21話 The Back Stab

 カナンとソニアは、至る所に無人兵器の入った大小様々なコンテナが積まれた貨物車の中で、敵サンタの痕跡を探していた。


「ここにはありません」


「了解。それじゃ前に進むよ」


 二人はお互いを視認できる位置を確保しながら、物陰の捜索を地道に続けていた。


 リコたち五人は、襲撃予想地点の全てで攻撃を仕掛けてこなかったことから、敵の能力に当たりをつけていた。


 姿を隠す能力。それかワープ系の能力。


 前者の場合であれば、発車の前から潜んでいる敵をどうにかして見つけ出す。


 後者であれば、長距離ワープにおいては必要になることが多い、マーキングを見つけ出す。


 敵は単独行動ではないだろうが、どちらかの能力を持った敵が確実に一人はいる。そうでなければ説明がつかない。


「見つかりません」


「了解。次行こうか」


 スライムによる探査を潜り抜けたということから、触覚で見つけることは困難。視覚が頼りだ。


 だがその視覚頼りもセオリー的な話であり、予想を超えてくる可能性はいくらでもある。



 いつ襲われるかわからない不安の中、カナンとソニアは、お互いを視界の端に捉えながら、捜索を続ける。


 その最中、カナンがあることに気付いた。無人兵器が入っているはずのコンテナが一つ足りない。いまソニアがいる辺りに配置していた物が跡形もなく消えている。


 ソニアもそのことに気付いて、辺りを見回している。


 コンテナはかなりの重量があり、サンタであったとしても、気付かれずに移動させることは困難だ。


 何か起こっている。カナンは直感的にそう考えた。


「ソニア、コンテナが一つ足りてないんだけど……」


 そこまで口にして、ソニアが言葉を発していることに気付いた。彼女の口が動いていたからだ。


 だがその声は微かにしか聞こえない。それはまるで、“分厚い金属の壁”が間に挟まっているような、奇妙な感覚。


 言葉が届かない。二人は非常に不味い状況にあることを理解した。普通でない状況とは、すなわち敵の配達道具の影響下にあるということ。


「ソニア! こっちに来て!」


 カナンは可能な限り大きな声で叫んだ。分厚い壁の向こうにいるかののようなソニアにも声が届くように。


 例え声が届かなくとも、懲罰部隊として身につけている読唇術で、意図が伝わりやすいように。


 ソニアは軽く頷いてから、カナンの方へと一歩踏み出した。次の瞬間、ソニアは“見えない壁“に頭をぶつけた。


「敵は物体を透明にしてる!」


 いま起きている現象を説明する能力は、それしか考えられない。


 ソニアは来た道を戻ろうとするが、そこにはさっきまで存在していなかった、視認不能の分厚いコンテナの壁が立ち塞がっていた。


 透明にしたコンテナの中へソニアは誘い込まれ、出口を塞がれた。二人はまんまと敵の術中にはまり、分断されたのだ。


 こうなれば敵がすることは一つ。孤立したどちらかを始末しにかかる。


 標的がどちらかはすぐにわかった。透明なコンテナの中に閉じ込められたソニアが、血を吐いた。


 ソニアは見えない何者かに、腹部を強く殴られたのだ。


「ソニア!」


 カナンが叫ぶ。物体だけでなく、敵は自分の体までも透明にしている。


 見えない相手との白兵戦。どちらが有利かなど、言うまでもなかった。



 ソニアはなんとか応戦しようと、攻撃を受けたと同時に、反撃を試みる。だが敵も同じくサンタであり、攻撃を当てた瞬間に自分の位置が絞られるという弱点は当然心得ている。


 敵はソニアへのヒットアンドアウェイを徹底し、攻撃を深く叩き込むのではなく、隙を限りなく減らし、少しずつ削っていく、合理的な選択を取った。


 退路を断ち、姿が見えない優位を徹底的に押し付けていく、驕りも油断もない、堅実な立ち回りに、ソニアは少しずつ、だが着実にダメージを重ねていった。


「くっ……通じないか……」


 リコは応援要請を行おうと無線機をつけるがノイズが酷く、連絡など到底できる状態ではなくなっていた。敵が妨害電波を出している。


 連絡不能で、ソニアが殺されかけている。そんな最悪の状況下でカナンは自分の弟子を救う決断をした。


 ソニアが自分の配達道具を使えさえすれば、コンテナから脱出することは容易。だがそんな余裕はない。


 配達道具を使用する為に一瞬でも隙を晒してしまえば、敵は一撃離脱を止め、一撃で致命傷を与えるだろう。


 ソニアを救うには、外部から助ける以外に道はない。



 カナンはソニアの閉じ込められた透明なコンテナへと全力で走りながら、右腕にサンタ膂力を込める。


 サンタの全力であれば、サンタ合金製のコンテナであろうと粉砕できる。


「離れて!」


 通じるかはわからないがカナンはソニアへ警告してから、透明なコンテナを全力で殴りつけた。


 何かに触れた感触はなく、硬い金属を殴ったような痛みしか感じられなかった。


 そんな奇妙な感触をカナンはいままで感じたことはなかったが、コンテナに穴を開けたという確信があった。


「ソニア、大丈夫?」


 カナンは透明なコンテナにぶらさがりながら、注意を絞る為に端へと避難しているソニアへ声をかける。


「大丈夫……です……それよりも、敵を見つけないと」


 血を流しているソニアは、懸命に次の手を考えていた。


「そうだね」


 コンテナが透明であるため、カナンが開けた穴以外に出入口が存在するのかさえ、判然としない。


 出口があるとすれば、敵は既にこの中にはいないかもしれない。


 だが透明な姿でコンテナの外へ出られているとしたら、見つけることは困難だ。


 カナンはコンテナの中に敵が止まっている可能性に賭け、中へ入ろうとする。


 それと同時に、透明なコンテナの下に何の前触れもなく、巨大な穴が空いた。


「なっ!?」


 突然落下を始めたコンテナにぶら下がっているカナン。突然の出来事に彼女の体勢が大きく崩れた。


 穴を落ちた先にあるのは硬い線路。時速三百キロで走行する電車から落下し、叩きつけられてしまえば、強靭なサンタの肉体であろうとも無事では済まない。


「うぐっ……何が起こって……」


ソニアは混乱と恐怖で震えた声を漏らした。


「いま相手していてのは透明化の能力じゃなかった! 穴を開ける能力だった! ソニア! 自力で上がってこられる!?」


 幸いなことに穴の大きさは直径二メートル。コンテナ全体が落下してはおらず、ソニアのいる端が線路に接触している状態。まだギリギリ脱出が間に合う。


「なんとか……上がれます」


「私は敵を探す!」


 カナンは敵がこのコンテナの中にはもういないと踏んだ。この中に留まり続けることは死を意味する。


 カナンはそう読み振り落とされないよう、コンテナにロープを結び、腰に巻きつける。


 ロープの存在により行動が多少制限されるが、突然のことで線路に落とされるよりはマシだ。


 安全を確保し終え、そのことをソニアに伝えようと思いながら、周囲に視線を向けて敵を探していると、カナンの腹部に激痛が走った。


「うぐっ……」


 体の内側を侵食する痛みに、カナンは呻き声を出すことしかできない。


 カナンは敵がまだコンテナの中にいたことを、自分が読み違えたことを理解した。


 姿の見えない敵は、カナンが理詰めで思考し、注意がコンテナ内部から外れることに賭けた。


 賭けに勝った敵は予定通り、サンタ膂力を込めた攻撃をカナンへと叩き込んだ。


「しまった……」


 そのダメージは深刻であり、カナンはコンテナから手を離してしまう。


 手を離す直前に、なんとか反射的に頭突きを放ち、頭部に痛みが走ったことから、敵に当てることには成功したようだが、一矢報いたとはとても言えない、小さな反撃にすぎない。


「カナン!」


 ソニアはこのままカナンが自然落下を続ければ、線路に激突し、死ぬだろうと確信した。


 ソニアは反射的に自身の配達道具を起動する。


 次の瞬間、彼女の右手の人差し指に嵌められた指輪から、煙突を放つことのできる大砲が出現し、カナンの落下する軌道上に煙突を撃った。


「ソニア! それはダメ!」


 カナンが叫ぶ。その意味がソニアにはわからなかった。


 煙突は硬い透明なコンテナを理を歪めることで貫通し、落下するカナンを受け止めた。


「カナン! これでなんとか助かっ……」


 ソニアに安堵の感情が生まれた刹那、彼女の体が激しく揺れた。


 カナンの落下を受け止めた煙突に衝撃が走った。煙突が接触しているコンテナにまで落下の衝撃が伝わったのだ。


 そして最悪なことに、コンテナ全体が車両の底に空いた穴に向かって、大きく傾いてしまった。


「早くそこから出て!」


 カナンが叫ぶ。ソニアがその声の方を向いた時、カナンの腰に巻かれているロープに気付いた。


 カナンは線路に落ちないようにしていることを、ソニアに伝える時間がなかった。それが致命的だった。


 ソニアがカナンを助けようとしたのは、完全に裏目だった。


「……はい」


 カナンの瞳にソニアへの非難はなかった。


 ソニアの視点では最善だった。最善と思われる選択が裏目に出ることもある。


 ソニアの脳内を後悔が埋め尽くしそうになるが、そんな余裕はない。行動が遅れるほど、線路に落ちる危険は高まっていく。


 ソニアは自分の側にある煙突に潜り込み、コンテナの外へ這い出る。


「……すいません。私のミスです……」


「そんなのいいから。それより早く上に戻るよ」


 煙突の上で二人は車内へ戻ろうと両足に力を込める。


 二人が車内を見上げると、頭上に直径二メートルの物体が迫っていた。

 それは見た目から判断するに、いまいる貨物列車の床部分。


 敵の能力は穴を開けること。その時に消えた物体はどうなるのか……


 直径二メートルの穴を開け、それを再度放出する。それが敵の能力の全容だった。


「どうしますか!?」


 ソニアが叫ぶ。読み負け続けた二人に選択肢はほとんど残されていなかった。


 目の前に迫る物体を砕くことはサンタであれば簡単なことだ。


 だがその衝撃でコンテナは更にバランスを崩し、二人の体は線路に飲み込まれ、死ぬことになる。


「飛び降りるよ」


「えっ! でも!」


「良いから!」

 コンテナごと落ちるのと比べれば、いまここで自分から線路へ飛び降りる方がダメージは少なく済む。カナンはそう考えた、


 だがそれは即死するか、致命傷を負うかの違いでしかなく、死ぬまでの過程が変わるだけのようにしかソニアには思えなかった。


「捕まってて!」


 カナンはソニアの体を掴んで、有無を言わせず、穴へ飛び込んだ。


 次の瞬間、二人の乗っていた煙突に、敵の能力で放たれた床だった物が激突し、透明なコンテナは今度こそ線路に落ち、誰の目にも触れられず、粉々に砕け散った。




「思ったよりも早く済んで助かったよ」


 仲間の間でカナン、それにソニアと呼ばれていた二人組を始末したパインは、両手に持った地雷を満足げにクルクルと回している。


 その地雷が彼女の配達道具であった。起動することで、設置した場所から直径二メートル以内にある物体を吸収し穴を開ける。再度起動することで、吸収した物体を放出する。それが能力。


「みんな、上手くやっているかな」


 パインは同じチームであり、家族でもある二人の姉のことを考えていた。


 カナンとソニア、リコとセイレン、キャロル。敵は三組に分かれていた。パインたち三人は、三手に分かれ、懲罰部隊の三組を同時に撃破することを決めた。


 発車前に透明化し、電車に乗り込み、仲間の能力で透明化した地雷を電車中に仕掛けておいた。


 勝てる状況は完全に整えた。相手がサンタ戦に精通した懲罰部隊であろうとも、負ける道理はない。


 三対五と数の上ではパインたちが不利だが、状況では圧倒的優位に立っている。


 たったいま、二人の懲罰部隊を退ける為に払った犠牲が、カナンによる頭突き一発であったことが、自分たちの勝利を予感させた。


 パインに慢心はなかった。だが、カナンとソニアが線路に落下する瞬間、線路の下が崖であったことにパインは気付いていなかった。



 ※※※

 


「咄嗟の判断だったけど、上手くいった」


 切り立った崖に打ち込んだ煙突の上に、カナンとソニアはいた。


 線路に落下する瞬間、カナンはソニアを抱えた状態で、線路のすぐ側にある崖へと飛び込んだ。


 それはあまりに無茶な行動であり、カナンは全身を崖に打ち付けダメージを負った。


 パインによる攻撃も受け、普段の三割以下の力しか残っていないが、それでもまだなんとか戦える。


「……私のミスで、大変なことに……」


 高速で走り去っていく電車を見て、ソニアは無意味だとわかりながら後悔の言葉を零した。


「ミスを取り戻す方法は一つだけ……次は上手くやる。そして、ミスは取り戻す」


 カナンは自身の腹部を庇いながら立ち上がり、


「ソニアの配達道具ならまだ追いつける。敵の能力は見抜いた。次は勝つ」


 そう言い放った。

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