20話 襲撃の予兆

 電車が発車してから四時間が経過していた。襲撃予想地点を数十ヶ所通過したが、襲撃はなかった。


 目的地まで残り一時間。残りの襲撃予想地点は、十分後に通過する山の斜面と崖に挟まれた場所を残すのみ。


 そこを抜けてしまえば、二百キロ以上の平原が、目的地であるバルテカ・シティまで続く。平原が襲撃に必ずしも適していないわけではないが、サンタであればもっと襲うのに適した良い地形がいくらでもある。



 サンタとは究極の歩兵である。地形を選ばず行動可能で、戦車の装甲すら容易く打ち砕く攻撃力と、自動車並みの機動力がある。さらに理を歪める超常兵器である配達道具も加われば、取れる選択肢はいくらでもある。


 サンタを運用する上で、平地で攻撃を仕掛けるメリットはほとんどない。


「キャロルからの定時報告があったけど、問題ないってさ。カナンとソニアも同じく。私のスライムにも異常はないよ」


 セイレンは車両の外部にスライムを薄く貼ることで、レーダーの代わりにしている。何かがスライムに触れれば、その感触がセイレンにも伝わる仕組みだ。


「予想通り到着の寸前に仕掛けてくるか」


「リコとキャロルの読みだからね。そうなると思ってたよ」


 兵器開発局の目的が戦線への補給を断つだけであれば、襲撃地点はどこでも構わない。


 だが貴重な配達道具持ちのサンタをわざわざ使う以上、最大効率になるように計画するはず。


 この場合の最大効率は、搭載している無人兵器を奪取し、そのままサンタ工房の拠点であるバルテカ・シティへと攻め入ること。


 電車が襲撃されたという報告から、一時間もあれば都市の防衛態勢を完全に整えられるだろう。だがそれより短ければ、対応するのは非常に難しい。


 工房側も電車への襲撃を予期している以上、その場合に備えてはいるだろうが、きっと万全の態勢ではない。


 現代のサンタである彼女たちが、民間人への被害を考えているとは思えないからだ。


 この電車が奪われれば、クリスマスを目前に控えた大都市で、何万人もの人間がサンタの手により、サンタ製の機械で殺される。


 それだけはなんとしてでも避けねばならない。


「リコ……載せている兵器を破壊すること、まだ考えてる?」


「ほんの少しだけな。指揮官である私と卿を失う危険を減らすため、中央に配置した時点で、兵器を破壊するのは難しくなった。私のトキムネでなければ、あの数を短時間で破壊するのは難しい」


「そうだね……こうした任務の度に、不快な気持ちになるよね。そんな資格、もう残っているとは思えないけどさ」


「お互い、そろそろ慣れるべきなのかもしれないな」


「慣れてしまったら、その時こそ本当にサンタとして、終わりなのかもしれないけどね」




「襲撃の最終予測地点地点を過ぎてから五分……やはり襲撃の報告はないのか?」


 七両目で警戒に当たっているリコは、不安とも焦りともつかない心境で、側にいるセイレンに尋ねる。


「三十秒前の定期連絡で報告はなかったね。もちろん、スライムには何も引っかかっていないよ」


「……わざわざ懲罰部隊に、それも私たちを名指しにして襲撃がない。あり得ると思うか?」


「私見を述べるのなら、ありえないね。絶対に襲撃はある。襲撃の情報を事前に察知して、私たちを送り込んだ。そうじゃないと説明がつかないよ」


 副官という立場として、セイレンはきっぱりとそう言い切った。


「私も卿と同じ意見だ。だがここから先、襲撃に適した地形はない」


 これまでに襲撃に適した地点はいくつもあった。断崖絶壁に囲まれた地形、トンネルの中、橋の上。だが何事もなく列車は通過した。


 目的地まで残り四十五分。あと少しの時間を乗り切れば問題ないが、ここで負けることがあれば大惨事になる。


「リコはどう読む?」


「……結論は一つ。既に襲撃されている。それが答えだ」


 リコにはその確信があった。それはサンタ第六感による物ですらない、経験による読みと直感。


 切迫した場面で信頼できるものなど、自分以外存在しない。


「それしか考えられないね。でも運行前も運行中も、車両は徹底的に調べてた。どうやって攻撃されてると思う?」


「配達道具の使用を考慮に入れるなら可能性は無限にある。とにかく、それをいまから一つずつ潰していく」


 リコは他の車両に搭乗している三人全員に聞こえるよう通信機を起動し、命令を下した。


「襲撃はなかったが、敵は既に車内に侵入し、なんらかの攻撃が開始されていると判断する」


「そうだろうねー。で、どうやって探せばいい?」


 リコの指令に、間髪入れずキャロルは言葉を返す。


 自信に満ち溢れたその声色から、彼女には既に選択肢がいくつかあるようだった。


「配達道具持ちサンタの基本通りだ。各々で状況を判断して調査を行い、痕跡を見つける。何かあれば知らせてくれ」


「りょうかいー。すぐに引きずり出してあげるよー」


 キャロルが嬉しそうな声を上げながら、そう返事をして、通信を切る。


 想定外を想定しなければならいのが、配達道具持ちのサンタ戦。決まり切った指令は逆に足を引っ張る。


 現場の判断に委ねるのが最善だ。


「カナンとソニアも同様だ。頼りにしている」


「任せて。必ず手掛かりを見つける」


 下級サンタとして豊富な経験を持つカナンは、そう言い切り、通信を切った。


「キャロルはともかく、カナンとソニアの組み合わせは不安要素だな」


「戦闘能力、判断力共に高い二人だ。問題はない。それよりも、私たちの仕事を始めよう」



 ※※※



「そろそろ時間だね。私たちも動こう」


 リーダーのパインが、その場にいる全員へ合図を送る。


 電車の九両目に潜んでいた、三人と一体のアンドロイド。


 リコの読み通り、兵器開発局のサンタは最初から電車内に侵入していた。


「みんなでお家に帰って、クリスマスを祝おうね」


 パインの誓うような言葉と共に、それぞれが散会し、計画通りに電車の乗っ取りにかかった。

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