18話 サンタ懲罰部隊

 リコの夢……それは、子どもたちに夢と笑顔を届けるサンタを取り戻すこと。


 だがそこに立ち塞がる壁は大きく、険しかった。


 サンタ協会の腐敗は、すでに個人の力でどうにかなるような段階ではなく、下級サンタの出身であるリコが、組織内で成り上がっていく手段は数えるほども存在していなかった。


 そんな彼女が選んだ、夢へ少しでも近付く為に選んだのは、サンタ協会の汚れ仕事を引き受ける部門……サンタ懲罰部隊であった。


 そこで目覚ましい功績を挙げ続けたリコは、下級サンタが得られる最高の地位である、懲罰部隊隊長にまでのし上がった。



 懲罰部隊の隊長になれるのは、権力を振りかざす腐敗した上級サンタか、本当に優秀なサンタのどちらか。


 懲罰部隊と言う名ではあるが、隊長職には部隊員である異端サンタを制御するだけの実力が求められるため、隊長のみ名誉ある地位として扱われている。


 隊長となったリコはサンタ協会内での発言力をある程度手にすることができたが、腐敗を正すにはあまりにも小さな力であった。


 隊長クラスの地位では、表立って反サンタ協会的な活動を行えば、すぐに粛清される。


 リコに必要だったのは、粛清に真っ向から立ち向かえるだけの力を自分も手にすること。

 

 リコは力を手にするため、日の目を見ない下級サンタから、埋もれた実力者を発掘し始めた。


 リコと繋がりのあるサンタ評議会にも名を連ねるサンタ宝物管理局が捕らえている、強力な異端サンタを部隊へ入隊させる。


 配達実績のいい下級サンタをスカウトする。


 そうした活動で少しずつではあるが力を強め、いまでは懲罰部隊三つ分に匹敵する程の力を備えるまでになったが、そこから先が続かなかった。



 リコの思想と力を恐れたサンタ協会による妨害により、戦力の増強が難航し始めた。


 粛清されなかったのは、リコが表向きは懲罰部隊としての任務には忠実であり、かつ成功率もトップであったから。始末するよりも飼い殺しにする方が得だからという判断だ。


 サンタとしての夢へ向かう道を塞がれたリコは、文字通り八方塞がりになった。


 人々を支配しやすくするように作られた、サンタ製薬物の販売ルートの確保。サンタによる弾圧を強める為の、兵器の運搬と護衛。


 そうした、家族を引き裂き、子どもたちを死に追いやる懲罰部隊としての任務を、事態が一向に好転しないままこなし続ける日々に、リコの精神は摩耗し、少しずつ死んでいった。



 ※※※


 

 サンタ協会の本部であるクリスマスタワー。そこの下層にある懲罰部隊本部の廊下を歩くリコの面持ちは暗かった。 


 クリスマスイブを三日後に控えた中で言い渡された、懲罰部隊総隊長であるマンユから直々の任務。


 それは配達道具とクリスマスに配るプレゼントの製造を一手に請け負うサンタ工房から懲罰部隊への依頼だった。


 政府軍と少数民族の間で、内戦が続いているバルテカという国へ、サンタ工房製の兵器の輸送と護衛。それが今回の任務であった。


 十二ある懲罰部隊にはそれぞれ事務室が与えられており、リコが隊長を務める三番隊の事務室は、廊下の奥から三つ目の部屋にある。


 リコはそこに向かっていた。


「その様子だと、あんまりいい話じゃなかったみたいだね」


 自分たちの部屋へと向かうリコを、一人の女性が呼び止めた。


「クリスマス休暇中に呼び出してすまない」


 リコは自身が信頼を置く、部隊の副官であるセイレンに返事を返した。


「クリスマスに忙しい方が、少しはサンタらしいよ。クリスマスに休める懲罰部隊が少し変わってる」


「そうだな。それで、頼んでおいたメンバーは集められたか?」


「全員部屋に集まっている時間だと思うよ。それより、配達道具持ち全員に声をかけて、そんな難題をふっかけられたの?」


「依頼主が少々特殊でな……まぁ、工房からの依頼だったのでな。少数で当たるのは危険だと考えた」


 リコの諦観したような声色での返事を聞いて、セイレンは納得した表情を浮かべる。


 去年、リコがルシアを助けたことで、リコの部隊とサンタ工房の間には亀裂が入った。


 ルシアを襲撃した懲罰部隊隊長であるハイサムには、サンタ工房に所属していた過去があった。


 そんなハイサムを殺害したルシアに、リコが手を貸したことが亀裂を生んだ原因だった。


「報復する為に私たちがおびき出されている可能性を、マンユは考えなかったのか?」


「任務を引き受ける見返りに、工房から配達道具を三つ頂戴するそうだ。その内一つが、私たちへの報酬になる」


 理を歪める超常兵器である配達道具。それは、サンタ協会と真っ向から立ち向かうだけの力を求めるリコたちになくてはならない物。


 それでも報酬が危険と釣り合っているとは思えない。だが懲罰部隊の長であるマンユからの依頼を断ることは、リコの立場上不可能だった。


 貴重な配達道具が任務の報酬ならば、多少は危険度と任務の内容に釣り合うと思うようにするしかなかった。


「なるほどね。任務の追加報酬としては破格の条件だけど、死んだら意味がないよ?」


「工房が私たちを暗殺すれば、懲罰部隊から報復される。ならば真正面から襲撃してくることはないだろう。搦め手の類を防ぐために、卿と他の三人を呼んだ」


「事情は理解したよ。任務の詳細は、皆の前で聞かせてよ」




 三番隊に与えられた事務室の中には、セイレンに呼び集められた三人の少女がいた。


 机の上に置かれている、四肢と胴体に補修の跡がある人形で暇を潰しているキャロル。


 ハイサムに命を狙われたルシアと仲が良かったがために、サンタ工房から命を狙われることになったカナン。


 下級サンタの派閥の底辺で、ルシアへの当たり屋をさせられ、そのままカナンと共にリコに保護されたソニア。


 そんな三人の配達道具を持った懲罰部隊員が、思い思いに時間を使っていた。


「実戦は来年になると思ってました……」


 ソニアが胸一杯に広がる不安を、カナンに吐露している。


 そんな彼女を、優しく導くようにカナンは言葉をかけた。


「この一年努力したから配達道具を持てたんでしょ。自信を持って。それに今回の任務は私も一緒だから、安心して」


 全く同じタイミングで懲罰部隊へ入隊したカナンとソニア。年齢も同じ二人だが、サンタとしての経験値は雲泥の差だった。


 圧倒的な配達実績を持ち、常にプレゼント配達ランキング一位のルシア。その次にカナンの名前が連なっているのが、毎年のことであった。


 それはカナンのサンタとしての実力が、並外れていることを意味している。


 それに対してソニアは、下級サンタの派閥の底辺でこき使われていた。それは適切なサンタとしての指導が受ける機会がないままに下級サンタとなり、そうした過酷な扱いを受けることでしか、サンタ社会で生きていく道がなかった。


 ソニアのサンタとしての経験値や実力の不足は、彼女の生まれ持った不運や巡り合わせによるものであり、努力不足といった物ではなかった。


 カナンはそんなソニアを黙って見ていられず、ルシアにして貰ったように彼女を教え導くことを決めた。


 懲罰部隊での仕事はカナンが経験してきた、プレゼント配達とは大きく異なった。そのため下級サンタとしての経験そのままを教える訳にはいかず、ソニアをサンタとして仕上げるのには苦労した。


 だが二人の努力の甲斐もあり、二週間前に行われた三番隊内での配達道具を所持するサンタを決める選抜試験において、ソニアがトップの成績を取った。


 それはソニアにとって、自身の成長を実感した素晴らしい成果であり、カナンの努力と指導力が認められたということだった。


 だが良いことばかりではなかった。


 配達道具を持つということは、より過酷なサンタ戦に駆り出されるということ。


 任務が過酷な分、給料は上がるし、休暇も増えるが、危険は著しく増える。


 辞退することも考えたが、カナンが半年も前に配達道具を与えられ、同じ任務をこなしたい気持ちが強かったソニアは、配達道具を持つことを決めた。


 彼女にとって一つ誤算だったのは、クリスマス休暇がなくなったことだ。


 休みの間に配達道具の操作や実戦を想定した組み手を行い、充分に訓練を行なってから任務に臨む。その予定が完全に狂ってしまった。


 ソニアには実戦に適応する自信が全くと言っていいほどなかった。


「皆さんに迷惑をかけてしまわないか心配で……」


「初めての実践なんて、迷惑かけて当たり前。そんなの皆わかってる。ちゃんと実戦の中でフォローしながら育てていくつもりなのは、リコを見てればわかるでしょ?」


「……わかっています。それでも、取り返しのつかないミスをしてしまいそうで……」


「そうなってもなんとかするのが、私たちの役目なんだから、ソニアの心配することじゃないよ」


 カナンはルシアにサンタとしての基礎を教わった。そして、ルシアと一緒にプレゼント配達をした。


 その中でミスをして、ルシアが助けてくれた。そんなルシアの姿に、カナンは憧れた。


 だからカナンはソニアに対して、頼れるサンタであろうとしている。


 カナンが怖いのはソニアがミスをすることではなく、それを助けられないこと。それが怖かった。


「それに……懲罰部隊の任務を……サンタとしてまだ、受け入れられていなくて……」


「それに関しては私も……きっとリコもそう。それでも、自分で決めた道だから」




 リコが扉を開けると、中にはすでに全員が揃っていた。


「クリスマスだというのに、呼び出してすまない」


 リコはさっきセイレンに言ったことと同じことを口にした。


 そんな生真面目さをいつものリコだとセイレンは思う。


「クリスマスなのに忙しくなかったらサンタじゃないよ」


 謝るリコにカナンが笑みを浮かべながら返事をする。


「クリスマスにサンタさんといられて、私はとっても嬉しいよー」


 それに追随するようにして、キャロルも呼び出されたことを気にしていないことを伝える。


「ごめんね、ソニア。ちゃんと訓練をしてから任務の予定だったのに」


「いえ、大丈夫です! 多分……」


 ソニアはセイレンにどう返事をしていいのかわからなかった。大丈夫だと言うのは、あまりに無責任に思えるほど自信がない。かと言って、任務があることに不満がある訳でもなかった。


 結局の所、そうした不安はソニアの気持ちの問題でしかなく、訓練を行えるだけの時間が解決してくれたかもしれないし、解決してくれないかもしれない。


 いまできることは、これからの任務を達成する手段を考えること。それだけだ。


「任務の内容は単純だ。明後日の二十三日に、工房製の兵器を電車で輸送する。私たちはその護衛を行う」


 リコがその場にいる全員に向けて、これからの任務の説明を行う。


 そこにはサンタでありながら、運ぶ物が子どもたちに笑顔を届けるプレゼントではなく、人を殺す兵器であるという、サンタとしての苦痛が滲んでいた。


 それはその場にいるサンタ全員が共有している痛みであり、いまさら口に出すまでもなかった。


 サンタとして、サンタ協会を変える機会が訪れるまで、矛盾を抱えたまま任務をこなし、力を蓄える。


 それがリコと、彼女の元に集まったサンタたち全員の、血に塗れた決意だった。


「護衛ってことは、襲撃してくる相手の想定があるってことだよねー?」


「その通りだ。バルテカは内戦中で、政府軍をサンタ工房が支援している。それに対して、サンタ兵器開発局が弾圧されている少数民族で構成された反政府軍へ支援を行なっている」


 キャロルからの質問にリコが答える。


 その間に、全員が列車が走るルートを地図上で確認している。


「電車に対する兵器開発局からの襲撃。それを想定すれば良いの?」


「その理解で問題ない。補足するとすれば、私たちが負傷した場合、工房に治療と称して拉致され、尋問される可能性があることだ。それも注意してくれ」


「わかった」


 カナンは思ったよりも難しい任務になるだろうと直感した。


 サンタ工房による報復に注意しつつ、サンタ兵器開発局からの襲撃を乗り切る。


 兵器開発局による襲撃で可能性が最も高いのが、配達道具を持った複数のサンタによる攻撃。


 理を歪める配達道具。その能力を複数合わせれば、想定外は当たり前。その想定外を超える事態も珍しくない。


 カナンは、そんな過酷な戦場の中で、ソニアを守り切れるのか。その確信が持てなかった。


「明後日の午後六時に列車は発車する。到着は午後十一時。襲撃される危険性の高い地点の割り出しをキャロルとセイレンで行う。私とカナンとソニアで、当日まで可能な限り情報収集を行う」


 リコたち五人の、サンタらしからぬ任務が始まろうとしていた。

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