至って冷静だった。


 列車の真下に達した瞬間、リコはトキムネを抜いた。


 そして車両の下部に切っ先を差し込み、刀身を固定したのだ。


「案ずるな。問題ない。それよりも収穫の方が多い」


「……相変わらずの隙のなさだね」


 セイレンはリコの胆力に対して、感心したようにそう呟いた。


「穴を開けるのが敵の能力だね。お互い攻撃の予兆に気付けなかったってことは、他に何かあるね」


「この穴を開けるのは設置型の能力だろう。能力起動の前兆がなかったことから、設置物を隠す隠密系能力の組み合わせだ。おそらく、所有者とその仲間も含め、能力で隠れ、車内に潜り込んでいた」


「確かにそれは最悪の組み合わせだし、可能性も高いね。事前調査で見つけられなかったのも、調査で見つけられなかった理由も説明がつく」


「どうやって姿を隠しているのかは謎だが、その能力者を探さなけれ……」


 そこまで言葉を続けてリコは理解した。敵が自分だけを遠隔操作で開けたと推測される落とし穴に引っ掛けただけで放置するだろうか、と。


 ずっと隠れて機会を伺っていたのだとしたら、間近で追撃を可能にしているはずだ。


「セイレン! 危ない!」


「はっ!? なっ……ぐぅ、あっ……!?」


 リコの声を聞いて、姿を消した敵が間近にいる可能性に辿り着く寸前、セイレンの喉が深く裂かれた。


 勢いよく血が吹き出し、声が出ない。激痛で意識が飛びそうになる中、セイレンは思考するよりも早く、右手で自分の喉に触れ、配達道具を起動させた。


 その瞬間、溢れ出る血液が赤黒いスライムと化し、喉の傷を覆うことで、素早く止血を完了させた。


「セイレン!」


「大……丈夫……問題な……い。血は止め……た。それよりも……音も気配も、切られた感触もなかった。サンタ第六感も働かなかった……あったのは痛みだけ。この姿を消す能力……あらゆる手段での知覚を無効にしているね……」


 痛みと引き換えにセイレンが得た情報の意味することは最悪だった。設置された穴を開ける配達道具は認識不可能だった。


 そして直接攻撃は透明化の影響でダメージを受けるその瞬間まで、攻撃されたことにさえ気付けない。


 奇襲されていることに気付きながら、その後も奇襲し続けられるという、奇妙で危機的な状態。


 とにかくできることをするしかない。セイレンは服に仕込んでおいたスライムを辺りに敷いて、敵の位置を探る。車両の外に配置してあるスライムも急いで、車内へ戻そうと操作する。


 スライムが敵に触れたところで、触れた感触は能力で知覚不能にされているが、スライムが敵に接触すれば視覚的に不自然な部分が現れるはず。そうセイレンは考えた。


 その推理の真偽はともかくとして、セイレンの周囲に配置したスライムレーダーには、現時点ではなんの反応もない。


 リコは穴から車内に戻り、通信機を起動し、判明した敵の能力を仲間に伝えようと試みる。


 だが、通信は酷いノイズにまみれて会話にならない。


「リコ……これ、結構まずくないかな」


 セイレンの言葉通りだった。この電車はサンタ工房製の軍用ゆえに、多様な機能が搭載されている。


 妨害電波といった物も当然実装されており、この状況が意味しているのは、この電車が乗っ取られたということ。


 そしてこの電車はサンタ製。制御系統は高度に暗号化されている。それを支配されたということは、想定していた通り電子戦特化の配達道具持ちのサンタが敵側にいるということ。


「最悪だ……」


 リコは静かに、だが怒りを滲ませながらそう言い放った。


 状況と敵の能力から推測すると、敵の狙いは車両にいる護衛の懲罰部隊を排除した後、自立兵器を乗っ取り、透明化させ、この先にある都市を襲撃すること。


 自立兵器の乗っ取りのみなら、被害を出しながらも都市の防衛は達成されるだろう。だが、知覚不能の自立兵器による襲撃は防御不能。


 サンタ工房による防衛があったとしても、バルテカ・シティは民間人の死体の山で埋まる。


 自立兵器の乗っ取りは想定通りではあったが、敵の計画は想定よりも遥かに凶悪であった。


「切り抜けないとまずいな」


「そうだね……」


 リコはトキムネを構え、セイレンは喉を押さえながら、知覚不能な敵をどうやって倒すのかを考え始める。



 ※※※



「スライムを全体に張り巡らせた時は、驚いたけど……スライム自体を透明にされるのは予想外みたいだったね」


 リコとセイレンを眼前に捉えながら、ナッツという名のサンタは手に持った香水瓶をくるくると回している。


 これが彼女の配達道具。内部の水を吹き掛けた人物、物体……あらゆる存在を、あらゆる知覚で認識不能にする。それがナッツの配達道具の能力。


「ここからは逃がして貰えなさそうだし……二人まとめて始末させてもらうよ」


 ナッツはセイレンの喉を裂き、付着した透明の血が滴る、不可視のナイフと香水瓶を握りしめ、目の前にいる二人のサンタを攻める機会を伺っていた。


 セイレンの能力は触れた液体をスライムにして、使役する物だと判明している。


 もう一人のリコは、有名人だから能力は知っている。つまりリコとセイレンの手の内はある程度把握済み。


 セイレンの喉を裂き、完全に仕留めたつもりだったが、傷を塞ぎ周囲をスライムで覆い始めたのを見て、ナッツは一旦距離を取った。


 ナッツはリコとセイレンの二つ前にある座席の上に立ち、足元のスライムに香水を振りかけ、認識不能にすることで位置をどうにか隠している。


「どこから攻撃されるかわからない状態での警戒……いつまでその集中力が持つかな」


 能力で透明化したナッツの呟きは、誰の耳にも届かない。完全なる奇襲を仕掛けようと、彼女は両足にサンタ膂力を溜め始める。


 リコとセイレンの集中が途切れた瞬間に、ナイフで致命傷を入れる。


 喉を裂いても殺せなかったのは予想外だったが、それなら少し狙いにくいが脳や心臓を潰すだけのこと。


 ナッツがそう決断し、我慢比べを始めようとした瞬間、リコが突然トキムネを抜刀し、何もない周囲の空間を残像が残るほどの神速で切り刻んだ。


「イカれてトリガーハッピー? そんな破れかぶれを懲罰部隊がするわけがない……」


 サンタ膂力を充分に溜め終えたナッツは、リコの突然の奇行に面食らう。


 リコの配達道具が空間を切断するということは知っている。だが、懲罰部隊は兵器開発局の想定している敵ではなく、それほど情報収拾を行なっていない。能力を応用することで何が起こるのかまではわからない。


 となれば速攻で決着をつけたほうが安全。そう考えたナッツは、リコとセイレンにとどめを刺そうと、座席から跳んだ。


 そんなナッツと呼吸があったかのように、リコはトキムネを鞘に収めた。


「これで捕える」


 リコは静かにそう宣言した。ナッツはサンタ第六感ではなく、経験で危険を予知した。

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