第二部 第一夜 12/23 17:43
19話 任務の始まり
リコたち五人の懲罰部隊は、国境を越えてバルテカの首都、バルテカ・シティへと向かう電車が停車しているホームで、最後の調査を行なっていた。
バルテカ・シティへ兵器を送り届ける。それが彼女たちの任務だ。
兵器の運搬を担う護衛対象の電車はサンタ工房が設計・製造を行った、いわば、強固な走る要塞であった。
車両の装甲は現行の科学技術では再現不能な、強固なサンタ合金で覆われ、戦車砲程度であれば貫通することはない。
破壊するには、理を歪める配達道具を使うか、サンタ膂力による攻撃を行うしかない。
車両の編成は前方に八両ある客室と、後方に八両ある貨物列車による全十六両の、全長四百メートル。
客室に人は乗せておらず、貨物車両に乗せた工房製の兵器の他に、バルテカで配達予定のクリスマスプレゼントが客室に搭載されている。
セイレンは自分の配達道具で、車両の点検を行なっていた。
彼女の配達道具は、触れた液体をスライムにして使役するという物。スライムは半径十メートル以内で自由に操作可能だ。
セイレンは車両をスライムで外側と内側を埋め尽くし、隠れている者がいないかを徹底的に調べ上げる。車両の内部構造も含め、徹底的に。
「車両は問題ないね。侵入者もいなければ異物もないよ」
セイレンは駅の監視カメラの映像を確認しているリコへと、傍受されにくいサンタ製無線機で報告を行う。
「こちらはここ一週間の監視映像を確認し終えたところだが、問題ない。念のために、出発までスライムでの調査を続けて欲しい」
「了解」
セイレンはリコとの通信を切り、スライムでの車両検査をもう一往復し始めた。
リコとキャロルは、駅の監視カメラの映像を再度見返していた。
記録に残しているのは直近の一週間だけ。常識的に考えれば充分な期間であるが、配達道具持ちのサンタ相手ではいささか心許ない期間だ。
「何か気になる所は見つかったか?」
リコは千倍速という凄まじく早回しにされた映像を見返しているキャロルに問いかけた。
一回目は五百倍速で確認し、そこで問題がなかったため、二週目は時間も押しているため、更に早めて確認している。
「問題ない物は何回確認しても問題ないねー」
サンタ動体視力を駆使しなければ、人影を認識することさえ危うい映像だが、リコとキャロルは平然と確認作業を続けている。
「仮に何か仕掛けておくとして、映像に残るようなミスはしないか」
「そうだねー。姿を隠すような配達道具を使われたり、ワープする配達道具を使われたら映像には写らないし、これ以上得られる情報ないと思うよー」
「そうだな。いまできる策は尽くした。皆と合流しようか。そろそろ出発の時間だ」
「りょうかいー」
リコとキャロルは出発前に必要な確認作業を終えて、護衛対象の電車へと向かった。
カナンとソニアは駅の監視を行なっていた。封鎖されているこの駅に近付いてくる人物がいないか。その監視だ。
「あと十分で出発……合流予定時刻になったし、下に戻ろうか」
駅の屋根上で周囲を見渡しているカナンが、緊張して固まっているソニアに声をかける。
「……はい」
任務が言い渡されてからの準備期間は一日しかなかった。その間にやれることは多くなく、襲撃予想地点毎のシミュレーションも充分ではない。
懲罰部隊の主力である配達道具持ちのサンタ全員を集めて臨む今回の任務。多くの戦力を揃えたということは、それだけ危険度が高いということ。
懲罰部隊として修羅場を幾度も潜っているリコやセイレン。暗黒街で生まれ育ったキャロル。下級サンタとして、過酷な配達先を何度も経験したカナン。
彼女たちは必要以上の恐怖や緊張という物とは既に無縁の存在だが、ソニアは違う。
今日が彼女にとって初めて経験する修羅場になる。
緊張するのも当然だった。
「私と一緒にいれは大丈夫だから」
カナンはそんなソニアを少しでも安心させようと、月並みの言葉をかけるしかなかった。
いまカナンがソニアにしてあげられるのはこれくらい。大丈夫なことは実戦の中で証明するしかない。
何が起こるかわからない中、大丈夫な保証はない。それでも大丈夫だと声をかけ、大丈夫であろうとする。
それがソニアの師であるカナンの意思だ。
駅のホームに集まった五人は、出発前に最後のミーティングを行なっていた。
「スライムで調べた限り、“常識の範囲内”なら問題ないよ。予定通り発車可能」
「映像も問題なかったよー。セイレンと同じく、常識って注釈付きだけどねー」
「私たちの方も、近付いてくる人はいなかった」
「卿等の判断を信頼している。疑う余地はない。襲撃予想地点は伝えておいた通りだが、配達道具の使用も考えれば、可能性は無限にある。注意してくれ」
出発予定時刻まで残り七分を切った。情報の共有は既に済ませてあるが、リコは確認の意味を込めて、護衛計画の説明を始めた。
「シフトは昨日説明した通りだ。前方車両にある運転室をキャロルが。中央にある七、八両目を私とセイレン。後部車両をカナンとソニアが警備する」
「操縦は私に任せてー」
軽くキャロルは返事をしているが、単独で前方の警備をする彼女が今作戦の要であった。
車両全体の空調も含め、電車の機能全ての制御を運転室で行える。そこが落ちることは避けたい。
本来であれば運転室に人員を割きたい所だが、それも難しかった。
敵の主目的が、後部車両に積んでいるサンタ工房製の無人兵器の奪取である可能性が非常に高いからだ。
無人兵器は電子制御されており、サンタ技術によるハッキング対策も行われている。だが電子戦特化の配達道具を使用すれば、理を歪めることで制御を奪うことは可能だと推測される。
無人兵器単独ではサンタの速度には付いていけないが、サンタ戦の補助としては有効である。
もちろん人間相手であれば、これ以上ない脅威となる。
貨物車両が奪われてしまえば、自立兵器が奪われてしまうだろう。
それだけに貨物車両のある後部の防衛も重要であり、前方と後方を繋げる中央車両が切り離されることも避けたい。
前方、中央、後方の三点に絞って防衛するのがこの人数での最適解。
大量の自律兵器の制御を奪われるということは即ち、サンタ工房の拠点があり、バルテカの首都であるバルテカ・シティへの襲撃が行われるということ。
クリスマスを目前に控えた大都市へ、無数のサンタ製自律兵器と兵器開発局のサンタによる同時侵攻。
そうなれば、夥しい数の死者が出ることは間違いない。
兵器を無事に送り届けた所で、それは後に人を殺すが、護衛に失敗すれば、その直後に大量に人が殺される。
リコはサンタとして、無実の者が殺されることを望んでいない。兵器開発局による襲撃により、護衛対象の兵器が全て壊されてしまうことがベストだと考えているが、そうなるかはわからない。
自分たちの手で意図的に兵器を破壊してしまえば、サンタ審問会による裁判に持ち込まれてしまう。
戦闘の余波で破壊されることしか、この任務においてサンタらしくある道はない。だが、それをすることも難しいだろう。
敵の狙いが兵器の奪取である以上、余波による破壊は注意する。そうなればリコたちが破壊するしかないが、証拠が残る。
サンタとしての道はないも同然だ。
「中央の重要度は他に比べれば少し低い。襲撃された時に、私かリコのどちらか一人は予備として動けるかもしれない。敵の能力に適した方を呼べ」
セイレンはカナンとソニアの方を見ながら言った。この中で戦力が不足しているのはこの二人だ。
単独で警備をするキャロルの実力は高い。この五人の中で、単独で状況を切り抜ける可能性が最も高いのはキャロル。その次がリコだ。
カナンの実力は充分以上にある。隊の副官であるセイレンと並べるほどに。
問題はカナンの所持する配達道具が、キスをすることで相手の意識を奪うという、戦闘向きではない能力であることだ。
そのために、総合的な戦闘能力はセイレンに劣る。だがそれは役割分担の問題であり、隊全体で補完し合うべき事案。
ソニアの配達道具は戦闘向きだが、彼女には実戦経験がない。
戦闘向きではないカナンと、初陣のソニア。補助が必要なのは間違いなくこの二人だ。
本来バランスを考えるのならソニアと組むのはリコかセイレンであるべきだが、カナンとソニアは付き合いが長く、他のメンバーでは付け焼き刃の共闘になる。
バランスの悪い組み合わせだが、二人のコンビネーションでその不足を補う。それだけでは戦力不足を埋めれないようであれば、状況に応じて可能な範囲で支援する。
それがリコの出した結論だ。
「運行時間は五時間。気をつけてくれ」
リコが合図をして、五人がそれぞれの持ち場へと向かう。
国境を越え、バルテカの首都へと向かう。全長千五百キロに及ぶ長い道のりを、電車は走り始めた。
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